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荒城山、城山


【日時】 1999年12月12日(日) 日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 雪

【山域】 五頭山塊
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 荒城山・あらしろやま・357.0m・三等三角点・新潟県
【地形図 20万/5万/2.5万】 新潟/新発田/天王、上赤谷
【ガイド】 百山百色

【山域】 五頭山塊
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 城山・しろやま・100m・なし・新潟県
【地形図 20万/5万/2.5万】 新潟/新発田/天王
【ガイド】 百山百色

【時間記録】 7:10 新潟発=(R.49、水原、出湯、R.290、松浦、天ノ浦、米倉 経由)=8:25 林道終点〜8:36 発―8:43 北新幹線No.74鉄塔―8:59 No.75鉄塔―9:16 No.76鉄塔〜9:19 発―9:24 荒城山〜9:26 発―9:31 No.76鉄塔―9:42 No.75鉄塔―9:54 No.74鉄塔―9:58 林道終点=(松岡、松浦 経由)=10:23 城山下―10:31 城山―10:38 城山下=(松浦、R.290、月岡、豊栄、競馬場IC、R.7 経由)=11:50 新潟着

 荒城山は、五頭山塊の北端に位置する山である。地形図には、麓の米倉や大槻からの破線が記載されているが、山頂直下を送電線が通過しており、その巡視路を使って登ることができる。

 五頭山塊の最北端に、城山はある。標高100mの小山であるが、山頂には山城の名残と思われる広場が設けられている。その謂れを示すような看板は見あたらず、ゴルフ場の大きな看板も立てられて、ゴルフ場の名前にのみその存在を残している。

 家を出た時には、津川方面の山にも心が傾いていたが、眺める菅名や五頭の峰々の頂は厚い雲に覆われていた。気温も低く、山は雪のようであった。水原で方向転換をして、歩く時間も長くはなさそうな五頭の荒城山に向かうことにした。近づいてきた五頭山塊はすっかり白くなっていた。
 荒城山への登り方は、地形図にある破線道の他に、送電線の巡視路を使うことができるようである。天気も悪いので、道のはっきりしていそうな送電線巡視路を利用することにした。道路地図を良く眺めながら、米倉江口道バス停手前から林道の入口をめざし、松浦へ向かう道と分かれて、南に向かう林道に進んだ。林道の回りには、何軒もの牧場が点在していた。開放されて鎖は柱に巻き付けられているゲートを過ぎると、林道は一車線幅になった。舗装された道が、植林地となった猿ヶ馬場山の山腹を巻きながら、奥へと長く続いていた。送電線が頭上を通過する広場で林道は終点になった。北新幹線No.73とNo.74の鉄塔を示す標識が立てられていた。
 登ってきた方向から見て左手のNo.74鉄塔への巡視路に進んだ。3mほどの幅で、急な所には段々も設けられた立派な道が続いていた。No.74鉄塔に到着して見上げると、この送電線はかなり大がかりなものであった。送電線のランクというのもあるのだろうか。そのランクによって、巡視路の整備も変わっているかもしれない。No.74鉄塔の先から、尾根を外れて谷間に向かっての下りになった。雪が本格的に降り始めて展望も得られなくなったため、違う方向に下っているのではという迷いがわいてきた。小さな沢が流れる谷間に下ると、No.74とNo.75鉄塔を示す標識が現れた。再び尾根に向かっての登りになった。No.75鉄塔は尾根上にあったが、再び大きな下りになった。地形を事前に確認しないで、稜線伝いと思っていたのがうかつであった。No.75鉄塔の先の谷間では、麓からと思われる踏み跡が沢沿いに上がってきていたが、潅木がかぶり気味であった。再び、尾根に向かっての登りになった。
 No.76の鉄塔から荒城山の山頂を目指せば良いはずであったが、落ちてくる雪に、山頂はかすんでいた。広場の上部から、薮の中に踏み跡が続いていた。尾根も明瞭で、登るのに問題はなかった。潅木の枝にはうっすらと新雪が積もり、枝をかき分けると、頭から雪をかぶった。これからしばらくは、雪と戯れる必要があるようである。ひと登りで荒城山の山頂に到着した。頂上は狭くて潅木の丈も低く、想像ではあるが、晴れていれば全方向の展望を楽しむことができそうであった。
 三角点を眺めて山頂であることを確かめれば、長居は無用であった。巡視路まで戻れば、雪を楽しむ余裕も出てきた。雪は本降りとなり、降り積もった雪が登山靴の下でキュッキュと鳴る状態になった。木々の枝には雪が張り付き、杉はクリスマスツリーのように白く染まっていた。車に戻ると、車の窓を雪が覆っており、今シーズン始めての雪かきになった。
 帰りは、分岐から西に進んで松岡の集落をめざした。少し標高を落とすと、雪はミゾレに変わった。ついでといっては山には申し訳ないが、丁度その麓に出ることになる城山に寄っていくことにした。松浦小学校の北側の新発田城カントリー倶楽部へ通じる道から、城山の西山麓に通じる道に入った。田圃ぎわの砂利道を山を巻くように進むと、山に向かって方向を変えるところで、墓地が現れた。山頂までは林道が通じているようであったが、ここから歩くことにした。すぐ先で、林道を倒木がふさいでいた。取り除くのも難しくはなさそうなので、通行止めのためにわざと放置してあるのかもしれない。ジグザグを切りながら登っていくと、山頂直下の山の斜面にゴルフ場の大きな看板が置かれていた。この山の山頂一帯も、ゴルフ場の敷地内のようであるが、良い趣味とは思えない。城山の山頂は、なんらかの史跡が残されていたような整地された広場になっていた。雲は低く、ゴルフ場の広がりが目に入ってくるだけであった。山を早足に下りて、ミゾレに追われるように家路についた。

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