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代塚山


【日時】 1999年11月23日(火) 日帰り
【メンバー】 上村、田村、岡本
【天候】 晴

【山域】 飯豊連峰
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 代塚山・だいづかやま・1231.6m・三等三角点・福島県
【地形図 20万/5万/2.5万】 新潟/大日岳/大日岳
【ガイド】 会津山岳会「すかり」飯豊連峰特集号

【時間記録】 6:00 新潟発=(磐越自動車道、西会津IC、R.49、上野尻、奥川、弥平四郎 経由)=8:50 あがっぱ沢出合〜9:08 発―10:36 白布峰・北峰(941m)〜10:48 発―12:51 代塚山〜14:10 発―15:49 白布峰・北峰〜15:55 発―16:41 あがっぱ沢出合=(弥平四郎、奥川、R.459、徳沢、R.49、磐越自動車道 経由)=19:00 新潟

 飯豊連峰の福島県側の登山口としては、川入と並んで弥平四郎の名前が挙げられる。弥平四郎の集落は、三国岳の南西に連なる疣岩山付近から流れ出る奥川のほとりに広がっている。この奥川右岸に沿ってのびる稜線上には卷岩山から鏡山、七森峰を経て弥平四郎に下山する登山道が開かれており、飯豊の主稜線、あるいは飯豊の展望台として人気の高まっている鏡山をめざす登山者に利用されている。これに対し、左岸に連なる稜線は、弥平四郎からの登山道が上がってきている松平峠の先は、長坂峰、代塚山、白布峰から新稲荷峠に長く続いているが、現在では一般登山道は無い。積雪期のスキー山行が報告されているだけの不遇の山域であるが、かつては、この稜線にも藤巻の集落からの登山道が開かれていたという。

 勤労感謝の日は、移動性高気圧がやってきて、絶好の登山日和になりそうであった。地図をあれこれ眺めて登る山をようやく決めた時に、電話がかかってきた。なんとなく予感がしていたのだが、上村さんからであった。実は代塚山に登ろうと思うのだが、どうかねという誘いであった。ルートは、弥平四郎で尋ねてから決めるということで、登れるかどうかは判らないが、それで良かったらということであった。もしかすると登ることができるという可能性にかけて、喜んで参加させてもらうことにした。
 改めて、代塚山へのルートの検討を行うことにした。手持ちの資料では、会津山岳会の会報「すかり」飯豊連峰特集号に、山スキー山行として、新稲荷峠から代塚山へ登り、祓川山荘へ滑降下山という記録を見つけることができるだけであった。地図を見ることにした。新稲荷峠からだと、距離が長いのが難点であった。もっとも、弥平四郎から藤巻へ通じる道は、弥平四郎分岐の先で工事によって不通状態とのことであった。弥平四郎から祓川山荘へ通じる林道の途中から登り始めるのが良さそうであった。どのようなコースを歩くのか、当日を楽しみにすることにした。
 上村さんと田村さんをピックアップして、磐越自動車道に入った。霧が出ており、山のおしゃべりに気を取られ、津川ICを過ぎて西会津ICまで行ってしまい、少し遠回りをしてしまった。弥平四郎で、上村さんの知り合いの家を訪ね、会の正月山行の際の車の置き場所の相談をしたうえで、代塚山へのルートを教えてもらった。かつては、新稲荷峠から立派な登山道が付けられており、藤巻の集落の人に利用されていたという。祓川への林道が橋で右岸に移る所に合流する、あがっぱ沢の右岸尾根には、かつてナメコ栽培のために使っていた道があり、これを利用すれば白布峰に達することができるという。
 地図を見ると、確かにこのコースによれば、短い登りで941ピークに達することができる。ところで、藤島玄著「越後の山旅」における概念図によれば、白布峰は943mと記され、あがっぱ沢の源頭の南に位置している。941ピークの南に位置するわずかに高い950ピークが白布峰のようである。941ピークは、白布峰・北峰と呼ぶのが適当のように思われる。
 ナメコとりに出かけるので、登山口を現地で指し示してくれるという。キノコのシーズンとあって閉められているゲートを開けてもらい、バイクに乗った案内人を従えて、払川に通じる林道に進んだ。この林道は、春の鏡山登山の際にも通っているが、その時に比べて、路面の荒れが目立った。轍をまたぐようにハンドル操作を注意しなければならない所もあり、時々車の腹をこすった。春先に道路整備を行ったものが、次第に荒れてきたもののようである。
 あがっぱ沢出合の橋はすぐ判り、その手前には、空き地があった。橋は、奥川の本流にかかり、右手から滝となって落ちてくるのが、あがっぱ沢であった。駐車スペースの前の左岸尾根に取り付き、滝の上であがっぱ沢を横断し、右岸尾根を登るようにという指示であった。
 左岸尾根には、良く見ると踏み跡が続いていた。ひと登りすると、左方向への草付きの斜面のトラバースになった。手がかりがなく滑り易そうなので、短い区間であるが慎重に通過した。その先で沢に下りて流れを跨ぎ越すと、対岸の尾根に踏み跡が続いていた。沢沿いの尾根道の登りになった。予想以上のしっかりした道であった。尾根が痩せたところで、罠が仕掛けられているのに出合った。細目のワイヤーがリング状に張られて、一旦が木に縛られていた。リングの大きさからいって、熊がこの中に首を突っ込むと、輪が締まって首を絞めてしまうという仕掛けのようであった。その先にも五ヶ所罠が仕掛けられていた。この道は、罠の見回りのために歩かれているようであった。
 右から沢がすぐ下に迫ってくると、尾根は方向を右よりの東に変えていった。尾根の傾斜が増す所で、踏み跡は、尾根通しと沢に向かうコースの二つに分かれた。尾根通しの道に進んだが、その上で合流する踏み跡は無かったことから、沢に向かうコースはナメコ栽培のためのものだったのかもしれない。踏み跡は次第に怪しげになり、潅木の枝がうるさくなってきた。鉈を取り出して、枝を刈り払いながらの登りになった。先頭が田村さんで、しんがりに上村さんが赤布を付けながら登る隊列になった。高度が上がると、ネマガリダケも現れるようになった。
 白布峰・北峰の941ピークには、踏み跡に助けられて、思ったよりも短い時間で登ることができた。941ピーク一帯は、緩やかな台地状となり、ブナの大木がまばらに立つ間を潅木とネマガリダケがおおっていた。下山の際には、このピークから尾根にのることが難しくなるので、赤布を充分に付けておく必要がある。新稲荷方面からの踏み跡が無いかと捜してみたが、薮が広がっているだけであった。新稲荷方面から登ってくると、薮こぎの連続となって、白布峰あたりで体力・時間切れとなってしまったかもしれない。
 代塚山に向かって潅木をかき分けていくと、左よりで稜線に乗ることができた。941ピークからは、幸い少し下っただけで、再び登りに転じた。木立を通して、代塚山の山頂が、まだ遠くに見えていた。稜線の幅が狭まると、登山道を歩いているかと思わせるような所もあり、おかげで歩きの時間の節約になった。薮こぎの手をとめて左を眺めれば、鏡山が谷向こうに広がり、その奥に純白の大日岳が頭をのぞかせていた。疣岩山一帯は、白黒のごま塩状態になっていた。冬もすぐそこまでやってきていたが、日溜まりの中で、薮コギに汗を流すことに幸せを感じた。昼になって腹が空いてきたのと同時に、山頂への到着時間が気にかかってきた。到着は、1時近くになりそうであった。1時間程休んで下山したとして、日没ぎりぎりの下山になりそうであった。薮こぎの最も楽なこの季節は、一方では、日中の行動時間が短いという難しさがある。山頂もあと僅かになったところで、田村さんと先行し、昼の準備を整えることにした。
 代塚山の山頂は広く、最高点がどこなのか良く判らなかった。右手に小高いピークが現れたので、そこが山頂だろうということで進んだ。ネマガリダケの密生の中に分け入っていくと、三角点を見つけることができた。三角点周囲のネマガリダケの刈り払いを行って、腰を下ろすスペースを確保した。
 上村さんも赤布を付けながら、じきに到着し、登頂を祝っての乾杯になった。周囲はササの壁となって、風も遮られて、11月下旬の山とは思えない暖かさになっていた。山頂に立つダケカンバの幹が青空をバックに白く光っていた。腰を据えて飲み続けていたいところであったが、下山の時間が気になった。お互いの記念写真に加えて三角点の写真を撮った。残雪期に登る者はいるかもしれないが、無節期に登ってこの三角点に対面するものはどれ程いるのだろう。疣岩山を眺めに、北斜面に出ると、うっすらと積もった雪の上に新しい熊の足跡がついていた。思わぬ侵入者に驚いてそっと逃げていったのなら、とんだお邪魔をしたことになる。弥平四郎は、熊撃ちが今でも盛んなようなので、おっかない人間を避けてこの熊が長生きができますように。
 下りは、充分な赤布とナタメを付けたと思っていたが、コースから外れそうになる所もあって、注意が必要であった。下りの薮コギは、登りよりは楽だといえ、足よりも腕が草臥れてきた。白布峰・北峰に戻って、なんとか懐電無しで下山できるめどがついたと思い、一息いれた。白布峰・北峰からの下りは、思ったよりも傾斜がきつかったが、掴む木の枝には不自由はなく、順調に高度を下げることができた。踏み跡の分岐まで下ると、後ははっきりした道になった。
 下山の時間を手帳に書こうとすれば、文字が読めない程になっていた。ぎりぎりの下山であった。下山後の着替えをしてから弥平四郎に戻り、下山の報告をした。まだ5時過ぎだと言うのに、弥平四郎の集落は夜のとばりに包まれて静まり返っていた。
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