9942
【日時】 9月11日(土) 日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 曇り
【山域】 会津
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
俎倉山・まないたぐらやま・963m・なし・福島県
金石ヶ鳥屋山・かないしがとやさん・969.6m・二等三角点・福島県
【地形図 20万/5万/2.5万】 日光/小林/会津小林
【ガイド】 分県登山ガイド「福島県の山」(山と渓谷社)、南会津・鬼怒の山50(随想社)、うつくしま百名山(福島テレビ)、会津百名山ガイダンス(歴史春秋社)、新福島百山紀行(歴史春秋社)
【温泉】 湯倉温泉 鶴亀荘 500円 備品(シャンプー、ボディーシャンプー)
【時間記録】
9月11日(土) 6:10 新潟発=(磐越道、会津坂下IC、R.252、横田、県道市沢・横田線、市沢 経由)=9:15 こうの沢分岐〜9:20 発―9:29 日宮沢観音分岐―10:21 金石ヶ鳥屋山分岐〜10:28 発―10:40 俎倉山〜10:47 発―10:56 金石ヶ鳥屋山分岐―11:24 金石ヶ鳥屋山〜11:36 発―12:01 金石ヶ鳥屋山分岐―12:44 日宮沢観音分岐―12:51 日宮沢観音〜12:54 発―13:01 日宮沢観音分岐―13:10 こうの沢分岐=(途中湯倉温泉・鶴亀荘入浴、往路を戻る)=17:20 新潟着
金石ヶ鳥屋山は、只見町小林の集落を見下ろす双耳峰の山である。金石の名前は、この山に鉱山があったことに由来するという。また麓には、観音の形をした自然石が信仰の対象になった「 日宮沢観音」がある。
日本百名山にあやかって、各地方の百名山もブームになっている。特に福島県は、会津百名山、うつくしま百名山、新福島百山紀行といった百山選びが盛んである。これらの三つのリストを眺めていくと、当然ながら共通した山が選ばれている。そのひとつに、金石ヶ鳥屋山がある。ガイド文を読んでいくと、南峰の俎倉山の山頂までテレビアンテナの管理用車道が上がっており、金石ヶ鳥屋山へはその峠部分から山道をたどるが、この山頂もアンテナが置かれているように書かれている。あまり面白いとも思えない山で、只見町の南郷村寄りの新潟からは遠いこともあって、後回しになっていた。東京出張の翌日の手頃な山ということで、金石ヶ鳥屋山に出かけることにした。
会津坂下ICから只見川沿いに走り、先日登った横田要害山の先から県道の峠越えで、伊南川沿いのR.289をめざした。R.289の明和橋まで出てしまったが、地図を良く見るとその手前のT字路を直進すれば良く、行き過ぎであった。明和橋からは、日宮沢観音の案内標識が出ていた。川沿いの県道を走ると、変電所の脇を抜け、右に白い大きな建物を見ると、その先の角から右に林道「東只見テレビ塔線」が分かれた。この角には、日宮沢観音の標識があった。林道が荒れているといやなので、ここから歩きだすことにした。
林道は、未舗装であるが、そこそこの路面の状態で、日宮沢観音分岐まで車を乗り入れることができた。路肩にも車を置くことのできるスペースがあった。その先は、路面が荒れて、オフロード車なら充分に走ることはできるものの、一般乗用車では難しそうであった。谷の奥に進み、沢をまたぐとジグザグの登りが始まった。空には雲がかかっているが蒸し暑く、汗が吹き出てきた。日向の続く林道歩きは辛いものになった。右手の斜面にはスラブ状の岩場が現れ、高さがあがっていくと台形の山頂を持った金石ヶ鳥屋山が姿を現した。稜線上の峠部に出たところで、金石ヶ鳥屋山への入口を捜した。峠の先は谷が落ち込んでおり、右手の稜線に移ることにできる所も限られていた。カーブの張り出し部の草地に、古い杭と塩ビのパイプが残されており、そこから窪地に下りる踏み跡が見つかった。上方に向かっては、明瞭な踏み跡が続いており、これが金石ヶ鳥屋山への登山道には間違いはなさそうであった。林道に戻って、ブナの大木がつくる木陰でひと休みした。
まずは、俎倉山の山頂を踏むことにした。つづら折りを繰り返す林道を進むと、金石ヶ鳥屋山の山頂に到着した。山頂は、いくつものテレビ塔や中継基地で空き地が無いほどに占領されていた。眼下には伊南川沿いの里の眺めが広がっていた。遠くの山はもやって良くみることができなかった。金石ヶ鳥屋山の特徴のあるピラミッド型の山頂は目の前であったが、テレビ塔が視野に入ってくるのがわずらわしかった。
分岐に戻り、金石ヶ鳥屋山への道に進んだ。窪地を越して、ひと登りすると前ピークの上に出た。稜線をゆるく下っていくと小ピークの上に出て、谷越しに金石ヶ鳥屋山の山頂がそびえるのを眺めることができた。ここからは、大きな下りになった。金石ヶ鳥屋山の山頂が高くなっていくについれ、帰りの登り返しが気になってきた。鞍部を越すと、急斜面の登りになった。飛び出した山頂は小広場になっており、二つの中継用の建物に占められており、入口脇には三角点が肩身の狭そうな風情で頭をのぞかせていた。山頂周辺は木立で囲まれて、俎倉山の山頂を振り返るのも、建物の階段を上る必要があった。報われるものの少ない山頂であった。
帰りには、日宮沢観音に夜っていくことにした。分岐から送電線の巡視路を兼ねた道を進むと、右手の山腹に観音像と見れば見えないこともない露岩が現れた。大鉄塔の手前から右手の踏み跡に進むと、小さな沢に木の橋がかかり、その先で杉木立に囲まれた小広場に出た。石灯篭や謂われを書いた看板が置かれていた。かつては、多くの信者が訪れ、お堂も建てられていたという。
すっかり汗をかき、温泉でもということになった。新潟への帰り道ということで、只見川沿いの道に戻ったところで、湯倉温泉・鶴亀荘に入った。鄙びた一軒宿で、湯は茶色に濁った色をしていた。
山行目次に戻る
ホームページに戻る