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虚空蔵山、三額山

12月5日 日帰り 4名グループ 晴

虚空蔵山 こくぞうやま(466m)
三額山 さんがくやま(587m) 蒲萄山塊(新潟県) 5万 塩野町 2.5万 塩野町
ガイド:新潟の低山薮山(白山書房)

12月5日(土) 6:00 新潟発=(R.7、蓮野IC、R.113、荒井浜、R.345、村上、R.7、猿沢、大滝虚空蔵尊、林道ニレ沢線 経由)=8:28 虚空蔵グリーンパーク東入口〜8:22 発―8:45 虚空蔵山山頂〜9:55 発―9:39 551ピーク―9:56 鞍部―10:20 三額山〜12:18 発―13:00 410mの台地〜13:18 発―14:02 T字路―14:10 林道終点―14:18 車の出迎え=(往路を戻る)=15:50 新潟着

 蒲萄山塊は、県北部の山北町、朝日村、村上市にまたがり、日本海の海岸線に沿って南北に連なっている。この山塊の最高峰は、一等三角点の置かれている新保岳であるが、その他にも踏み跡を辿って登ることのできる山も多い。蒲萄山塊の南よりに、虚空蔵山と三額山がある。虚空蔵山は、虚空蔵グリーンパークとして山頂付近が森林浴のために整備されている。最近日帰り温泉で人気の朝日まほろば温泉に向かいあっており、その駐車場から山頂を良く眺めることができる。三額山は、虚空蔵山から主稜線を北にたどり、三等三角点のある551ピークを越した次の山である。三額山からは、東に明瞭な尾根が延びており、かつては麓の桧原あるいは板屋越の集落の生活の場となっていたようである。
 先日の長野での追突事故のために車を修理に出したところ、土曜日までかかるという連絡があった。天気も悪そうだし、まあいいかと金曜日の晩にのんびりしていたところ、夜に上村さんから三額山への誘いの電話があった。虚空蔵山から眺めた三額山に、いつか登ってみたいと思っていたので、願ってもないことであった。いつもなら、県外の山に向かって車を走らせていたところかもしれないので、先日の車の追突事故が、災い転じての福になったようである。
 天気予報に反して、ひさしぶりに青空の広がる絶好の天気になった。これで、車の修理のために家にくすぶっていたら、怒り心頭に達していたところである。山岳同定を楽しみながらの道中になった。11月下旬以来、雪は降っていないようで、低い山は黒いままであった。近づいてくる蒲萄山塊も、雪はほとんどなさそうであった。猿沢の集落手前からグリーンパークの看板で左折し、林道柏尾猿沢線に入りかけてUターン。この道から上がる西登山口からでは、グリーンパーク内の歩きが結構なものになってしまう。今日は、峡彩ランタン会の忘年会があるため、夕方までには必ず新潟に戻る必要があり、時間をうまく使っていく必要があった。集落内の旧道を少し進んで、大滝虚空蔵尊に向かって左折すると、林道ニレ沢線にのることができる。虚空蔵山には、昨年の2月11日に登ったが、その時は雪のために、虚空蔵尊の駐車場からの歩きになった。今回は、林道脇に残雪があるものの、林道に車を進めることができた。途中、一ヶ所のみ、残雪の壁が張り出して、道を広げる必要があったものの、無事に林道終点まで到着することができた。これで、かなりの時間の節約ができた。林道終点広場からは、真っ白な飯豊連峰や、光兎山、鷲ヶ巣山の展望が広がっていた。
 ワカンとストックは念のために持っていき、山に雪が少なければヤブコギの邪魔になるので、虚空蔵山に置いていくことになった。東登山口からは、丸太の階段登りが始まった。ひと登りして、左手の杉林へトラバースしていくと、すり鉢状の窪地にある池のほとりに出た。先回は一面の銀世界であったが、今回は残雪の間から水面が顔をのぞかせていた。池の西端に回り込むと、ここから虚空蔵山の山頂めざしての急な登りが始まった。ブナの大木の中の急斜面は、先回はスノーシューでは傾斜がきつすぎ、雪も深くて難儀した所であったが、今回は足を運んでいれば良く、歩き出しからたいした時間もかからずに虚空蔵山の山頂に到着した。まずは、あずまやでひと休みした。冬囲いもまだで、今回は中のベンチに腰を下ろすことができた。天蓋山から朝日連峰の眺めも広がっていたが、なによりも気になるのは、めざす三額山であった。稜線は、551ピークから弧状に連なって、三額山は谷越しに向かい合っていた。そう簡単ではないが、なんとかいけそうかな、という距離であった。奥の院のお堂の中をのぞくと、中はござが敷かれ、囲炉裏も切ってあり、居心地が良さそうであった。もっとも、酒盛りなどといっては、バチがあたってしまうだろうが。雪はこの先もたいしたことは無さそうであったので、お堂の後ろに、ワカンやストックは置いていくことになった。
 お堂の後ろから北西に向かって尾根を下っていくと、直ぐに参道の迂回路が左に分かれた。その先からは、登山道は無いことになっていたが、明瞭な踏み跡が続いていた。小鞍部から次の470小ピークは、東斜面を巻くように踏み跡が付けられ、東に張り出した尾根に続いていた。落ち葉の上に一層の残雪が乗った斜面のトラバースは滑りやすく、足元に注意が必要であった。状況によっては、ヤブが少々うるさくても、尾根通しに小ピークを越すべきなのかもしれない。雪原を左に回り込んでいって、再び稜線上に戻った。続いて、551ピークに向かっての登りが始まった。登り始めは、明瞭な踏み跡が続いており、順調に高度をかせぐことができた。踏み跡は、途中から、西の谷に向かって下りていったようであったが、昔の峠道であったのだろうか。潅木が少しうるさいものの、歩くのに支障は無く、残雪も膝下くらいであった。少し締まった雪といい、春の残雪歩きのような雰囲気であった。ピークの上に飛び出すと、三角点が雪の中から頭を覗かせていた。今回のコースでは、両脇の虚空蔵山と三額山には、三角点は無く、中間の551ピークにのみ置かれている。
 三額山の山頂を眺めると、一旦大きく下ってから再び登り返す必要があった。三額山へ続く稜線は、山頂付近からかなり下らないと見えないために、コース取りの難しいところである。今回は晴れていて展望が開けているために、心配は無かった。コースを東よりにとるようにしながら、ヤブをこいで残雪に覆われた急斜面を下っていくと、うまく三額山に続く稜線にのることができた。鞍部から再び踏み跡が現れた。三額山への最後の登りに、汗を流すことになった。潅木がうるさい所もあるが、ナタメも所々あり、踏み跡は断続的に続いていた。三額山の肩に出ると、山頂まではもうひと登りであった。残雪も深くなって、一歩づつ膝まで潜る状態で、体力を消耗した。
 三額山の頂上は、潅木に覆われて、山頂標識は無く、以前の登山者のテープが一本木に結ばれているだけであった。雪の上には、クマの足跡が残っていた。蒲萄山塊は、R.7によって内陸部と切り放されていると思っていたので、クマがいるとは意外であった。蒲萄山塊には、どれくらいのクマが生息しているのだろうか。かろうじてつながっているトンネル部を移動して入りこんだのか。夜中といっても、国道を横断を横断するのは、クマにとっても大事のように思う。風は東から吹いており、日本海を見下ろす斜面の雪を整地して、休憩の用意をした。雪の上での、楽しい酒盛り。春山を思わせる穏やかな陽気であった。海岸線手前には、鍋倉山がとんがりピークをのぞかせていた。登りたい山が、そこにも。
 三額山の頂上から東南に向かって明瞭な尾根が続いているが、この尾根に明瞭な踏み跡がついていた。上村さんが、会のためには、この尾根を下ってみる必要があると、切り出した。この立て前論を快く田村さんと小島さんが了承してくれて、田村さんと小島さんが車の回収のために来た道を引き返し、上村さんと私が、尾根を下ることになった。二人だけの歩きとなれば、自分自身でコースを充分に納得しておく必要があり、地図と地形図を良く検討した。尾根は途中までは明瞭。350m付近で、尾根が二つに分かれ、板屋越と桧原から上がってくる林道に向かっている。どちらかというと、桧原からの林道の終点に下り立つことができそうであったが、最後の部分で、等高線が密なのが気掛かりであった。携帯電話で定時連絡を取り合うという打ち合わせをしてから、下山に移った。
 明瞭な踏み跡をたどり、順調な下りが続いた。谷向うの虚空蔵山が目の前に近づいてきた。急な下りを終えて、410mの台地に入ると、炭焼きの跡と思われる窪地が現れた。その先で踏み跡は不明瞭になった。緩く登り返して、細いブナの木が10本ほどまとまって生えている木のかたわらでひと休みした。定時の電話連絡を試みたが、電話がつながらなかった。しかたなく、上村さんが新潟の自宅にかけると、これは通じた。再び歩き始めてから、虚空蔵山に向かってオーイと呼び掛けると、虚空蔵山の手前付近から、木霊に遅れて返事が返ってきた。声の届く範囲だというのに。文明の利器も、あてにはならないということか。拡声器の方が有効かな。近所迷惑だが。ヤブを抜けて台地を下っていくと、右手に向かう尾根に踏み跡が再び現れた。喜んで、この道に進んでしまったが、ここが尾根の分岐で、板屋越に続く尾根に踏み跡が続いているかを確かめなかった。雰囲気としては、そちらの尾根も歩けそうに思えた。潅木の枝が頼りの急な下りが始まった。ヤブコギも必要であったが、踏み跡も切れ切れに続いていた。桧原の集落からの道として使われていたものが、歩く者が少なくなって、薮に覆われているようであった。少し手を加えてやれば、立派な登山道に生まれ変わりそうなのに残念なことである。谷間も近づいたところで、山道とのT字路に飛び出した。右に曲がって杉林と雑木林の境を歩いていくと、沢に飛び出し、林道が上がってきていた。知らない道を下って不安が頭の片隅から離れなかったので、ここでようやくホットすることができた。少し下ると、杉林の中に小さな鳥居が置かれ、注連縄が飾られていた。その先で右手奥に向かう林道との分岐に出た。桧原から登る場合には、この林道分岐に注意する必要がありそうである。国道までの長い林道歩きかと思いながら歩いていると、小島さんの車が迎えに来てくれた。地図も読めない二人が遅れていたので心配していたと、憎まれ口をたたいてくれたが、新しいコースを歩かせてもらったことに感謝した。
 夜の忘年会の準備のために、風呂はパスして帰宅を急いだ。途中から雨がパラツキ始め、良いタイミングで山登りを楽しむことができた。

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