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高松岳から虎毛山

1998年10月10日〜11日 前夜発一泊二日 5名グループ 雨/晴

高松岳 たかまつだけ(1348m)
虎毛山 とらげさん(1432.9m) 二等三角点 栗駒山周辺(秋田県) 5万 秋ノ宮 2.5万 秋ノ宮、鬼首峠
ガイド:秋田の山歩き(無明舎)、アルペンガイド「東北の山」(山と渓谷社)、分県登山ガイド「秋田県の山」(山と渓谷社)、東北百名山(山と渓谷社)、山と高原地図「栗駒・早池峰」(昭文社)

10月9日(金) 7:10 新潟発=(R.7、蓮野IC、R.113、荒井浜、R.345、神林、R.7、鶴岡、R.345、立川、新庄、R.13、雄勝、R.108、秋の宮温泉)
10月10日(土) =0:50 鬼首街道旧道分岐  (車中泊)
8:14 鬼首街道旧道分岐発=8:33 湯ノ又温泉登山口〜8:53 発―10:17 渡渉点―10:48 稜線―11:50 高松岳山頂―12:00 避難小屋〜13:18 発―13:29 高松岳山頂―14:53 1023ピーク手前の鞍部  (テント泊)
10月11日(日) 6:50 1023ピーク手前の鞍部発―9:26 1177ピーク―10:49 1234ピーク(分岐)―11:45 虎毛山〜12:43 発―13:31 1234ピーク(分岐)―14:05 夫婦檜―14:55 赤倉沢渡渉点〜15:04 発―15:46 林道終点―16:01 赤倉橋下駐車場=(秋ノ宮温泉郷 宝寿温泉(525円)入浴、往路を戻る)=22:40 新潟着

 高松岳は、栗駒国定公園の北部に位置し、山伏岳や小安岳とともにひとつの山塊を作っている。山頂部は、樹林限界を越して、潅木と笹に覆われたなだらかな起伏を連ねているが、沢は急峻な谷を作っている。また、虎毛山は、高松岳の南に位置し、大きなドーム型の山頂を持っている。その山頂部には、湿原が広がり、池塘には栗駒山の姿が映し出される雲上の楽園となっている。虎毛山の名は、山腹の沢が縦縞の虎の毛のように見えることに由来するという。高松岳と虎毛山の間は、ブナの原生林で覆われた尾根でつながっており、縦走路が切り開かれている。
 今年の10月10日の体育の日は土曜日で、連休になった。紅葉の盛りと連休が重なっては、山は大賑わいになるのは明かで、登る山を考える必要があった。宇都宮の白石さんが、高松岳から虎毛山の縦走を予定しているとのことで、静かな山を楽しむために、また荷物持ちとして連れていってもらうことにした。金曜日の夜、早めに出発したつもりが、新新バイパスの上では、車がほとんど動かない状態になていた。しかたなく、バイパスをおり、昔のルートを思い出して、東港へ抜けた。新庄までは、神室山周辺の山に登った際に通った道で、道路マップを見る必要も無かった。山形県から秋田県へ県境を越し、雄勝町から秋ノ宮温泉に向かった。新庄から秋ノ宮温泉へのルートとしては、鳴子温泉に出て、鬼首道路に入るというコースも考えられる。神室山塊を大きく迂回することになり、どちらのコースを通っても距離的には変わらないようである。秋ノ宮温泉を通り過ぎ、登山口の赤倉橋へ通じる鬼首峠へのR.108の旧道入口に到着して驚いたことに、ゲートが閉められて通行止めになっていた。鬼首道路の開通のせいなのか。赤倉橋までは歩いても遠くはない距離と思い、朝、この入口で白石さん一行を待つことにした。夜も更けており、近くのパーキングで夜を過ごした。
 予定の9時よりかなり早く白石さん一行が到着した。ゲートの前には、他にも二台の車が停まっており、私の車を旧道入口の路肩に置いて、湯ノ又温泉登山口に白石さんの車で移動した。(赤倉橋登山口が、鬼首道路の開通に伴って変更になっていることを、私と白石さんの二人とも知らなくて、下山後に困ったはめになるところだったとは思いもよらなかった。)湯ノ又温泉入口には、林道への一般車の乗り入れ禁止という看板が出ていた。工事は休みのようだし、温泉へは一般客も入るはずなので、車を進めた。右手の谷に湯ノ又大滝が見えるという声を聞くと、いかにもひなびた感じの湯ノ又温泉に到着した。この先の林道は荒れており、車を下りて前方を偵察する必要があった。林道脇の湯ノ又沢は、美しいナメになっており、沢登りの練習として遊んでみたくなった。沢を渡り、路肩が削れて四駆でないと走れない道を進むと、その先で登山口になった。一般車は、橋の手前に置いた方がよさそうであった。山中一泊の重い荷物を持って歩き出した。今年新調した大型ザックも予想外に出番が多くなっている。登山道は、林道跡の広い道で始まった。沢には木の橋が架かっていたが、露に濡れて滑りやすくなっていた。朝、車の中でラジオをつけた時に、雷のノイズが入っていた。朝の青空が、いつしかあやしげな空模様に変わって、雨が降り始めた。前日の局地的な天気予報では、全国的に晴天が広がるものの、秋田県だけが一時雨という予報が出ていた。念の為に雨具はザックの取り出し易いところに詰め込んでいたが、とりあえずは傘で様子をみることにした。そのうちに雷も鳴り出す本降りになった。わざわざ雨に会いに秋田県まで来てしまったかと後悔した。もっとも、この日の天候は、秋田沖の低気圧が予想外に発達し、あとで各地の山行報告などをまとめてみると、東北南部から新潟県にかけて雨の範囲が広がってしまったようである。昨年の10月10日は、飯豊では一晩で銀世界に変わったというし、以前には北アの薬師岳に日帰り登山を楽しんだこともあるし、季節の変わり目で、要注意の時期であるようである。沢を渡渉すると、登山道も細くなって、急な登りが始まった。周囲にはブナ林が広がり、さっそく白石さんは、キノコ狩りに夢中になった。急登もそれほど続かす稜線上に出て、雲の切れ目から、虎毛山に続く尾根を眺めることができた。稜線上に出てひと安心したものの、山頂めざしての急な登りはさらに続いた。雨はそれ程長くは続かないだろうという予想があたって、雨がやんで周囲の展望が開けてきた。左手には、山伏岳から続く、魅力的ななだらかな稜線を眺めることができた。山伏岳や小安岳への三山縦走は、次回のお楽しみということにしよう。
 ひょっこり飛び出したところが、石の祠も置かれた高松岳の頂上であった。山頂台地の向こうに避難小屋があり、その脇の高みが山頂かと思ったが、こちらが山頂ということのようであった。少し下った所に虎毛山への縦走路の分岐があった。笹原の急な斜面の中を踏み跡程度の道が下っており、縦走路に向かって足を踏み出すのには、ちょっと躊躇するような入口であった。まずは、避難小屋で昼食にすることにした。ここで、箭内さんが泥で滑って手をひねるというアクシデントが発生した。手が動かせないということだが痛みはそれ程無いようなので、避難小屋に向かった。登山道は、泥だらけの道になっていた。新しい避難小屋は、充分宿泊できる、しっかりした造りであった。小屋の中には、山頂標識まで往復の登山者の荷物が置かれて、登山者が入れ替わり出入りしていた。板敷きに上がって、火を起こして昼食にした。雨が上がったのと同時に、気温が下がってきた。白石さんのうどんを御馳走になり、体を温めることができた。ゆっくりりと休憩したおかげか、箭内さんの腕にも力が入るようになった。このまま下山かと、アクシデントへの対応を考えていたが、縦走に進むことができるようで、ひと安心した。
 小屋の外に出ると、先ほどとは変わって、山頂付近はガスで覆われていた。虎毛山への分岐に戻り、縦走路へ進んだ。笹原の急斜面を下っていき、傾斜が緩やかになると尾根上の歩きになった。一気に高度を下げて、高松岳の山頂を見上げるようになると、周囲にはブナの原生林が広がるようになり、歩きやすい道になった。高松岳からの下りを終えて、稜線上の小ピークを越していくようになった所で、時間も3時になり、ブナ林で囲まれたテン場を見つけて行動打ち切りになった。テントを張り、焚き火を起こし、ビールで宴会の幕を開けた。おつまみからメインの焼き肉を始めようとしたところで、再び雨が降り始め、テントの中に撤退となった。途中で収穫したキノコも入った焼き肉や山の話で酒も進み、アルコールを全て飲み尽くしてしまった。翌日の昼食用のビールを残しておかなかったことが反省点。9時に就寝することになり、外に出るときれいな星空が広がっていた。
 翌朝、テントで朝食をとり、再び歩きだした。登山地図には、急坂は無いと書かれているが、小さなアップダウンがあり、体力は結構消耗した。ブナの原生林の中の道は、はっきりしており、迷う心配は無い道が続いた。青空を背景に、高松岳が次第に小さくなり、代わりに、谷を挟んで向かい合う前森山とその背後のドーム型の虎毛山が大きくなってきた。前森山も背後になり、稜線が東に向きを変える1177ピークへの登り始めで、登山道がガレ場の縁を通って場所に出た。泥付きの急斜面を登る際に、足場が崩れないよう細心の注意を払わなければならなかった。下りの際には、ロープを出すか、潅木の中を薮漕ぎして尾根通しに通過した方が安全かもしれない。結局、縦走路ではここが一番の難所であった。1177ピークの右手を卷いて一旦下り、次の登りを終えると、虎毛山の一隅に到着した。潅木帯の中の緩やかな道を進んでいくと、話し声が近づいてきて、赤倉沢登山口への分岐の1234ピークに出た。小広場は、休んでいる登山者でいっぱいであった。日帰り軽装の中で、大型ザックの一行は、注目をあびた。分岐の広場は展望がないためそのまま通過し、その先のヤセ尾根で、虎毛山の山頂を目の前にしてひと休みした。山頂は、ドーム状に盛り上がっており、もうひと頑張りする必要があった。山腹では、色づいた潅木が、紅葉という名のパッチワークを形作っていた。残念ながら、今年は目の覚めるような紅葉というわけにはいかなかったが、くすんだ紅葉は、秋の寂しさを感じさせてくれた。丸太の段々もある、急な登りが続いた。傾斜が緩んで、山頂台地の一隅に登り着いたところで、先頭の白石さんが驚きの声を上げた。見ると、宮城の高橋さんであった。単独行で、昨日は村山・葉山に登ったものの、虎毛山が気になって、私たち一行を捜しながら登りに来たという。登山口の車も、山頂にも姿が見えないので下山するところであったという。高橋さんには申し訳ないが、再び山頂に引き返してもらうことになった。背後には、大きな展望が広がったが、まずは山頂をめざした。避難小屋の裏手に山頂標識と三角点があったが、ここは人気が無く、その先の草原で大勢の登山者が休んでいた。
 開放感あふれた山頂であった。緩やかに傾斜する台地には色づいた草原が広がり、池塘が点在していた。高松岳は、二日間の長い歩きを現すかのように小さくなっていた。栗駒山は、のびやかに大きく広がり、目の前に横たわるのが須金岳か。登山者の数は多かったが、山頂が広いためか、混み合ったという感じは無かった。途中で収穫したキノコ入りのスパゲッティーの昼食になった。高橋さんとの話で、虎毛山登山口の様子がどうも噛み合わなかった。結局、現在の登山口は、旧道分岐から500m程秋の宮温泉よりの林道から入るということが判った。私と白石さんの信じていた、旧道の赤倉橋のたもとから、橋の下の林道に下りるというコースは、鬼首道路の開通に伴って変更になっていた。後で、本屋に並んでいるガイドブックの立ち読みで確かめることができた。登山地図やガイドブックは、最新版の物で確認しておく必要があると、登山メーリングリストで発言したばかりというのに、自分自身で、とんでもない落とし穴にはまっていた。下山時には、旧道分岐に置いた私の車は役にたたず、高橋さんにお願いして、白石さんの車の回収を手伝ってもらうことになった。
 時間も遅れ気味になっており、下山に取りかかることにした。先行して、山頂台地のへり付近から西の展望を楽しむことにした。神室山塊が横に長く連なり、遠くに鳥海山と月山が浮かんでいた。登山道は、多くの登山者が通過したためか泥沼と化しており、足を滑らさないように注意が必要であった。分岐からは、赤倉沢への一気の下降が続いた。ブナ林から檜林に変わると、沢も近づいてきた。泥の中に岩がまじって落石が心配な、つづら折りの九十九折りを下ると、赤倉沢の渡渉点に出た。丸木橋で沢を渡って、ひと休みした。右岸に枝沢が流れ込んできており、二日間の水の心配から開放されて、思いきり水を飲んだ。ここで、白石さんと高橋さんに、車の回収のために先行してもらった。この先は、沢沿いの林道跡の歩きになった。道は、泥沼になっており、登山靴は泥だらけになってしまった。なんとか走向も可能な林道に出て、もうひと歩きして、赤倉沢を右岸に渡ったところで、赤倉橋の下の駐車場に出た。赤倉橋は、はるか頭上を越しており、登山道らしきものは見あたらなかった。100m程秋の宮温泉よりに、下ってきた尾根上に踏み跡があったのが、登山道のなごりであったのだろうか。駐車場で待っていると、思ったよりも早く、白石さんと高橋さんの車が戻ってきた。途中で、私の車を回収し、秋の宮温泉の宝寿温泉で入浴し、山の締めくくりとした。秋田から新潟までは、帰り道は長かったが、道路も空いており、順調に家に帰り着くことができた。

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