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古賀志山不動岩・岩トレ

南月山、茶臼岳

1998年7月4日〜7月5日 前夜発1泊2日
 古賀志山不動岩・岩トレ 7名フループ 曇り後雷雨 
 南月山、茶臼岳 単独行 晴

南月山 みなみがっさん(1775.8m) 二等三角点
茶臼岳 ちゃうすだけ(1915.m) 那須連峰(栃木県) 5万 那須岳 2.5万 那須岳 ガイド:アルペンガイド「奥日光・足尾・那須」(山と渓谷社)、栃木の山120(随想社)、山と高原地図「那須・塩原」(昭文社)

7月3日(金) 21:20 新潟発=(磐越自動車道、東北自動車道 経由)=23:55 那須SA着 (車中泊)
7月4日(土) 5:10 那須SA発=(東北自動車道、宇都宮IC、R.293、大谷、古賀志 経由)=6:30 古賀志不動岩入口駐車場 岩トレ 夕刻より森林公園にて宴会 (車中泊)
7月5日(日) 4:05 森林公園発=(大谷、R.293、宇都宮IC、東北自動車道、那須IC、南ヶ丘牧場 経由)=6:10 沼原駐車場〜6:30 発―6:33 周遊コース分岐―7:37 白笹山―8:08 南月山〜8:15 発―8:32 日の出平―8:47 牛ヶ首―8:52 殺生石分岐―9:16 ロープウェイ駅分岐―9:35 茶臼岳〜9:43 発―10:10 峰の茶屋―10:27 牛ヶ首―10:42 姥ヶ平〜10:56 発―10:58 池分岐―11:04 池〜11:06 発―11:09 池分岐―11:18 三斗小屋分岐―11:52 日の出平分岐―12:13 沼原駐車場―沼原湿原―12:44 沼原駐車場=(南ヶ丘牧場、那須IC、東北自動車道、磐越自動車道 経由)=17:30 新潟着

 那須連峰は、現在でも噴煙を上げる活火山の茶臼岳、那須穂高とも呼ばれる朝日岳、最高峰の三本槍岳が有名であるが、その南端に南月山がある。南月山は、なだらかな姿をしているが、かって月山と呼ばれた茶臼岳の南にあることから南月山と呼ばれている。茶臼岳への登山道としては、東面からのロープウェイ駅あるいは、峰の茶屋経由のコースが多く利用されているが、西面の沼原からのコースも、沼原湿原や姥ヶ原などの見所が多く、静かな山歩きを楽しむことができる。
 5月に会津駒ヶ岳から三岩岳へ縦走を行った際に、宇都宮の白石さんから、次は沢に行こうという話が出た。戻ってからさっそく、那須連峰の流石山につきあげる井戸沢の沢登りの計画が登山メーリングリストに出された。昨年、会津側から流石山、三倉山に登ろうとしたが、林道の通行止めのために断念したこともあり、すぐに参加を申し込んだ。ただし、沢である以上、岩のトレーニングを受けることという条件がついた。これまでも一般縦走路を安全に歩くため、岩のトレーニングも必要かなとも思っていたので、シットハーネスやらヘルメット、カナビラ、エイトカン、ATCなどの道具を買い込み、宇都宮近くの古賀志山の不動岩の岩場に出かけることにした。早朝出発しても、高速を使えば宇都宮には着ける距離ではあったが、遅刻するとまずいので、前夜出発した。途中から、サッカーのワールドカップのイタリア・フランス戦の放送を聞きながらのドライブになったが、那須SAに着いたところで、前半を終了し、翌日を考えて寝ることにした。翌朝目を覚ますと、フランスが勝っており、ブラジル・デンマーク戦が始まっていた。デンマークの頑張りに、一気に目が覚めた。宇都宮で高速をおり、大谷に近ずいていくと、前方にすぐそれと判る岩山の古賀志山が迫ってきた。ガソリンスタンドの脇から古賀志山に向かう林道に入り、黒滝明神入口を過ぎて植林地の中を進んでいくと、右手に6、7台程の駐車スペースがあり、ここが不動岩の入口であった。すでに車も三台程とまっていた。窓を開けてひと眠り。心地よい風が吹き込んできたが、日が登るにつれ暑くなってきた。夏空が広がり暑い一日になりそうであった。9時前に、白石さんが到着。少し前に到着して、誰かを待っていたのが、宇都宮ハイキングクラブの小森さんであった。ロープなどのクライミングの用具とスイカを持って、杉林の中の道を登っていくと、5噴程で岩場の下に出た。お堂があり、シュリンゲのブル下がるオーバーハングをした岩の右手には滝が落ち、左手には水場が設けられていた。水場の下にはおけがおかれ、さっそくスイカをほうりこんでひやした。
 まずは、左手の入門者用コースに向かった。IV-のグレードという岩場は、確かに三点確保だけでは無理そうで、落ちる用心をしなければ登れそうもなかった。一般登山道だったら、必ず鎖のかかるところで、なければいさぎよく撤退というところであろうか。まずは白石さんが、トップロープをかけに登ってみせたが、はて、自分にできるのか不安になってきた。ロープの結び方、8の字結びを習い、ATCの使い方、確保の仕方を習って、いよいよ本番。いつものように岩場を見上げ、手がかり足がかりを捜すと、なんとか登っていくことができた。半分くらいまでは、結構いけると思ったものの、中盤でホールドが小さくなると、三点で岩に張り付いているのがやっとになった。余った手で上のホールドをさぐり、体を上げる時にロープにテションがかかって、お助け状態になっていた。一般縦走路の三点支持というのは、一点でも充分支えられるホールドの上にのって、用心のために二点で支えているようなもんだが、クライミングでは、三点がそろっていないと危ういことを思い知らされた。なんとか登り切って、ついで下ろしてもらうのは、さらに怖い思いをした。高さはそれ程でもなかったが、目の前のロープの結び目がするするといつほどけるのではないかなと思ってしまった。なんとか地上に降ろしてもらい、次に確保の練習。白石さんのクライミングシューズを借りてもう一度登って、次のコースに行きましょうと白石さん。滝の反対側の岩場に移ると、数組がすでに取り付いていた。次は新人クラックは、IVのグレードとのことであった。白石さんがまずお手本を見せてくれたが、クラックに手をかけて、足を横に大きく広げて岩に爪先をかけながら登っていった。私は、足も短いし、体も固く、腕力はからしき無い。登る前から、言い訳ばかりが出てきた。なんとかクラック上部まで登ったものの、ちょっとしたでっぱりが越せない。手がかり、志がかりをさがそうにも、むなしく岩の表面をこするばかり。手足の力も抜けてきて、あきらめて、残置シュリンゲを使って登り切った。初心者特訓コースに励んでいると、川田さん、庄司夫妻、宮本さんも到着した。もう一本新人クラックを登って、午前中の練習はおしまいにした。同じ所が越せなかったのが残念であった。白石さんが、粉屋の娘ルートにロープをかけるのを見学したのち、お堂の前に戻って、良く冷えたスイカを切って、昼食にしようとした時、雷雨が始まった。一同、ロープをかたずけ、お堂の下で雨宿りをしながら、スイカを食べて、山の雑談をした。1時間後に一旦雨が止んだので、今度は、入門者コースで宮本さんがトップの練習。私は、沢のウェーティングシューズでの登りの練習を行おうとしたが、再び激しい雷雨が襲ってきて、そのまま岩トレは中止においこまれた。懸垂下降の練習が残ってしまい。これは、来週に行うことにした。
 夕方、森林公園に移動したところで、声をかけてくる人があり、話しをすると、茨城の久保田さんであった。メーリングリストで話をしただけで、良く見つけることができたものだ。立ち話だけで帰られたのが残念であった。雨が少し残っていたので、あずまやの下で、炭をおこして、なべをつくり、イカを焼き、飯ごうで米を炊いた。ビールから日本酒に変わってしばらくで、宮本さんは横になってひと眠り。庄司夫妻が帰るのと行き違いに高橋さんが到着。再び起き出した宮本さんも交えて、山の話は、12時過ぎまで続いた。初めての岩トレは、無事に終了したものの、手足を何カ所も蚊に喰われたのが被害であった。
 雨が残ったために、車の中で寝てしまったが、翌朝目を覚ますと、4時。山に出かけるに丁度良い時間であった。ラジオをつけると、ドイツ・クロアチア戦。これも激戦で、頭をすっきりさせるのによかった。那須ICでおり、沼原への林道に入る頃、サッカーの試合もクロアチアの勝利で終わった。林道は、未舗装であるが、走りやすい道であり、終点には大駐車場が設けられていた。梅雨も明けたかのように青空が広がり、白笹山から南月山の稜線が横に広がっていた。那須は、百名山巡りとして、茶臼岳、朝日岳、三本槍岳を登ったが、大きな山域の一部を登ったにしかすぎず、周辺の山をもう少し登らなければならないなと思っていた。駐車場の外周部は、車でほぼ埋まっており、沼原湿原のニッコウキスゲ目当てのハイカーやカメラマンが出発の準備をしていた。南月山への道は、林道の終点部から始まっていた。登山道が複雑なため、家を出てから高速に乗る前に郊外型本屋によって那須のハイキング地図を買ってきたのが正解であった。登山道を少し進んだところで、周遊コースから分かれて、右手に曲がって山に向かった。トラバース気味の長い登りが始まった。標高を上げるにつれ、周囲の木立も、ブナやミズナラ、ダケカンバ、ハイマツとめまぐるしく姿を変えていったが、下生えには深い笹原が広がっていた。丁度、笹が刈り払われた直後らしく、登山道を笹の葉がおおっていた。笹がかぶさっていると、歩くのに難儀しそうであったが、幸い快適に歩くことができた。振り返ると青い水をたたえた沼原沼を見下ろすことができた。
 気持ちよくひと汗流して登り着いた白笹山は、木立に囲まれて展望はなかったが、少し先の下り斜面にかかった所で、素晴らしい眺めが広がった。南月山に向かって笹に覆われた緩やかな稜線が登っていき、その左肩に茶臼岳が噴煙を上げるドーム型の頭をのぞかせていた。楽しい稜線歩きが始まった。右手には、那須高原が、所々建物を点在させながら大きく広がっていた。一旦鞍部に下った後に、緩やかに登っていくと南月山に到着した。石の祠と石碑が置かれ、その向こうには、茶臼岳が大きくそびえていた。砂礫におおわれた広い尾根に登山道が先に延びていくのが見えた。アルプスの縦走路を思わせる風景であった。茶臼岳の無限地獄から盛んに立ち上がる噴煙が、縦走路の迫力を増していた。晴天が広がっていたが、風が吹きはじめていた。男鹿山塊や流石山から三倉山に続く奥那須の山々も、良く眺めることができた。稜線を歩いていると、風のために、時折足元がふらついた。日ノ出平に近づくにつれ、茶臼岳がさらに大きくなっていった。牛ヶ首に少し下って、ロープウェイ駅へのトラバース道に進んだ。谷向こうに南月山へ続く稜線が広がっていたが、茶臼岳方面から眺める南月山は、緩やかな尾根上の高まりといった感じで、登頂意欲はそそられなかった。南月山は、下から登ってきてはじめてその価値が高まるようであった。山頂駅からの登山道に合流して茶臼岳への山頂に向かったが、登山者の姿は、数人見かけるだけであった。風に運ばれるマイクのアナウンスを聞くと、ロープウェイは、風のために運休しているとのことであった。歩けない程の風ではなく、これ幸いと山頂をめざした。ガレ場の中を登っていくと、お釜の縁に出て、ひと登りで鳥居と祠の置かれた山頂に到着した。ロープウェイを使った観光登山も含めて、三回目の山頂であった。周囲には数名が休んでいるだけの静かな山頂であった。来週登る予定の流石山をじっくりと眺めた。北には、朝日岳の岩壁が荒々しく切り落ちていた。
 ひと休みしたのち、お釜の縁を回って、峰の茶屋にむかって下山した。途中で、登山道のマークの黄色いペンキを塗りなおしていた。峰の茶屋へ登ってくる登山道を見下ろすと、蟻の行列のように登山者が連なっていた。茶臼道のトラバース道も、軽装の行楽客もまじって大賑わいで、ロープウェイが運休のために、皆、歩いて登ってきたようであった。安達太良山の事故のことがあるので、噴気孔の脇は、うす気味悪く思いながら、足早に通り過ぎた。馬ノ背に戻って、姥ヶ平に向かって下った。姥ヶ平は、ベンチも置かれ、噴煙を上げる茶臼岳を眺めながらお弁当を広げるのに絶好の場所であった。茶臼岳周辺の混みようがうそのように、雄大な眺めが静かに広がっていた。広場の一画には、姥さまの石像が置かれていた。木道が右手に分かれて、池に続いているようなので、寄っていくことにした。木道周辺には、シャクナゲが花壇のように広がっていた。木道は、途中で折れていたり、がたつきが出ていたりしていた。終点には小さな池があり、茶臼岳の姿を水面に浮かべていた。結局、この池の名前は判らなかった。分岐に戻って下っていくと、三斗小屋温泉との分岐に出た。三斗小屋温泉も行ってみたい所だが、左に曲がって沼原をめざした。この先は、樹林帯の長く感じられる道が続いた。登山道には、笹がかぶり気味であった。途中の分岐で、駐車場近道という標識に従ってしまったが、そのために沼原湿原には駐車場から少し戻ることになった。人声が近づいてきたと思うと、駐車場の脇に出た。驚いたことに、休日の繁華街並みの混雑状態であった。観光客に混じって、沼原湿原を目指した。沼原湿原へは、足の弱い観光客では、登り返しが辛くなりそうなくらいの下りがあった。湿原には、ニッコウキスゲが花盛りであった。アヤメも少し混じって彩りを添えていた。湿原は、観光客で大賑わいであった。そして駐車場も。駐車場からあふれた車の路上駐車の列が長く続いていた。大型観光バスも混じり、那須の観光コースのひとつになっているようであった。
 今回は、あまり注目されない南月山を目的に登ったが、静かな山歩き、アルプスを思わせる縦走路、次第に大きくなってくる茶臼岳の展望、静かな庭園風の姥ヶ平、花の沼原湿原を楽しむことができ、もっと多く歩かれて良い周遊コースであった。ロープウェイを使って簡単に登ることができる茶臼岳であるが、改めて山の良さを見直すことができた。

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