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黒森山

1998年6月27日 日帰り 単独行 雨

黒森山 くろもりやま(917.4m) 二等三角点 飯豊連峰周辺(福島県) 5万 熱塩 2.5万 加納
ガイド:会津百名山(歴史春秋社)、山と渓谷1998年5月号p.288

6月27日(土) 5:40 新潟発=(磐越自動車道、会津坂下IC、R.7、塔寺、山都、R.459、相川、一ノ木、向山 経由)=7:44 林道ゲート〜7:52 発―8:25 駐車場―8:27 登り口―8:36 前ピーク―8:46 鞍部―8:54 見晴らし分岐―8:56 見晴らし〜8:58 発―8:59 見晴らし分岐―9:09 黒森山山頂〜9:12 発―9:19 見晴らし分岐―9:27 鞍部―9:30 前ピーク―9:37 登り口―9:39 駐車場―10:04 林道ゲート=(向山、一ノ木、相川、R.459、山都、塔寺、R.7、会津坂下IC、R.252、柳津、軽井沢、市野 経由)=11:40 大谷地集落跡(高尾嶺偵察)=(市野、軽井沢 経由)=14:00 銀山(銀山峠偵察)=(軽井沢、柳津、R.252、会津坂下IC、磐越自動車道 経由)=17:00 新潟着

 黒森山は、飯豊の代表的登山口である川入のひとつ手前の集落の一ノ木の東にそびえる里山である。お椀を伏せたようなドーム状の形から良く目立つ山で、山都町主催の山開きが5月第一日曜日に行われている。
 先週に引き続いてこの週末も、雨。磐越道のおかげで行きやすくなった会津へ再び出かけた。山都への途中、会津百名山に選ばれている高寺山の登り口を、大原の集落に捜した。昨年の冬に、西海枝より分かれて山の北側を通っている林道から偵察と思って歩いているうちに、山頂に達してしまったが、これは正規のハイキングコースではないようであった。通りがかった人に登山道を聞くと、ため池の塔寺側にあるとのことだった。道を引き返すと、田圃道の脇に、高寺山登山口と書かれた目立たない標柱が立っていた。会津百名山の本の略図では、登山口とため池との関係が間違っていた。
 黒森山の登山口の一ノ木への道は、飯豊の登山口の川入へと続いている。六月の飯豊は、好きなシーズンであるが、雨とあっては、里山で我慢するしかない。一ノ木の集落内には入らず、一ノ戸川左岸のバイパス道を進んでいくと、右手に向山への県道が分かれた。急カーブを切りながら山の斜面をひと登りした所で、左手に林道が分かれ、ここには黒森遊歩道という標識が立っていた。細い林道を進んでいくと、人家が現れて驚いたが、さらにその先に林道は続いていった。林道の路面はそれほど悪くは無かった。突如、左 黒森向山線 右 黒森山という立派な道路標識が吊るされた分岐に出て、右に曲がった先でゲートが閉められていた。この林道の分岐の位置も、会津百名山の本は間違っていた。ゲート周辺は広いスペースがあり、車を置いて歩き出した。到着と同時に雨が降り始め、雨具をつけての出発になった。林道は、尾根にそって続いていた。東斜面には、伐採地が広がっていた。路肩が危なそうな個所もあったが、車の通ったあともあった。林道の先には、黒森山が、ドーム状の山頂をのぞかせていた。林道歩きに疲れる頃、左手に駐車場のPのマークが付けられた広場が現れた。その僅か先で、黒森山の案内看板の立てられた登山口に到着した。鞍部まで550M、そこから山頂まで700Mと記されていた。ひと登りすると稜線沿いの道となり、ひと汗かくと、前ピークに出た。緩やかに下っていくと、鞍部に出て、ここにも同じ看板が立っていた。ここから本格的な登りが始まった。かなりの急斜面で、登山道はジグザグを切りながら高度を上げていった。滑りやすい急斜面の個所には、トラロープも張られていた。傾斜が少し緩んできた所で、右手に踏み跡が分かれた。ペンキの薄れた看板もあったので、この踏み跡に入ってみた。少し登った所で、道は終わっていたが、そこからは、磐梯山や会津盆地の眺めが広がっていた。どうやら展望台のようであった。分岐に戻って良く見ると、猪苗代湖とも書いてあるようであった。ブナやナラの林の中を、登っていくと、次第に傾斜は緩やかになって、三角点のある山頂に出た。三角点周辺は木立が切れて、雨風が強くあたり、林の中に戻ってひと休みした。飯豊連峰もすぐ近くであったが、山頂からの眺めは得られなかった。
 車に戻ってひと休みしてから、会津百名山の柳津の奥の高尾嶺と銀山峠を目指した。軽井沢から町村界の峠を越した市野の集落手前から未舗装の林道に入った。車の轍が残っており、路面の状態は悪くはなかったものの、対向車とのすれ違いは難しい狭い道が長く続いた。大谷地の集落跡は、奥に小屋が二軒あり、廃車が放置された広場になっていた。林道を歩いていくと、大谷地溜池の堰堤に出て、その手前から右手に分かれる道に入ると、畑が現れた。山に向かって延びる踏み跡は、身の丈を越す草に覆われていた。地図では、この道は山腹を巻きながら久保田に続いているはずであった。草が茂ってたどるのがやっとな道を進んでみたものの、山頂に向かう道は現れなかった。ヤブ漕ぎには良い季節ではないので、今回は偵察のみということにした。畑に戻ると、奥で畑仕事をしている人がおり、山のことを教えてもらうことにした。今の季節は、草が茂って登るのは難しいこと。コースとしては、久保田への道をたどって町村界尾根を登れば良いこと。山腹を巻いていく道は、以前は大谷地から久保田への集落へ親戚を訪ねるために良く歩かれていたものの、今は荒れていて、一部は消えていること。五月の連休明けには、溜池の監視に入るため除雪がされるので、この時期をねらって残雪を利用して登るのが良いこと。久保田の集落には冬でも入れるので、中腹まで延びる林道を使って、雪山として登るのも良いこと。熊がいて、畑にも良くでてきて石をぶつけて追い払っているので注意する必要があること。会津百名山に取り上げられ、簡単に登れるように紹介されているので困惑していること。仕方がないので、草刈りでもしないといけないかなと思っていること。などを親切に教えてもらった。ともあれ、高尾嶺は、完全なやぶこぎか残雪歩きの準備をしないと登れない山であることが判った。
 続いて、銀山峠の入口の銀山を目指した。塩野の集落手前から分かれる林道を登っていくと、山中に銀山跡が現れた。数軒の住宅が並び、煉瓦造りの煙突がひときわ目に付いた。採石跡は、山の高い所に続いていた。峠への道は、地図を見ると、銀山手前の坂の上がり口から始まっているようであった。草のかぶった林道跡を登っていくと、行き止まりになってしまった。古い峠道が途中で分かれているはずであったが、夏草が茂っているためか、見つけることができなかった。あるいは、見当違いの道を探っていたのか。峠道なら、反対側からアプローチを試みることができるが、雨が激しくなってきて、それ以上の探索は諦めて帰ることにした。

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