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大平山

1998年6月14日 日帰り 単独行 曇り

大平山 おおだいらやま(560.8m) 二等三角点 朝日連峰周辺(新潟県) 5万 塩野町 2.5万 越後門前
ガイド:新潟の里山(新潟日報事業社)

6月14日(日) 7:20 新潟発=(R.7、蓮野IC、R.113、荒井浜、R.345、神林、今宿、有明、殿岡、南大平 経由)=8:35 南大平ダム湖公園〜8:56 発―9:05 稜線分岐―9:06 あずまや―9:14 鞍部―9:51 前ピーク―10:15 大平山〜10:28 発―10:42 前ピーク―11:13 鞍部―11:22 あずまや―11:23 分岐〜11:36 発―11:45 南大平ダム湖公園=(往路を戻る)=13:30 新潟着

 大平山は、村上の南東部、朴坂山塊の北、光兎山の東に位置する山である。山麓に南大平ダム湖公園があり、平成9年秋に、南大平集落のボランティア活動によって登山道が開削されたという、新しいハイキングの山である。
 今年の五月に、新潟日報から「新潟の里山」という本が出版された。お馴染みの山も多いが、本を読んで、登ってみなければと思う山も少なからずあった。そのうちの一つが、大平山であった。大平山の記録としては、LATERNE No.3の、上村氏と中村氏の3月に残雪を利用して登ったものや、松本氏の8月に沢をつめたというものがある。松本氏の記録では、ヒルの大攻勢にあったということなので、残雪期を狙うべきと思っていたが、今年は、時期を失ってしまっていた。登山道ができたというなら、有り難く利用させてもらい、里山のハイキグとして楽しませてもらうことにした。
 土曜日の晩に雨が降り、登山のテンションも低下してしまって、起きたのも、いつもの時間になっていた。幸い、西から移動してくる雲の切れ間なのか、雨は上がっていた。雨が近いせいか、意外に展望がきいて、濃紺に染まった山々が広がっていた。南大平の集落を越して山間部に入っていくと、小さなダムが現れ、周辺は芝の広場やあずまやが設けられ、天体観測用の「ポーラスター神林」のドームもあり、公園として良く整備されていた。管理棟手前に、登山口の標識が立っており、すぐに見つけることができた。周辺には、何カ所もの駐車場が設けられていたが、この登山道前の4台ほどの駐車場に車を止めた。牧草地の右端のコンクリート道を登っていくと、右手の林の中に分け入っていく登山道が現れた。入口には、草木の採取禁止と共に、「沢には下りないで下さい。ヤマビルの吸血被害にあいます」という警告がかかれていた。雨上がりで滑りやすい泥の斜面を登ると、枝尾根の上に出て、ダムの湖面や胎内方面の眺めが広がった。正面に横たわる稜線に登ると、左手から丸太階段で整備された道が登ってきていた。右手に進むと、すぐにあずまやに出た。ここから北の門前川に向かって下っていく丸太階段の道も分かれていた。北面の赤沢あたりからの遊歩道も整備されているのだろうか。小ピークから、一旦大きな下りになり、前方に大平山に続く稜線を眺めることができた。山頂部は二つに分かれているように見え、右手のピークが目指す山頂のようであった。結構距離があるように見えた。帰りは、少々嫌だなと思うくらいの下りがあった。登山道沿いには、杉の植林地がしばらく広がっていた。登山靴の底に、ササの刈り払いの跡がバキバキあたり、新しい登山道であることが実感できた。時々木立の間から展望が広がり、振り向くと、蒲萄山塊や日本海、粟島の眺めを楽しむことができた。登山道は、神林村と村上市との境界線上に付けられ、標識が埋め込まれていた。あずまやから先に登山標識は無かったが、赤テープが付けられて、迷う心配はなかった。緩い登りを続けると、周囲にはブナ林が広がるようになった。一本の幹から数本の幹が延びているものも多く、昔に炭焼きなどで切られたあとなのだろうか。急斜面の登りを終えるとピークの上に出たが、山頂はその先であった。潅木帯で囲まれたやせ尾根を辿っていき、山頂への登りになると、周囲は見事なブナ林になった。登り着いた山頂は、木立の中の小広場で、展望はなかった。ガイドの写真にある横長の山頂標識は二つに折れ、かわりに台形の標識が立てられていた。境界線に沿っ道は、すぐ先でとぎれていた。ブナの葉が積もった広場に腰をおろしてひと休みした。帰りは、山頂からの下りに気をつければ、後は緩やかな下りであったが、戻る道は結構距離があった。あずまやの先の分岐の先に続く丸太階段の道が気になり、下りてみたが、公園方向に下る道は無く、そのまま稜線上に続いていった。車に戻ると、雨粒が落ち始めた。一日の山歩きとしても充分であったため、家に帰ることにした。

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