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岩櫃山

八間山、白砂山

湯ノ丸山、烏帽子岳、黒班山

鹿俣山、尼ヶ禿山

1998年5月2日〜5月5日 3泊4日 単独行 曇り/雨/晴/晴

岩櫃山 いわびつやま(802m) 四等三角点 吾妻川流域(群馬県) 5万 中之条 2.5万 群馬原町
ガイド:分県登山ガイド「群馬県の山」(山と渓谷社)、上州山歩(読売新聞社)、群馬の山歩き130選(上毛新聞社)

八間山 はっけんざん(1935m) 野反湖周辺(群馬県)
白砂山 しらすなやま(2139.7m) 三等三角点 野反湖周辺(群馬県・新潟県・長野県) 5万 岩菅山 2.5万 野反湖
ガイド:アルペンガイド「上信越の山」(山と渓谷社)、分県登山ガイド「群馬県の山」(山と渓谷社)、上州山歩(読売新聞社)、群馬の山歩き130選(上毛新聞社)、日本300名山ガイド 東日本篇(新ハイキング社)、山と高原地図「志賀高原・草津」(昭文社)、山と高原地図「谷川岳・苗場山・武尊山」(昭文社)

湯ノ丸山 ゆのまるやま(2103m)
 北峰(2099m) 四等三角点  浅間山周辺(群馬県・長野県)
烏帽子岳 えぼしだけ(2066m) 浅間山周辺(長野県) 5万 上田 2.5万 嬬恋田代
ガイド:アルペンガイド「上信越の山」(山と渓谷社)、分県登山ガイド「群馬県の山」(山と渓谷社)、上州山歩(読売新聞社)、群馬の山歩き130選(上毛新聞社)、山と高原地図「軽井沢・浅間」(昭文社)

黒班山 くろふやま(2404m) 浅間山周辺(群馬県・長野県) 5万 上田 2.5万 車坂峠
ガイド:アルペンガイド「上信越の山」(山と渓谷社)、上州山歩(読売新聞社)、群馬の山歩き130選(上毛新聞社)、山と高原地図「軽井沢・浅間」(昭文社)

鹿俣山 かのまたやま (1637m)
尼ヶ禿山 あまがはげやま (1466m) 三等三角点 武尊山周辺(群馬県) 5万 追貝 2.5万 藤原湖
ガイド:分県登山ガイド「群馬県の山」(山と渓谷社)、上州山歩(読売新聞社)、群馬の山歩き130選(上毛新聞社)、山と高原地図「谷川岳・苗場山・武尊山」(昭文社)

5月2日(土) 8:10 新潟発=(関越道、月夜野iC、R.7、沼田、R.145、中之条、R.145 経由)=11:28 郷原駅〜11:38 発―11:55 T字路(赤岩登山道分岐)―12:02 密岩登山道口―12:18 コル―12:21 天狗ノ架橋―12:38 岩櫃山〜12:45 発―12:50 北峰〜13:01 発―13:14 沢通分岐―13:15 赤岩登山道分岐―13:31 本丸城址〜13:35 発―13:43 登山口―14:10 郷原駅=(R.145、長野原、R.292、六合村、バーデ六合入浴(300円)、R.292 経由)=16:30 野反湖駐車場 (車中泊)
5月3日(日) 7:52 野反峠発―8:42 八間山―10:04 堂岩山分岐―10:58 白砂山〜11:12 発―12:10 堂岩山分岐―13:31 八間山〜13:35 発―14:15 野反峠=(R.292、花敷温泉ホテル入浴(500円)、尻焼温泉入浴(無料)、R.292、長野原、R.144、新鹿沢 経由)=19:05 地蔵峠 (車中泊)
5月4日(月) 6:43 地蔵峠発―6:55 リフト終点―7:07 ツツジ平分岐―7:33 湯ノ丸山〜7:41 発―7:48 北峰〜7:59 発―8:07 湯ノ丸山―8:28 鞍部―8:45 稜線―8:51 小烏帽子―9:02 烏帽子岳〜9:18 発―9:28 小烏帽子―9:32 稜線―9:45 鞍部―10:05 ツツジ平への分岐―10:22 地蔵峠=(湯ノ丸林道 経由)=10:45 車坂峠〜10:52 発―11:06 笹平―11:38 赤ゾレの頭〜11:43 発―11:51 トーミの頭―12:02 黒班山〜12:40 発―12:49 トーミの頭―12:56 赤ゾレの頭―12:24 笹平―13:47 車坂峠=(高峰温泉入浴(500円)、高峰林道、浅間広域林道、嬬恋村、R.144、長野原、R.145、沼田、R.7、迦葉山透門橋 経由)=7:15 玉原高原センターハウス (車中泊)
5月5日(火) 5:06 玉原高原センターハウス発―5:09 ブナ平入口―5:29 ブナ平分岐―6:13 リフト終点小ピーク―6:21 頂上したの分岐―6:26 鹿俣山山頂〜6:37 発―6:42 頂上したの分岐―6:52 リフト終点小ピーク―7:24 ブナ平分岐―7:49 玉原越―7:55 車道分岐―8:03 玉原トンネル口―8:15 朝日ノ森分岐―8:19 第5リフト―8:31 第6リフト分岐―8:36 尼ヶ禿山〜8:55 発―8:57 第6リフト分岐―9:06 第5リフト―9:09  朝日ノ森分岐―9:22 朝日ノ森ロッジ―9:26 車道―9:36 玉原自然環境センター―(玉原湿原)―10:01 玉原自然環境センター―10:06 ブナ平入口―10:06 玉原高原センターハウス=(玉原茶屋温泉入浴(500円)、迦葉山透門橋、R.7、月夜野IC、関越自動車道 経由)=14:05 新潟着

 群馬県中央部の榛名山と北部の上越国境の山々の間を東西に流れる利根川支流の吾妻川流域には、魅力的な低山が点在する。岩櫃山は、吾妻線の郷原駅の背後にそびえる岩山で、国道145号線を草津あるいは北軽井沢に向かう際に、車窓から眺めて気になる山である。低山ながら、山中にはクサリ場もあり、高度感を楽しめる充実した山歩きを楽しむことができる。
 新潟・長野・群馬の三県境に、白砂山があり、そこから延びる稜線は、東には稲包山を経て谷川連峰、北には佐武流山を経て苗場山に続いている。白砂山への登山道は、群馬県側の野反湖から通じているのみである。長野との県境に位置する野反湖は、信濃川支流の魚野川の源流であり、日本海に注いでいる。群馬県は、関東平野にあって太平洋側に位置する県であるが、分水嶺は、野反湖の所で群馬県に入り込んでいることになる。野反湖を取りまくいくつかのピークのひとつに八間山があり、ここから北に延びる稜線は、白砂山の西の堂岩山に続いている。
 関東を代表する火山である浅間山の西に連なる長野・群馬県境稜線上に、湯ノ丸山がある。湯ノ丸山は、穏やかな丸みを帯びた山容を持ち、山麓に広がる高原や温泉などで、ハイカーの人気のある山である。湯ノ丸山から西の長野県側に、尾根でつながった烏帽子岳があり、鋭角的な山頂は、湯ノ丸山と好一対をなしている。
 浅間山は、活動中の火山であり、山頂から4km圏内は、立ち入り禁止措置が取られている。外輪山である黒斑山は、現在でも登山が許可されており、その山頂からは、浅間山の山頂や湯の平高原の大展望を楽しむことができる。通常は、日本百名山めぐりの際に、この黒斑山をもって、浅間山の代わりにしているようである。
 上州武尊山の西に玉原高原がある。ダムの開発に伴って、ブナの原生林や玉原湿原の自然観察路が整備されて、鹿俣山や尼ヶ禿山にもハイキングコースが設けられている。玉原高原の一帯には、スキー場やキャンプ場などの開発の手が入っているといっても、それまでは訪れる人もまれな秘境であったため、現在でも豊かな自然が残されている。現在、玉原高原を貫いて藤原湖に抜ける自動車道路の計画が持ち上がっているとのことである。これ以上の開発が進まないことを祈る。
 この五月の連休は、残雪の季節でないと登ることの難しい佐武流山を計画した。予定の日が近づくに連れて、天気予報が思わしくない方に向かった。しかも、今年は、異常な雪融けの早さで、出発前に戦意を喪失した。野反湖の集合は、日曜日の朝であったため、土曜日の朝通常の時間に起きると、雨の予報のはずが、晴れ間が広がっていた。早起きをするべきだったと後悔しながら、出発した。ドライブの途中から見る越後三山や上越国境の山々は、雪がほとんど消えており、5月始めとは思えない風景であった。野反湖への途中にある低山ということで、前から気になっていた岩櫃山に登ることにした。交通量の多い国道脇にありながら無人駅の郷原駅の駐車場に車を止めた。岩櫃山は、駅の背後に、岩塔を突き出しながらそびえていた。中之条方面に少し戻った所の踏切を渡るとT字路に出て、ここは左に進んだ。岩櫃山を左に巻くように車道を歩いていくと、第一の目印である赤岩登山道分岐のT字路に出た。分岐には、絵入りの地図が置かれていたが、岩の間を道が上がっていく岩山の絵で、これ程参考にならない案内図もめずらしかった。どのコースを歩くか迷ったが、密岩登山道を目指すことにして、左に進んだ。岩櫃山を見上げながら畑の中を歩いていくと、車道も終わって、登山口に到着した。フェーン現象のためか、車道歩きだけで早くも汗が吹き出てきた。側溝の右手の植林地の中に入ると、急な登りが始まった。密岩神社の分岐を通り過ぎて登り続けると、鎖やハシゴも現れたが、下りに足を滑らさないようにといった程度のものであった。稜線上のコルについて、右手のピークをめざした。岩の間を登っていくと、天狗ノ架橋と、その迂回路が現れた。名前につられて天狗ノ架橋に向かうと、幅50センチ程で両脇が切り落ちた3メートル程の岩稜が現れた。息を整え、姿勢を正して、一歩、二歩、三歩目で渡り切る程の長さではあるが、スリルを味わうことができた。新緑の尾根を辿っていくと、オレンジ色のヤマツツジが今を盛りと咲き、アカヤシオであろうか紫のツツジは、すでに散り始めて、登山道を染めていた。鎖場やハシゴを越えていくと、大きな岩屋も現れて、低山にもかかわらず深山といった風情が漂ってきた。岩の間をくぐり抜け、テラスに出ると、吾妻渓谷沿いの家並みが眼下に小さく見えた。山頂を反時計回りに巻いていくと、鎖が下がった垂直に近い岩場に出た。足場を確かめながら鎖場を登り、その上のハシゴを登り切った所が山頂の狭い広場であった。隅にもう一段高くなった、一人が立つのがやっとといった岩場があり、その上には四等三角点の金属プレートが埋め込まれていた。湿度が高いせいか、遠望は効かなかったが、榛名山が大きく広がり、眼下に箱庭のような町並みを見下ろす展望は、高度感充分なものであった。
 周囲が切り落ちていて、落ちつかない気がするので、北隣りのピークに進んで休むことにした。鎖場を慎重に下って、尾根を進み、鎖を頼りに岩場を登ると、北隣りのピークに出た。中高年グループが反対側から登ってきたが、このピークで充分といって、大休止に入ってしまった。展望を楽しみながらのひと休みの後、下山にうつった。岩場の稜線をそのまま進んでいくと、踏み跡が薄くなって、オヤと思う場面もあったが、すぐに広い卷き道におりたった。稜線から離れて下降を続けていくと、沢通りや赤岩通りの分岐があったが、岩櫃城本丸跡を目指した。新緑を楽しみながらの歩きがしばらく続いた。赤松林が現れると、その向こうに、あずまやも設けられた本丸跡に出た。城のいわれも書かれていたが、吾妻太郎助亮が築城し、斉藤氏や真田氏が配下に治めた城であったようである。城跡から下っていくと、直に車道に飛び出した。車道を右手に進み、戻る方向に分かれる小道を下っていくと、山腹を巻いていく山道に入った。この登山道とも生活道ともつかぬ道を山を巻きながら歩いていくと車道に飛び出して、あとは国道に出て駅に戻れば良かった。
 低山ながら、予想外に充実した山歩きに満足し、夕暮れも近づいたところで、野反湖をめざすことにした。途中、六合(くに)村の、看板の出ていたバーデ六合で温泉に入った。医療・老人介護施設の片隅にある温泉で、300円と安かったものの、ちょっと病院で風呂に入っているような感じがした。
 夕暮れ近くの野反峠に到着して湖を見下ろすと、ガスの中に暗い湖面が浮かんでおり、期待していた残雪は、ほとんど姿を消していた。湖北端の駐車場に車を止めて、コンビニ弁当とビールの夕食をとる間にも、天候が変わり始めたのか、ガスがかかり始めた。
 その夜の内に京都からの下山さんが到着し、翌朝に山口さん一行も到着して、今回のメンバー5名が揃った。しかし、激しい雨になっていた。今年の雪解けの早さと雨。二つの悪条件が揃って、登頂の可能性は50%といったところであろうか。遠くからはるばるやってきた他のメバーはこのまま引き下がるわけにはいかないことも判っていたが、私自信は、今回の佐武流山登山からおろさせてもらうことにした。自信の無いときは、いさぎよく諦めるのが、これまでのやり方であったし、これからもそうありたい。雨が少し小降りになったところで出発の準備を始めた一行と別れて、野反峠に向かった。
 雨の中であったが、山歩きを断念したわけでは無く、手頃な山ということで、野反湖周囲の八間山に登ることにした。さらに、白砂山への別コースとして、八間山から堂岩山への登山道の様子を偵察することも、来年以降の佐武流山登山のために行っておきたかった。激しい雨の中、傘を片手に、野反峠の駐車場から歩き出した。初夏にはニッコウキスゲで埋められる草原の中の道は、明瞭で迷う心配も無かった。ひと登りしてひとつ目のピークのはずだが、雨の中で展望がきかないのでピークかどうかも判らない。次に二つ目のピーク。一旦下りになったので、ここは間違いはなさそう。ガスの切れ間から、前方の稜線が現れ始めた。笹原の中を頑張って登っていくと、稜線上に出て、その少し先で八間山の山頂に出た。広場の先には、小さな避難小屋があり、中をのぞくと、合計二畳程の板張りがあり、泊まることもできそうであった。
 小屋の左手に進んで、野反湖バス停への下山コースに進むと、分岐になって、堂岩山への登山道が分かれていた。思っていたよりも整備された登山道が続いていた。八間山へは、あっさりと登ってしまったため、この道をさらに進んでみることにした。幅3m程の良く刈り払いされた道が続いていた。雨は時折激しくなったが、荷物も軽いため、歩き続けるのは苦にはならなかった。小さな起伏を越しながら稜線をいくと、1895ピークで、登山道は、方向を北に変えて、大きな下りになった。一旦下ってから、さらに高みに続く尾根を見上げて、引き返すなら今かと思った。しかし、良い道が先に続いていた。躊躇の気持ちは消えて、堂岩山まで、いやたぶん白砂山まで、歩く決意ができていた。雨で滑りやすい急斜面を下った。鞍部付近では、尾根上にも残雪が現れたが、それもごく一部であった。さらに小ピークを越して、登りが続くようになって、ようやくひと安心した。傾斜がようやく緩くなって中尾根の頭(1944m)付近に出ると、前方に堂岩山の稜線が横たわっているのが見えた。晴れていたならば、白砂山へ続く稜線を一望できたはずなのが残念であった。笹原の中の尾根道を登っていくと、堂岩山の山頂を右に巻き、記憶に残る堂岩山の分岐に出た。ひと休みしてから、当然のように、白砂山に向かった。先回登ってから時間が経っており、堂岩山から白砂山の間がどれくらいあったかは忘れていたが、その先は結構長かった。堂岩山分岐の先の潅木帯の道は、細くなって、雨具のズボンの裾を引っかいた。一旦下ってから、白砂山への最後の登り。登り終えたと思った地点から、山頂は少し先であった。雪の全く無い白砂山の山頂に到着。ガスの中に、笹原が広がり、かすかな踏み跡が続いていた。
 白砂山まで来たことで満足し、いさぎよく引き返すことにした。この山頂が残雪で覆われている時に、再び来ることにしよう。そして、さらに歩みを進めよう。堂岩山との中間点で、分かれた仲間とすれ違った。快調なペースで登ってきたようである。八間山に登るとは言ったものの、白砂山までとは話していなかったので、突然の出会いに驚いていたようであった。堂岩山分岐から再び八間山への道に入った。天候が回復してきて、左手に大きく広がる谷を見下ろすことができるようになった。日本海と太平洋の分水嶺に相応しい、眺めの良い尾根であった。軽い足どりで下り始めたものの、思ったよりも距離は長く、しかも八間山への最後の登り返しは、かなり足にきた。このコースの白砂山への往復は、健脚向きといったところか。八間山に戻って、やれやれと安堵の息をついた。八間山を下るにつれ、野班湖の大きな湖面が広がった。西岸に連なる山々、さらに大高山から志賀に至る稜線。歩きたい山は、次々に現れてくる。
 峠には、雨が上がったためか、観光客で賑わっていた。濡れた衣類を着替え、お茶を飲んでひと息ついた。これからすることとしては、温泉と食料の買い出し、明日登る山の決定が残っていた。山を下って、花敷温泉に向かい、ひなびた感じの花敷温泉ホテルで、500円で入浴した。誰も入っていない浴槽で、雨の山を思いながら体を温めた。続いて、すぐ近くの尻焼温泉い向かった。この温泉は、河原に湧き出る露天風呂で有名である。付近の路肩は、車の列が続いていたが、なんとか空きを見つけた。川は、春先で増水しており、名物の河原での露天風呂は水没していた。代わりに、左岸に小屋掛けの、右岸にビニールシート敷きの仮設浴槽が設けてあった。右岸の仮設浴槽に入浴したが、さすがに女性は見物客のみであった。湯に体を沈めていると、すぐ上の崖の雑木林の中にカモシカが現れて、こちらをのぞいていた。国道に戻ってコンビニで買い物をすませ、明日は、浅間山周辺で登っていない湯ノ丸山と黒斑山をめざすことにした。
 登っていない湯ノ丸山と黒斑山というのは、正確では無い。小・中学校のあった東京都中央区の宿泊施設と高校の山荘が、共に高峰山麓にあったことから、浅間周辺は、何度も遠足で歩いており、スキー場から湯ノ丸山、車坂峠からトーミの頭を越して湯の平に下りたということは確かである。しかし、いつのことかも思い出せない、遠い昔。改めて登るしかない。途中で通り過ぎた新鹿沢温泉付近のオートキャンプ場は、難民キャンプ並みの賑わいであった。地蔵峠までは、広い道路が続いており、峠の一帯はロッジで囲まれて、観光地のまっただ中という風情であった。天気も回復してきたのでテントを張ってという期待もしぼんで、再び車の中で寝ることになった。夜遅くなっても、駐車場で若者グループが花火で騒ぎ、野宿が妨げられた。無料の野宿場所といえば、こんなものだけれど。夜中に気温が下がり、朝目を覚ますと、快晴の青空が広がっていた。寝ぼけた目に、太陽がまぶしかった。簡単に朝食をとり、正面のゲレンデの中を登り始めた。リフトの終点で、早くも汗かきモード。水平な道を進んでいくと、右手に牧柵が現れた。ツツジの木が生えているくらいで視界を遮るものがなく、正面に丸みを帯びた湯ノ丸山がこんもりと頭をもたげていた。左手から登山道の上がってきているつつじ平の分岐点には、鐘が吊るされていた。新潟の山では、山頂で、この手の鐘を見かけるが、県外では珍しいように思う。せっかくなので、ひと叩き。カーンとい音が、高原の上に広がり、静かに消えていった。続いて、けっこう急な登り。周囲の展望に助けられて、ひと頑張りで、岩クズの広がる広い山頂に到着した。足元から視線を上げると、息をのむような展望が広がっていた。白く雪を頂いた山々が長く連なり、雲海のうえにいくつもの山塊が浮かんでいた。しばらく考え込むと、目の焦点があうように、それぞれの山がその位置に納まった。鞍部でつながりながら西に広がるのは、これから登る烏帽子岳、その向こうに、長く連なるのが北アルプスの峰々であった。白馬岳は大きく、五竜岳、鹿島槍岳さらに南の常念岳まで続いていた。北には、四阿山が大きく、その右手には、上信越国境の山が連なっていたが、距離もあり、個々のピークを見分けることは難しかった。四阿山の左手には、妙高山系がうかび、妙高山は雪が落ちて黒く、火打山は白く見えた。南には、八ヶ岳連峰。蓼科山のドーム状の山頂が目立っていた。その右手に浮かぶ、白い雪を抱いた遠くの峰々は、南アルプスと思ったが、家に帰って考えると、中央アルプスのようであった。東は逆光になって写真にならなかったが、意外なことに、浅間山は黒斑山などの前山に隠されていた。展望図のお手本のようなパノラマがであった。展望に目を奪われたまま、北峰に進み、前景が異なると雰囲気も変わった風景を楽しんだ。
 南峰に戻って、烏帽子岳に向かった。山頂からの下り口は、同じ様なガレ場であったため、始めは判り難かった。鞍部に下りると、帰りに使う地蔵峠からの卷き道が左から合わさってきた。烏帽子岳への登山道は、湯ノ平山の山頂からも眺めることができたように、緩やかに左へ斜めに上っていいるので、歩きやすかった。稜線上に出て、右手に折り返し、ちょっとした岩場を通過すると烏帽子岳に到着した。振り返れば、湯ノ平山が、今度は目の前に大きく広がっていた。湯ノ平山と烏帽子岳の標高差は35mであるが、湯ノ平山を見上げると、それ以上の差があるような感じがした。朝も遅い時間になって、他の登山客も登ってくるようになり、一人占めの山頂も後にすることにした。鞍部の分岐に戻り、湯ノ平山の山腹を巻いていく道を歩いていくと、キュンプ場に出て、その先は林道歩きわずかで地蔵峠に戻ることができた。
 地蔵峠の駐車場は、朝の出発時と異なり、観光客で賑わっていた。続いて、湯ノ丸林道を通って、車坂峠に向かった。湯ノ丸林道は、地蔵峠から池の平までは舗装道路であったが、その先はダートが続いた。見上げると、水ノ塔山の山頂近くの赤ゾレから、いまにも岩が落ちてきそうであった。この林道は、確かに夜間閉鎖になるだけのことはありそうであった。車坂峠の駐車場は、ほぼ満杯で、ようやくスパースを見つけた。観光客で賑わう峠から、黒斑山への登山道に入った。小ピークの車坂山から一旦下ると、鞍部の笹原に出た。ここからは、登りに再び汗を流すことになった。昼近くになって、下山してくる者も、登っている者も多かった。樹林帯の中を登っている途中で視界が開けると、左手に、黒木で覆われ、縞枯れを起こした、丸みを帯びた黒斑山の山頂が頭を覗かせていた。尾根の先の右手に見える小ピーク目指して登っていくと二棟の噴火避けの小屋があったが、床は流れ込んだ泥で覆われていた。その少し先の赤ゾレの頭(槍ヶ鞘)のピークの上は、樹木で囲まれて展望は良くなく、少し先の崖の縁に進むと、浅間山の大展望が広がっていた。絶好の休み場所であるこの広場で昼食にするものも多く、トーミの頭に続いていくザレ場が怖いので、ここでやめるという声も聞こえた。浅間山を眺めながらのひと休みの後、トーミの頭へのザレ場の登りにとりかかった。崖の縁にはロープが張ってあったが、その下は切り落ちているようで、注意して歩く必要があった。小岩峰といった感じのトーミの頭に登ると、ここも人で混雑していた。樹林帯の中につけられた登山道を、人とすれ違いながら登っていくと、黒斑山の頂上に到着した。この山頂も、大勢のハイカーで大賑わいであった。眺めの良い山頂の岩の上に腰を下ろした。素晴らしく高度感のある眺めであった。目の前にドーンと浅間山が広がり、山肌に縦に刻まれた水や雪崩の跡、斜めに上がっていく登山道、外輪山との間に広がる湯ノ平は、鳥となって見下ろしているようで、おそらく大木であろう木々が小さく見えた。ビールを飲みながら、眺めを楽しんだ。この風景を見たら、浅間山の頂上を目指したいというのが、人情というものだろう。トーミの頭の少し先からの湯ノ平へ下りる道や、黒斑山から蛇骨岳への縦走路は、入口にロープが張られて、通行止めになっていた。以前に、反対側の峠の茶屋から浅間山に登った時は、単調な一直線の登りにあえいで、それ程面白い山とも思えなかったが、この黒斑山からの眺めは登頂意欲を実にそそる。山に登るのにも順番というものがあるようである。はれて、浅間山に登ることのできる日がくることを祈る。苦労して登る山も良いが、短時間で登れてこれだけの展望が楽しめるなら、それにこしたことはない。入れ替わり立ち替わり、それでも次第に人の少なくなってきた山頂を後にした。少しほろ酔い加減で、足元に注意しながら下った。
 相変わらず賑わう駐車場に戻って、もう一つの目的であった、高峰温泉にいそいで移動した。高峰温泉は、標高2000mの一軒宿の温泉。日帰り入浴は、11時から14時までと短く、登山の後には、ちょっと入りにくい。ぎりぎりで滑り込むことができた。ランプの下げられた浴槽は少し小さめであった。窓からは新緑がまぶしく、登山の後に入る山の湯に相応しかった。
 さて、連休も明日は最終日。道路の渋滞も考えて、どの山に向かうか迷った。結局、新潟に近づいておくことにして、玉原高原周辺の山に登ることにした。再び吾妻渓谷沿いの道に戻って、ノロノロ運転に会いながら、来た道を戻った。玉原高原への道は、国道7号線からまずは迦葉山をめざせばよかった。各交差点には標識があったが、玉原高原へは、なかなか距離があった。迦葉山の入口を通り過ぎて、つづら折りの坂道を登り始めると、濃い霧が立ちこめ始めた。フォッグランプをつけても、ノロノロ運転になった。目的地のセンターハウス前に到着しても、駐車場に車を入れるには、外に出て、そこが堅い地面であることを確かめる必要があった。霧が流れて湿っぽく、再び車の中での野宿になった。ビールを片手に、ガイドブックで、鹿俣山と尼ヶ禿山の二山を効率良く歩くコースを検討した。
 翌朝も快晴。鳥のさえずりの中を歩き出した。通行止めの鎖を越して車道を下っていくと、右手にブナ平の分岐が現れた。沢の脇から林の中をひと登りすると、周囲には美しいブナ林が広がるようになった。木も太く、しかもいたずら書きがまったくないのが、うれしかった。玉原高原は、かつては訪れる者も少なかったのが、昭和58年の玉原ダムの完成に伴ってハイキングコースが整備されたという。最近の登山者のマナーは、ひと昔よりも良くなってきていると思うが、一般観光客も入り易く、スキー場などのリゾート開発が近くにせまっていることから、このブナの原生林が損なわれることがないように祈っている。関東平野では、トップクラスのブナ林といっても良いのではないだろうか。新緑を楽しみながら緩やかに登っていくと、左手より玉原越からの道が合わさった。右手に曲がると、雑木林に変わり、下生えの笹のたけも高くなった。あいかわらず緩く登っていくと、スキーゲレンデに飛び出した。踏み跡は、ゲレンデの左右をいったりきたり、右手から延びてきたゲレンデとの間の細い尾根の上を伝わったりして、コースとりの意図が判らない。各スキーコースのかなめの位置に登り着くと、左手上の小ピーク手前にリフトの降り場が見えた。ゲレンデの中を真っ直ぐに登ろうとしたが、踏み跡が見あたらなかった。良く見ると、小ピークの左手に向かって笹原の中に道がつけられていた。小ピークの上に登ると、尾根上に道が付けられていた。リフトの降り場の裏手に回った所は、高い笹原で覆われて、ゲレデに抜ける踏み跡も無かった。ゲレンデを真っ直ぐに登らないように、はっきりした表示がいるように思った。尾根道をたどると、ようやく鹿俣山が近づいてきて、急な登りになった。ひと登りで右手からの登山道との分岐に出た。ここからは、ひと登りで鹿俣山の山頂に出た。山頂は木に囲まれて展望はそれほど良くないが、武尊山が目の前に広がっていた。谷川連峰は、木立に隠され気味のため、帰りのゲレンデでゆっくり眺めることにした。鹿俣山の山頂で知りたかったのは、以前報道されたことのある、ここから武尊山までの登山道の有無であった。山頂下の分岐にも、沼田営林署の名前で、「獅子ヶ鼻山頂に向かっては遊歩道ではありません。立ち入らないで下さい。」とわざわざ掻いてあった。ということは、立ち入ることのできる道があるのでは。山頂の小広場から左手奥に向かってヤブの中を抜けると、尾根に荒い刈り払い道が付けられていた。少し下ってみたが、足底に、潅木の切り跡が当たるといった具合で、ゆっくり充分歩ける道であった。尾根を目でたどっていくと、小ピークを越して、武尊山のごつごつしたピーク、おそらく獅子ヶ鼻、まで続いているようであった。武尊山の地図を持ってきていなかったので、引き返すことにした。遊歩道であったのかと納得して、良く整備された道を引き返した。ゲレンデに下りて、谷川連峰の眺めを楽しんだ。それにしても、驚くほどに雪は少なかった。6月の展望といっても通じそうであった。ゲレンデからブナ林の中に入り込んで、再び森林浴を続けることになった。ブナ平の分岐を直進して玉原越を目指した。この先は、意外に長く、越さなければならないピークもあった。
 玉原湿原からの道を合わせると、その先で林道に飛び出し、左手に進むと、車道とのT字路に出た。どちらに進むか迷ったが、右手に書道を歩いていくと、玉原トンネルの入口に到着した。トンネルには鍵が掛かって入れない状態であった。ここから尼ヶ禿山の登山道が始まった。少し下ると、沢に出た。冷たい水で喉をうるおし、再び登りに取りかかった。明瞭な道を登っていくと、朝日ノ森からの登山道が合流し、その先で、送電線の第5鉄塔に到着した。その先でも、第6鉄塔への道が分かれた。傾斜のきつくなってきた坂を登り終えると、山頂に続く稜線上に出て、左手に切り落ちる崖の縁をたどると尼ヶ禿山の山頂に到着した。この崖が、雪がつかないでハゲに見えることが、変わった名前の尼ヶ禿山の由来であろうか。尼ヶ禿山の山頂は、小広場になっており、なかなかの展望が広がっていた。先ほど登った鹿俣山とその奥の武尊山、その右手には、皇海山のとがった山頂。眼下には、玉原湖の青い湖面が緑の森に囲まれていた。背後の林の間からは、谷川連峰を眺めることができた。静かな山頂で、展望を楽しみながら今回の山旅を振り返った。雨や快晴、静かなあるいは賑わった山頂、山はいろいろな顔を見せてくれた。下りは、第5鉄塔の先から朝日ノ森コースを選んだ。車道に下りたってから少し歩くと、自然環境センターの前に出て、玉原湿原に寄っていくことにした。木道を歩いていくと、ミズバショウの咲く湿原に出た。湿原は観光客で賑わっていた。湿原を一周したが、草原化が進んでいるようであった。湿原入口から坂を少し登ると、歩き始めの駐車場に戻ることができた。
 さて、どこの温泉で締めくくろうかと山を下っていくと、温泉の案内があり、道路脇の玉原茶屋で温泉に入ることができた。どうやら、スキー客めあての温泉のようで、浴槽は広いものの、誰も入っていなかった。時間も早くて空いている高速道を新潟めざした。途中で眺める越後三山から、雪がほとんど消えているのには驚いた。

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