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和賀岳

1997年10月25日 前夜発日帰り 単独行 小雨及び雪

和賀岳 わがだけ(1440.2m) 一等三角点本点 和賀・真昼山塊(岩手・秋田県) 5万 鴬宿、角館 2.5万 羽後朝日岳、抱返り渓谷、北川舟、大神成、陸中猿橋

ガイド:アルペンガイド「東北の山」(山と渓谷社)、分県登山ガイド「岩手県の山」(山と渓谷社)、分県登山ガイド「秋田県の山」(山と渓谷社)、岩手の20名山(岩手日報社)、秋田の山歩き(無明社)、東北百名山(山と渓谷社)、日本300名山登山ガイド東日本編(新ハイキング社)、一等三角点の山々(新ハイキング社)

10月24日(金) 18:45 新潟発=(R.7、蓮野IC、R.113、荒井浜、R.345、神林、R.7、本庄、R.107 経由)=23:40 道の駅「東由利」 (車中泊)
10月25日(土) 4:45 道の駅「東由利」発=(R.107、横手IC、秋田自動車道、湯田IC、沢内、高下、高下林道 経由)=6:26 高下コース登山口〜6:45 発―7:06 赤沢コース分岐―7:28 高下岳分岐―7:36 自然環境保全地区看板―8:02 和賀川渡渉点―9:12 こけ平―9:38 和賀岳山頂〜9:47 発―10:02 こけ平―10:55 和賀川渡渉点―11:23 自然環境保全地区看板―11:29 高下岳分岐―11:44 赤沢コース分岐―12:02 高下コース登山口=(沢内バーデン入浴、往路を戻る)=21:40 新潟着

 和賀岳は、南北に岩手・秋田県境をつくりあげる和賀・真昼山塊の主峰である。冬に日本海からの季節風を受ける豪雪地にあり、なだらかな稜線に深い谷が刻まれ、その標高以上に高山の様相を示す山である。かつてはマタギの狩猟場であったが、現在でもブナの原生林が広がり、豊かな動植物の生息する、奥深い感じのする山である。
 新潟の山が続くと、遠出をしたくなった。また、先週の300名山完登祝いで、300名山の山にどうしても目が向いてしまった。和賀岳は、登山口までの遠さでつい後回しにし、途中の和賀川の渡渉の心配やら、有名なブナの原生林の関係で登るなら秋にしようと思っていた。この週末は、前線の通過と、その後の冬型天候で、高い山は雪になるという予報が出ていたが、とにかく、でかけることにした。
 日本海に沿って北上し、鳥海山の裾野を通過すると本庄。順調に車を走らせることができ、当初の予定の西目の道の駅ではなく、さらに先の東由利の道の駅で野宿態勢に入ることができた。これで、明日の登頂はなんとかなりそう。ビール片手に見上げる空には、星が輝いていた。翌朝目を覚ますと、星が輝いているが、南の方角で稲光が光っていた。角館から、少しでも時間を節約しようと高速に乗ったが、湯田ICで出口に向かうつもりが本線への道に直進してしまい、次のインターまで行ってしまって引き返すという失敗をした。朝のせいで頭が起きていなかったのか。湯田から盛岡へ通じる県道は、良い道であった。高下のバス停の少し先に和賀岳登山道入口の看板があり、判り易くなっていた。林道は途中で未舗装に変わり、紅葉の盛りの渓谷沿いに進んでいき、道路が荒れてきたと思ったら、左手に登山口の標識が現れた。参考にしたアルペンガイドの93年版では、林道は登山口の前400mで土砂崩れのために通行止めになっていると書いてあったので、この登山口の出現は突然であった。後で本屋で新しい本を立ち読みしたら、たびたび土砂崩れを生ずるので、役場に確認するようにといった内容に変わっていた。ガイドブックを毎年買い換えるわけにもいかず、山に行く前には、本屋で立ち読みして、内容に変更が無いか確認するべきなのだろうか。登山口前には空き地は無いため、路肩に寄せて車を停めた。
 登山口のポストの中の登山届けのノートに記入して出発した。杉の植林地を抜けると、枝尾根の急登になった。前方には尾根が横たわっており、紅葉に彩られた雑木林を眺めながら、登りを頑張った。思ったよりも短い時間で、尾根に登り着いて、赤沢からの道との分岐に出た。赤沢登山道は、笹で覆われ、道形も消えようとしていた。緩やかな登りになった。ここからの尾根道周辺には、美しいブナ林が広がっていた。和賀岳のブナ原生林は有名であるが、登山道沿いでは、ここから高下岳分岐までの間が、ブナの大木が並んで一番見事であった。ブナの葉は褐色になり、落ち葉が登山道上に積み重なっていた。雨が降り始めたが、傘で充分であった。高下岳の分岐からトラバース気味に進むと、自然環境保全地区の看板が現れ、木立の間からは、なだらかな稜線を広げ、その奥に三角の山頂をもたげた和賀岳を眺めることができた。ここから和賀川への下りが始まった。登山口(530m)→高下岳稜線(930m)→和賀川渡渉点(720m)→和賀岳(1440m)。この登山道の標高差は、このようになる。渡渉点への200m標高差が、難関でもあり、このコースの面白さでもある。覚悟を決めて急坂を一気に下った。
 瀬音が近づいてくると、和賀川の広い河原に降り立った。秋の終わりというのに、水量はけっこうあった。流れを良くみると、少し上流の広くなった所で浅瀬になっていた。ストックを支えに、飛び石伝いに渡ってみることにした。コンピューターゲームよろしく、流れに沿って上下しながら石の迷路をたどって、対岸に無事に渡り、一面クリアになった。水量の多い時の渡渉には注意が必要そうであった。ここからは、一気の登りが始まった。幸い雨も止んでくれた。ブナ林がしだいに細くなって潅木帯、さらに笹、最後にハイ松に変わると、急登も終わって、こけ平に到着した。緩やかに続く稜線の先には、和賀岳が姿を見せていた。薬師岳に至る県境稜線も谷向こうに、ゆるやかに連なっていくのが見えた。振り返ると、和賀川の谷を挟んで、高下岳が目の高さに広がっていた。どこかしら、飯豊や朝日連峰の稜線上を思わせる眺めであった。風は冷たく、まずは防寒具として、雨具の上着と、手袋を着込まなければならなかった。山頂までは、あと100mの登りが残っていたが、眺めを楽しみながらの登りは苦にはならなかった。
 最後の登りを頑張っていると、ガスが押し寄せてきて、視界が閉ざされてしまった。和賀岳の山頂に到着したのも、広場の中央に置かれた小さな石の祠と一等三角点、地面に落ちた山頂標識で、ようやくそれとわかる始末であった。写真を撮る間にも天気は急激に悪くなり、風の中に白い雪が混じるようになった。急いで下ることにした。まずは、高下への下山路を間違えないこと。つい先ほどまでは展望を楽しむ余裕はあったのに、今は、ミスは許されない状態になっていた。見覚えのある枯れ草のある原に出て、ちょっぴり安心した。山頂下の肩部に下りると、こけ平が前方に見えるようになったが、風が強くなり、顔を手で覆わないと痛くなり、足も時折横にすくわれる状態になった。足を早めて、こけ平の看板に到着し、高下への下山路であることを確認して、稜線から谷間への道に逃げ込んだ。雪が白く落ちてくるのが見えるようになったが、風は弱まり、ひとまずホットした。和賀岳への登山コースは、もうひとつは秋田県側からの薬師岳経由の稜線コースがあったが、もしそちらを選んでいたら、かなり危険な状態に陥っていたようである。稜線歩きの短い高下コースを選んで良かった。それにしても30分程の間にあれほど天気が急変するとは、気象遭難というものの恐ろしさの一端に触れたような気がした。
 ブナ林の中に戻ると、天候の心配もいらなくなった。途中で単独行が登ってくるのに出会い、稜線の状態を告げてすれ違った。最後の高下岳稜線への登り返しは、覚悟していても辛かった。山頂というならともかく、肩部を越すならもっと低い所をトラバースしてくれれば楽であったものを。車に戻って、濡れた衣類を着替え、ポットの湯を沸かしなおしてスープを飲んで、遅い昼食にした。
 和賀岳の登山口には、駅付属の温泉施設として有名なほっとゆだ駅や、岩手湯本温泉をはじめ、温泉入浴施設にはことかかない。車を走らせ、最初に目に入った沢内バーデンに500円で入浴した。リゾートホテルを目指しているようで、ひなびた風情には遠かったが、設備のととのった温泉であった。温泉に入っても、体の芯に残る冷え込みを追い払うには時間がかかった。当初の予定では、高下岳も往復し、翌日は真昼岳でもと欲張っていたが、雨が本降りになるのを見て、家に戻ることにした。体力はともかく、気力を使い果たしてしまったようである。

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