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馬ノ髪山

1997年6月14日 日帰り 単独行 晴

馬ノ髪山 うまのかみやま(757m) 二等三角点 飯豊連峰前衛(新潟) 5万 津川 2.5万 東赤谷

ガイド:駒 第五巻 p.92〜93

6月14日(土) 6:20 新潟発=(R.49、三川、綱木、林道綱木新谷線)=7:50 作業小屋脇駐車場〜8:15 発―8:19 堰堤―8:50 尾根取り付き―9:02 3合目―9:10 5合目―9:15 8合目―9:28 杉の大杉〜9:35 発―9:42 馬ノ髪山山頂〜10:05 発―10:16 杉の大杉―10:27 8合目―10:31 5合目―10:36 3合目―10:46 尾根取り付き―11:16 堰堤―11:19 作業小屋脇駐車場=(往路を戻る)=13:50 新潟着

 馬ノ髪山は、飯豊連峰の大日岳から西に派生する尾根の末端に位置し、俎倉山、馬ノ髪山、棚橋山の三山でひとつの山塊を作る山である。俎倉山が、地元で親しまれたハイキングの対象の山なのに対し、他の二山は忘れられた存在になっている。
 牟礼山の山行報告が、山の会の通信欄で紹介されたのが縁で、このコースを紹介した松本健一氏より、オリジナルの山行報告の載った会報をいただいた。感謝の意を込めて、その中の「埋もれた山、新コースを求めて」から、さっそく馬ノ髪山の山行記録を利用させてもらうことにした。
 林道入口の綱木へは、新発田から赤谷経由も考えられたが、走り慣れたR.49と三川経由で入ることにした。綱木が近づくと、前方に、頭をもたげて後ろにたてがみのように稜線をひいた馬ノ髪山が見えてきた。林道の入口を見落とし、ゴルフ場のルーセント・カントリークラブ入口でUターン。日の出橋のたもとに、三川方面に戻る方向に、林道が分岐していた。林道に入ったらすぐに左折のこと。直進してしまい、人家の庭先で、またまたUターンするはめになった。林道は、舗装されて走り易い道であった。途中で工事中、通行止めという看板があったが、かまわずに進むと、工事はお休みなのか、問題なく通過できた。登山口の目印である、作業小屋と沢を捜しながらいくと、林道入口から3.2km地点で、小屋が現れた。地上部分はコンクリート製で、上に住居部分の作られて電気も引き込まれているらしい、カントリーハウス風のものであった。道路の右手の駐車場の回りには、花が植えられ、山側にはパイプの水場が設けられていた。杉の造成地の奥に堰堤もあることを確認して、歩き出す準備をした。杉林の中の未舗装の林道を上がっていくと、車一台程の空き地があり、その先に堰堤が現れた。ここには、馬ノ髪山登山口の標識があるはずであったが、その枠らしきものが残っているのみであった。左手の丸太階段を登って堰堤の上にでた。堰堤は、土砂でほぼ埋まりかかっており、どれほど治水に役だっているのか疑問に思った。夏草の少しうるさい道を進むと、沢にそのまま下りてしまい、飛び石伝いの沢歩きが始まった。左岸の斜面の上には伐採が進んでおり、枯れ枝が沢まで落ち込んできていた。水量もそれほど多くはなく、歩くのは難しくはなかったが、コースを見定めながらの歩きは、なかなかはかどらなかった。しばらく遡ると、岸辺に踏み跡が現れた。赤布も横断点には付けられ、登山道の体裁も整ってきた。崖が崩れて登山道が消えて沢をそのまま歩く所も各所にあったが、道がはかどるようになった。沢が左手に大きく曲がり、再び山に向かってしばらく進んだ所の左岸(右手)に、尾根の取り付きがあった。赤布とビニールテープが付けられており、沢も細くなっており、地形的にも見逃すことは無さそうな地点であった。ひと登りした所で、沢沿いにさらに進んでいく道から分かれて、右手の尾根に向かって急登することになった。尾根上には、明瞭な道が付けられていた。ヤセ尾根の急登で、ナラやブナの林が広がった中に、杉の大木が目立った。初夏の陽気で、汗がしたたりおちた。5合目の標識に到着すると、高度も上がって、背後に笠菅山の眺めが広がった。足が止まりそうになる急な登りを続けると、8合目に到着。棚橋山にかけての険しい稜線部を眺めることができた。さらに傾斜はきつくなった。明日は御神楽山に登りにいくので、体力温存のつもりであったのに、予定が狂った。傾斜が緩くなると、少し高い所に白い木箱が掛けられた杉の大木に出た。しぼる程の汗をかいてしまい、ひと休憩にした。白い木箱には、世代間交流実行委員会と書いてあるが、鳥の巣箱なのであろうか。頂稜部の一画に出て傾斜も緩やかになった雑木林の中を行くと、草むらに扇の平ヨロイ岩と書かれた標識が倒れていた。左手に下っていく落ち葉の積もった沢状の道を見送って、右手に登り、一旦下ってから軽く登ると山頂に出た。馬ノ髪山の山頂は、潅木帯の中の小広場で、二等三角点が傾いて埋まっており、かたわらには登頂記念の木の柱が立っていた。周囲には、良い展望が広がっていた。谷向こうにスラブを抱いた焼峰山が険しい姿を見せ、その向こうに二王子岳。北股岳を中心とする飯豊連峰は、まだ多くの残雪を残していた。大日岳は、蒜場山に半分ほど隠され、その手前の尾根続きに俎倉山。南には、高原状の山の裾野が広がり、笠菅山が低く見えた。菅名岳や五頭山が霞んで見えるものの、遠望はあまりきかなかった。秋の澄んだ日なら御神楽山方面の大きな展望が広がるはずの山頂であった。752ピークが尾根続きのすぐそこに見えたので、潅木をかき分けて進んでみた。身の丈をこす潅木で、5分程でピークに達しても、視界は開けなかった。村界標識の標柱をヤブの中に見つけたが、道の無いことが分かっただけであった。良い山をまた一つコレクションに加えることができ、満足して下山することにした。
 下山後、林道を新谷に向かってドライブしたが、山腹を巻く道はかなり長く、馬ノ髪山への登山には綱木からのアクセスが正解であることが確認できた。

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