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三毳山

1996年2月11日 日帰り 単独行 晴

三毳山 みかもやま(225m) 210ピーク 二等三角点 関東平野北部(栃木) 5万 古河 2.5万 佐野、下野藤岡

ガイド:関東百名山(山と渓谷社)、関東百山(実業之日本社)

2月11日(日) 7:50 新潟発=(上越線 とき402)=9:18 高崎=9:23 発=(両毛線)=10:43 岩舟駅―11:48 みかも山公園東駐車場―12:01 三毳神社からの登山道横断部―12:09 三毳神社奥社〜12:14 発―12:21 210ピーク―(東駐車場への道を下り、登り返す)―12:38 210ピーク発―12:47 三毳の関跡―12:58 つつじの道、万葉の道分岐―13:10 三毳山〜13:22 発―13:28 竜ヶ岳―13:30 カタクリ群生地分岐―13:39 管理センター―14:17 岩舟駅=14:47 発=(両毛線)=16:10 高崎=16:33 発=(上越線 とき411)=17:58 新潟

 三毳山は、関東平野の北端にあって、田圃の上に頭をもたげた低山である。カタクリの自生地としても有名で、田中澄江の「新・花の百名山」にも取り上げられている。
 また、三毳山は、万葉集の東歌巻十四に山名が読み込まれていることで知られている。
「下野(すもつけ)の みかもの山の 小楢(こなら)のす、ま麗(ぐわ)し児ろは 誰が笥(け)か持たむ」(みかもの山に生い茂る小楢のように美しい、可愛いあの娘はいったい誰の家の食器を持つようになるのだろう)
 JR東日本週末二日間乗り放題のウィークエンドフリー切符を有効利用するため、昨日に引き続けて山に出かけた。三毳山を選んだのは、一応関東百名山に載っており、少し遅い新幹線に乗っても登ることができ、昨年晃石山に登る途中の車窓から山を眺めたことがあったためである。有名なカタクリの花は、3月下旬が見頃のようであったが、人で混み合う中を訪れたくは無かった。三毳山のような低山では、山にたどり着くまでが一番の問題になる。登山案内はいくつか見られるが、みな東武線静和駅を起点にしたもので、そこからバスかタクシーで登山口まで乗り付けるといったものであった。車用の道路地図を見ると、岩舟駅から三毳山の北橋までは3km程で、歩ける距離であった。岩舟駅に降り立つと、田圃の向こうに、ゆるやかな起伏を見せて三毳山が横たわっていた。駅前にタクシー会社があったが、意地で歩くことにした。後で振り返ってみると、このタクシーを使って、三毳山南端の三毳神社に乗り付けるのが、最良の策であったようだ。駅の周辺案内図には、三毳山のカタクリの里というのは載っていなかった。どうやら、カタクリの里は、隣町に属しているため、案内図にも載せていないようである。三毳山を目指して歩き出すと、慈覚大師誕生の地と栃木花センターを示す標識が現れた。この標識に従いながら、田圃の中の車道を歩いていくと、広域農道の下をくぐり、県道との交差点に出た。関東百名山の地図では、町谷バス停が第一の目印であったが、バス停は無かった。後で他のガイドを調べると、バスは廃止になっているようである。また、三毳山の北端の東にカタクリの里があるように書いてあったが、慈覚大師誕生の地があるだけであった。北からの登山口が判らなかったため、南端の三毳神社をまず目指すことにした。案内標識に従って南下していくと、温室を備えた栃木花センターに出て、その少し先に、みかも山(一般には読むことが難しいためか、ひらがなで表記してあった)東駐車場というものがあった。看板を眺めると、南部一帯は公園になっており、車道が山に向かって付けられていた。車も人も閉め出すように、柵が閉められていたが、柵の隙間から、車道に入った。トラバースしながら緩やかに登っていき、三毳山の南に回ると、下から、階段状の登山道が登ってくるのに出合った。車道は、ゆっくりとした傾斜で山頂部に設けられた展望台めざして、さらに登っていったが、近道をするために、この登山道に入った。公園化に伴い、この登山道も歩く者が少なくなっているのか、落ち葉が積もり、荒れた感じが目立っていた。急な登りに息もあらくなったが、ひと頑張りでマイクロウェーブの鉄塔の基部に出て、そこから階段を登ると三毳神社奥社に出た。関東平野部の眺めが大きく広がり、湖水状の渡良瀬川遊水池を望むことができた。北に向かうと、稜線上にはっきりした登山道が現れた。210ピークに出ると、日光連山の眺めが広がり、男体山が白い頭をのぞかせていた。狭い頂上には、二組の夫婦連れが、眺めを楽しみながら昼食をとっていた。右手の踏み跡に進むと、林の中の足下の不安定な急な下りになり、遊歩道の車道に出てしまった。道を間違えたことに気がついて、再び急坂を登り返すはめになった。210ピークに戻って左手の踏み跡を進むと、雑木林に囲まれた尾根上の道になった。葉の落ちた木々の間から、三角形にとがった三毳山の山頂を眺めながら歩く道は、冬枯れハイクという名前に相応しい美しい道であった。下りきった所が関所跡のようであり、あづまやが設けられていた。さらに緩やかな登りを続けると、三毳山に到着した。山頂からの眺めは、一部、木で妨げられていたが、東北自動車道が、緩やかなカーブを描いて箱庭のように延びていた。三毳山から少し下ると、カタクリ自生地という標識が現れ、山の北端も遊歩道が張り巡らされ公園化していた。どうやら、カタクリの花の咲く頃は大混雑になるようであった。カタクリの花は、春を告げる花であり、私の好きな花のひとつである。しかし、新潟県では、山の麓の雑木林の中にいくらでも咲いている、ごく普通の花である。遊歩道が張り巡らされた中で、大切に育てられたカタクリというのは、なにか違和感を覚える。尾根を下るとカタクリの里の駐車場に飛び出した。三毳山では、山の両端で公園化が進んでいるにもかかわらず、両者を結ぶ古くからの登山道は、案内図等からは無視されている。今後、観光開発が進むと、昔からの登山道は、一層判りにくくなるか、あるいは整備され過ぎて遊歩道になってしまうかもしれない。カタクリの里から県道に出て東に進むと、僅かな歩きで行きに迷った交差点に出ることができた。

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