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高旗山、額取山

1994年4月17日 日帰り 単独行 晴

高旗山 たかはたやま (968m) (安積山 あさかやま) 一等三角点本点 猪苗代湖周辺(福島) 5万 猪苗代 2.5万 岩代中野
額取山 ひたいとりやま (1009m)  
大将旗山 たいしょうきやま (1056m) 二等三角点 苗代湖周辺(福島) 5万 猪苗代 2.5万 山潟、磐梯熱海、岩代中野

ガイド:福島県の山(山と渓谷社)、ふくしまの山 50(歴史春秋出版)、東北百名山(山と渓谷社)

4月17日(日) 5:15 新潟発=(R.49、会津坂下IC、猪苗代・磐梯高原IC、源田温泉経由)=7:25 登山口―7:58 高旗山山頂〜8:10 発―8:34 登山口=(御霊櫃峠途中引返し、夏出、滝経由)=9:47 登山口―10:40 額取山〜10:57 発―11:34 大将旗山〜11:37 発―12:13 額取山〜12:25 発―13:05 登山口=(磐梯熱海IC、会津坂下IC、R.49)=17:50 新潟着

 高旗山は、その昔、八幡太郎義家が奥州征伐の際、山頂に軍旗を高く掲げたこと、また、その近くの大将旗山は、大旗を掲げたことに由来するといわれている。さらに、額取山の名は、八幡太郎義家が元服の際、額の髪を剃る儀式を行ったことによるといわれている。これらの山は、福島県の中央に位置し、会津と中通りを分かつ山脈を形作っている。額取山は、地元では、安積山と呼ばれており、山中の指導標には安積山という名前が記されている。
 五月の連休の前で、遠出は控えることにして会津方面に出かけた。時間の短縮の為に、短い区間ではあるが高速を使った。猪苗代湖から源田温泉に抜ける道は、最近、峠にトンネルが開通して通りやすくなっていた。源田温泉から始まった林道は、砂利が厚くてハンドルが取られやすいことを除けば、そう悪い道ではなかった。林道脇に登山口の鳥居を見付け、車をその手前の広くなった路肩にとめて歩きだした。福島の山50では、薮が濃いように書いてあったが、コースは良く整備されていた。入口に、山頂まで1640mの表示があり、以後は100mおきに指導標が現われた。その度に、山頂までの距離が気になって、虚心に歩く妨げになった。残雪も雑木林の下に残るのみで、カタクリとキクザキイチリンソウの花が出迎えてくれた。急な登り僅かで、緩やかになり、尾根を登ると直に山頂に到着した。山頂には、堂々とした感じで一等三角点が埋められていた。磐梯山、額取山、猪苗代湖、安積平野の眺めが良かったが、春のせいか、遠望はあまり効かなかった。花を楽しみながら下って、次の目的地御霊櫃峠に向かった。
 御霊櫃峠付近の山腹には残雪が見えていたが、車で登って行くと、途中で通行止めとなった。工事現場の人に、先に通って行ったバスについていき、帰りに一緒に下って来るならば、この先まで進んでよいと言われたが、他のグループと一緒に行動することがいやだったので、夏出コースに変更することにした。滝の部落の先からは、道が細くなったが、登山口手前まで車で進むことができた。雑木林の中を登って尾根に出ると、右手より熱海コースが合流した。その先は、落葉が滑りやすい急斜面となった。雑木林を越して草原になると、山頂であった。磐梯山の眺めは、近いだけこちらの方が優れていた。また、残雪をまとった稜線が、緩やかに起伏しながら大将旗山に続いていた。山頂直下の薮の中から祝詞の声がするので覗いてみると、山開きの神事を行っていた。終わりそうも無く続いていたので、大将旗山に進むことにした。残雪を楽しみながら歩いていくと、家族登山にも数組出合い、山は賑わっていた。最高峰の大将旗山の頂上からの眺めは、額取山とそれほど変らなかった。風が強いので、早々に来た道を引返した。山頂に戻ると、山開きのグループも下ってしまって静かになっていた。風の強い山頂は寒くても、雑木林の下りは暖かく、いよいよ春山の幕開けといった感じであった。


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