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三ッ峠山

1994年2月19日 前夜発 単独行 晴

三ッ峠山 みつとうげやま(1785.2m) 二等三角点 御坂山塊(山梨県) 5万 都留、山中湖 2.5万 河口湖東部、富士吉田

ガイド:アルペンガイド「富士山周辺、駿遠の山」(山と渓谷社)、東京周辺の山(山と渓谷社)、山と高原地図 富士 富士五湖(昭文社)、日本300名山ガイド東日本編(新ハイキング社)、ビスターリ「富士五湖を巡る山々」15巻1992年冬号、分県別登山ガイド「山梨県」

2月18日(金)11:20 新潟発=(快速ムーンライト)
2月19日(土) =5:10 新宿着=5:14 発=(中央線)=6:12 高尾着=6:15 発=(中央線)=6:52着 大月=6:54 発=(富士急行)=7:23 三ッ峠〜7:35 発―7:55 大山祇神社―8:33 だるま石―9:05 股のぞき(第2ベンチ)―10:04 八十八大師―10:40 富士見山荘―10:51  三ッ峠山(開運山)山頂〜11:17 発―13:03  霜山(三等三角点)―13:31 林道西川新倉線横断部〜13:40 発―14:06 天上山方向から引返し―15:05 河口湖駅=15:28 発=(富士急行)=16:20 大月着=16:31 発=(中央線 特急あずさ22号)=17:36 新宿着=17:46 発=(中央線快速)=17:59 東京=18:08 発=(上越新幹線 あさひ527号)=20:18  新潟着

 三ッ峠山は、富士山の展望台としてあまりにも有名であり、山頂のNHKテレビカメラによる映像が四季折々の富士山の姿を茶の間に届けている。また、岩登り発祥のゲレンデでとしても有名である。三ッ峠山の名は、三つドッケ(突起)がなまったものと言われ、かつては信仰の山であり、山中にその名残が残っている。日本200名山にも選ばれ、山頂にはフルシーズン営業の山小屋もあって、東京近辺の代表的登山コースの一つとなっている。
2月11日からの3連休を利用して、三ッ峠山を登ろうと計画していた。冬型が強い中、太平洋側を発達した低気圧が通過したため、日本全国が大荒れとなり、関東平野部でも20センチ程の記録的大雪となった。交通機関も大混乱となったため、切符を払い戻して自宅に停滞となったが、各地で遭難者が続出した。一週後、移動性高気圧が日本全土をおおって、快晴を期待しての山行となった。車中の仮眠と比べて、夜行列車はよく眠れず、疲れが翌朝に残ってしまった。朝帰りの酔客でいっぱいの中央線も、立川をすぎると空いてきて、高尾からの松本行きの電車には、登山客が目立つようになった。富士急行の車窓からは、朝日に輝く富士山の頭が顔をだし、山頂にアンテナが立ち並んですぐそれと判る三ッ峠山も近づいてきて、登山のムードが高まる。他にも登山客は乗車していたが、三ッ峠に降り立ったのは、自分一人だけであった。立派な指導標に導かれて山に向かった。車道歩きが結構長く感じられ、三ッ峠遊園までは普通の車、だるま石の下まではオフロード四駆なら入れる道であったが、駐車スペースはあまりなかった。だるま石からようやく本格的な登山道になった。つづら折の道は苦しいが、ベンチを設けた休憩所が設けてあった。特に2番目のベンチの股のぞきは、富士山の全景を眺めることの出来る、絶好の休憩所であった。道は良く整備されており、積雪もそれほど多くなく、歩行には気にならないくらいであった。寝不足による食欲不振で朝食をパンひとつしか食べなかったため、登りの途中でエネルギーが切れてしまい、昼ともつかない食事をとった。八十八大師から傾斜は緩やかになり、岩壁の下を回り込んで山小屋に到着した。最後の斜面は急で凍結していたが、場所を選びながらアイゼンなしで登ってしまった。山頂には3グループ7人の先行がおり、その内の3人連れは、同じ電車に乗りあわせていた人たちであった。河口湖からタクシーで三ッ峠登山口まで上がって、登ってきたとのことであった。山頂からの眺めは評判通り素晴らしいものであった。富士山が目のまえに広がり、御坂山塊を前景として、南アルプス、八ヶ岳、秩父連峰を遠望することができた。
 下りの府戸尾根は距離が長いため、早目に山頂を後にした。アイゼンを付けて山頂の急斜面を下り、木無山の雪原でアイゼンを外した。府戸尾根の雪は多く、特に北斜面に回りこむと吹きだまりで膝上までもぐるようになり、途中まで付いていた足跡も消えてしまった。尾根通しの道でコースは判るものの、引き返すべきか迷う気持ちが余計足取りを重くした。体力をかなり消耗する下りを続けるうちに、ようやく一人の登山客とすれ違い、そのトレースによって気分的余裕が生まれた。富士山の展望も所々で開けるが、午後の逆光で写真向きでは無くなったが、御正体山方面が順光で良く見えるようになった。かなり下っても、雪は少なくならず、気温の上昇でグズグズの雪になってしまった。水も残り僅かとなって渇きが心配になるころ、すこし前から右下方に平行して走るのが見えていた林道との横断点に出て一安心した。しかし、最後の天上山へのコースに入ると歩いた形跡が無く、吹きだまりの中に登山道が不明になってしまった。時間もかなり経過し、疲れも出てきたため、安全のため林道を下る決心をした。ハイキング地図を見ると、林道は天上山付近まで尾根と平行に進み、その後大きく回りこんで下吉田方面に下りていくようであった。中央高速道と町が良く見降ろすことができるが、かなりの距離があり、2時間以上の林道歩きを覚悟して歩きだした。林道が天上山の下部で下吉田方面に大きく方向を変える所で地図に無い舗装工事中の林道に出会い、工事の人に河口湖駅方面に出られることを確かめることができ、河口湖に方向を変えた。結果的にはそれほど大回りすることなく河口湖駅に到着することができた。今回の山は素晴らしい天候に恵まれたが、北面と南面の残雪量の際立った違いと、知らない下山道に踏み込むことの怖さを経験した。


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