葡萄鼻山

葡萄鼻山


【日時】 2020年5月24日(日) 日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 晴

【山域】 飯豊連峰周辺
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
 葡萄鼻山・ぶどうはなやま・798.3m・三等三角点・新潟県
【地形図 20万/5万/2.5万】 村上/小国/安角
【コース】 上の沢林道より
【ガイド】 新潟の山歩き50選(新潟日報事業社)

【時間記録】 5:00 新潟発=(R.7、十文字、関川、大石ダム、東俣林道 経由)=6:34 林道入口ゲート―6:57 林道終点―7:32 梁山泊―7:39 発―7:57 尾根取り付き―8:22 尾根上分岐―8:45 葡萄鼻山―9:06 尾根上分岐―9:28 尾根取り付き―9:47 梁山泊―10:13 林道終点―10:33 林道入口ゲート=(往路を戻る)=12:00 新潟
 県境稜線上の大境山から北西に延びる尾根の末端部の大石ダムに流れ込む東俣川の右岸に沿う稜線上に葡萄鼻山と岩峰の立烏帽子がある。立烏帽子には一般登山道が整備されており、一方葡萄鼻山には正規な登山道では無いものの歩くのに支障のない道が付けられている。

 前日の風倉山でかなり体力を消耗してしまったが、整理体操も兼ねて山に出かけることにした。しばらく歩いていない山を考えていき、1999年以来歩いていない立烏帽子と葡萄鼻山に出かけることにした。当時は、登山道が整備されている立烏帽子はともかく、葡萄鼻山は踏み跡状態の道があることはほとんど知られておらず、登る者は藪山愛好家だけであった。最近の記録を見ると、立烏帽子から葡萄鼻山へと周回する者も増えているようで、登山道の最近の状態を知る必要もある。
 大石ダムを過ぎると車のすれ違い注意の細い道に変わる。湖畔道路を進んでいくと、左から林道が合流し、前方に林道のゲートが見えてくる。ゲート手前に空き地があり、車を停めて歩き出した。
 しばらくは車の走行も可能な林道歩きが続く。沢を渡り、その先でヘアピンカーブを過ぎると林道終点となって登山道の開始になる。登山道入口には立烏帽子の案内標識も置かれていた。登山道といっても、しばらくは植林作業のために開かれたような杉林の中の道が続いた。左に方向を変えて幅広尾根に出ると、旧街道といった趣のある幅広の道に変わった。杉林からブナ林の広がるヒカバ平と呼ばれる台地に出ると、山小屋「梁山泊」に到着した。
 山小屋「梁山泊」は、峡彩山岳会の上村氏が中心になって1972年に建設されたもので、現在は関川村によって管理されている。山小屋の屋根は青く塗られ、冬季用の二階の入り口の上にはスコップと「梁山泊」の小屋名が掛けられている。この字は、アイガー東山稜の初登頂者で、日本山岳会会長にも就任した槇有恒氏の揮毫したものを彫ったものとのこと。小屋の中をのぞくと、入り口には薪が積まれ、中にはストーブも設けられていた。「梁山泊」は、水滸伝を由来とし、「有志の集合場所」という意味でつけられている。
 ここまでは緩やかな登りであったが、小屋から先はいよいよ急登の開始になる。苔むした岩が並ぶ沢を渡って対岸に上がると、「立ち入り禁止 倒木のため、立ち入りできません」と書かれた案内板が置かれ、ロープが張られていた。新型コロナの影響で、人が集まって登山道の整備を行うことができないでいるのかもしれない。予想外のできごとであったが、立烏帽子はあきらめて、葡萄鼻山だけを目指すことにした。
 小屋の入口からもう一本の道が始まっている。台地を進んで枝尾根を越すと、葡萄鼻山の麓を巻いていく水平道に出る。この道は、沼山鉱山への道として開かれたものとのこと。旧街道のように幅広の道がブナ林の中に続いているのは、予想外の趣のある眺めである。葡萄鼻山の西の稜線部から南西に落ち込む尾根が登山コースになる。取り付きに到着すると、入り口にはピンクテープが取り付けられてはっきりした道が延びていた。この入口付近は、伐採した木材をワイヤーケーブルで下ろしたことから「出発地点」、略して「ハッテン」と呼んだとのこと。
 取りつきからは、ブナ林の中の急登が続くようになる。通常の登山道と変わらない状態で、迷う心配も無い状態であった。標高差130mほどを一気に登ると、稜線上に出ることができた。葡萄鼻山へは右折する。道ははっきりしているが、足元に笹や草が倒れこむ状態であった。緩やかに登っていくと、三角点の周りが刈払われた広場になった葡萄鼻山の山頂に到着した。山頂は木立に囲まれて展望が閉ざされているのは残念である。
 稜線上の分岐に戻り、立烏帽子方面の状態を偵察した。灌木を掻き分ける必要はあるが、踏み跡はできているといった状態であった。懸案である立烏帽子から葡萄鼻山への縦走は葉が落ちて飯豊が白くなった初冬にでも行うことにして、来た道を戻ることにした。今回、水平道から葡萄鼻山への登山道の状態が確認できただけでも成果であった。

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