尾瀬ヶ原、尾白山、久川城跡

尾瀬ヶ原
尾白山、久川城跡


【日時】 2016年7月22日(金)〜24日(日) 前夜発2泊2日 各日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 23日:晴 17日:晴

【山域】 尾瀬
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
 尾瀬ヶ原・おぜがはら・1400m・無し・群馬県、福島県、新潟県
【地形図 20万/5万/2.5万】 日光/燧ヶ岳、藤原/会津駒ヶ岳、燧ヶ岳、尾瀬ヶ原
【コース】 小沢平より
【ガイド】 山と高原地図「尾瀬」(昭文社)
【温泉】 駒の湯 500円

【山域】 会津
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 
 尾白山・おじらやま・1398m・なし・福島県
【地形図 20万/5万/2.5万】 日光/針生、小林/会津山口、城郭朝日岳
【コース】 林道小塩・塩ノ岐線入口久川城跡駐車場より
【ガイド】 会津百名山ガイダンス(歴史春秋社)

【山域】 会津
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 
 久川城跡・ひさかわ城跡・628m・なし・福島県
【地形図 20万/5万/2.5万】 日光/針生、小林/会津山口
【コース】 林道小塩・塩ノ岐線入口久川城跡駐車場より
【ガイド】 なし

【時間記録】
7月22日(金) 14:40 新潟=(R.49、R.403、加茂、R.290、下田、栃尾、R.290、渋川、R.252、只見、R.289、山口、401、内川、R.352 経由)=19:40 小沢平  (車中泊)
7月23日(土) 5:13 小沢平―6:33 渋沢温泉小屋―7:46 うさぎ田代分岐―8:18 三条の滝〜8:28 発―9:20 温泉小屋―9:54 下田代十字路〜10:03 発―10:30 竜宮十字路〜11:00 発―11:21 中田代三叉路―11:36 東電小屋―12:19 温泉小屋―13:12 うさぎ田代分岐―14:18 渋沢温泉小屋―15:48 小沢平=(R.352、内川、R.401 経由)=18:00 久川城跡駐車場  (車中泊)
7月24日(日) 4:53 久川城跡駐車場―5:05 登山口―5:45 宮沢分岐―7:26 雨量観測所―7:39 尾白山〜7:45 発―7:54 雨量観測所―8:58 宮沢分岐―9:31 登山口―9:47 久川城跡駐車場〜10:00 発―10:10 久川城跡―10:18 久川城跡駐車場=(R.401、山口、R.289、只見、R.252、渋川、R.290、栃尾、下田、R.290、加茂、R.403、R.49 経由)=14:00 新潟
 尾瀬ヶ原は、群馬県、福島県、新潟県の三県にまたがり、約1400mの標高に、東西約6km、南北約1kmにわたって広がる本州最大の湿原である。尾瀬ヶ原は、季節を変えて、ミズバショウやニッコウキスゲを代表とする高山植物や紅葉に彩られ、訪れる登山者が絶えない。

 尾白山は、会津駒ヶ岳、三岩岳、窓明山、坪入山、山毛欅沢山と伊南川の左岸に続く稜線の末端部に位置する山である。地図に山名が記載されていない尾白山が一般に知られるようになったのは、会津百名山に選ばれたことによるが、発表された当時は登山道は無く、藪漕ぎで登る山であった。しかし現在では、登山道が切り開かれて山開きも行われるようになっている。

 久川城は伊南川の西の南北に延びる丘陵上に営まれた山城で、麓からの比高差は70m、東西110m、南北430mの規模がある。古町の館に住した河原田盛次が天正17年伊達政宗軍の来襲に備えて築城したもので、伊達勢は城を攻撃したが、結局攻め落とすことはできずに撤退した。しかし、河原田盛次は、翌年の秀吉の小田原征伐に参陣しなかったため、その後の奥州仕置によって領地は没収されてしまった。久川城は、のちに蒲生氏の支城となり、現在残されている縄張りの城に改築されたが、慶長16年に至り廃城となった。

 そろそろ梅雨明けになりそうで、週末に雨マークは消えた。先週は、魚沼方面の低山で猛暑に苦労したので、少しは涼しそうな尾瀬に行くことにした。
 御池の駐車場の1000円を節約するため、小沢平から入山することにした。お金の問題もそうだが、このコースは歩く者はほとんどおらず、静かな山歩きを行うことができるのが良い。尾瀬ヶ原は毎年のように訪れているが、小沢平から歩いたのは、2009年6月以来ということで、結構時間が経っている。小出からR.352を通れば距離的には近いが、奥只見湖沿いのくねくね道はドライブだけで体力を消耗してしまう。六十里越、桧枝岐経由なら、快適なドライブを楽しむことができる。
 御池の駐車場入口を通過してくねくねの坂道を下っていくと、小沢平(こぞうだいら)の駐車場に到着した。駐車場は、簡易トイレも設置されて整備されていたが、その前の尾瀬口山荘は、撤去されて空き地になっていた。また、登山道入口には、渋沢温泉小屋は2016年は休業すると書かれていた。
 駐車場で夜を過ごそうと思っていたが、他に魚釣りの車がいたので、少し移動した空き地で夜を過ごした。早朝に駐車場に戻ると、他に4台の車がいて、この駐車場としては大賑わいであった。歩きだしていく姿を見ると全て釣り師であった。
 登山口から草の茂った原を抜けていくと、枝沢のトクサ沢への下りになる。沢には、新しい橋が架け変えられていたが、幅が細く、夜露で濡れていたので、慎重に渡った。その先からは只見川の右岸沿いの歩きになるが、崩壊によるものか、以前は無かったアルミパイプの階段で高さ20m程を下ることになった。
 この先は、緩やかな登りが続くようになる。周囲にはブナの巨木が並び、このコースの魅力になっている。以前は、川沿いを歩いて、籠渡しを見ることもできたのだが、川からは離れた所に登山道が続いている。以前は地形図の破線とGPSの軌跡がかなりずれていたが、現在の地形図では修正されている。
 不動滝の展望台を過ぎると、緩やかな下りになって、シボ沢の渡渉点にでる。ここに架かっていたかなりの幅を持った橋は流されて一部が残されているだけである。現在の橋は細いので、慎重に渡る必要があった。渡渉点付近の沢は、温泉の成分によるものか真っ白になっており、水の青さと相まって美しい眺めを作っている。
 沢からひと登りすると、左に渋沢温泉小屋への道が分かれる。休業の看板の他に、入口に立ち入り禁止のロープが張られていた。小屋の状態を確かめに進んでみると、小屋は完全に撤去されて空き地になっていた。帰りに気になって、小屋の奥から始まる渋沢大滝と天神平への登山道入り口を確認すると、草に覆われていて、歩ける状態ではなかった。渋沢温泉小屋は、2015年に雪のために被害を受けて休業に追い込まれたようである。小屋の利用者も多くはないであろうから、小屋の再建は難しく、このまま廃業になるのではと危惧する。小沢平からここまでの登山道は、泊り客も利用することから整備の手が行き届いていたが、今後は荒廃が進む可能性がある。特にシボ沢の橋は、大水の後では流されてしまう可能性が高く、このコースを歩く際には、これまで以上に情報の収集と直前の天候を考慮する必要がある。
 渋沢温泉小屋からは、本格的な登りが始まる。周囲に広がるブナ林を眺めながら、汗を流すことになる。尾根沿いの登りになってひと息入れ、この先で再び急登が始まるが、これを突破するとうさぎ田代の分岐になる。時間も早いので、三条の滝を見ていくことにした。うさぎ田代を木道歩きで横断すると、急な下りになって、温泉小屋からの登山道に出ることができる。滝の水音を聞きながら右の下流方向に進むと三条の滝の展望台に到着する。展望テラスへの階段は、ステップが四角木材の角が上を向いており、脇の鎖を握らないと怖くて降りられない。雪が積もらないようにという配慮かもしれないが、ここまでの歩きで足に疲労が溜まったハイカーは充分に注意する必要がある。
 展望テラスには、他にだれもおらず、三条の滝の写真を邪魔されずに撮影することができた。8時頃の三条の滝は、尾瀬ヶ原で泊まって朝一番に往復するか御池へ抜ける途中で寄るかで、訪問者は少ない。
 三条の滝から平滑ノ滝展望台経由で温泉小屋へ至る道は、途中上り下りがあって、結構体力を使う。ひと汗かいて裏燧林道に飛び出すと、すぐ先が温泉小屋の休憩所になる。そこで冷たい水を飲んでひと息いれた。
 この先は、いつものように、見晴、竜宮十字路、東電小屋と、尾瀬ヶ原を一周することにした。ニッコウキスゲは終わっており、マルバダケブキ、オゼミズギク、サワギキョウ、トモエソウ、オゼヌマアザミ、タムラソウ、ヒツジグサなどは見られるが、花は少なめである。見晴からは、前と後ろに注意を払いながら、至仏山と燧ヶ岳を眺めながらの木道歩きになる。混雑シーズンでは、木道の上を歩く登山者が途切れない状態であるが、この日はすいていた。
 竜宮小屋の前のベンチでは大勢の登山者が休んでいたが、その先の十字路付近のベンチは空いていた。いつものようにここで大休止にした。登山道脇の池のヒツジグサは、葉の色が茶に変わっており、早くも秋の訪れを告げているようであった。
 木道歩きをもうひと頑張りする必要があるが、足の裏が疲れてきた。土の登山道よりも、木道歩きは足に負担がかかるようである。尾瀬ヶ原を一周してから小沢平へと戻ることにした。帰りは、三条の滝には寄らず、裏燧林道を通ってからうさぎ平に下った。
 登りの途中に一人の登山者にすれ違ったものの、下山時にはだれにも合わず、人気の尾瀬ヶ原であるが、静かな山歩きを楽しむことができた。
 下山後温泉に入り、翌日の尾白山に向かった。尾白山には2003年2月に雪山として登ったが、この時は登山道が無かった。その後、登山道が整備され、山開きも行われるようになっているというので、改めて登ることにした。尾白山の登山道は、小塩と宮沢の双方から切り開かれているようだが、前回と比べるため、小塩から登ることにした。山口のローカルコンビニで弁当を手に入れてから小塩に向かった。国道から分かれて伊南川に架かる橋を渡ると小塩の集落に出るが、ここの十字路には尾白山登山口の標識が置かれていた。直進した後に北に方向を変えて進むと、林道が左にカーブしたその先で久川城跡の駐車場が現れた。この先の林道小塩・塩之岐線は、入口に鎖が掛けられていたので、ここから歩きだすことにして、夜を過ごした。
 朝の涼しいうちにできるだけ登っておこうということで、早立ちした。滝倉沢川沿いの林道を進んでいき、そろそろ先回取り付いた右岸から左岸に移る橋だなと思うと、その120mほど手前が登山口になった。駐車スペースと登山届のポストが設けられていた。ただ、登山届のための用紙は無くなっていた。夏の盛りに登る者はいないのかもしれない。
 先回は枝尾根沿いに登ったが、登山道はその手前の窪地を直登するように続いていた。泥で滑りやすい斜面で、虎ロープも張られていた。ようやく尾根上に出てひと息ついたものの、その先で尾根の一段下をトラバースするように登山道が設けられていた。雪の季節には、登山道を忠実に辿ることはできない状態であった。再び尾根上に戻り、急斜面を登りきると、宮沢からの登山道が合わさった。
 分岐から先も急な登りが続いた。周囲に美しいブナ林が広がっていることが、大汗かきの慰めになった。正面に見える高まりが山頂でないことは判っていたが、左に方向を変えても急な登りが続いた。278mピークを越すと、前方のピークにスラブがかかって、その脇を登山道が通じているのが見えた。前回も苦労した急登個所のようであった。その右奥には、丸山のドーム状の山頂も望むことができた。スラブ脇の急登は、ロープも掛かっていることから、見た目ほど難しくなく通過できた。
 ようやく緩やかになった尾根を進むと、雨量観測所に到着した。尾白山の山頂へは、細尾根をもう少し歩く必要があるものの、展望が開けて楽しい道になっていた。緩やかに登っていくと、小広場が現れて、尾白山の山頂標識が置かれていた。その先は、一旦下りになって、登山道は終わっていた。地図の1398m点の手前の1380m点が山頂とされていた。踏み跡が先に続いており、藪漕ぎで1398m点まで進んでいる者もいるようであったが、夏道を確かめるのが目的であったので、ここまでで充分ということになった。周囲は南会津の山々が取り巻いているが、名前の判る山は少ない。登ってきた尾根を振り返ると、その先に伊南川沿いの集落を見下ろすことができた。
 下りは、滑りやすい泥斜面に苦労したが、虎ロープのおかげで快調に歩くことができた。
 久川城跡の駐車場に戻り、せっかくなので久川城跡に寄っていくことにした。駐車場の脇から始まる遊歩道に進むと、ひと登りで幅広の道に出た。その先へ踏み跡を進むと再び幅広の道に出た。左手に最高点の尾根が見えていたが、その下には曲輪跡と見られる台地が広がっていた。台地を進んでいくと縦堀状の窪地が現れたので、その脇の踏み跡を辿ると尾根上に出たが、そこには遊歩道が続いていた。右に曲がって少し進むと最高点になった。最高点部は細尾根状で、城の建物が置かれるだけのスペースは無かった。一段下の台地に山城が広がっていたようである。遊歩道を歩いて戻っていくと、二番目の幅広道の上に出た。登りの際に、遊歩道の入口を見落としていた。前回の山行でも気になっていた久川城跡を確かめることができた。

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