笠菅山

笠菅山


【日時】 2015年2月28日(土) 日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 雪

【山域】 五頭連峰周辺
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
 笠菅山・かさすげやま・609.4m・三等三角点・新潟県
【地形図 20万/5万/2.5万】 新潟/津川/出湯、東赤谷
【コース】 古岐より
【ガイド】 なし

【時間記録】 6:45 新潟発=(R.49、三川 経由)=7:45 古岐〜8:20 発―9:03 取り付き―10:23 590mピーク―10:53 笠菅山―11:20 590mピーク〜11:30 発―12:05 取り付き―12:45 古岐=(往路を戻る)=13:50 新潟
 笠菅山は、五頭山塊の裏手にあたる三川温泉の背後に、新谷川と中ノ沢川に挟まれて立つ山である。標高は低いが、独立峰で名前のように笠を置いたような形から周囲から良く目立つ山である。

 笠菅山は、ここのところ、初冬に西側の中ノ沢側から送電線の巡視路を使って登り、雪景色の五頭山塊を望むのがお気に入りになっている。冬山としても登ってみたいと思い、地図を見ていくと、東側の古岐から登れそうに思われた。傾斜を見ても、中ノ沢側よりも緩やかでスノーシュー向きに思われた。1月11日に大峰山に登った際に、古岐集落の様子も見て、登る時期を待った。
 曇りの天気予報が出て、笠菅山に出かけることにした。車を走らせて五頭山塊の裏手に回ると、小雪が舞うようになった。そのうちに止むだろうと思って、そのまま車を走らせた。
 古岐集落入口までは、路線バスも入っているため、幅広の車道が続いているが、集落内に入ると道は細くなり、車の駐車場所も無いため、バス停のある集会所手前の路肩に車を停め、ここから歩き出すことにした。
 集落内で道が分かれるが、右に曲がるのが正解で、その少し先が除雪終点になる。ここから始まる林道を辿った先から尾根に取りつくことになる。田圃脇を過ぎると、林道鷹の巣線と書かれた標柱が雪の中から頭を出していた。林道上の雪は締まっており、スムーズに足を出し続けることができた。古いワカンのトレースがあるようであった。
 林道が231.5m点から西に延びる尾根を横切る所で、尾根に取りついた。尾根の横断点は切り通しになっていて急なため、手前から尾根に上がった。尾根は、ほどほどの傾斜でスノーシュー歩き向きであった。
 尾根が痩せると、少し急な登りとなり、ここを登り切るとその先で下りになった。その先も小さなピークになっているようで、左側を巻くことができそうなので、迂回することにした。トラバースも僅かで尾根に乗ることができた。その先は尾根の幅も広がって、気持ちの良い歩きになった。左手に笠菅山の山頂部も迫るようになった。
 590mへの登りにかかるところで急斜面が現れたが、幅広の尾根で、斜上も交えながら登って突破した。
 590mピークは台地状になって、天然杉の大木が並んでいた。ここは笠菅山の山頂台地のいっかくに当たるが、この先は地形が複雑で、地形を良く確認しながらの歩きになった。590mピークからは一旦下りになるが、下降点は最高点から少し戻ったところになる。風当たりも強くなって寒くなり、脱いでいたフリースを着込むことになった。雪も氷結しているところもあり、足元に注意が必要な所も出てきた。小ピークを越えていくと雪庇を張り出した615mピークに行き当たった。少し下った所で雪庇が低くなっていたので、そこから尾根の上に這い上がった。ここの尾根は雪が飛ばされてしまってガリガリの斜面になっており、下山の際には僅かな距離ではあったが尻滑りで通過することになった。
 615mピークは、中ノ沢からの送電線巡視路が合流するピークである。ここから稜線を辿ると、僅かな歩きで笠菅山の山頂に到着した。晴れていれば飯豊の展望も楽しむことができるはずであったが、小雪が続いており、すぐに下山することにした。
 590mピークに戻ったところで大休止にした。この先は下るだけになる。雪もほどほどに柔らかく、気持ちの良い一気の下りになった。
 590mピークの西側には送電線の鉄塔が立っており、今回使った尾根に巡視路が開かれているかとも思って、尾根の取り付き部に巡視路案内の黄色い標識がないかと探してみたものの見当たらなかった。大入谷沢右岸の尾根には鉄塔が立つはずで、そこに至るには登った尾根から下降することになるはずである。あるいは林道鷹ノ巣線が地図で書かれているよりもさらに延びており、365m点のある尾根の北側まで回り込んでいるかである。送電線の巡視路は、どのように延びているのか推理するのも面白い。
 林道を歩き出すと、木の丸わかんの跡があり、登った尾根よりも南側で林の中に進んでいった。ストックも持っていないので、登山者ではないようだが、山仕事の関係者であろうか。
 結局、雪は止まず展望には恵まれない山行ではあったが、新しい雪山ルートを確認できたことは収穫であった。

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