葉山(村山)、麻耶山
【日時】 2014年10月24日(金)〜26日(日) 前夜発2泊2日 各日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 25日:晴 26日:晴
【山域】 月山周辺
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
葉山・はやま・1461.7m・一等三角点本点・山形県
【地形図 20万/5万/2.5万】 仙台/月山、尾花沢/富並、葉山
【コース】 岩野コースから畑コース
【ガイド】 山と高原地図「朝日連峰」(昭文社)
【温泉】 水沢温泉館 300円
【山域】 麻耶山塊
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
麻耶山・まやさん・1019.7m・一等三角点補点・山形県
【地形図 20万/5万/2.5万】 村上/温海/木野俣
【コース】 越沢登山口から周回
【ガイド】 新・分県登山ガイド「山形県の山」(山と渓谷社)、山と高原地図「朝日連峰」(昭文社)
【時間記録】
10月24日(金) 13:45 新潟=(R.7、新発田、R.113、今泉、R.287、左沢、R.488、幸生)=18:10 市民の森 (車中泊)
10月25日(土) 6:25 岩野登山口―8:02 シャム(樽石)コース分岐―8:27 お花畑分岐―8:43 小僧森―9:00 大僧森―9:36 葉山―9:55 奥の院〜10:30 発―10:44 葉山―11:15 大僧森―11:31 小僧森―11:46 お花畑分岐―12:50 キャンプ場登山口―13:05 畑―13:35 岩野登山口=(幸生、R.488、R.112、R.345、越沢 経由)=17:20 越沢登山口 (車中泊)
10月26日(日) 6:15 越沢登山口―6:39 小浜の茶屋跡〜6:45 発―7:02 弁財天滝―7:24 七ツ滝分岐―8:53 麻耶山〜9:10 発―9:49 麻耶山避難小屋―10:00 追分―10:24 七ツ滝分岐―10:43 小浜の茶屋跡―11:07 越沢登山口=(R.345、R.7 経由)=13:50 新潟
東北には、羽山、麓山、葉山と書いて、はやまと呼ぶ多くの山がある。これらは、奥の山に対して、里に近い端の山という意味を持ち、里人の信仰の対象になり、山頂には奥の院が置かれていることが多い。村山市近くの葉山は、月山の東に位置し、古い火山で山頂部には爆裂火口を持ち、その縁をたどる稜線歩きが楽しめ、山麓には深いブナ林が広がっている。かつては、出羽三山のひとつに、月山、羽黒山とともに数えられ、修験道の山として信者を集めていたという。
摩耶山は、朝日連峰から北に延びて庄内平野に接する所にある摩耶山塊の主峰である。標高はさほどでないが、急峻な岩壁をめぐらし、沢と滝を抱いて、深山幽谷といった言葉が似合う山である。山名は、須佐之男命が馬をつないだので厩山といったのが転じたものとか、仏母摩耶夫人によるという説がある。古くからの信仰の山で、金峰山修験道の奥駆けの道場であったことから、山中にも宗教的なごりが多く残されている。
紅葉の時期も盛りを過ぎようとしている。少し低めの山で紅葉を楽しもうと考え、1994年11月に登ったきりの麻耶山が浮かんだ。新潟から出かけるには早朝に出発する必要があるため、この山は日曜日に登ることにして、土曜日の山としては村山葉山を選んだ。
村山葉山は、2012年にも登っているので、道順は頭に入っているが、今年の春に不通であったR.287の白鷹ヤナ場付近の不通区間がまだ復旧しておらず、迂回路を強いられた。また、途中の道路も、冬を前にしてのことか道路工事の一方通行が多かった。
先回と同じく、市民の森で夜を過ごし、朝になったところで車を岩野登山口に移動させた。
登山口から入ると少し先で、木立に囲まれた中に広場だけが残る大円院跡に出る。広場を過ぎると、すぐに急な尾根の登りが始まる。八丁坂と呼ばれるようであるが、この標識はかなり登った所に置いてある。急坂を登り切ると三宝荒神で、この後は傾斜が少し緩んでひと息付くことができる。
風邪をひいており、晴天の週末とあって少々無理をして出かけてきているので、足は重かった。先回歩いた時の記憶も残っているのが助けになった。
展望が開けると、村山方面の盆地に雲海が広がっていた。尾根の登りを続けていくと、シャムコース分岐に出たが、ここには新しい登山標識が置かれていた。葉山開発協議会と書かれており、この新しい標識は、何か所で見ることになった。ただこの標識、登ってきた大円院跡や山頂方面の小田沼は書いてあるものの、下りて行くとどこに出るのか書いていないのは残念であった。
小田沼の湿原は茶色に染まって、周囲の灌木の葉も落ちていた。稜線の紅葉の盛りは過ぎてしまっていた。急坂をひと登りすると、畑コースとの分岐に出て、その先でお花畑に出た。前方に小僧森が聳え、その左手に月山も姿を現してきた。山頂からの展望の期待が高まった。小僧森への急坂の途中には、露岩の通過があるが、ロープや足場のおかげで先回よりも歩きやすくなった感じがした。小僧森を過ぎると、一旦下って大僧森への登り返し。そう大きな標高差でもないが、その先の葉山、奥の院と小ピークの乗り越しが続いて、この山は次第に体力を消耗していく。
大僧森を過ぎると、細尾根上に横たわる大ツボ石に出る。岩の上に立つと、葉山の山頂から北に延びる稜線を一望することができる。稜線沿いの葉は散っていたが、右手の谷間はまだ紅葉に彩られていた。
登りをもうひと頑張りすると、葉山の山頂に到着する。登山道は山頂下を水平に通過してしまうので、分岐する道に進むと、すぐ上が三角点の置かれた広場になる。灌木で囲まれた広場のため、奥の院で休むことにして先に進んだ。
一旦下った後に、草原を登っていくと、奥の院の置かれたピークに到着した。北西には月山が大きな姿を見せていた。山頂下のトンボ池を見てから、お堂の後ろの岩の上に腰を下ろした。ここからは、北に延びる稜線を一望することができた。
奥の院から葉山を振り返って気が付いたことだが、山ノ内コースからだと南に向かうため、太陽の高さが低いままの秋だと逆光のために展望を楽しみながらの歩きが難しくなる。秋山で展望を楽しむには、コースの方向も考える必要がある。
山ノ内コースから登ってくる登山者と入れ違いに下山に移った。畑登山口に向かう途中には二組の登山者に出会った。合計4組8名の登山者が登ったようで、有名な山の割に登山者は少なかった。
お花畑分岐から畑コースの下りを開始すると、少し下った所で、大尊仏見晴らし台に出る。その後、1210m標高地点で尊仏平の新しい標識が現れた。この付近は美しいブナ林が広がっていた。さらに1150m地点で一服台、1035m標高地点で見返り坂の標識が現れた。これらは、先回は無かったものである。
最後に尾根を左に外して下っていくと畑コースの登山口に出て、後は車道歩きで岩野登山口に戻ることになった。最後の車道歩きは少々辛いものになったが、紅葉も美しく、我慢の範囲であった。
翌日は、麻耶山に登るため、道の駅「にしかわ」で温泉に入った後に鶴岡に向かった。鶴岡の南バイパスから分かれる国道345線は、麻耶山の登山口近くの関川までは二車線幅の立派な道路が整備されていた。ただこの道は、関川から先の日本海沿いに出るまでは、車のすれ違いに注意の必要な狭い道となって、麻耶山登山後に家に戻る際にドライブに神経を使うことになった。
越沢の集落を過ぎると、道路脇に麻耶山の案内板が置かれており、ここから林道に進むことになる。1994年に登りに来た時にもこの林道は車のすれ違いが難しい狭い道であった。20年が経過して道が良くなっているかと期待していたが、あいかわらず狭い道であった。下山後にこの林道を戻るタイミングを考える必要があった。あまり早く下山しても、登山者の車と出会う可能性があるので、昼前頃に下山できるように歩くことにした。
日も暮れており、すれ違う車も無く、瀬戸沢を渡った先の越沢登山口に到着した。登山口の前の駐車スペースの他に、林道を少し先に進んだ先にも駐車場が設けてあった。登山者も多くなっているようであった。
日も変わった深夜に車が一台到着して目が覚めた。この車が登山者のものか釣り客のものかは判らなかった。
登山口から杉林に進むと、尾根の末端部を回り込んで渓谷を見下ろしながらの道になる。周囲は紅葉に彩られているが、太陽は渓谷の奥まで差し込んでいない。対岸に「ウノスノ倉」や「カジ倉」の岩場を見上げると、登山道は緩やかに下って、沢の畔にでる。ここにはアルミ板の橋が置かれており、対岸に渡ることができる。この橋は、11月初めには撤去されるという。麻耶山登山も来週までとなるようである。
左岸のへつり道を進むと、谷が広がり、滝の下にある小浜の茶屋跡に出る。ここで初心者用の尾根コースとベテラン向きの弁財天コースに分かれる。当然弁財天コースに進んだが、この分岐の先のへつり道は、足場の悪い所もあり、慎重に歩く必要があった。
渓谷を進んでいくと、弁財滝が現れ、その左手に梯子が架かっているのも目に飛び込んできた。梯子は右岸側に掛けてあるので、沢を渡る必要がある。どのように梯子に近づくのか、様子を探る必要があった。左岸沿いのへつり道で滝の下まで進むと、滝壺は浅瀬になっており、飛び石伝いに右岸側に移ることができた。
岩を乗り越えると、梯子の下に出た。一旦ストックは短くしてザックにくくりつけた。垂直の梯子であったが、左右に手すりが設けてあって、登りやすくなっていた。ひと登りすると、梯子は折れ曲がって緩やかな傾斜になった。梯子の上部からしばらくは、手も使う急な登りがしばらく続いた。登山道の上に落ち葉が積もっているので、足場が判り辛く、滑落に注意する必要があった。ガイドブックでは、尾根コースを登りに使って、下山にこの弁財天滝コースを使うように紹介されているが、この急な尾根を下りに使うのは危険で、登山の一般的な安全対策から外れている。
ようやく足だけで立つことができるようになってからも尾根の急な登りが続いた。ひと汗かくと、仙人ケ岩屋と七ツ滝を結ぶトラバース道との交差部に出た。仙人ケ岩屋方面の道は、かろうじて道が判別できる状態、七ツ滝方面は通行禁止と表示してあった。
この先は、尾根沿いの急な登りが続いた。途中で麻耶山の山頂を正面に臨むことができたが、急な登りが待ち構えており、気を引き締める必要があった。風邪をひいて鼻がつまっており、いつもより辛い登りになった。最後の標高差200mの登りは、体力を振り絞る必要があった。
稜線上に飛び出すと、目の前に二つの岩峰が聳えるのが目に飛び込んできた。山頂に置かれた展望図や案内では、中岳と奥麻耶岳と書かれており、ガイドブックの表記とは違っている。ここからは、細尾根を僅かに辿ると、麻耶山の山頂に到着した。
目の前の二つの岩峰をはじめ、朝日連峰方面の眺めが開けており、ここまでの険しい道のりとはうって変った落ち着ける山頂であった。しばらく腰を下ろして休んだが、登山者は現れなかった。
下山のために尾根コースに進んだ。細尾根を少し辿ると、急な下りが始まった。少し下ると倉沢コースが分かれ、すぐ先で「厩山の奥の宮」のお堂が現れた。「昭和31年再建、祭神は主神に羽越民族の遠祖を祀り厩の大神を合祭する。聖徳太子、仏母麻耶夫人の霊を祭る満屋山城輪神社の跡である。 鶴岡市教育委員会」と書かれていた。続いて六体地蔵尊が現れた。「六個の地蔵尊が、安置してある。昔はここで六根を清浄して、頂上御室前を拝す順序であったと云う。」と書かれていた。布を巻かれた六体の地蔵が並んでいた。 尾根を下っていくと、急な所が現れ、ここには「鼻くくり坂(八合目) 西側登山口で一番急坂でありざんげ坂ともいう。この坂を登りつめれば四方展望がますます良く、奥麻耶も指呼に望める。」という標識が置かれていた。この先は傾斜も緩やかになり、紅葉を楽しみながら歩くことができるようになった。
コンクリート製の避難小屋が現れると、ここからは七ツ滝方面の道が分かれる。入口をうかがうと通行止めの表示は無かった。この先の北に下りていく尾根の途中から七ツ滝方面のトラバース道が分かれていたので、七ツ滝を経由してこの避難小屋へと登ってくることはできるのかもしれない。避難小屋のすぐ先の窪地には清水が湧いており、「清水場と茶屋跡 うがい場の清水と称し冷良な清水である。このほとりに古の天主堂の茶屋跡があったと云われる」とういう標識が置かれていた。
西に向かう尾根を辿っていくと、関川登山口への道との分岐になる追分に到着する。この付近はブナの大木が並んで美しい紅葉風景を楽しむことができた。関川方面の登山道も良く踏まれていた。
北に方向を変えてると急な下りが続くようになった。単独行の男性に追い抜かれ、そのすぐ後で、登ってくる登山者にも出会うようになった。昼にも近くなっており、行動が遅いのが気になった。最後に出会った登山者は、登山口直前で11時になっていた。弁財天滝コースを使えば短時間で下山できると思っているならば、4時で薄暗くなり始める晩秋の登山としては、思わぬ落とし穴にはまるかもしれない。
最後は杉林の中を下っていくと、小浜の茶屋跡に戻ることができた。後は、渓谷を眺めながら登山口に戻れば良かった。
登山口の車も並んでおり、10台分の登山者が入山したようであった。
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