厩岳山、名倉山

厩岳山
名倉山


【日時】 2014年6月21日(土)〜22日(日) 1泊2日 各日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 21日:曇り 22日:雨

【山域】 磐梯山周辺
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 
 厩岳山・まやたけさん・1261m・なし・福島県
【地形図 20万/5万/2.5万】 福島/磐梯山/猪苗代、磐梯山
【コース】 林道北堰赤枝線登山口より
【ガイド】 山と高原地図「磐梯・吾妻」(昭文社)
【温泉】 柳津つきみが丘町民センター 300円

【山域】 磐梯山周辺
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 
 名倉山・なぐらやま・644.6m・二等三角点・福島県
【地形図 20万/5万/2.5万】 福島/磐梯山/猪苗代
【コース】 北部車道より
【ガイド】 なし

【時間記録】
6月21日(土) 6:20 新潟=(R.49、会津坂下、会津村、R.49、磐梯、ゴールドライン 経由)=5:58 林道北堰赤枝線登山口〜9:15 発―9:41 林道分岐〜9:48 発―9:41 登山道入り口―10:07 第一番観音―11:13 観音堂―11:30 厩岳山〜11:50 発―12:00 観音堂―12:44 第一番観音―12:54 登山道入り口―12:58 林道分岐―13:19 林道北堰赤枝線登山口=(ゴールドライン、磐梯、R.49、会津村、会津坂下、R.49、R.252、桧原、砂子原、大成沢 経由)=16:00 博士山登山口  (車中泊)
6月22日(日) 4:20 博士山登山口=(飯豊檜枝岐大規模林道、大岩、元冑、R.401、会津若松、R.49 経由)=5:55 北部車道登山口―6:25 名倉山―6:46 北部車道登山口=(R.49、会津村、会津坂下、R.49 経由)=9:30 新潟
 厩岳山は、雄国山や古城ヶ峰などとともにカルデラ湖の雄国沼を囲む古い火山の外輪山である。登山道沿いには西国三十三観音石仏が置かれ、頂上近くには会津の馬頭観音の総本山である観音堂が建てられて、往時の信仰の厚さがうかがわれる。

 名倉山は、猪苗代湖の北岸にある山である。以前は遊歩道が設けられていたようだが、現在では荒れて藪に帰ろうとしている。

 梅雨のさなかであるが、土日と曇りの天気予報が出たので会津の山に出かけることにした。厩岳山は、2002年8月25日に登ってはいるが、この時は猫魔ヶ岳を最初に登って、その後に雄国沼を一周する際に立ち寄っての登頂であった。やはり下から登っておかないとと、気にかかっていた。
 ここの所ガソリン代も高くなっており、節約のために下道を走って猪苗代に向かった。ゴールドラインに進み、栄川酒造の観光客用大駐車場の手前から林道北堰赤枝線に進んだ。未舗装の林道であるが、500m程で山に向かって林道が分かれる厩岳山登山口に到着した。ここには、厩岳山の由来が書かれた案内板が置かれている。
 この分岐の林道脇駐車スペースに車を停めて歩き出した。林道に入ってすぐにも駐車スペースがあった。しばらくは、山に向かっての林道歩きが続いた。まっすぐな道のために判りにくいが、傾斜もあるようで、汗が噴き出てきた。
 林道の分岐に出て、右の方が路面の状態が良さそうなので進んでみたが、山頂から反れていくようなので引き返した。分岐から左の道に進んだが、草が両脇から延びてきており、車の通行はかなり難しくなっていた。分岐までは、少し無理をすれば車で入ってくれる状態ではあった。200m程で広場に出ると、ここが登山道の始まりであった。
 緩やかに登っていき、山の斜面にぶつかると、一番観音に到着した。石仏と頭の無くなった石灯籠が置かれていた。
 この先は山の斜面を九十九折で登っていく道になった。登山道沿いには、三十三観音が置かれているが、間隔は不規則で、すぐ先にあることもあれば、しばらく見かけないこともあり、登山の合目標識としてはあまり役に立たなかった。石仏も名前を見ていくと、第一番如意輪観世音菩薩、第二番十一面観世音菩薩、第三番千手千眼世観音菩薩、第四番千手千眼世観音菩薩第五番十一面千手千眼世観音菩薩、第六番十一面千手千眼世観音菩薩と続き、規則性はないようであった。ただ、ひとつずつ名前を確かめ石仏を眺めるので、のんびり歩くことができた。
 尾根に乗ると、山頂へ続く尾根の登りが続くようになった。ブナとナラの雑木林で、緑の多い道であった。
 ようやく三十二番観音が現れると、観音堂の屋根が見えてきた。両脇に小さな力士像が置かれた中に草に埋もれた石段があり、これを登ると観音堂に到着した。手前で右に分かれた道が合わさってきたが、こちらに三十三番観音が置かれていた。お堂脇の行基清水は水が枯れていた。
 観音堂から先は、ロープもかかる急斜面になった。滑りやすいだけで危険のある道ではないが、最後の登りとあって息も切れてきた。お堂付近でスキー場が合流するのかと思っていたが、灌木に囲まれた中の登りが続いた。
 傾斜が緩むと、岩が転がる厩岳山の山頂に到着した。山頂部は木立が広がっていたが、雄国沼を見下ろすことができ、磐梯山の山頂も望むことができた。平らな岩を選んで腰を下ろした。歩き出しが遅かったので、猫魔ヶ岳まで足を延ばすのは止めた。
 下りの途中、登りに草臥れて休んでいる5名グループとすれ違っただけの静かな山であった。
 日曜日には博士山を登ることにして、会津坂下から西山温泉経由で大成沢に向かい、そこから林道に進んだ。舗装されているが、細い道で対向車に注意が必要な状態であった。博士山の登山口が近づいたところで、二車線幅の立派な車道に飛び出した。先回訪れたのは1994年11月なのだが、すっかり様変わりしていた。左に曲がると、ほどなく博士山の登山口に到着した。登山口に到着と同時に雷雨が始まった。とりあえず、この車道を偵察してみることにした。道路地図を見ると、これは飯豊檜枝岐大規模林道であった。まず東に進むと立派なトンネルが設けられていた。引き返して琵琶首方面の道に進んでみると、下山予定の近洞寺尾根登山口を過ぎた先で道路工事のために通行止めになっていた。
 登山口に戻って夜を明かしたが、夜通しの雨は朝になっても続いていた。博士山はあきらめて、低山を登って終わりにすることにした。
 飯豊檜枝岐大規模林道を通って会津美里に下ってみることにした。二車線幅の道が続いたが、カーブも多く、距離はなかなかはかどらない道であった。会津美里方面に下る道を探しながら車を走らせていくと、大岩観音下のT字路に出た。ここから元冑の集落に下ることができた。博士山と明神ヶ岳の登山口が山中の車道でつながっているのは、発見であった。
 会津盆地に戻ったので、まだ登ったことのない名倉山を登ることにした。猪苗代湖の北岸に出て、天鏡閣への道に進み、名倉山の北側に回り込んだ。地図には名倉山の山頂に至る破線が記されているが、取り付き部には登山道は無かったので、尾根の東に広がる畑に通じる道に進んだ。畑を突っ切って杉林の中に入るとT字路に出て、荒れた林道を右に進んだ。進むにつれて草が茂って、車の走行はできない状態になっていった。
 尾根の東の一段下を進んでいくと、613mピークを過ぎた先の鞍部に出た。林道は鞍部の広場までであった。登山道を探すと、夏草の下に道型があった。名倉山の山頂目指しての急登になった。以前は遊歩道として整備されたのか、階段状の整備に使われたコンクリート板が草の下に横たわっていた。草を掻き分けての歩きになって、雨の日には行いたくない登山になってしまった。
 名倉山の山頂は台地状で、以前の刈り払いの後か、一面に蕗の葉が茂っていた。足の先で蕗の葉を倒しながら探っていくと、偶然にも三角点を見つけることができた。山頂周辺の木立が延びているため、展望は閉ざされていた。
 名倉山を登って、この日の山は充分ということで、家に戻ることにした。

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