猿毛岳、笠峰

猿毛岳、笠峰


【日時】 2012年5月13日(日) 日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 曇り

【山域】 加茂丘陵
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 
 猿毛岳・さるけだけ・326.7m・二等三角点・新潟県
【地形図 20万/5万/2.5万】 新潟/加茂/加茂
【コース】 猿毛よりスキー場周回
【ガイド】 なし

【山域】 白山・粟ヶ岳山塊
【山名・よみ・高・三角点・県名】 
 笠峰・かさみね・483.8m・三等三角点・新潟県
【コース】 上高柳より
【地形図 20万/5万/2.5万】 新潟/加茂/越後白山
【ガイド】 なし

【時間記録】 6:30 新潟=(R.49、R.403、加茂 経由)=7:30 猿毛口〜8:02 発―8:46 猿毛岳―9:07 スキー場跡―9:28 猿毛登山口=橋立まで=(往路を戻る)=15:30 新潟
 新潟平野の縁に沿って広がる加茂丘陵の南東の角に位置し、加茂川右岸の猿毛の集落の背後にある猿毛岳は、この一帯の最高峰にあたる。猿毛岳とR.290を挟んで向かい合うように、最近閉鎖された冬鳥越スキー場があるが、猿毛岳にもかつてスキー場があり、山中にその跡が見られる。平成10年から11年にかけて登山道が整備され、現在ではハイキングの山になり、登山者も多くなっている。

 新潟平野の縁に沿ってひろがる白山・粟ヶ岳山塊は、白山から宝蔵山、さらに鞍部の橋立を経て、権ノ神岳から粟ヶ岳に続いている。橋立への麓からの登山道としては、上高柳と小乙からの道が利用されているが、橋立から西に延びる稜線が二つの集落を隔てている。この稜線上にある483.8mの三角点ピークは、地図には山名は記載されていないが、笠峰と呼ばれている。

 粟ヶ岳に登るため車を走らせたが、山の姿は厚い雲に隠されていた。貯水池駐車場に入ったが、展望のとざされている粟ヶ岳に登りたく、この日の登山は止めることにした。代わりに登る山として、とりあえず近くの猿毛岳を登ることにした。
 引き返して、橋のたもとの駐車スペースに車を停めた。橋のたもとに一台、奥の登山者用駐車場に五台の車が停まっていたが、登山口の日吉神社で集会が行われていて、その車もまじっているようであった。
 昨年の12月にも登っており、猿毛岳は気軽に登れる山になっている。しばらくは、丸太の段々で整備された急登が続き、汗も噴き出てきて、良い運動になる。傾斜が緩んで杉林の中を左にトラバース気味に登ると、尾根沿いのコースになる。雑木林も広がって気持ちの良い尾根歩きになる。
 冬枯れの季節とは違い、新緑の木立が広がって、展望は閉ざされていた。山小屋が建てられた山頂に到着して、ようやく粟ヶ岳方面の展望が開けたが、山頂部は雲に隠されていた。粟ヶ岳の山腹の雪は僅かになっていたが、右奥の守門岳の山腹は白い筋が目立っていた。山頂では、単独行が休んでいた。
 下山は、スキー場コースに向かった。一時期、藪が延び気味になっていた時もあったが、遭難事故をきっかけにしてか、登山道は良く刈り払われ整備されている。飯豊見晴らしでコースはヘアピン状に曲がるが、この先はトラバースとカーブを繰り返し、雪の季節に完全に辿ることは難しい。冬の歩きを想定しながら登山道を辿った。冬に歩くと、最後は杉の植林地をまっすぐに下ってスキー場跡に出ることになる。冬は、登山道を辿る山勘と、登山道を無視なうのは当然として地形を頼りに自分でコース判断できる両面が必要になる。
 スキー場跡の登山口に出るところの案内板には、冬の注意点として、沢コースは数か所で雪崩の危険性があることと、昔のスキー場への車道も書かれていた。
 時間もまだ早いので、次はどうしようと考えながら沢沿いの登山道を下った。
 ここのところ、上高柳から宝蔵山や権ノ神岳に登っていない。橋立への登山道が林道の造成によって通れなくなっているという話を聞いた覚えがある。橋立まで歩いて、様子を確かめることにした。
 上高柳の集落を通り過ぎて、山間に進むと、尼池山の西に上がる林道が始まるが、その周囲の路肩には駐車の車が連なっていた。先の様子が判らないので、戻って田圃脇のスペースから歩き出した。駐車していた車は、皆、山菜取りのもののようであった。
 高柳川の左岸に渡った先に、笠峰登山口の標識が置かれている。古びた標識はまだ残されていたが、杉林の中に進んでいく送電線の巡視路を兼ねた踏み跡は、はっきりしない状態になっていた。取り付きが変わったかなと思いながら林道を先に進むと、右に以前は無かったと思われる林道が分かれた。
 この林道がどのように通じているか確かめることにした。カーブを交えながら登っていくと、標高250m地点で、笠峰方面の踏み跡らしきものが現れた。とりあえず、林道の様子を探るために先に進むと、右手に送電線の鉄塔が現れた。この鉄塔までの巡視路は林道の造成によって、無くなったように思えた。さらに進むと、林道は、尾根上に立つ鉄塔までまだ距離のある急斜面に行き当たったところで、行き止まりになっていた。以前の送電線巡視路は、尾根上の鉄塔まで続いていたので、かなりの様変わりといって良い。
 一旦戻って、笠峰への踏み跡に進んだ。最初は、幅広の切り開きの中の踏み跡であったが、直に藪が濃くなって辿るのに注意が必要になった。
 以前の記憶を頼りにトラバース気味の登りを続けた。途中で、杉が列になって並ぶのが、昔の山道の名残でもある。細い沢を渡って、尾根の末端を巻くと、杉林に出た。かすかな踏み跡は枝尾根に取りついたようなので登りはじめたが、藪が濃くなって先に進むのは断念した。
 下山後に、昔歩いたトレースと今回のトレースを比べると、コース取りは間違っていなかった。標高差にして、後50m登れば、幅広尾根上に出ることができたようである。ただし、以前は、登山道並みの切り開きを辿って山頂に達することができたが、この様子では難しそうである。橋立方面からの登山道を確かめるために、一旦戻った。
 青木滝の分岐で、右手の入口に鎖が掛けられた林道に進む。以前は、崩壊が進んでいたが、新しく作り直されていた。ただ、路肩に落石も転がっており、現在は車は通行していないようであった。
 ひと登りした所で、以前は山道が始まっていたが、登山標識は残されているものの、新しい林道が延びていた。この道で良いのか、半信半疑で林道歩きを続けた。林道を登っていくと、笠峰から延びてくる尾根も頭上に近づいてきた。一面の伐採地が現れて、このための林道であったことが判った。漁業資源保護のための緊急造林とあった。太い木は残されていたが。藪は完全に刈られていた。赤いテープが付けられているのは、苗木のようであった。ようやく林道の終点となって山道に進むと、すぐ上が、以前からあった上高柳と小乙の分岐であった。ここまでの山道は、深山の趣のある歩きを楽しめたのだが、林道に変わってしまったのは残念なことである。
 ここから笠峰への刈り払い道が続いていたのだが、入口のすぐ先から藪になっていた。笠峰の夏道として、冬に使っている林道終点から尾根伝いに登るコースを確かめる必要があるものの、冬山限定の山になってしまった可能性が高い。
 一応、橋立まで歩くことにして先に進んだ。ここから橋立までは、だらだらの登りが続くが、意外に長く感じる。崩壊した所もあったが、歩くのに支障はなかった。山道の刈り払いも行われていた。
 橋立に到着すると、青空をバックにした権ノ神岳と粟ヶ岳を眺めることができた。橋立までの歩きは、行っておく必要のある偵察であったが、粟ヶ岳に登れば展望を楽しめたかとおもうと、ちょっと残念な気がした。権ノ神岳への登山道の様子をうかがうと、以前は藪になっていたが、刈り払いが行われていた。橋立から権ノ神岳や宝蔵山への登山道を歩いて確かめる必要がある。

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