荒沢峰

荒沢峰


【日時】 2012年3月1日(木) 日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 曇り

【山域】 白山山塊
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 荒沢峰・あらさわみね(戸倉山・とぐらやま)・688.2m・三等三角点・新潟県
【地形図 20万/5万/2.5万】 新潟/加茂/越後白山
【コース】 上戸倉先の林道入口から
【ガイド】 なし
【時間記録】 6:30 新潟発(R.49、茅野山IC、R.403、新津、村松、上戸倉 経由)=7:30 林道入口〜8:05 発―8:58 372ピーク―10:20 荒沢峰〜10:50 発―11:28 372ピーク〜11:34 発―12:12 林道入口=(往路を戻る)=13:40 新潟着
 新潟平野の東端に位置し、古くからの信仰の山として知られている白山は、南に宝蔵山への稜線を連ね、権ノ神岳を経て粟ヶ岳に続いている。白山と宝蔵山の中間部にあたる890m点からは、城ノ入川と能代川に挟まれて、北西に長い尾根が派生し、烏帽子岳(820m)、荒沢峰(688.2m)を経て、下戸倉の城山に続いている。荒沢峰は、地形図には688.2mの三角点表示しかないが、藤島玄氏の「越後の山旅」にこの山名が記載されている。また、麓の集落名から戸倉山とも呼ばれている。

 ネパールの旅からは無事に戻ってきたのだが、その後に風邪をひいてしまった。雪掻きで汗をかいたのが原因かもしれない。週末一回を休養にあてたが、まだ本調子ではなかった。仕事が休みになり、晴の予報が出たとあっては、山に行かないわけにはいかない。
 以前にも登って様子の判っている山を考えて、荒沢峰を登ることにした。先回登ったのは、2006年3月11日なので、かなり時間がたっている。
 村松から下戸倉に出ると、白山の前衛峰として、荒沢峰が目に飛び込んでくる。ピラミッド型の山頂を持ち、裾野を広げた姿は、地図には名前が記載されていないものの、良く目立って登頂意欲がそそられる。
 上戸倉の集落を過ぎると、荒沢峰と尼池山の間から流れ出る沢に架かる橋の手前が歩き出し地点になる。林道が始まっているのだが、道路脇には2mほどの雪壁が続いており、林道は完全に隠されている。路肩に除雪されたスペースがあり、車を置くことができる。
 雪壁の低くなった所から雪原に上がってスノーシューを履いた。中はまだ柔らかいが、表面は堅くしまって、スノーシューで歩きやすい状態になっていた。雪原を横断して山裾に続く林道に出ると、古いワカンの跡が続いていた。先週末あたりにグループで歩いたもののようであった。
 谷間に入って、二本目の枝尾根が取り付きになる。先回は一本奥の尾根を下ってみたところ、末端部にお地蔵様があったので、そちらが本来のコースかなとも思ったのだが、トレースが続いていることから、いつも使っている手前の尾根を登ることになった。
 藪が少しうるさい尾根なのだが、雪がたっぷりとあるため、歩きの支障はなかった。歩きやすい雪の状態であったのだが、風邪から完全に治っていないせいか、足が重く息が切れた。平行して走る北の尾根の見晴らしは開けており、送電線が横切っているのが良く見えている。その高さまで登ることが最初の目標になった。
 372m点で南に平行して走る尾根が合流する。南の尾根の合流点から少し下ったところには送電線の鉄塔が立っている。最初の目標地点に到着して、ひと息ついた。
 372m点からしばらくは、杉の植林地と藪との境界部を登ることになる。この付近が、一番藪っぽいとはいえ、ヤブコギというほどのことはなかった。右手から延びてきた尾根に出ると、木立の間が開いた幅広尾根の登りになる。標高が低い割に雪原の登りが楽しめるコースである。
 細かく尾根が合わさって、下りの際に一気に下るとコースを間違いやすいが、登りは高みを目指していけばよい。
 山頂が近づいたところで、傾斜も増してくるが、スノーシューで足場が切りやすいので、問題なく登ることができた。ただ、疲れも出てきて、雪の上に腰を下ろして息を整える必要も出てきた。
 傾斜が緩むと山頂の一郭で、右から回り込むように進んでいくと、山頂到着になる。トレースは、上戸倉方面の尾根に続いていた。山頂は木立が取り巻いているので、烏帽子山方向に少し進んだ雪原に進んで腰を下ろした。
 久しぶりに青空の元に雪山を眺めることができた。目の前には白山が大きく、尾根が続く先にはとがった山頂を持ち上げた烏帽子山、その右手にはどっしりとした宝蔵山が連なっていた。また、飯豊連峰が真っ白な姿を見せていた。荒沢峰は、展望を楽しむことのできる山である。お気に入りの山として、あまり人には知られたくない。
 ひと休みの後に下りを開始した。一気の下りといきたかったが、途中で息が切れた。体力の消耗が激しかったが、下りのために足を動かし続けることができた。久しぶりの快晴の山は、風邪をおして登ったかいはあった。
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