日本国

日本国


【日時】 2011年5月28日(土) 日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 雨後曇り

【山域】 山北
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
 日本国・にほんこく・555.4m・二等三角点・新潟県、山形県
【コース】 小俣登山口より周遊
【地形図 20万/5万/2.5万】 村上/温海、勝木/ 鼠ヶ関、勝木
【ガイド】 新・分県登山ガイド「新潟県の山」、分県登山ガイド「山形県の山」

【時間記録】 6:45 新潟=(日本海東北自動車道、朝日まほろばIC、R.7、府屋 経由)=8:33 小俣登山口〜8:54 発―9:53 蛇逃峠―10:11 日本国―11:02 林道桂谷線登山口―11:46 林道入口―12:15 小谷部登山口―12:28 林道中ノ俣線終点―13:18 日本国〜13:35 発―13:46 蛇逃峠―14:23 蔵王堂登山口―14:41 小俣登山口=(往路を戻る)=16:30 新潟
 日本国は、旧出羽街道沿いの新潟・山形県境に位置する山である。山とか峰、岳とかいう字の続かない変わった日本国という山名の由来としては、都からの落ち人がこの山に登り、この山から向うが日本国と言ったとか、エゾ地との境の山で日本を誇示するために名付けたと言う説がある。また、この山で捕獲した鷹を鶴岡の酒井候に献上したところ、日本一の見事な鷹よ、これより捕れた山を日本国とせよと言ったことによるとも言われている。新潟県側からの登山道が一般的であるが、山形県側からの登山道も開かれている。

 高速の休日割引や無料化が6月に終了するという。しばらく登っていない山として日本国が気になっていたが、高速代を払ってまで出かける気にはなれない。この機会に登っておくことにした。
 日本国の登山道は、新潟県側からの二本の登山道が一般的であるが、山形県側からも登山道が開かれている。しかし、山形県側からの登山道が紹介されていた分県登山ガイド「山形県の山」も、新版に変わって省かれてしまっている。さらに、1999年に山形県側から登った時に見つけた県境沿いに歩いた後に林道へ下りる道がどうなっているかも確かめる必要がある。
 高速のおかげで村上は近くなり、登山口の小俣も2時間で到着した。日本国の登山口は、木のゲートが設けられており、すぐに判った。その前の小学校跡が、フレアイパークとして整備されており、登山者用の駐車場になっていた。雨も小降りになっており、雨具を着こみ、長靴での登山になった。
 ゲートをくぐると、はじめは急斜面の登りになった。左手にトラバースしてから尾根沿いに戻るように、登山道は地図と少し違っていた。初めは杉林であったが、じきに新緑の雑木林に包まれるようになった。幅広の登山道が続き、親しまれている山であることが判る。
 緩やかな登りが続くが、途中で、松ヶ崎広場や沖見休憩所といったベンチも置かれた休憩地が設けられていた。
 左手に日本国の山頂が見えると、蔵王堂登山道が合わさる蛇逃峠に到着した。ここには、あずまやも設けられていた。
 僅かに下った後に、日本国への最後の登りになった。大汗をかいて日本国の山頂に到着した。山頂には、小さな山小屋や展望台が設けられて、小高いところに三角点が頭を出していた。幸い、雨は止んでいたが、雲がかかって近くの山しか見えなかった。
 広場には、1小俣登山道、3中ノ俣登山道という標識が置かれており、広場の奥に進むと、4林道桂谷線登山道という標識がみつかった。蔵王堂登山道が二番になるのであろう。
 雨も上がったので、この林道桂谷線登山道に進んだ。新潟・山形県境沿いに進むことになるのだが、いきなり右手の方向違いに下るが、これが正しい方向である。途中、麻耶山展望地といった看板も幾つか見られたが、木が茂って展望は閉ざされていた。歩く登山者も少ないようで、登山道を落ち葉が覆っているものの、道型はしっかりしていた。しばらくは緩やかな下りが続く。小さなピークを幾つか越すと、県境線から分かれて、枝尾根の下りになる。杉の植林地を抜けると、林道に飛び出した。
 この後は、長い林道の歩きが続く。以前あった、先住民族の住居跡の板ヶ台の説明看板は、見落としたのかもしれないが、判らないままに通過した。
 一旦、里に下りたが、小名部の集落を抜けて、さらに中ノ俣登山口まで歩く必要がある。途中の自販機でコーラを買って、飲みながら歩いた。
 小名部から小俣集落に通じる旧出羽街道を進んでいくと、中ノ俣登山口に到着する。立派な登山案内板が置かれている。
 しばらくは林道中ノ俣線を歩くことになる。林道の終点から杉林の中をまっすぐ登っていき、右手の尾根に取りつくことになる。
 七曲り坂と呼ばれる急な登りが続く。一日のうちで二度目の日本国登山になるので、足も疲れてきており、辛い登りになった。ようやく傾斜も緩み、集落のテレビアンテナが現れると、その先で日本国の山頂に到着した。
 誰もいない山頂広場のベンチに腰を下ろして、遅い昼食にした。
 下りは、蛇逃峠から蔵王堂への登山道に進んだ。こちらも急な下りが続いた。最初の小俣登山道が一番歩きやすく、蔵王堂登山道は下りに向いていることになる。
 左下に田圃が近づくと、蔵王堂に出て、すぐ先で車道に飛び出した。後は、小俣の集落を抜けて登山口に戻った。
 懸案であった日本国の8の字周回登山を行うことができた。

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