貝吹岳、大荒沢岳、駒頭山、三方倉山

貝吹岳
大荒沢岳
駒頭山
三方倉山


【日時】 2009年9月19日(土)〜22日(火) 前夜発4泊4日 各日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 19日:曇り 20日:曇り 21日:曇り 22日:曇り

【山域】 和賀山塊・秋田駒ヶ岳周辺
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
 貝吹岳・かいふきだけ・992.4m・三等三角点・岩手県、秋田県
 笹森山・ささもりやま・994.6m・三等三角点・岩手県、秋田県
【地形図 20万/5万/2.5万】 秋田/雫石/国見温泉
【コース】 旧国道46号線入口ゲートより
【ガイド】 分県登山ガイド「秋田県の山」(山と渓谷社)、分県登山ガイド「岩手県の山」(山と渓谷社
【温泉】 国見温泉石塚旅館 500円

【山域】 和賀山塊
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
 沢尻岳・さわしりだけ・1260m・なし・岩手県、秋田県
 大荒沢岳・だいあらさわだけ・1313.4m・三等三角点・岩手県、秋田県
【地形図 20万/5万/2.5万】 秋田/鴬宿/北川舟、羽後朝日岳
【コース】 貝沢より
【ガイド】 分県登山ガイド「岩手県の山」(山と渓谷社
【温泉】 沢内バーデン 300円

【山域】 花巻周辺
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
 駒頭山・こまあたまやま・940.0m・二等三角点・岩手県
【地形図 20万/5万/2.5万】 秋田/新町/鉛
【コース】 鉛温泉スキー場より
【ガイド】 分県登山ガイド「岩手県の山」(山と渓谷社)
【温泉】 鉛温泉藤三旅館 700円

【山域】 二口山塊
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
 三方倉山・さんぽうくらやま・971.1m・三等三角点・宮城県
【地形図 20万/5万/2.5万】 仙台/川崎/作並
【コース】 ニ口キャンプ場入口より
【ガイド】 なし

【時間記録】
9月18日(金) 17:30 新潟=(磐越自動車道、東北自動車道 経由)=23:50 紫波SA  (車中泊)
9月19日(土) 6:00 紫波SA=(東北自動車道、盛岡IC、R.46 経由)=6:55 ヒヤ潟入口ゲート〜7:35 発―8:03 仙岩峠―8:36 林道終点―9:00 貝吹岳〜9:08 発―9:29 林道終点―10:00 仙岩峠―10:40 国見峠―10:58 笹森山〜11:15 発―11:41 国見温泉―11:54 ヒヤ潟入口ゲート=(R.46、雫石、県道1号線、貝沢 経由)=15:30 林道入口  (車中泊)
9月20日(日) 5:34 林道入口―6:00 登山口―7:19 前山分岐―8:20 沢尻岳―9:18 大荒沢岳〜9:30 発―10:13 沢尻岳〜10:36 発―11:24 前山分岐―12:16 登山口―12:39 林道入口=(貝沢、県道1号線、湯田、R.107、横川目 経由)=17:00 鉛温泉スキー場  (車中泊)
9月21日(月) 6:35 鉛温泉スキー場下―7:15 第3ペアリフト終点―7:33 林道跡別れ―8:09 ロボット雨量観測所―9:19 駒頭山〜9:37 発―10:31 ロボット雨量観測所―10:54 林道跡別れ―11:06 第3ペアリフト終点―11:32 鉛温泉スキー場下=(花巻IC、東北自動車道、仙台宮城IC、R.48、R.457、秋保大滝 経由)=17:00 ニ口キャンプ場入口駐車場  (車中泊)
9月22日(火) 7:08 ニ口キャンプ場入口駐車場―8:26 岩場下―9:00 三方倉山〜9:15 発―10:07 遊歩道―11:28 ニ口キャンプ場入口駐車場=(秋保温泉、釜房ダム、R.286、川崎IC、山形自動車道、山形蔵王IC、R.13、赤湯、R.113、R.290、R.7 経由)=16:50 新潟
 貝吹岳は和賀山塊北端の山で、秋田駒ヶ岳山塊南端の笹森山と、旧秋田街道の峠を挟んで隣り合っている。貝吹岳と笹森山の山頂には、共にマイクロウェーブの反射板が置かれているが、周囲の展望が開けている。

 大荒沢岳は、和賀・朝日山塊の秘峰朝日岳の南に並ぶピークである。地図には名前が記載されていないが、登山ガイドにコース紹介がされて、和賀岳、高下岳と並んで、登山の対象になっている。

 駒頭山は、花巻の西にある鉛温泉の脇にある山である。ブナ林が広がり、宮沢賢治の「なめとこ山の熊」の舞台としての雰囲気を残している。展望は得られない山であるが、ブナ林の歩きが楽しめる山である。

 三方倉山は、二口山塊の入口の秋保ビジターセンターの川向こうに佇むピラミッドピークである。登山道が整備されたのは最近のことで、ブナ平コースとシロヤシオコースの二本の登山道が整備されて、周回コースとして歩くことができる。

 今年の9月の休日は五連休となり、シルバーウィークという言葉が、初めて使われることになった。山の計画を考える上では、高速道の渋滞をまず考える必要がある。結局ゴールデンウィークと同じく東北の山をめざし、初日に一気に北上し、後は一般道を使って南下することにした。
 今回の一番の目標は和賀山塊の大荒沢岳とし、それに合わせて山と温泉を考えていくことにした。
 金曜日の夕方早めに出発し、東北自動車道に入り込むと、いつもより交通量は多めで、サービスエリアも満杯の状態であった。それでも盛岡手前の紫波SAに入ると、駐車場には空きが目立つようになっていた。紫波SAで夜をあかし、朝になると、駐車場は満杯状態になっていた。この連休では、高速はそうとうな混み具合になりそうであった。
 貝沢岳の登り方は、旧秋田街道を辿るコースと、国見温泉手前から仙岩峠を越す旧国道を利用するコースの、二つが考えれれる。分県登山ガイドでも、岩手県と秋田県のそれぞれに、二つのコースが紹介されている。今回は、仙岩峠の北に隣り合う笹森山も可能なら登ろうと考え、仙岩峠からアプローチすることにした。
 国見温泉は、秋田駒ヶ岳の登山口であり、このコースは花を目的に二度訪れている。貝吹岳は、名山の隣りにあることで損をしている。
 国見温泉手前のカーブ地点で直進する方向に分かれる道が、登り口に続く旧国道である。ここにはゲートがあり、以前に国見温泉へ向かった時も、このゲートは閉められていた。ガイドブックには、仙岩峠まで車で入れるように書かれていたが、今回もゲートは閉められていたが、事前に歩くことになるだろうと予想して、地図で距離を確かめていたので、あわてることもなかった。ゲート手前の路肩スペースに車を停めた。
 ゲートの先は、車の走行には問題のない路面状態であった。後で知ることになったが、奥で工事を行っているため、一般車が締め出しされていたようである。
 カーブをまじえ、沢を二本越えていくと、静かな湖面を広げたヒヤ潟が現れた。青空を映して美しかったが、背後の丘に送電線の鉄塔が並ぶのが目障りであった。池を回り込んだところに、仙岩峠の国道開通碑が置かれていた。すでに使われなくなった国道には似つかない立派な石碑であった。建設大臣河野一郎の名前が彫り込まれていたが、自民党のビッグネームであるが、現在の自民党の姿と重なる気がする。
 峠の脇から、車一台がやっとの未舗装の林道が続いており、貝吹岳にはこの道に進む。ほぼ水平に続く道を進むと、助小屋跡地という石碑が置かれた小広場が現れた。南部・秋田藩の交易の際には、物資を宛名書きしてこの小屋まで運んで置いておくと、相手側が運んでくれたという。
 谷を巻くところでは、マイクロウェーブの反射板を乗せた貝吹岳が見えてきた。最近では、通信衛星に変わって、山頂の反射板も撤去されるものが多くなってきているが、この付近の山では多く置かれている。
 林道の終点に到着してみると、工事中で立ち入り禁止になっていた。その手前から、その先に続く道が始まっていた。沢に下って越し、水平な道に戻ると、左に貝吹岳への道が分かれた。硬質ゴムの階段が続いていたが、草がかぶり気味であった。水平に先に進む道の方がはっきりしていた。
 標高差120mほどの登りを頑張ると、貝吹岳山頂に到着する。マイクロウェーブの反射板がまず現れ、その奥が山頂であった。あいにくガスがかかって、周囲の展望は閉ざされてしまっていた。
 南に稜線が続き、マイクロウェーブの置かれた下地森(1023m)まで道が続いているようにガイドブックには書かれていたが、山道の痕跡は見つからなかった。
 山頂から引き返す途中、林道終点の広場では工事の物音が立ちち始めていた。林道歩きの途中、5台の車が連って走ってきて、藪に身を寄せてやり過ごすことになった。
 仙岩峠に戻り、笹森山への道を探した。ヒヤ潟の東側から刈り払いがされた道が続いていた。地図上に書かれている国見峠を越えて笹森山に続く破線道が、これのようであった。
 ひと登りすると、送電線の鉄塔下に出て、展望が広がった。ガスも切れて、今登ってきた貝吹岳と下地森が姿を現してきた。秋田駒ヶ岳も山頂部を現してきた。
 鉄塔の先の刈り払いは大丈夫かと心配していたのだが、良く管理された道が続いていた。古くからの街道の名残か、溝状に掘り込まれた道が続いた。
 笹森山の手前のピークが国見峠であった。石碑が置かれていたが、彫り込まれた字は読み取れなかった。その前からは、マイクロウェーブの置かれた笹森山と秋田駒ヶ岳の眺めが広がっていた。山道は秋田側に続いており、脇の藪には苔むして傾いた石の祠がひっそりとたたずんでいた。
 この国見峠は、古くから使われていたが、急峻なため、仙岩峠に移り変わったという。 一旦下ってから笹森山へ登っていくと、中腹で水平に続く道と山頂に向かう道に分かれた。ひと登りで笹森山に到着した。
 笹森山の山頂は台地状で、貝吹岳や秋田駒ヶ岳の眺めが広がっていた。秋田駒ヶ岳の山頂付近では色も変わり、紅葉も始まっているようであった。
 ひと休みの後、水平道に戻り、先に進んだ。緩やかに下っていくと、国見温泉が下に見えてきた。沢に下り立ち、飛び石伝いに渡り、ひと登りすると登山者用駐車場の前に飛び出した。以前の訪問で、この道には気が付いていなかった。
 初夏には駐車場に入りきれなかった車が路上駐車の列を作っているのだが、駐車場の中だけでおさまっていた。やはり秋田駒ヶ岳は、高山植物の時期が人気なのかもしれない。少し先の紅葉の盛りには、また混み合うのだろう。
 ここからは車道歩きで車に戻ることになったが、下り一方なので、楽であった。
 車に戻り、国見温泉へと移動した。国見温泉は、翡翠色が特徴的な温泉である。下山後の温泉が山の魅力を高めている。
 雫石まで戻り、食料を買い込んでから翌日の大荒沢岳の登山口の貝沢に向かった。県道1号線は、道も良く空いており、快適なドライブを行うことができるが、問題といえばコンビニが無いことである。
 貝沢バス停の脇に、「高下岳登山道 貝沢入口」と書かれた標柱が置かれている。この道を通りかかって、この標柱を見て気になっていた。問題は、高下岳とはかなり離れていることであった。しかも、今回は、大荒沢岳を登りに来ているわけである。結局、大荒沢岳を経て高下岳に登山道が続いているので、このような標識になっている。
 登山口と書かれた小さな標識に従って集落内を抜けていくと、民家の裏手から林道が始まっていた。この林道が、大荒沢岳登山口に続く道なのか自信がなかったので、GPSを立ち上げて、この林道が正しいことを確かめた。林道に少し入り込んだところの堰堤脇の空き地に車を停めた。
 ガイドブックによれば、この林道は細く、途中には沢の横断があるという。そのため、林道の入り口から歩くつもりであった。今回の目的には、朝日岳の偵察もある。残雪期に登ろうとするならば、この林道が雪解け直後で通行できない可能性もある。林道の様子と歩行時間を確かめておきたかった。
 ガイドブックによれば、大荒沢山は、歩行時間5時間25分。体力度、危険度ともひとつマークで、楽勝の山という印象を持ったが、前日に早く寝たこともあって、早い時間に目が覚め、早立ちになった。出発の準備をしていると、早くも一台の車が林道の奥に走り込んでいった。
 杉林の中を進んでいくと、牧草地の脇に出て、その先で再び林の中に入った。谷池川に向かって下りていく道を右に分けると、林道は山側に向かうようになった。分岐に出て、右の道に進んで山裾を巻いていくと、沢に行き当たった。渡るのは問題のない水量であったが、河原の石を越えていくのは、普通乗用車ではいやな感じであった。その先で、涸れた沢をもう一本越えると、大カツラの立つ登山口に到着した。大木ヶ原と呼ばれ、牧草地が広がっていた。ここの標識にも登山道入口とあるだけで、大荒沢岳という名前は出てこない。
 先ほどの車が一台停められているだけであった。登山届のポストが置かれており、ノートを見ると、登山者は少ないようであった。
 牧草地の左端の踏み跡を辿ることになった。雑草が延びて、踏み跡も判りにくくなっていた。左手の杉林に入ると、尾根沿いに登山道が続いていた。  杉の植林地から、やがてブナ林の登りに変わっていった。雫石町と西和賀町の町塊尾根に出てひと息いれるが、この先は急な登りが続くようになった。地図に記載されている町塊尾根を東に下っていく道は無くなっていた。
 傾斜が緩むと、前山分岐と書かれた標識が、壊れかけて立っていた。尾根は南に分かれているが、道のようなものは見当たらなかった。前山というのも、南に尾根を下った先の880mピークなのかもしれないが、はっきりしない。美しいブナ林が広がるようになったが、下生えの笹が濃くなり、登山道を覆うようになってきた。雨具を着込むタイミングを失って、下半身から靴はびしょぬれになってしまった。
 尾根が広がると、湿地を抜けたり、尾根を乗り換えたりで、コース取りにも注意が必要になってきた。右手には、モッコ岳が迫ってきていた。
 背も低くなってきて横に枝を延ばした変形ブナ林を抜けていくと、草原に出て、沢尻岳への最後の登りになった。草原は草紅葉が始まっていた。
 沢尻岳の最高点より少し下がったところに広場が設けられ、山頂標識が置かれていた。目指す大荒沢岳と朝日岳が並んで姿を見せていた。大荒沢岳から朝日岳へは、思っていたよりも僅かな距離であった。秋田駒ヶ岳も近くに見えていたが、岩手山は雲に隠されていた。間近に迫った大荒沢岳に心惹かれるままに先に進んだ。
 沢尻岳の下りからは、大荒沢岳に至る稜線を一望することができた。一直線に上がっていく登山道を目で追うことができたが、この先は、藪こぎの程度もひどくなった。標高にして90m下って140mの登り返しになる。下りは、一歩ずつ足元を確かめながらの歩きで体力を使い、登りは笹を手でかき分けながらで苦労した。踏み跡が残っているため楽ができる藪こぎといったレベルであった。
 鞍部から登りに汗を流すと、小ピークに出て、山頂はまだであった。灌木帯から草原に出ると、山頂標識の置かれた広場に出た。高下岳や和賀岳もすぐ近くに見えていた。高下岳に向かって踏み跡は続いていたが、藪こぎの覚悟が必要そうであった。
 山頂標識は、最高点から一段下がった所に置かれていたので、この広場からでは朝日岳は見えない。かすかな踏み跡を辿って、最高点をめざした。朝日岳を眺められる北側の斜面の縁まで進んで。朝日岳の写真を撮るのも、笹藪の上カメラを出すのににつま先立ちになる必要があった。あわよくば朝日岳までという希望も諦めることになった。朝日岳へは残雪を使わないと難しいようである。
 大休止は沢尻山に戻ってからということで、大荒沢岳を後にした。下りの途中、途中で追い抜いてきた単独行とすれ違った。この日の登山者は、私を含めて二人だけであった。 沢尻山に戻り、登ってきた大荒沢岳と、登ることかなわなかった朝日岳を眺めながら大休止にした。一つの山を登れば、その先の山が目標になる。
 沢尻山からの下りは、笹が被さっているため、足元を確かめながら歩いていると、いつも以上に足が草臥れてきた。ブナ林が広がるようになると、足元に気を使う必要もなくなり、気楽な下りになった。
 登山口のノートを見ると、笹がひどいので刈り払いをお願いするというコメントが書き加えられていた。また、沢尻山までで引き返した者も多かった。ガイドブックの写真では、大荒沢岳への最後の登りの登山道ははっきりしているのが見てとれるので、現在は、急速に藪化が進んでいるのが判る。刈り払いをお願いしたいところである。
 以前、和賀岳登山の後に入ったことのある沢内バーデンに入浴し、大荒沢岳の締めくくりとした。
 翌日の駒頭山の登山口の鉛温泉に向かう前に食料の買い込みをする必要があった。鉛温泉へは山越えとなるため、少し遠回りになるが、南の錦秋湖経由をドライブすることにした。花巻南近くでコンビニを見つけたが、花巻から鉛温泉に向かう道路沿いにはコンビニが何軒もあった。
 ガイドブックには、鉛温泉登山口が紹介されていたが、現地に到着してみると、崩落個所があるということでこのコースは閉鎖になっており、鉛温泉スキー場から登るように掲示されていた。登山道の入り口は夏草によって完全に覆われていた。このような標高もさほどない山は、登山道の状況が変わりやすいので、有名山よりも難しいところがある。
 鉛温泉スキー場から駒頭山へは、まずはゲレンデ最上部の第3リフト終点を目指す必要がある。ゲレンデ入口に車を停めて見上げると、直登は急なのと夏草が茂って無理なため、左から回り込んでいくことになる。第3ペアリフト乗り場の下から左に進み、第2ペアリフトの中間部を横切った後は、左に沿って登っていく。管理道はススキに覆われて、夜露がつかないように、ストックでかき分けながら歩く必要があった。踏み跡は明瞭なものの、あまり歩かれていないようであった。ゲレンデの左端に沿って伸びる初心者用コースに出て、裏手の方からゲレンデ終点を目指すことになった。結局、583.9mピークを南から巻いて登っていったことになる。
 第3ペアリフト山頂駅から一段下のゲレンデ案内標識に、駒頭山ハイキングコースの看板が置かれていた。登山道の入口に辿りついて、まずは、登山の第一関門通過といったところである。
 ブナ林の中に足を踏み入れると、一段下を林道跡の幅広の道が続いていた。方向が判らなくなって左に進んでみたところ、すぐ先で藪になっていた。正しい方向は右であった。 地形図には、583.9mピークの北側を巻いてくる破線が記載されているが、その痕跡も見当たらなかった。しばらくは、ほぼ水平に続くこの林道跡の歩きになった。谷が狭まってきたところで、右手の尾根に上がり、その後は尾根沿いの登りに変わった。
 登山道沿いにはブナ林が広がるようになって、次第に太さも増していった。このコースは7kmほどの長さがあるが、その大部分をブナ林の中の歩きが続くことが特徴である。
 登りを続けていくと、778.5m三角点下に出た。ここにはロボット雨量観測所が置かれており、案内板も立てられていて、特徴の無い地形が続く中での目標地点になっていた。
 この下で、刈り払い道が合わさっており、下山の際に様子を見ると、すぐ先で藪がかぶさっていた。これが、鉛温泉からの登山道跡なのであろうか。
 この後のブナ林は、いっそう見事になり、登りの傾斜もさほどきつくないため、森林浴といった感じになった。
 865mの小ピークを越えるとようやく駒頭山の山頂への登りになった。駒頭山の山頂部は台地状になっており、高みを右手に見ながら、一旦南に通り過ぎてから折り返すように登ることになった。この南の折り返し地点では、寒沢川林道からの登山道が合わさっているのだが、藪に覆われていた。
 分岐からひと登りすると、駒頭山の山頂に到着した。灌木に囲まれた広場になっており、展望は無かった。少し戻ってブナ林の中で休もうかと迷ったが、やはり山頂で休憩することにした。山頂の看板の前には主三角点が頭を出しており、三等三角点は、山頂広場の入口右手の藪との境にあった。三角点に付属する木の柱が、主三角点の脇にさしてあったので、三等三角点の脇に移しかえたが、また動かされてしまうだろうか。
 最近では、時間のかからない出羽沢林道コースが多く利用されているようなので、登山者が登ってくるかと思ったが、結局、この山では誰にも会わなかった。熊にも合わなかったのは幸いであったが。
 駒頭山は、宮沢賢治の「なめとこ山の熊」の舞台になっているといわれている。ナメトコ山自体は、宮沢賢治の研究が進み、ピークが特定できて、宮沢賢治の生誕100周年である1996年を機に、国土地理院の地形図にも山名が記載されるようになっている。ただ、作品の中で鉛温泉が出てきており、作品は駒頭山を含めた一帯を舞台にしているといってよいであろう。
 なお、「なめとこ山の熊」は、著作権切れの作品を掲載した、インターネット上の青空文庫で読むことができる。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1939_18755.html
 ブナ林の中に続く登山道は足にやさしく、足早に歩く下山が続いた。
 下山後には、これも目的の一つである鉛温泉藤三旅館に入った。古めかしい旅館の作りで、名物になっている岩風呂の白猿の湯は、温泉ファンなら欠かすことのできないものである。時間が早かったせいもあるのか、思ったよりも入浴客は少なかった。現在では、近代的な旅館の新鉛温泉愛隣館に客が流れているのかもしれないが、やはり古めいた旅館に気が惹かれる。
 連休最終日は天気が悪くなりそうであったため、翌日を山の最終日にすることにした。東北道の渋滞は必至のため、この後の予定を良く考える必要があった。横手から内陸部を山形方面に南下するか迷ったが、まだ東北自動車道はすいているはずと考えて、仙台まで南下してニ口山塊の三方倉山を登ることにした。
 高速に乗ると、車は多めで、サービスエリアは満杯の状態であったが、渋滞には合わずに仙台宮城まで走ることができた。高速の渋滞ニュースでは、盛岡と福島トンネル付近で渋滞が発生していたようなので、うまいこと空いた区間だけを走ったことになる。  仙台市街地から抜けてひと安心と思ったものの、天童に抜ける作並街道が渋滞になっており、のろのろ運転が続いた。手前で秋保温泉への道に進めばこの渋滞を避けられたので、コース判断のミスであった。渋滞のおかげか、コンビニの食料も空になっており、夕方の配送が届くまで、コンビニの駐車場で待つことになった。  渋滞や買い出しのおかげで、夕暮れ時になってから、二口に到着した。二口温泉磐司山荘の前に秋保ビジターセンターが設けられているが、名取川の対岸に聳えているピラミッドピークが三方倉山である。  この三方倉山は、「緑を守り育てる宮城県連絡会議」が2002年から2005年にかけて整備をしたという新しく登山道が開かれた山である。  細くなった車道を進み、大東岳登山口の広場を過ぎると、大行沢が右手から入り、橋を渡った所にトイレも備えた駐車場が設けられている。一段上には、キャンプ場が広がっている。二口沢に向かって下りていく道があり、ここが三方倉山の登山口になる。  四日目は、雲の厚い朝になった。沢に向かって下りると、コンクリート橋がかかっており、対岸に渡る。下流に向かって河原を進むと、上方に向かう登山道が始まっている。テープは掛かっているものの登山標識はなく、少し不安も覚える。擬木の階段を登って河岸段丘に出ると、三方倉山のブナ平コースと姉滝へ通じる「新奥の細道」遊歩道との分岐になった。  ブナ平コースに進むと、しっかりした登山道が続いていた。左方向に進み、沢を渡ると尾根沿いの登りが始まった。登りはじめた所に給水施設がおかれ、ひと登りしたところでは、沢に向かって踏み跡が分かれた。これは給水口に通じているようであった。  ひと汗かいて528m点の台地に出ると、ブナ林が広がった。この後は、ブナ林の森林浴といった雰囲気の歩きになった。ブナの大木も現れ、木の周囲は刈り払いの広場になっていて、良い休憩所になっていた。仙台市と川崎町の境界尾根に出ると、三方倉山への本格的な登りが始まった。  ひと登りすると登山道は、右手に反れて行き、涸れ沢を渡った先で、岩場の下に出た。柱状節理の岩場であるが、横断面が出ているため、人工的な石垣のように見えた。  小さな標識が掛けられており、岩場の左をさしていた。岩場の左端のガレ場の登りが始まった。急斜面で、転落しないように岩角や木の枝をつかんで慎重に登る必要があった。灌木帯に入り、これで終わりかと思ったが、再度岩場の脇の登りが始まった。右手の枝尾根に乗って、急登もひと段落した。
 尾根沿いの急な登りも僅かで、山頂台地のいっかくに到着した。息を整えながら進んでいくと、下山に使うシロヤシオコースが右に分かれた。その先で、三方倉山の山頂に到着した。刈り払いの中央に三角点が頭を出しており、その周りには、ベンチのつもりか、短く切った丸太が並べられていた。山頂は木立に囲まれており、大東岳の山頂がその間から見えるだけであった。
 下山は、シロヤシオコースに進んだ。急斜面にジグザグを切る登山道が続いていた。特徴的な葉を持つシロヤシオの木も沢山生えていた。花の季節や紅葉の時期が楽しめそうな山である。
 途中で息も切れてきたが、一気に高度を下げていった。杉林の中に入ると、遊歩道に飛び出した。良く整備された遊歩道を歩いて、ブナ平登山道との分岐に向かって戻った。
 二口沢に戻ると、河原でバーベキューやら芋煮で興ずる家族連れで賑わっていた。
 山登りも終えて、家へのドライブを頑張ることになった。山形自動車道は順調に走ることができた。上山の先の米沢街道ではノロノロ運転になったものの、その後は順調なドライブが続いて家に戻ることができた。

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