風倉山

風倉山


【日時】 2008年6月1日(日) 日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 晴

【山域】 飯豊連峰周辺
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
 風倉山・かぜくらやま・931.4m・二等三角点・新潟県
【地形図 20万/5万/2.5万】 村上、新潟/中条、新発田、飯豊山/中条、菅谷、えぶり差岳
【コース】 一本松コース
【ガイド】 分県登山ガイド「新潟県の山」(山と渓谷社)(新潟日報事業社)

【時間記録】 5:50 新潟=(R.7、新発田、R.290、熊出 経由)=6:50 鹿ノ俣川橋〜7:10 発―8:03 山の神―8:20 尾根取り付き―9:23 小岩峰―9:47 654m点―10:45 風倉山〜11:14 発―11:57 654m点―12:19 小岩峰―13:15 尾根取り付き―13:29 山の神―14:19 鹿ノ俣川橋=(往路を戻る)=15:30 新潟
 風倉山は、飯豊から流れ出る胎内川の左岸にあり、二王子岳から北に延びる尾根上のピークである。山頂には風倉神宮の祠が置かれ、古くからの信仰の山とされてきた。登山道は、鹿ノ俣川沿いの林道奥からの一本松コースと、胎内治水ダムからのコースの二つがあり、最近は距離の短い後者が主に使われているようである。しかし、信仰の道として使われてきたのは、一本松コースのようである。

 雨上がりの日曜日になった。6月からガソリンが1Lあたり10円上がるというので遠出の意欲を失って、近場の山を登ることにした。新緑の季節であるが、白山や川内山塊方面では、蛭の恐れがあるため、秋までおあずけになる。飯豊の端山が狙い目になる。蒜場山か風倉山に登ることにして、家を出た。
 新新バイパス上で山の眺めを見ると、湿度が高いためか、薄曇で展望は良くなかった。山頂からの展望は期待できそうものないので、歩いていないコースを確かめるのを目的に風倉山に向かうことにした。
 風倉山は、1997年5月18日に登ったきりであり、また、この時は胎内ダムからで。昔からの鹿ノ俣川沿いの林道奥からの一本松コースは歩いていない。
 新発田からR.290に進み、途中の下中山から胎内方面の近道の広域農道に進む。胎内トンネルを過ぎると胎内スキー場の風倉ゲレンデの駐車場に到着する。奥に進むと、鹿ノ俣川にかかる鹿ノ俣川橋の手前の駐車場に出るので、ここに車を停める。すでに4台の車が停められていたが、時間からして、釣り人のもののようであった。
 左岸沿いに続く林道は、入口にゲートが設けられて閉ざされていた。このコースは林道歩きが長いのが難点である。林道は、舗装されており、車の通行にも問題はなさそうであった。対岸のスキーゲレンデが後方に下がってみえなくなると、発電所の施設が現れた。始めは深かった谷も、浅くなって幅広になってきた。これといった目標物のない林道歩きが続いた。
 右手に赤い鳥居が表れた。杉木立の中を見ると、山の神の石碑が置かれていた。台座の上には、木で作られた陽根が置かれていた。
 その先で、地図にも記載されているダムの堰堤に出た。堰堤の上に出ると、奥にはダム湖の湖面が広がっていた。湖の畔に盛り上がる三角ピークの奥に見えるのが風倉山の山頂のようであった。かなり距離がありそうであった。
 ダム湖の畔を歩いていき、枝沢を橋で渡ると、尾根の末端部に出る。地図の破線は、少し進んだところから尾根の側面を登るように書かれていた。結局、地図通りの道は見つからなかった。橋を渡った尾根の末端部に山道があったので、これに進むことにした。この道で正しかったのだが、登山標識のようなものはコース上に一切ないので注意が必要である。
 急な登りが始まった。急過ぎるところは脇にトラバースしてから尾根に戻るというようにコースが整備されていたが、足元が切り落ちているところもあるので注意が必要であった。
 標高450m付近で傾斜は一旦収まって、小さなアップダウンの道になった。ヒメコマツもあり、飯豊のアプローチの尾根に似た感じになった。谷奥に風倉山の山頂も見えてきたが、まだまだ高いところにあった。1000mにも満たない山であるが、谷には残雪の白い筋を引いていた。
 小岩峰を過ぎると、一気の急な登りになった。風倉山を甘く見ていたのは間違いであった。
 山頂から西に延びる尾根に乗ると、急に薮がかぶり気味になった。最近の刈り払いの跡も見られるのだが、登山者が少なすぎるようである。
 前方に見えていたピークに登って山頂到着かと思ったが、前ピークであった。ここには、皇山住神宮の石碑と祠が置かれていた。新しい紙の御幣も置かれており、現在でも信仰登山が続いていることが判った。
 風倉山の山頂も目の前で、その奥には飯豊連峰が姿をのぞかせていた。山頂からの眺めの期待が高まった。
 途中、岩尾根の細いところもあったが、ロープも設けられていたので、歩くのは問題はなかった。
 風倉山の山頂は、前ピークと同じように、風倉山神宮と書かれた石碑と石の祠が置かれていた。
 山頂からは、遮るもののない飯豊連峰の眺めが広がっていた。えぶり差岳が目の前であったが、北股岳から大日岳方面が重なっており、各ピークを見分けるのが難しかった。雨上がりで靄っていたが、まずまずの展望であった。
 眼下に胎内ダムを見下ろすことができたが、胎内川が大きく蛇行しているため、湖面はハート型をしていた。愛の湖とでも名付ければ宣伝にひと役かってくれるかもしれない。 昼食を取っている間に、胎内ダム方面から誰か登ってこないかと思ったが、結局、この日の登山者は、私一人であった。
 風倉山は、新潟県関係のガイドブックでは、分県登山ガイドに取り上げられているだけなので、一般的知名度が低いようである。新潟から近い飯豊の展望台として、もう少し登山者があっても良いと思う山である。
 
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