横山、高倉山

横山から高倉山


【日時】 2008年3月16日(日) 日帰り
【メンバー】 宇都宮グループ 6名行
【天候】 曇り

【山域】 南会津
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
 横山・よこやま・1378.8m・二等三角点・新潟
 高倉山・たかくらやま・1307.5m・三等三角点・新潟
【コース】 中倉より長寿の水へ周回
【地形図 20万/5万/2.5万】 日光/田島/林中
【ガイド】 会津百名山ガイダンス(歴史春秋社)
【温泉】 弥五島温泉郷の湯 300円(石鹸なし)

【時間記録】
3月15日(土) 19:00 新潟=(磐越自動車道、鶴巣IC、R.118、R.121 経由)=21:30 下郷  (車中泊)
3月16日(日) 7:23 中倉発―9:43 1313mピーク下台地―10:30 横山〜10:51 発―13:00 高倉山〜13:14 発―13:55 鉄塔―14:26 長寿清水脇車道=(往路を戻る)=18:30 新潟
 横山と高倉山は、古い民家が並んで会津の観光名所になっている大内集落を通る下野街道の西に聳える山である。高倉山は、麓の集落の名前を取って水抜高倉山と呼ばれており、会津百名山に選ばれている。

 雪割草見物から帰って夕食をとって後、会津に向かって出発した。先週も会津の天狗角力取山を登ったが、今回も会津百名山の一つである高倉山が目的である。雪の状態次第で横山からの周回をとることにしていたが、先週の状態からすれば、充分歩けそうであった。
 水抜の集落から大内集落への道に進むと、つづら折りの道になる。「高倉山の湧き水 長寿の水」という水場があるので、ここで宇都宮からの一行を待った。朝霧のために周囲の様子は判らなかったが、ここが高倉山から1075m点を経由して南東に下ってくる尾根の末端であった。実際には、末端部で尾根を北にはずして下山することになる。
 一行が到着したところで、少し先の建築作業場脇の路肩に私の車を置いて、中山峠を越して中倉の集落に移動した。集落に入ると、大ケヤキの目に入ってきた。八幡のケヤキと呼ばれ、樹齢950年、八幡太郎義家が植えたとの言い伝えがあるようである。
 その手前から山に向かう車道に進み、カーブ地点からスノーシューを履いて雪原に進んだ。用水堀に沿って杉林を登っていくと、地図にも神社マークが記載されている赤城神社に出た。会津で赤城神社とは意外な感じがするが、上州の赤城山と関係があるのであろうか。
 神社の先は、雑木林の尾根の登りが続いた。尾根はほどほどの傾斜で、雪も締まっていることから歩きやすかった。右手に沿う沢の突き上げ部には稜線が横たわるのも見えており、そこまでは難所もなさそうなので、今回の登頂は確実なもののように思えた。途中、傾斜が増すところも出てきたが、歩きやすい尾根であった。
 尾根を登りきると、1313mピークの北の肩に出る。一帯は、ブナの原生林が広がり、気持ちの良いところであった。横山方面をうかがうと、それほどの標高差は無いようであった。
 ひと休みの後、横山めざして登りを再開した。鞍部からピークのように見えていた1370m点は、横山の山頂から東に延びる稜線の張り出し部であった。ここからは、尾根が北東に続いており、その先には以前登った神籠ヶ岳を眺めることができた。途中のアップダウンがあるものの、高倉山を諦めれば、神籠ヶ岳への縦走も可能なようであった。その右手には小野岳もおむすび形の山頂を見せていた。
 この先は、標高差の無い幅広の稜線歩きが続いた。途中木立が切れた雪原が現れると、真っ白な飯豊連峰の姿が現れた。姿を見せると歓声が上がる山というのも、日本百名山のうちでもそう多くはないと思うが、飯豊はその一つである。
 横山に到着したが、ここまで歩いてきた稜線と区別のつかないような地点であった。GPSでも参考にしないと、山頂の判断が難しい。歩いてきた方向の反対の木の裏に、Mマークの金属プレートが付けられていて、横山という字が消えかかっていたが、光の反射で読み取ることができた。このプレートは、明治ワンゲルのヤブコギ山行によるもののように思えた。
 山頂は木立に囲まれていたため、少し戻って、見晴らしの良い雪原に腰を下ろして昼食にした。この先もまだ歩きが残っており、時間もかかるので、ビールを飲むことにした。春の陽気で喉も渇いていた。
 横山は、どこが山頂か判らない横に長い山頂から名前が付けられていることは確かである。しかし、麓の中倉集落あたりからではこの山は見えない。腰を下ろして風景を楽しんでいると、会津盆地の眺めが目に入った。おそらく会津盆地の美里町あたりから、この山を望むことができて、名前が付いたのだろうと想像した。帰宅途中、鶴巣IC手前で車を停めて南を眺めると、横に長く稜線を広げた山が見え、これが横山のようであった。
 休みをとって元気を取り戻し、高倉山へと進んだ。鞍部までの下山は、快調に下ったものの、1370mピークへの登り返しで、休んで得た元気は消滅してしまった。
 1370m点から下って稜線部では、早くも雪が消えて薮が出ており、雪もぐずぐずになって、歩きにくくなっていた。それでも1304m点を越すと、稜線も広がり、安定した雪になった。尾根の方向によって、雪の積もり方も違ってくるようである。高倉山が近づくと、再びブナ林も現れるようになった。
 高倉山の山頂は、雪の高まりになっており、横山とは違って、山頂らしい姿をしていた。眼下には中倉の集落を見下ろすこともでき、集落の裏山として里から見上げられる山であることが判った。
 高倉山からの下りは、雪がぐずぐずになって滑りやすく、傾斜も少しあるため、スノーシューでは難しい歩きになった。歩きやすさという点では、登りに使った尾根の方が楽であった。
 木の枝も利用しながら、忍耐もまじえながら下りを続けた。1075m点を過ぎると、やがて急斜面が現れた。見ると、雪が消えており、ゴム板の階段が現れた。以前は、この付近にアメダスの観測施設があったようなので、そのための保守道のようであった。階段ではスノシューは無理なので、つぼ足になった。雪にはまりながら下っていくと、送電線の大鉄塔の下に出た。現在地が判ったものの、下りはもう少し続く。つぼ足とスノーシューとどちらが楽か迷ったが、再びスノーシューを履くことにした。  朝には予想もしていなかったグズグズ雪に悩まされながら下っていくと、尾根の末端部は近づいてきた。最後に尾根を左にはずして杉林に下り立った。小さな沢を渡り雪原に出ると、その先で車に戻ることができた。
 車を回収し、近くの温泉に向かい、山行を締めくくった。
 高倉山だけの往復だけではなく、横山を含めた周回コースを歩けたことによって、この山の魅力も増したと思われる。

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