月山、蔵王熊野岳

月山
蔵王熊野岳


【日時】 2007年8月18日(土)〜8月19日(日) 前夜発2泊2日 各日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 18日:曇り 19日:曇り

【山域】 出羽山地
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 
 月山・がっさん・1984m・なし(1979.5m・一等三角点補点)・山形県 【コース】 湯殿山コース
【地形図 20万/5万/2.5万】 仙台/月山/月山
【ガイド】 アルペンガイド「鳥海・飯豊・朝日」(山と渓谷社)、山と高原地図「鳥海山、月山」(昭文社) 【温泉】 湯殿山ホテル 400円

【山域】 蔵王山塊
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 
 熊野岳・くまのだけ・1841m・二等三角点・山形県
 地蔵山・じぞうやま・1735m・なし・山形県
 三宝荒神山・さんぽうこうじんさん・1703m・山形県
【コース】 蔵王林道途中より周回
【地形図 20万/5万/2.5万】 仙台/上山/蔵王山
【ガイド】 山と高原地図「蔵王山・面白山・船形山」(昭文社)
【温泉】 新左衛門の湯 600円

【時間記録】
8月17日(金) 20:00 新潟=(R.7、鶴岡、R.112 経由)=24:00 湯殿山ホテル  (車中泊)
8月18日(土) 8:00 湯殿山ホテル=(湯殿山道路)=8:10 仙人沢駐車場〜8:13 発―8:30 湯殿山直務所―8:34 湯殿山神社本宮―9:16 施薬避難小屋―10:08 金姥―10:31 牛首―11:18 月山〜12:05 発―12:45 牛首―13:08 金姥―13:45 施薬避難小屋―14:20 湯殿山神社本宮〜14:40 発―15:05 仙人沢駐車場=(湯殿山道路、R.112、月山IC、山形自動車道、山形蔵王IC、R.13、蔵王温泉 経由)=18:30 蔵王林道連絡コース入口  (車中泊)
8月19日(日) 7:20 蔵王林道連絡コース入口―7:33 ユートピア第一ペアリフト終点―7:49 イロハ沼8:18 御田之神―8:47 ワサ小屋跡―9:20 熊野岳―9:40 ワサ小屋跡―9:52 地蔵山―10:03 蔵王ロープウェイ山頂駅―10:12 三宝荒神山―10:20 蔵王ロープウェイ山頂駅〜10:35 発―11:11 パラダイスゲレンデ―11:22 蔵王林道連絡コース入口=(蔵王温泉、R.13、赤湯、R.113、R.7 経由)=16:00 新潟
 月山は、羽黒山、湯殿山と合わせて、出羽三山と呼ばれ、古くからの信仰の山である。なだらかな山頂を持ち、日本海近くの豪雪地にあることから、夏遅くまで残雪を抱き、高山植物が豊富なことから人気の高い山になっている。

 蔵王連峰も吾妻連峰と似て一頭他を抜きん出た峰はない。しかし、その最高峰である熊野岳は、信仰の対象の山としての歴史も有しており、蔵王連峰の主峰と呼んでさしつかえない。熊野岳から下がった位置にある地蔵岳にはロープウェイがかかり、樹氷で名高い蔵王スキー場が広がっている。またその反対側の刈田岳には、蔵王エコーラインが通じて、噴火口が山上湖となった御釜見物の観光客で賑わいを見せている。

 この一週間は、猛暑に悩まされた。40.9度の日本記録が出たのに加え、40度越えが各地で記録された。暑さにうんざりしたものの、週末は、北から前線が南下して、この暑さも和らぐという。テント泊の準備をしていたが、天気が悪そうなため、急遽日帰り山行に切り替えた。
 月山には、6月24日に八合目登山口から登ったばかりであるが、今回は湯殿山コースを歩くことを目的に出かけることにした。出羽三山詣でとしては、羽黒山から月山に至り、湯殿山へと下山するのが、順路になっていた。信仰の山として月山を見る時には、湯殿山コースは、歩かずにはいられないコースではあるものの、問題が一つある。登山口に至る湯殿山道路が、夕方の5時に閉鎖されて、朝は8時15分にならなければ開かないということである。月山は、新潟にも近いことから、土曜日に東北北部の山に登り、日曜日に月山に登り、早めに帰宅するというパターンになっている。ところが、湯殿山コースでは、歩き出しが遅いため、登山終了が夕方になってしまう。前夜のうちに仙人沢の駐車場まで入っておくという手も、5時がリミットとなると、鳥海山あたりとの組み合わせでは難しい。一度は土曜日の夜に湯殿山道路入口にたどりついたものの夜間閉鎖になっており、諦めて姥沢登山口に方向転換してしまったこともあり、延ばし延ばしになっていた。
 湯殿山道路の入口の鎖は外れて、夜間でも進入できるという報告をWeb上でも幾つか見受けられる。夜間通過が可能かどうかは判らないが、ともかく前夜のうちに湯殿山入口までは辿り着いておくことにした。
 日本海沿いを北上して鶴岡に出てから月山道路に向かった。月山道路から分かれて山に向かうと、すぐに湯殿山ホテルに出て、その脇から湯殿山道路が始まっている。鎖はと見ると、南京錠がかかっており、外すことはできないようになっていた。湯殿山ホテルの向かいには、広い村営駐車場が設けられていたので、そこで夜を過ごした。前の週の疲れもまだ残っており、翌朝、ゆっくりと起きだせば良いのは都合が良い。
 猛暑続きであったが、すっかり涼しくなって、夜中には布団を被る必要があるほどであった。
 7時過ぎから、関係者の車が通過していくのを見ながら、開通時間を待った。8時に県外ナンバーの車が通過していくのを見て、少し早いが、通してくれるのかと知って、ゲートに進んだ。
 湯殿山道路は、そう長い距離ではなく、仙人沢の駐車場に到着した。歩けない距離ではないが、車道は歩行禁止になっている。
 広い駐車場が設けられて、巨大な赤鳥居が威容を誇っていた。本宮への参拝バスをうかがうと、しばらくは出発しないようであった。料金も上がって、片道200円、往復300円とあった。登山地図では、30分とあるので、歩き出すことにした。途中には、何々神社と彫られた石碑が置かれて、信仰の道であることがうかがわれた。
 仙人沢には、土産物屋もあって、観光地という感じもしていたが、車道終点は、社務所とトイレがあるだけであった。入口には、この先は写真撮影禁止と書かれていた。湯殿山は、古来、「語るなかれ」、「聞くなかれ」と戒められた霊地である。もっとも、御神体は温泉が吹き出る赤褐色の石塔であることは、ガイドブックにも書かれている。僅かに登ってから、梵字川に向かって御幣が並ぶ道を下っていくと、御祓所に出る。帰りにお参りすることにして先に進んだ。
 御沢の渓谷の左岸沿いに登り始めると、禊の滝をを見下ろすことができる。堰堤の脇を過ぎると、枝沢沿いの登りになる。水月光と呼ばれるようで、ガレ状で足場が悪い。登りの途中で水場があり、喉をうるおすことができた。その先で鉄梯子が連続する金月光になる。長い梯子や垂直に近いような梯子もあり、慎重に通過する必要がある。水月光と金月光を合わせて、月光坂と呼ばれている。湯殿山コースは、月山参拝の信者の団体のメインコースであるが、この梯子の通過には、かなりの時間がかかるのではないだろうか。お盆明けのせいか、登山者も少なく、すれ違いに苦労しなくて良かった。
 月光坂を登りきったところが装束場で、避難小屋が建てられている。ここからは、池が点在し、草原の中に沢が流れる穏やかな台地の歩きになった。厳しい月光坂から開放され、ホットした歩きになった。季節遅れのニッコウキスゲやコバイケイソウの群落も現れ、ミヤマリンドウやウゴアザミの花を見ることもできた。
 緩やかな登りを続けていくと、姥ヶ岳の北の肩の金姥に到着して、姥ヶ岳からの登山道に合流する。ここからは、数回歩いた道になる。ガスがかかって、展望はなかった。牛首付近の草原では、シラネニンジン、ニッコウキスゲ、ミヤマリンドウ、ウサギギクの花をみ見ることができた。
 鍛冶月光の急坂を汗を流して登り切る。山頂の一郭にでると、お花畑を眺めながらの歩きになる。特にめだったのは、ウゴアザミの大群落であった。先回のハクサンイチゲとの主役交代になっていた。
 いつものように一等三角点を訪れて登頂とした。下山は、花の写真を撮りながらあるいたが、途中で雨が降り出し、歩きに専念することになった。
 下山したところで、湯殿山本宮にお参りしていくことにした。参拝料は、500円であった。まず裸足になって、入口で御祓いを受ける。人型に切った紙で、体をなでて、水の上に投げ捨てる。現在では、良く知られるようになった陰陽師と同じ所作である。そこで、ご神体に進む。温泉が流れ出ており、裸足で登ろうとすると、足はかなり熱くなった。岩塔の上まで登ることができた。戻った出口には、足湯が設けられていた。しばらく、登山で疲れた足を休めた。今流行の足湯であるが、歴史的には、ここが元祖であろうか。
 下山後の温泉として、湯殿山ホテルに入ったが、入浴客は自分一人で、湯量も豊富な温泉を楽しむことができた。
翌日は、蔵王に登ることにした。少しでも涼しい山ということで選んだのだが、予想以上のことになった。
 山形自動車道で、山形まではひと走りであった。山形県内も高速網がだんだん整備されてきている。夕方のETC割引を効かせるため、途中のパーキングで時間調整をした。
 蔵王の林道に進み、ユートピアゲレンデの連絡路入口の広場に車を停めて寝た。
 翌朝は、霧が立ちこめる天気であった。ユートピアゲレンデに出てから、イロハ沼経由で熊野岳に登り、地蔵岳からざんげ坂を通ってユートピアゲレンデに戻る予定であった。一般には、ロープウェイを使うハイキングコースであるが、ここからなら、歩いて周回することができる。問題は、コースの途中であるためか、登山標識がないことであった。また、ここから御田之神に至る登山道は登山地図に記載されているが、ユートピアゲレンデまではスキーの連絡路があるのは確かであるが。登山道として歩けるかは判らない。蔵王のゲレンデにスキーで訪れた最後は、30年ほど前になるので、記憶は薄れているし、夏山の様子は判らない。それでも全体が把握できているだけでも、まだましである。初めて蔵王を訪れて、ゲレンデを結んで歩こうとするのは、迷子になりかねない。
 ゲレンデに進みひと登りすると、御田之神への登山道の入口に出た。地図の位置よりも手前にあった。トラバース気味の緩やかな登りを続けていくと、ユートピアゲレンデの第一ペアリフト終点に出た。夏山リフトとして営業しているようであったが、時間が早く、まだ動いていなかった。
 ここからは、観光客でも歩ける幅広の遊歩道をイロハ沼をめざして歩くことになった。途中、周回コースから分かれると、じきにイロハ沼に到着した。木道が敷かれ、池塘が点在する静かな湿原が広がっていた。もう少し遅くなれば、観光客やハイカーで賑わうのであろうが、独り占めの湿原であった。
 イロハ沼の先からは、普通の登山道の歩きになった。林道を横切りながら、高度を上げていくと、歩き始めに見送った登山道と合流した。この分岐のすぐ先に御田之神という標識が置かれていた。
 この先しばらく登りを続けると、地蔵岳の下部に出て、トラバース道に変わった。崩壊地の通過もあったが、通過には問題はなかった。
 稜線に出たところは、ワサ小屋跡と呼ばれ、地蔵岳と熊野岳を結ぶ登山道に合流する。急に風当たりが強くなり、Tシャツだけでは寒く、山シャツを着る必要があった。幅広の尾根には、一定間隔で、木の丸太が立てられている。本来は、山スキーのためのものであるが、ガスに覆われて視界が閉ざされているため、歩きの助けになった。風は湿気をたっぷり含んでおり、衣類はいつのまにか濡れ、眼鏡のレンズも曇る状態になった。GPSを確認しながらの歩きになった。
 熊野岳の山頂が近づくと、近道という表示があり、ガレ場の中を登るコースが分かれた。幅広の遊歩道がトラバース気味に続いていたので、そのまま先に進んだ。熊野岳の山頂は次第に遠ざかり、刈田岳方向に回り込んだところで、ようやく稜線の上に出た。折り返すように、熊野岳の山頂をめざすことになった。
 熊野岳が近づくと、風はますます強くなった。山頂にある奧社を囲む石垣にの中に逃げ込んで、一息ついた。
 下山は、近道をとることにした。岩に書かれたペンキマークがたよりの歩きになった。マークを見失わないよう注意が必要であった。
 遊歩道に戻り、気は楽になった。ワサ小屋跡に戻る途中、多くの登山者にすれ違うようになった。ロープウェイを使って、地蔵岳から歩き出したようである。軽装な者が多く、強風の中、大丈夫なのか、心配になるような者が多かった。  地蔵岳に登り返し、下っていくと、ロープウェイの終点に出た。ガスで展望が利かないなか、観光客が続々と登ってきていた。奧の広場にお地蔵様が安置されている。冬に頭だけ雪の上に出した姿は見ていたが、全体を見るのは初めてであった。
 三方荒神山の登山道は、このお地蔵様の脇から始まっていた。観光客向けの遊歩道として整備されていた。二本の道が設けられ、登り下りで別な道を歩くことができた。ひと汗かけば、山頂に到着した。
 お地蔵様の広場に戻り、ベンチで昼食にした。広場に、大勢の登山者が集まるってきた。どうやら、熊野岳まで歩く団体が、いっぺんにロープウェイに乗れず、後続を待っているようであった。50人程はいるのだろうか。地元で募集しているハイキングツアーなのだろうか、装備もばらばらで、この日のような悪天候での歩きは危ないのではと思われた。
 混雑した広場をあとに、ザンゲ坂に進んだ。スキーではなんども通っているが、歩くのは初めてであった。スキーコースから離れるところもあったが、すぐにスキーコースに戻るということを繰り返した。歩く者はそう多くはないのか、夏草が登山道にかぶっているところもあった。
 最後は、パラダイスゲレンデに下り立ち、林道歩き僅かで、車に戻ることができた。
 蔵王の温泉街に下り、日帰り温泉に入ってから家路についた。実は、この温泉が山行目的の大きな部分を占めていた。

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