子安峯、大松山、大源太山、平標山、仙ノ倉山

子安峯、大松山
大源太山、平標山、仙ノ倉山


【日時】 2007年7月7日(土)〜7月8日(日) 1泊2日 各日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 7月7日:曇り 7月8日:曇り

【山域】 東頚城丘陵
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 
 子安峯・こやすみね・409.1m・四等三角点・新潟県
【コース】 松之山小谷より
【地形図 20万/5万/2.5万】 高田/松之山温泉/松代
【ガイド】 新潟日帰りファミリー登山(新潟日報事業社)

【山域】 東頚城丘陵
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 
 大松山・タイションザン・672m・なし・新潟県
【コース】 湯峠より
【地形図 20万/5万/2.5万】 高田/松之山温泉/松之山温泉
【ガイド】 なし
【温泉】 松之山温泉センター鷹の湯 400円

【山域】 谷川連峰
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 
 大源太山・だいげんたやま・1764.1m・三等三角点・群馬県
 平標山・たいらっぴょうやま・1983.7m・三等三角点・新潟県、群馬県
 仙ノ倉山・せんのくらやま・2026.2m。二等三角点・新潟県、群馬県
 松出山・まつでやま・1613.6m・三等三角点・新潟県
【コース】 元橋より周回
【地形図 20万/5万/2.5万】 高田/四万/三国峠
【ガイド】 山と高原地図「谷川岳・苗場山・武尊山」(昭文社)
【温泉】 宿場の湯 600円

【時間記録】
7月7日(土) 12:15 十日町=(R.253、松代、R.353 経由)=13:05 旧高田街道入口―13:15 三十三観音入口〜13:22 発―13:27 林道分岐―13:35 テレビアンテナ施設―13:40 子安峯〜13:45 発―13:48 テレビアンテナ施設―13:55 林道分岐―14:01 三十三観音入口―14:11 旧高田街道入口=(R.353、兎口温泉 経由)=14:35 湯峠―14:47 林道終点―14:50 大松山〜14:55 発―14:57 林道終点―15:09 湯峠=(松之山温泉、松之山東川、R.353、石打、R.17 経由)=17:30 元橋登山口  (車中泊)
7月8日(日) 5:00 元橋登山口―5:49 林道分岐―6:23 林道終点―7:23 三角山〜7:23 発―7:37 大源太山分岐―7:51 大源太山―8:05 大源太山分岐―8:41 平標山ノ家―9:25 平標山―10:14 仙ノ倉山〜10:37 発―11:39 平標山〜11:44 発―12:45 松手山〜12:52 発―13:11 鉄塔―13:51 元橋登山口=(R.17、小出IC、関越自動車道)=17:15 新潟

 子安峯は、松之山小谷の北西に位置するピークである。地図には名前が記載されていないが、山頂に子安観音の石像が祀られていることから、参拝する信者も多いようである。

 大松山は、松之山の湯峠の西に位置するピークである。山頂近くまで林道が上がっており、気軽に登れる山として、地元に親しまれているようである。

 平標山は、谷川連峰にあっても、谷川岳に次いで登山者の多い山であろう。その魅力は、山頂から眺める仙ノ倉山へ続くたおやかな稜線の眺めと、花の多さといっていってよい。仙ノ倉山は、谷川連峰の最高峰であるが、平標山から容易に往復することができる。平標山の南にある大源太山は、上越のマッターホルンとも呼ばれるもう一つの大源太山と区別するために、河内沢ノ頭と呼ばれてもいる。山頂は群馬県側に僅かに入っている。

 土曜日には、仕事が十日町であったため、昼から歩ける山として松之山の子安峯と大松山を訪れることにした。松之山は、山の中に集落が点在しているにもかかわらず、この二つくらいしか山の名前が挙がらないのは残念である。どちらかというと、松之山の温泉に入ることが楽しみといったところもある。
 翌日曜日は、中越方面の山ということになるが、以前から気になっていた、元橋登山口から大源太山を経て平標山へと周回するコースを確かめに出かけることにした。平標山は、主に平元新道と松手山コースを使っての周回で歩かれている。一方、大源太山の南の三角山へは浅貝から登山道が開かれている。この登山道の途中の毛無山の東に送電線の鉄塔があり、そこには平元新道へのアプローチに使っている岩魚沢林道の途中から管理道が分かれて上がってきている。この管理道を利用すれば、元橋からの周回が可能になるはずである。何度も登って御馴染みの山ではあるが、このコースが可能なら、また別な魅力が見つかるはずである。
 松之山温泉は、30年ほど前に訪れて以来である。山越えの細い道が長く続いた覚えがある。十日町からR.253を経て松代に出て、R.353へと続く道は、新しいトンネルができており、快適なドライブが可能な道に変わっていた。
 松之山の小谷に着いて、登山口に続く道はどこかと探しながら車を進ませると、道路脇に三十三観音と子安峯を示す標識が現れた。意外にも良く知られている山のようである。集落を抜けていくと、左手に白山神社が現れた。大ケヤキが傍らに立つお堂には、龍の立派な透かし彫りの軒飾りが飾られていた。その先の道路が下りに転ずる峠部で、右手に細い道が分かれ、子安峯へはこの道に進むよう示す標識が置かれていた。この道は、旧高田街道とのことで、先の様子が判らなかったので、ここから歩き出すことにした。ハイキングに来たので、少しは歩く必要がある。恐る恐る車を走らせるよりは、歩くほうが気分が良い。
 最終民家の脇を抜けると、杉林に囲まれた尾根沿いの道になった。すぐ先で、美しいブナ林も現れた。お地蔵様が置かれており、その脇に松の切り株があった。これが夜泣き松のようである。この前に駐車スペースも設けられていた。
 すぐ先で、三十三観音との分岐になった。子安峯へは直進するようだが、まず三十三観音によっていくことにした。つづら折りの坂道を登って小ピークの上に出ると、観音さまの石像が円を描いて並べられていた。この小ピークは、かつては鳥屋城と呼ばれる山城が置かれていたようである。このピークの先に続く道は無かったので、登り口の分岐に戻った。
 緩やかに下っていくと、分岐に出て、左の道に進んだ。濡れ落ち葉の積もった急坂で、車は分岐までとするのが無難のようであった。
 鞍部から先は山道に変わったが、看板が二つ置かれていた。ひとつは子安観音についての謂れで、小谷集落の相澤清蔵氏が大正時代、この地に祀ったもので、安産、子授けの神様として信仰が篤いという。毎年五月八日に例祭が行われているという。
 もう一つは、コシジシモツケソウ基本標本地についての説明である。相澤剛氏により1950年6月に、この地のコシジシモツケソウを基本標本として登録されたという。このコシジシモツケソウだが、新潟県野草図鑑(新潟日報事業社)には載っているが、他の図鑑はシモツケソウあるいはアカバナノシモツケソウしか載っていないのは残念である。もっとも、インターネットで検索すると、コシジシモツケソウの名前は幾つも出てくる。
 良く整備された山道が続いた。ピークに上がって山頂到着かと思ったら、テレビの中継基地の施設とアンテナが置かれていた。
 緩やかな尾根を辿った先の小ピークが子安峯であった。ピークを巻いていく道もあるので、頂上を目指す細道に進む必要がある。
 子安峯の山頂は小広場になており、松の木に囲まれて、子安観音像が置かれていた。赤ん坊を抱いて乳を飲ませている姿であった。お賽銭も置かれていた。周囲の展望は良いようであるが、あいにくの曇り空で、山の麓を見下ろすことができるだけであった。
 戻りの歩きも時間はかからず、全行程でも1時間の山であった。それでも、一山登ってひと安心することができた。歩行時間は短くとも、アプローチは長く、この山に登ろうとすれば一日がかりになる。
 続いて、大松山を目指すことにした。松之山は山の中に集落が点在しているにもかかわらず、地形図に載っている山は、この大松山くらいのものである。
 兎口温泉から湯峠を目指した。良く整備された道が続いた。峠に到着してみると、大松山という標識が置かれていた。その先は、未舗装の林道が続いていたので、峠から歩くことにした。すぐ先で大松山大池への道を左に分けて直進すると、大松山の下に出る。一旦左奥に回りこんで折り返すように登っていくと、林道の終点広場に到着した。ここからは、遊歩道の歩き僅かで大松山の山頂に到着した。山頂は、広場になっており、高みに石碑が祀られていた。その傍らに、中村先生顕徳碑と彫られた石碑が置かれていたが、この中村先生については判らない。
 山頂広場からは、麓の集落の眺めが広がっていた。帰宅後に、インターネットでこの大松山を調べると、写真撮影やバードウォッチングが目的で登られているようであった。
 両山とも簡単な山であったが、コシジシモツケソウ、ウツボグサ、オカトラノオ、ホタルブクロなどを見ることができて、里山の花を楽しむことができた。
 これにて山は終わりにして、温泉を目指した。松之山の温泉街に日帰り入浴施設の温泉センター鷹の湯がある。温泉街入口に、駐車場が設けられていた。熱い湯で、最近の汲み上げ温泉とは湯の格が違うという印象であった。
 翌日は、平標山を登ることにして、湯沢へと移動した。山越えを二回行うことになるが、道路は良く整備されていた。
 5時半に元橋の登山口駐車場に到着すると、登山者の車がまだかなりとめられていた。大型バスもとまっていたので、団体の下山が遅れているようであった。
 翌朝、寝たのが早かったため、起きるのも早かった。太陽も充分昇っているので、早い時間に歩き出した。平標山なら、仙ノ倉山を往復するにしても、時間に余裕はあるので、他の登山者はゆっくりと朝食をとっていた。別荘地を抜けて林道に進み、人気のない林道を歩いた。
 この道は、1月にも歩いたばかりであるので、記憶も残っている。緩やかに見えても、高度を上げていくため、汗が吹き出てきた。この林道歩きは、いつも長く感じられる。
 鉄塔管理道の分岐は、平元新道登山口の150mほど手前である。送電線巡視路の黄色い案内板のようなものも無いが、河内沢に向かって下っていく道がそうである。車が通るのはまれなようで、轍はあるものの、中央に草が伸びていた。沢を渡ると、来た方向へ折り返して、緩やかな登りが続く。前方の鉄塔に向かうのだが、なかなか着かない。ようやく鉄塔を回りこむと、ヘアピン状の折り返しになる。天丸木山から続く尾根もすぐ上に迫り、登りの傾斜も緩やかになる。
 鉄塔下で管理道は終点となるが、そこから延びる踏み跡を辿ると、すぐ上で三角山コースに飛び出す。すぐ上の毛無山から一段下がったところである。
 1999年7月23日にこの三角山コースから平標山に登ったが、この時は車二台を使って、ミニ縦走後に車の回収を行った。鉄塔に到着した時に、管理道が上がってきているの見て、後で元橋登山口に続いているのを知り、この管理道を使えば、元橋を基点とする周回が可能になると考えたが、確かめないままにきた。
 鉄塔からは、これから登る三角山に至る尾根を良く眺めることができるが、上部は雲に隠されていた。三角山コースの登山道は、最近も刈り払いが行われたようであった。一旦下りになるが、大下りというほどではなく、じきに登りに転じる。この登山道は、慶応大学ワンゲルOBが整備しており、登山道沿いにはKWVのプレートが短い間隔で付けられている。鉄塔付近は50番程だったと思うが、稜線に出るところの最後の番号は100番である。時折傾斜は緩むが、一気の登りが続く。登山道は、落ち葉のクッションが利き、周囲にはブナ林も広がっており、歩いていて気持ちが良い。最近では、平元新道にしても、松手山コースにしても、階段の連続でうんざりする。山頂付近のお花畑の保護のためには仕方がないが、樹林帯の中までは、階段を設けて欲しくはなかった。
 標高差330mの登りなので、登り続けていると、稜線も迫ってくる。最後に、急傾斜を頑張って登り終えると、稜線上に出る。ここには、三角山という案内板が置かれている。三角山といっても、稜線上の小さなこぶにしかすぎない。
 汗を拭きながら休んでいると、10名近くの団体が、平標山方面から歩いてきた。三角山のことは知らないようで、登山地図を出して確認していた。どこから来たのかと聞かれたので、元橋登山口の駐車場から、この尾根を使ってと答えたが、理解できなかったようであった。
 三角山付近は、ニッコウキスゲの花が多いが、今回も咲いていた。まだ朝早くなので、花には朝露がついていた。平標山は、ニッコウキスゲの群落でも知られているが、今回は堅い蕾で、結局、ニッコウキスゲの花はここで見られるだけであった。
 花を見ながら平標山方面に進むと、万太郎山の山頂下に出る。トラバースしながら進むと、万太郎山の登り口に出る。ここから山頂までは、登山地図では10分と書いてあるが、もう少しかかる。
 ひと登りして台地を進み、僅かに登ると万太郎山の山頂に到着する。広場になっており、山頂標識と三角点が置かれている。ここまでの途中、主三角点の標柱に出会うので、山頂と間違いないように注意が必要である。ガスに包まれ展望はなかったので、すぐに引き返した。
 万太郎山の取り付きから先は、緩やかに起伏する稜線歩きが続く。晴れていれば、迫ってくる平標山の眺めを楽しみながらの歩きになる。今回は、登山道周辺の花を探しながらの歩きになった。サラサドウダンやハクサンシャクナゲの花を見ることができた。
 人声がすると思ったら、平標山の家の脇に飛び出した。今年の1月に、雪の中の小屋を見たが、それとも雰囲気が違っていた。窓が開いていたので中をのぞいたが、泊まりを誘うようにきれいであった。周辺に休んでいる登山者は、思ったよりも少なかった。大回りをしてきたが、まだ9時前で、混み合うのはこれからなのだろう。
 ここからは、階段登りの連続となる。息が切れて辛い登りになるが、花も現れてくるので、カメラ片手にのんびり登ることにした。追い抜いていく登山者と競争する気はもうとうない。
 今回も、かなり草臥れて平標山の山頂に到着した。山頂は、登山者で賑わっていたので、そのまま仙ノ倉山への道に進んだ。ここから仙ノ倉山までの間も、過剰整備とも思われる階段が続いている。仙ノ倉山は、谷川連峰の最高峰であるが、このような整備によって、山が小粒になった感じがする。
 花を眺めながらの歩きになった。ハクサンイチゲやハクサンコザクラは盛りを過ぎて、ヨツバシオガマが勢いを持っていた。オノエランが多いのは、みどころである。登る時期が少し変わっただけで、違った花が見られるのは楽しい。
 2021mピークを越して最後の急坂を頑張ると、仙ノ倉山に到着した。山頂広場は、潅木に囲まれているため、見晴らしの良い、下りにとりかかる木の階段部に腰を下ろして一休みした。休んでいる間に平標山の山頂が見えるかと期待したが、ガスが流れるだけであった。
 団体が登ってくるのが見えたので、再び歩き出すことにした。花の写真を撮りながら、平標山に戻った。平標山の山頂は、行きとは遥かに多い登山者で賑わっていた。
 松手山コースも花を楽しむことができる。ただ、歩幅の会わない階段が続くため、次第に足が痛くなってきた。松手山で、お花畑も終わるため、カメラも仕舞い込んで、下りに専念することになった。標高差600mの下りであるが、この数字以上に辛く感じられる。
 今回は、平標山への新しいコース設定であったが、楽しめるコースであった。階段登りと人ごみを避けるためにも、今回のコースはお勧めである。

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