守門大岳、浅草岳、鬼ヶ面山

守門大岳
浅草岳、鬼ヶ面山


【日時】 2007年6月30日(土)〜7月1日(日) 1泊2日 各日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 6月30日:曇り 7月1日:曇り

【山域】 守門山塊
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 
 大岳・おおだけ・1432.6m・三等三角点・新潟県
【コース】 入塩川コース
【地形図 20万/5万/2.5万】 新潟/守門岳/栃堀、穴沢、守門岳
【ガイド】 なし
【温泉】 守門温泉SLランド青雲荘 500円

【山域】 浅草岳
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 
浅草岳・あさくさだけ・1585.5m・一等三角点本点・新潟、福島
鬼ヶ面山・おにがつらやま・1465.1m・三等三角点・新潟、福島
【コース】 田子倉登山口より六十里峠登山口へ下山
【地形図 20万/5万/2.5万】 新潟、日光/小林、須原、守門岳、只見/田子倉湖、毛猛山、守門岳、只見
【ガイド】 アルペンガイド「上信越の山」(山と渓谷社)、山と高原地図「越後三山・卷機山・守門岳」(昭文社)
【温泉】 守門温泉SLランド青雲荘 500円

【時間記録】
6月30日(土) 5:30 新潟=(北陸自動車道、中之島見附IC、見附、人面、上塩、入塩川 経由)=7:20 砂防ダム〜7:40 発―7:56 山の神―8:39 滝の上―8:52 水場広場―8:57 三角点―9:13 〆掛小屋―10:03 雨晴清水―10:25 雨晴〜11:14 中津又岳―11:32 大岳〜11:58 発―12:39中津又岳―13:32 雨晴―13:44 雨晴清水―14:28 〆掛小屋―14:46 三角点―14:51 水場広場―15:01 滝の上―15:35 山の神―15:50 砂防ダム=(栃尾、R.290、R.252 経由)=18:10 田子倉登山口  (車中泊)
7月1日(日) 5:26 田子倉登山口―5:52 幽の倉沢徒渉―6:14 大久保沢(最後の水場)―6:55 田子倉眺め―7:33 鬼ヶ面山眺め―8:58 浅草岳―9:18 前岳分岐―10:43 北岳―11:14 鬼ヶ面山〜 11:37 発―12:24 南岳―12:59 管理道―13:12 マイクロウェーヴ施設―13:36 六十里越峠―13:54 六十里越峠登山口―14:24 田子倉登山口=(R.252、R.290、栃尾、R.351、R.8、北陸自動車道 経由)=17:20 新潟

 守門岳は、新潟県の中越の会津との国境近く、浅草岳と隣り合う独立峰である。裾野を大きく広げたコニーデ型火山で、大岳(前守門)、青雲岳(中守門)、主峰の袴岳(奥守門)と頂稜を連ねている。この山は200名山に挙げられ、大勢の登山者が訪れている。春の大岳は、山スキーのコースとして人気が高いが、東洋一の大雪庇と呼ばれる山頂からの眺めを楽しみに訪れる登山者も多くなっている。大岳の登山コースとしては、保及礼小屋からの西尾根が主に用いられているが、北の入塩川からのロングコースも歩く者は少ないが良く整備されている。

 浅草岳は、江戸時代より越後と会津を結ぶ交易路として利用された六十里越と八十里越に挟まれている。なだらかな山容の西面に対し、福島県側の浅草岳から鬼ヶ面山に続く稜線の東側は、大岩壁になって、対称的な姿を見せている。一般には、歩行時間の短いネズモチ平あるいは桜ゾネから登る者が大部分であるが、沼の平のブナ林と組み合わせることのできる入叶津に至るロングコース、急登の連続となるが鬼ヶ面山の岩壁の眺めが素晴らしい田子倉登山口からのコース、六十里越峠から岩壁の縁を辿りながら鬼ヶ面山を越して浅草岳に至るコースなど、それぞれ特徴のある健脚向きのコースを楽しむことができる。

 今年は、ヒメサユリとの出会いが遅れている。6月2日の光兎山と6月17日の浅草岳が、いずれもヒメサユリの花を期待しての登山であったが、花はまだであった。今年は暖冬であったが、春先からの雪解けが遅れて、花の時期も少し遅くなっている。ここらでヒメサユリに出会うべく、守門大岳と浅草岳から鬼ヶ面への縦走に出かけることにした。
 守門大岳付近のヒメサユリは、中津又岳付近に群落があることから入塩川コースを歩くことにした。保及礼小屋から大岳に登ってから中津又岳を往復した方が時間は短くて済むのだが、距離の長い入塩川コースは変化に富んでいて、歩くのも面白い。
また、浅草岳から鬼ヶ面山にかけての稜線は、花の季節にはヒメサユリの花で彩られると聞いている。花も盛りという情報も入ってきたので、このコースを歩くことにした。このコースで問題になるのは、車の回収である。田子倉登山口より登って六十里峠登山口へ下山すると、国道歩きは7.3km程で、歩くと1時間半かかる。体力的にも厳しい歩きになる。今回は、自転車を使うことにして、この車道歩きの苦労から免れることにした。
入塩川コースを先回歩いたのは2004年6月13日であり、間があいている。これは、2004年10月23日に起きた中越地震の被害が、この付近にも起きて、復興を待っていたことがある。
 入塩川に到着してまず気が付いたのは、守門岳登山口という標識が、塩谷川沿いに続く林道の入口に置かれていた。林道入口は、二車線幅であるが、すぐに一車線の舗装道路に変わり、谷沿いに長く続く。一旦舗装が途切れると、火の用心の横断幕が頭上に張られて、沢の二又に出る。右に曲がって簡易舗装の道に進むと、砂防ダムの堰堤手前の広場に到着する。この広場は、草が刈り払われて車を停めるスペースが確保されているが、4台ほどで満杯となり、そうなると車の回転スペースがなくなる可能性もある。急坂のため、バックで戻るのも難しいため、下の広場に車を置いた方が良い場合もあるかもしれない。もっとも、それだけの登山者がいることもめったにないだろう。
 この日は、前日の豪雨の後のためか、他に入山者はいなかった。草も濡れていたことから、長靴を履いて歩き出したが、これは正解であった。
 以前は、ダムの堰堤脇から左岸沿いに進んで、ダムの水面部が終わったところから右岸に移ったのだが、現在は、堰堤脇に木の橋がかかって対岸に渡れるようになっていた。沢沿いには、夏草の刈られたしっかりした山道が続いていた。次の徒渉地点では、沢に渡された木の板が、水流で傾いており、一旦持ち上げて置きなおして安定させる必要があった。この後、何回か判らないほどの徒渉を繰り返すことになるのだが、木の板も置かれておらず、飛び石伝いの徒渉になる。網張山登山と合わせて、このコースは二回歩いているのだが、徒渉に苦労した覚えはない。しかし、今回は、増水によって、えらく難しい徒渉に変わっていた。
 水面を眺めて、踏み石の続きを見定める必要があった。水の上に頭を出している石では不足で、水面下に沈んでいる石を足場にする必要があった。足をおくと、長靴の半分ほど水につかる場合もあった。登山靴であったなら、スパッツをつけていても、完全に浸水という状態であった。足を置こうすると、水流で足元が狂うので、ストックでバランスを取りながら、慎重に渡る必要があった。もっとも、水に落ちても、ずぶ濡れになるくらいで、そのまま流される危険性は少なそうであった。
 徒渉も最初の頃は恐る恐るで、このまま引き返しかとも思ったが、次第に慣れてきた。上流に向かうにつれて水量も減っていき、気分も楽になってきた。
 滑滝の脇を抜けると、やがて谷は広がる。沢も何本かに枝分かれして、穏やかな流れに変わる。木立も深くなって、深山に分け入ったという雰囲気がただよう。傾斜が少し増すと、その上で、滝の上という標識が現れるが、水音だけで、滝は見ることができない。
 その上流部で、沢の源頭部となり、水場入口という標識も置かれている。左手の坂に取り付いてひと登りすると、尾根上に出て、現地の登山案内図にも書かれている三角点に到着する。ブナに囲まれた小広場には、石柱が頭を出しているが、国土地理院の測量三角点ではない。
 この先は、尾根沿いの歩きが続く。次の目的地は、〆掛小屋になるが、そこまでは登山道周囲に杉の植林も行われており、自然が損なわれた感じがして少々残念である。もっとも、ここの杉は、自然環境が合わないのか、成長もはかどっておらず、周囲の雑木林に飲み込まれようとしている。
 〆掛小屋は、三角屋根の小さな小屋である。中には資材が置かれており、一人が横になるのがやっとか。それでも、雨を避ける小屋があるというのは、安心感が増す。最近では、豪華な避難小屋も多く見られるようになったが、この静かなコースでは、このような粗末な小屋の方が似合っている。
 小屋を過ぎると、やがてブナ林が広がるようになる。大木ではないが、細めの木が揃って生えている姿は美しい。このコースの見所の一つである。雨晴(あばらせ)ブナ林という名前に相応しく、柔らかくガスが流れていた。登山道周囲には、ギンリョウソウが沢山咲いていた。またツクバネソウも多かった。
 ブナ林の中を緩やかに登っていくと、雨晴清水に到着する。右手に湧き水があり、小さな沢が始まっている。蒸し暑くて喉も渇いており、汲んで飲んだ水は美味しかった。
 その先は、少し傾斜も増して、足にも疲労が出てきた。尾根上に出ると、雨晴に到着した。晴れていれば展望が開けるのだろうが、ガスがかかっていた。
 この先は潅木に囲まれた尾根の登りが続く。花の期待が高まるが、ヒメサユリはなかなか現れなかった。中津又岳が近くなったところで、ようやくヒメサユリが現れた。盛りを過ぎた花もあったが、蕾も多く、しばらくは花の盛りが続くようである。写真を撮りながらの登りになって、ペースは落ちてしまった。
 中津又岳に到着すれば、大岳までは僅かな登りである。ここで、大穴沢コースが合流するが、こちらも登山道は整備されているようであった。僅かに下った三休平は、ヒメサユリの群落が楽しめるので、来年のヒメサユリ見物は、大穴沢コースから登ることにしよう。
 登山道脇の花は、アカモノは時期を過ぎて、ゴゼンタチバナが最盛期になっていた。
 大岳に到着してみると、予想に反して、誰もいなかった。昼食にも良い時間だったので、袴岳方面に進んだところの草原に出て腰を下ろした。山頂広場の脇のヒメサユリは盛りを過ぎていたが、この草原脇のヒメサユリは蕾であった。山頂の雪解けの時期によって、花の時期が違っているようである。
 下りは、マクロレンズに交換して、花の写真を撮りながら歩いた。そのため、歩行時間も多めになった。ヒメサユリ、ヒメシャガ、ゴゼンタチバナ、アカモノ、マイズルソウといった定番の花に加えて、コケイランやヤマサギソウといったあまりみかけない花にも出会うことができた。
 時間が経つのが意外に早く、最後は足を速めることになった。気になる徒渉であるが、午後になって天気が回復したせいもあり、水量も減っており、行きよりも楽に渡れるようになっていた。
 栃尾のコンビにで食料を買い込み、田子倉への経路沿いにある青雲荘で温泉に入った。
 国道252号線に進み、県境を目指した。六十里越え登山口の広場で自転車を下ろして、翌日の移動の準備をした。県境のトンネルを越えて、田子倉登山口までは、車でも結構長い道のりである。田子倉登山口には、奥と、無料休憩所のある国道脇の広場が設けられているが、翌日の自転車での下山を考えて、手前の広場に車をとめた。
 翌朝も、霧が流れるすっきりしない天気になった。鬼ヶ面山の岩壁を眺めることが目的なら、計画変更になったところだが、今回はヒメサユリ見物なので、これくらいの天気なら、登るのに問題はない。
 線路を渡って奥の広場に進むと、登山者の車が一台置かれているだけであった。これから到着するにしても、この日の登山者は、多くはなさそうであった。
 只見沢の左岸沿いの歩きがしばらく続く。木道が敷かれているといっても古くて泥まみれになっており、足元は早くもどろどろになった。
 枝沢の道木沢と本流の幽の倉沢の徒渉地点には、パイプてすり付きの木の橋が掛けられていた。先回の2005年6月19日の時は、この橋が掛けられておらず、徒渉に苦労した。春先は、この徒渉ができるかどうかが、問題になる。
 沢を越すと本格的な登りが始まる。しばらく登ると周囲にブナの巨木が広がるようになる。浅草岳でも、沼の平と並んでブナ林の美しいところである。斜面に突き当たるところで、大久保沢(最後の水場)という標識が現れる。すぐ先の斜面でブナが倒れて登山道をふさいでいたが、新しい道が付けられていた。その周囲には、他にも倒木があり、ここ数年の間に大雨が降ったようである。
 ここからは、つづら折りの登りが続くようになる。気温は低いのだが、汗が吹き出てきた。前日の疲れもあり、今日も長いコースであるので、体力の温存も図りながら歩く必要がある。
 ブナ林も消えて潅木に囲まれた尾根上に出ると、田子倉眺めに到着する。背後を振り返ると、田子倉ダムの湖面の眺めが広がっていた。この先は、尾根沿いの登りが続く。小さなピークの乗り越しや、足場の少ないトラバースもあり、体力を消耗する。晴れていれば、鬼ヶ面山の岩壁の眺めが疲れを癒してくれるのだが、黙々と登り続けることになった。
 小岩峰の下を通過すると鬼ヶ面山眺めである。この先、しばらく痩せ尾根を辿ると、浅草岳本体の登りに変わって尾根も広がる。再びブナ林が現れたが、登るに連れて消えていった。岩場を何度も横断するようになるが、登りに関しては、足場もしっかりしており問題はない。
 山頂が近づいたところで、ようやくヒメサユリの花が現れた。鬼ヶ面山付近で、もっと多くの花が現れることを期待していたが、まずは写真を撮ることになった。疲れた足を休めるのに、写真撮影は良い口実になる。
 浅草岳山頂は、ガスが流れるなかでも、数グループが休んでいた。二週間前に登ったばかりなので、山頂はそのまま通過した。山頂下の木のテラスも、人は僅かであった。
 木道を歩いていくと、白花のヒメサユリが現れた。半開きであったのは残念であったが、雫を帯びた姿は美しかった。この日の登山者は、白花ヒメサユリを見ることができたと喜んでいた。
 前岳付近の残雪も、二週間前とは雪解けが進んですっかり雰囲気が変わっていた。鬼ヶ面山への縦走路の分岐は、ブナ曽根コースと桜曽根コースも分かれる十字路になっている。  
 浅草岳山頂付近では、一時、登山者にも多く出会うようになったが、鬼ヶ面山への縦走路に進むと、再び人気の無い歩きになった。登山道は整備されているといっても、歩く者は少ないためか、登山道に草が倒れこんでいた。山頂付近の霧雨のために雨具の上着は着ていたものの、ズボンはまだであった。あっという間にズボンは濡れきってしまい、いまさら雨具のズボンを履いてもしょうがないということになった。
 待望のヒメサユリも現れるようになった。一群が現れ、またしばらく歩くと一群が現れるという状態であった。ヒメサユリは、南岳付近までの広い範囲に咲いていた。花が咲いている範囲としては、屈指のものであろう。
 霧の中から、黄色い花が現れた。予想していなかったニッコウキスゲであった。ヒメサユリの脇に咲いていたが、雑種ができないのだろうか。
 崖際を行く道であったが、あいにくのガスで視界が閉ざされていて、鬼ヶ面山の大岩壁の様子をうかがうことはできなかった。足場の悪いトラバースもあり、足元には注意する必要があった。小さなアップダウンがあって、体力を必要とする道であった。北岳手前で、三人グループとすれ違った。六十里越え登山口から浅草岳を往復するとのことであったが、無事に歩き通せただろうか。
 鬼ヶ面山の山頂に到着したところで、昼の大休止にした。鬼ヶ面山縦走路の困難なところもほぼ終わり、この先の登山道は、登山者も多くなって良く踏まれている。
 マクロレンズに交換して、ヒメサユリの写真撮影を行いながら歩いた。悪天候の中でも、ヒメサユリは花を開いていてくれるのはありがたい。リンドウであったら、こうはいかない。
 南岳の山頂は、痩せ尾根末端の小ピークであり、古びた標識の上に前岳という名前が貼り付けてある。ここには石柱があって、三角点と間違いやすいが、地図における南岳の1354点からは、北に250mほど離れている。
 南岳からは、潅木帯の中の緩やかな下りになる。吹峠方面からの水平道に出て、しばらくこの道をいくと、マイクロウェーブ施設に出る。ほとんど山を下りた気になるが、この先の最後の歩きは意外に長く感じられる。つづら折りの坂を下ると、六十里越の峠に出る。ここで右の道に進むと、トラバース道が続くようになる。沢を数箇所で横断し、最後に雨水で掘り込まれた登山道を下ると、六十里越登山口に到着した。
 ガードロープにチェーンでとめておいた自転車を回収し、縦走路最後のアルバイトにとりかかった。安物の折りたたみ自転車でもあり、登山靴にザックという姿ではバランスがとりにくかった。六十里越のトンネルまでの登り坂は、自転車は押して歩いたが、その後は、ブレーキを握る手が痛くなるダウンヒルが続いた。国道252号線は道路工事も終わって、良く整備された山岳道路に変わっている。それだけに、飛ばす車も多く、交通事故に会わないように注意が必要である。また、途中の白沢トンネルは内部に灯りがないので、ヘッドランプを用意する必要がある。
 以前歩いた時は、1時間半かかったものが、30分で移動することができた。最近では奥胎内から足の松尾根登山口への移動に自転車を使う者が増えているが、この鬼ヶ面山縦走時の自転車の効果はもっと大きなものとなる。こういった自転車を使う登山コースを考えるのも面白いかもしれない。車に戻り、自転車を積み込んで、家に戻る準備をした。
 二日間にわたって、守門岳と浅草岳で、ヒメサユリの花を楽しんだ。最近流行りともいえる田中澄江の花の百名山ではあるが、「新・花の百名山」にこの両山は取り上げられている。といっても、花の組み合わせは、少し意外な感じもする。
 本には、以下のようにあらわされている。

 守門岳・ヒメシャガ
「しかし私が本当にニコニコしていた最大の意味は、この山で長年あこがれの野生のヒメシャガを見たからである。
ヒメシャガが東北地方にゆくと野生していると教えてくれたのは、巧緻細密な野の花の絵と随筆で、エッセイ賞を得られた故佐藤達夫氏だが、守門で出あうとはゆめにも思わなかった。」

浅草岳・ヒメサユリとタニギキョウ
「ヒメサユリは、嘉平与ポッチの左斜面に群生していて、かわいい花というよりはたくましい感じである。匂いはササユリより淡い。(中略)
高山植物が何故平地の花より美しいか、地味のやせた岩礫地帯に、風雪をしのいで精一杯に咲くからだと聞いた。」

なお、ビデオ版の花の百名山は、一般的に花の山として知られている山が選ばれているが、守門岳と浅草岳は取り上げられていない。山が取り上げられないことと同時に、新潟・福島・山形の限られた地域でしか見られないヒメサユリが抜けてしまっていることは、残念である。

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