多宝山

多宝山


【日時】 2007年3月31日(土) 日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 曇り

【山域】 弥彦・角田山塊
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
 多宝山・たほうざん・633.8m・一等三角点本点・新潟県
【コース】 登り:銅山道 下り:宝川右岸尾根
【地形図 20万/5万/2.5万】 長岡/弥彦/弥彦
【ガイド】 なし

【時間記録】 8:00 新潟=(新新バイパス、新潟西バイパス、R.116、県道新潟・寺泊線、R.402、田の浦 経由)=8:50 林道入口〜9:10 発―9:18 ゲート―10:42 車道―11:19 多宝山〜11:37 発―12:31 三角点―13:09 林道―13:33 ゲート―13:42 林道入口=(往路を戻る)=15:00 新潟

 弥彦山は、越後平野の日本海際に、角田山や国上山と共にひとつの山塊を作る山である。山頂は、越後一宮として名高い弥彦神社の奥の院の置かれた弥彦山と、一等三角点の置かれた多宝山のふたつのピークに分かれている。

 3月も末となり、角田山や弥彦山は花の時期を迎えている。暖冬のせいもあって、雪割草は盛りを過ぎ、カタクリの時期になっている。その他の花も多くなっていることから、弥彦に出かけることにした。沢沿いに続くため、花の種類も豊富な旧銅山道を歩くことにした。
 角田浜から日本海シーサイドラインを走った。角田山の登山口がどれほどの賑わいか見たが、大型観光バスも停まってはいたものの、それほどの混みあいではないようであった。午後から雨という天気予報で、登山者も出控えているのかもしれない。
 朝早くから歩き出しても、花はまだ開いていない。さりとて、遅い時間に到着すると、登山口の駐車場も満杯の可能性がある。最近では、旧銅山道も人気が出てきて、登山口の駐車場もすぐに満杯になってしまう。林道開ノ木平線の入口脇に駐車場があるので、ここから歩くことにした。
 軽い足慣らしで、登山口の駐車場に到着した。林道脇の草原につっこめば、まだ車を停めるスペースはあったようであるが、車を傷める可能性もある。
 ゲート脇に係員がおり、紙を渡された。内容は、自然を守りましょうということではあるが、目ぼしい内容のあるものではない。どうせなら、読んでもらえる内容のあるパンフレットを作れば良いものをと思った。
 駐車場の少し先の林道カーブ地点を直進するように登山道は続いている。沢沿いの道は、海岸線から僅かの距離とは思えないような深山の趣がある。この季節、雪割草やカタクリは当然として、その他の野草も種類が豊富になってきている。
 路肩の草むらを眺めながらの歩きになった。カタクリやキクザキイチゲは、まだ花が閉じたまま。トキワイカリソウ、ナガハシスミレ、スミレサイシン、ミヤマキケマン、ミチノクエンゴグサ、ヤマネコノメ、オクチョウジザクラ。それに、写真を撮ったものの、図鑑を見ても判らない花も。花の名前は、あまり詳しくないなと、自覚はしている。
 橋を渡って、左岸に移ると、堰堤下に出る。脇を登るが、乗り越してすぐに河原に下りる。そのまま上がっていく踏み跡もあるので、注意が必要である。河原を横断すると、右岸沿いに登山道は続いている。
 この先で、雪割草が現れてくる。盛りは過ぎたようで、群落状態の花は無かったが、単独に咲いている花はまだ多かった。右手に滝が現れると、沢を渡って、鎖のかかる岩場の登りになる。上部で、岩溝を横断するところがあり、鎖はかかっているものの、足場が悪いので注意が必要である。
 滝上の河原を少し歩き、右手の尾根に取り付く。つづら折りの登りが続くが、このコース中、雪割草が一番多いところである。花を眺めながらのんびり登った。ひと登りすると、水平道になって、谷奥へと進むことになる。キブシ、アラゲヒョウタンボク、ショウジョウバカマ、エンレイソウといった、新たな花も現れてきた。沢を渡りながら登っていくと、鉱山の立坑も現れる。
 この先で尾根にのると、一本登りが続くようになる。このコースでは、ここが一番辛い。ひと汗かくと、弥彦スカイラインの車道に飛び出す。冬季閉鎖が解除になるのは、4月1日からなので、この日は、のんびりと車道を歩くことができる。
 弥彦山は、先日登ったばかりなので、多宝山に向かった。この山を登る登山者は、弥彦山の山頂を目指すのに対し、多宝山を目指す者は少ない。雨が近いせいか、曇り空ながら、遠くが見えていた。守門岳に越後三山。米山の奥には妙高連峰であろうか。
 多宝山の山頂は、予想外にも、誰も休んでいなかった。雪割草の時期も今年は長く続いているので、そろそろあきて残雪の山として、白山や菅名岳、五頭山の方へ行ってしまったのだろうか。いつものように、少し戻って、弥彦山の眺めが広がっている場所に腰を下ろした。
 下山は、いつものように、宝川右岸尾根を下った。道は以前よりもはっきりしてきたが、雪割草の大きな群落は見当たらなくなった。
 三角点ピークからは、左右に踏み跡が分かれるのだが、左は木の枝が積まれて、閉鎖の印がされていた。以前にこの左への道に進んだ時は、下部で薮漕ぎになった。現在は、右の道に進めば、しっかりした道で林道に下り立つことができる。雪割り草が、山歩きの終わりを惜しむかのように数多く咲いていた。あと少しで林道というところで、カタクリの群落が現れ、最後の見所になった。
 林道に下り立ち、後は、車道歩きで車に戻ることになった。車に戻るのと同時に、本降りの雨になった。今年の、雪割草めあての、角田・弥彦詣では、これで打ち切りになる。この後は、佐渡での花との出会いが待っている。

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