越郷山、家老岳

越郷山
家老岳、松倉山


【日時】 2007年2月10日(土)〜11日(日) 前夜発2泊2日 各日帰り
【メンバー】 10日:5名グループ 11日:6名グループ
【天候】 10日:曇り 11日:吹雪

【山域】 南会津
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
 越郷山・こさごうやま・1295.8m・三等三角点・福島県
【コース】 越郷林道より
【地形図 20万/5万/2.5万】 日光/檜枝岐/内川、檜枝岐
【ガイド】 なし
【温泉】 夢の湯 500円
【料金】 うさぎの森キャンプ場山荘なななみCタイプ14000円(5名)

【山域】 南会津
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
 家老岳・かろうだけ・1413.7m・三等三角点・福島県
 松倉山・まつくらやま・1147.7m・三等三角点・福島県
【コース】 萩野より折越へ周回
【地形図 20万/5万/2.5万】 日光/檜枝岐/糸沢、栗生沢
【ガイド】 なし
【温泉】 夢の湯 500円

【時間記録】
2月9日(金) 19:30 新潟=(磐越自動車道、新鶴PA、大戸、R.121、R.352 経由)=22:30 番屋 (車中泊)
2月10日(土) 7:00 番屋=(R.352 経由)=8:20 越郷林道入口〜8:48 発―9:04 尾根下―11:14 1230mピーク〜11:21 発―11:47 越郷山〜12:17 発―12:30 1230mピーク〜12:40 発―12:47 尾根下〜13:55 発―14:09 越郷林道入口=(R.352、R.121 経由)=16:00 うさぎの森  (キャビン泊)
2月11日(日) 7:10 萩野〜7:36 発―9:15 1131m点〜9:26 発―11:16 家老岳〜11:26 発―13:13 1098mピーク―14:45 松倉山〜14:52 発―15:45 羽塩沢林道〜15:45 発―16:17 折越=(R.121、大戸、新鶴PA、磐越自動車道 経由)=20:40 新潟

越郷山は、福島県南会津町の伊南川の右岸にある山である。この山の麓には小豆温泉があり、会津駒ヶ岳から連なる会津アルプスの三岩岳と向かい合っている。

 家老岳は、福島県南会津町の会津西街道脇に位置する山である。福島・栃木県境の男鹿岳へと続く稜線の末端にある。会津百名山にも取り上げられているが、夏道は無い山である。松倉山は、羽塩沢を挟んで弧状に連なる稜線上にあるピークである。

 三連休は、会津の山に出かけることになった。冬の最中とあって、一人ではラッセルも大変なため、越郷山と家老岳の誘いにのったものである。越郷山がどのような山かは、山行記録も見当たらずに、見当もつかないが、家老岳は会津百名山にも選ばれて、登らなければと思っていたところである。
 先週末は、悪天候に悩まされたが、この連休の天気もあまりぱっとしないようである。道路の状態も心配で、前夜のうちに登山口近くまで入っておくことにした。待ち合わせは高畑スキー場であったが、トイレのある駐車場ということで、番屋で夜をあかすことにした。
 朝になってみると、本降りの雨になっていた。この季節に雨に会うとは思っていなかった。
 高畑スキー場で宇都宮グループと落ち合った。檜枝岐方面に少し車を走らせると、スノーシェードが現れる。この中から越郷林道が分かれる。橋の袂が除雪してあり、車を置くことができた。
 幸い雨も止んでいた。スノーシューを履いて、歩き出す準備をした。雪の上に立つと、雪は湿っていたが、沈み込みも多くはなく、歩きやすい状態であった。スノーシュー歩きには適した状態ということで、先頭に立って歩き出した。林道の脇には作業小屋もあり、しっかりした林道が続いているようであった。
 ほぼ平坦な道を行くと、沢に突き当たる手前で、道は二手に分かれた。右手の道に進むと、沢にかかる橋があり、渡った先の杉林が尾根の取り付きであった。
 歩いてきた道が突き当たる尾根側面は急斜面であったため、右手の尾根の末端から取り付いた。取り付きの少し上に木が生えており、ブロック状の雪の塊が付いていた。直登はできなかったが、右手から回り込むと、うまく迂回できた。その先しばらくは急坂であったが、じきに程よい傾斜の尾根になった。
 後ろから仲間が付いてこないなと思ったら、尾根の側面をダイレクトに登っていた。急坂に苦労していた。しばらく待っていると登ってきたが、この急登のおかげで、いきなり体力を消耗してしまったようである。スノーシューは歩きやすいために、急がば回れということになるのが幸いしたようである。
 一本尾根の登りと思っていたが、970mの尾根の張り出し部へは急傾斜なため、西寄りから合わさってきた尾根に乗り換えて登った。その先で、少し傾斜も増したが、それを越すと、程よい傾斜の尾根が続くようになった。左手には、雪庇が張り出しており、雪堤歩きが続くようになった。雪堤が細くなって、藪に逃げると、土肌が露出しているところも現れた。2月中旬というよりは、3月中旬の残雪期の始まりといった感じであった。
 藪木立の間から、越郷山の山頂も姿を見せていたが、谷を巻いた先で、まだ距離があった。
 1230mピークは、東の肩を通過することになる。この付近は、気持ちの良いブナ林が広がっていた。越郷山の山頂が、その先に頭をもたげていた。最後の登りに備えて、ひと休みした。
 僅かに下って小ピークを越すと、標高差80mの登りになる。傾斜は急であるが、雪にステップを刻みやすく、快調に登ることができた。背後を振り返ると、三岩岳が、山頂はガスに覆われたままであったが、中腹に広大な雪原を見せていた。
 越郷山の山頂は、東側が開けていた。袴腰山は目の前で、その向こうには田代・帝釈山が広がっていた。穏やかな天候に変わっており、雪の上に腰を下ろしての休憩も楽しいものになった。
 下りは、雪もほどほどに柔らかく、スノーシュー歩きの楽しさを充分味わうことができた。越郷山は、無名ではあるが、お勧めの山である。
 今回は、南会津の山を二日連続で登るため、会津田島近くのうさぎの森キャンプ場のキャビンに泊まることになった。隙間風の入るような小屋かと思っていたのだが、広いロフトに寝室二間、浴室、トイレを備えた、別荘風のものであった。炊飯器や電子レンジ、大型冷蔵庫、食器類も備えられていた。食料を持ち込んでの、宴会にはもってこいの設備であった。ただ、加熱器具は、電磁加熱器であったため、イカの一夜干と栃尾の油揚げを焼くのには適しておらず、山用のガスコンロを使うことになった。
 夕方から飲み始めていたため、寝るのも早かった。5時過ぎに起き出すと、外は雪が本降りであった。道路の上には、20センチほどに雪が積もっていた。山行を中止する程ではないが、山での苦労の覚悟をした。
 家老岳には荻野から登り、松倉山へ縦走してから折越へ下山する予定であった。両登山口は、歩くには離れているので、私の車を置いてから萩野に向かった。
 車は、迷惑にならないように、集落内に通じる道の国道への合流点で広くなったところに置いた。ところが、この車が知らない間に問題を起こしていた。家に帰ると、会津の警察から、電話がかかってきたという。布団も積まれた車が放置されているということで、不審車扱いになったようである。家に置いていった山の予定を読み上げたということだが、山のことには詳しくないようで、携帯話の番号を聞いてきて、電話連絡してみるという。あいにくと、携帯は緊急時に備えて、スイッチを切って、ザックの中にしまってある。いくら雪が降っているからといって、朝のうちから遭難はないはずである。どうも最近は、車の中で寝ていての不審尋問にも合うし、警察のおせっかいが多い。おかげで、家に帰ってから、警察からの電話と聞いた時には、遭難と思って肝が縮んだと叱られた。
 萩野でもう一人が合流して6名グループになった。前日もここを通過していたが、山の麓に雪が無い事を確かめていたが、夜からの雪で、銀世界に変わっていた。それでも、歩き出しはつぼ足で充分なはずなので、スノーシューはザックにくくりつけた。
 人家の間から、尾根の末端に取り付いた。杉林の中の急登が始まった。木の枝で雪が止まってしまうためか、地面には数センチの雪しか積もっておらず、かえって歩きづらかった。
 900m地点で尾根上に岩場が現れたので、左の谷に逃げた。雪がしっかり付いていれば、尾根横の斜面を登れるのだが、落ち葉の上に乗った雪が滑るので、足元の確保が難しかった。岩場を巻いたところで、尾根上に戻った。地図では崖マークが尾根上まで及んでいるが、実際には、急ではあるが歩くことのできる尾根ではある。ただ、ガレ場状態で、浮石も多く、足の運びにも注意が必要であった。
 1131m点まで登ると、急登もひと段落する。雪も深くなったので、ここでスノーシューを履いた。この先は快適なスノーシュー歩きが続くかと期待したのだが、右手に雪庇が張り出した片斜面のトラバースが続き、しかも堅い雪の上に一層の新雪が乗っているだけで、歩きにくかった。この先の歩きは、急登は無くとも、長かった。
 山頂への最後の登りを前にして、ひと休みする必要があった。腹が減って、力が無くなっていた。シャリバテ状態であるが、雪山は体力の消耗も激しい。
 家老岳の山頂には、3時間40分の登りの末に到着した。山頂は台地状で、広場の脇の木に数枚の山頂標識が付けられていた。吹雪状態で展望は閉ざされていた。ゆっくりと休める状態でもなかったので、ひと休みの後に、松倉山への道に進んだ。
 松倉山へは、羽塩沢を取り巻く稜線歩きになるのだが、分岐する尾根も多く、コース判断は難しい。各分岐ごとに磁石で方向を確かめるMさんにコースを任しておいて大丈夫なのだが、念のためにGPSでも確認しながら歩いた。
 1172標高点までは快調な下りが続いた。尾根沿いにはブナも見られ、木にも連続的にペンキマークが付けられていた。羽塩沢を辿ってからこの尾根に出る山道でもあるのだろうか。
 コースを北に変えると、アスナロの生えた細尾根となり、やぶ漕ぎと足が潜るのに苦労することになった。忍耐の歩きでここを通過すると、1098m点への登り返しになった。これで、ようやく羽塩沢の右岸沿いの稜線に出たことになる。
 小ピークを越すと、松倉山への最後の登りになる。標高差140mの登りであるが、辛い登りになった。体力も限界近くになった。
 松倉山の山頂は、稜線沿いの一点といった感じで、特徴のないところであった。寒さが堪えるようになっていたが、汗もかいて喉も渇いていた。時間的にそろそろ下山を急ぐ必要も出てきた。
 松倉山からは、羽塩沢に向かっての一気の下りになる。地形的には、急ではあるが問題のない尾根であった。ただ、雪が少なく、落ち葉と一緒に雪が滑るのにはまいった。少し下ったところでスノーシューを脱ぐことになった。潅木の枝を掴みながらの下りが続いた。
 林道に下り立ったところで、再びスノーシューを履いた。全員が下りてきたところで、車の回収のため、Mさんと二人で先行した。
 30分ほどの林道歩きで、国道脇に置いた車に戻ることができた。車には雪が積もっており、車を動かすために、雪を落とす必要があった。本格的な吹雪になっており、行きかう車もライトを付けていた。冬山の下山としては、ぎりぎりのタイミングであった。
 萩野に戻り、その後は、一番近い温泉として、前日にも入った夢の湯に向かった。夢の湯は、帰りのスキー客で混んでいたため、宇都宮グループとも、風呂場で別れを告げることになった。
 道路も圧雪状態になっており、チェーンを付けて走っている車もあった。翌日も会津の山と思っていたのだが、一日の歩きで疲れていることと、翌日の天気も悪そうなため、家に戻ることにした。

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