吉峰山、雲ノ平、水晶岳、鷲羽岳、黒部五郎岳

吉峰山
雲ノ平
祖父岳、水晶岳、鷲羽岳、三俣蓮華岳
黒部五郎岳、上ノ俣岳


【日時】 2006年7月29日(土)〜8月1日(火) 各日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】29日:雨 30日:晴れ 31日:晴れ 1日:雨後曇り

【山域】 立山周辺
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
 吉峰山・よしみねやま・370m・なし・富山県
【地形図 20万/5万/2.5万】 高田/四万/五百石
【コース】 グリンパーク吉峰
【ガイド】 新・分県登山ガイド富山県の山(山と渓谷社)
【温泉】 ゆーランド 600円

【山域】 北アルプス中部
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 
雲ノ平・くものだいら・2550m・なし・富山県
祖父岳・じいだけ・2825m・なし・富山県
水晶岳・すいしょうだけ・2986m・なし(2977.7m・三等三角点・富山県
鷲羽岳・わしばだけ・2924.2m・三等三角点・富山県、長野県
三俣蓮華岳・みつまたれんげだけ・2841.2m・三等三角点・富山県、長野県、岐阜県
黒部五郎岳・くろべごろうだけ・2839.6m・三等三角点・富山県、岐阜県
北ノ俣岳・きたのまただけ・2662m・なし・(2661.2m・三等三角点)・富山県、岐阜県
太郎山・たろうさん・2372.9m・三等三角点・富山県
【コース】 折立より雲ノ平、黒部五郎岳周遊
【地形図 20万/5万/2.5万】 高山/有峰湖、槍ヶ岳/有峰湖、薬師岳、三俣蓮華岳
【ガイド】 「雲ノ平・双六岳を歩く」(山と渓谷社)、アルペンガイド「上高地・槍・穂高」(山と渓谷社)、山と高原地図「剱・立山」(昭文社)
【温泉】 亀谷温泉白樺ハイツ 600円

                          
【時間記録】
7月29日(土) 8:00 新潟発=(北陸自動車道、立山IC 経由)=12:00 グリンパーク吉峰交流館―12:18 溜池コース入り口〜13:10 再出発―13:27 林道終点広場―13:30 展望台〜13:44 発―13:57 アーバンタワー―14:25 グリンパーク吉峰交流館=18:30 折立 (車中泊)
7月30日(日) 4:00 折立―5:39 三角点―7:00 五光岩ベンチ―7:50 太郎平〜8:15 発―10:34 薬師沢小屋〜10:45 発―12:57 木道末端―13:22 アラスカ庭園〜13:35 発―14:06 奥日本庭園―14:17 祖母岳分岐―14:31 祖母岳―14:49 祖母岳分岐―15:00 雲ノ平山荘―15:25 雲ノ平キャンプ場  (テント泊)
7月31日(月) 5:40 雲ノ平キャンプ場―6:29 日本庭園分岐―6:58 祖父岳―7:34 岩苔乗越―7:48 ワリモ北分岐〜7:57 発―8:27 水晶小屋―8:58 水晶岳〜9:13 発―9:59 水晶小屋―11:29 ワリモ北分岐〜10:38 発―10:59 ワリモ岳―11:38 鷲羽岳〜11:43 発―12:34 三俣山荘〜12:50 発―13:38 双六小屋分岐〜13:43 発―13:58 三俣蓮華岳〜14:05 発―14:30 巻き道分岐―15:35 黒部五郎キャンプ場  (テント泊)
8月1日(火) 5:30 黒部五郎キャンプ場―7:30 肩―7:43 黒部五郎岳―7::55 肩〜8:00 発―9:18 中俣乗越―10:14 赤木岳〜10:20 発―10:53 北ノ俣岳〜11:14 発―11:21 神岡新道分岐―12:42 太郎山―12:54 太郎平〜13:05 発―13:36 五光岩ベンチ―14:36 三角点―15:44 折立=(往路を戻る)=21:30 新潟

吉峰山は、立山の入口の岩峅寺近くの丘陵地にある山である。山麓一帯には、グリンパーク吉峰として、アウトドア施設が設けられている。吉峰山は、地図には山名が記載されていないが、ハイキングコースが整備されている。

 雲ノ平は、黒部川の源流に位置する標高2500〜2600mの日本最高所の高原である。祖父岳によってできた溶岩台地によって作られ、黒部川とその支流の岩苔小谷によって周囲を囲まれる秘境である。雲ノ平は、森林と湿原、お花畑によって形作られるアラスカ庭園や日本庭園といった自然の造形美や、周囲をとりまく赤牛岳、水晶岳、鷲羽岳、三俣蓮華岳、黒部五郎岳、薬師岳といった黒部源流の山々の山岳展望が大きな魅力になっている。

 今年の梅雨明けは遅れており、8月にずれ込みそうになった。この週末に、夏山用の休みをとっていたので困ったことになった。3泊4日で、雲ノ平を訪れようかと考えていた。2002年8月8日〜11日にも訪れていたが、この時は花が終わり気味であった。今年は残雪も豊富で、花を楽しめそうであった。
 木曜日には、諦めて他の山の計画を考えた。最終的な金曜日の天気予報によれば、土曜日は雨交じりのものの、日曜日からは梅雨明けの晴天を期待できそうとのことであった。土曜日の晩に、折立に入っておけば、翌日曜日に雲ノ平に入ることができるので、土曜日の朝に折立を歩き出して太郎兵衛平キャンプ場に泊まる日程と変わらないことになる。少し強行軍ではあるが、先回もこの日程で歩いているので、問題は無いはずである。結局、元通りの計画を少し変更して行うことにした。
 土曜日は、移動がメインであるので、家を朝出発することにして、登山口近くの里山を軽く歩くことにした。新しく出た分県登山ガイドに新しく掲載された吉峰山が、高速のインターのすぐ近くで、登山口に温泉があることも都合が良かった。
 山行きとしては珍しい、日中のドライブになった。グリンパーク吉峰は、1998年5月8日に大辻山を登った後の温泉のために訪れたことがあったが、その時は、ハイキングコースがあるとは知らなかった。グリンパーク吉峰に到着してみると、バーベキュー広場やパターゴルフ場で賑わっており、ハイキングコースの入り方が判りにくくなっていた。
 車で場内を一回りして、周囲の状態を確認した後、交流館の広場に車を停めて歩き出した。パターゴルフ場の左手に沿う車道を歩いていくと、駐車スペースがあり、登山道入り口の用水堀が横切っていた。用水堀の左岸に沿って踏み跡が続いており、下流に向かっての歩きになった。蜘蛛の巣が顔にかかり、あまり歩かれていないようであった。尾根上に向かう踏み跡があり、その先で、右手の高みに向かう道と、用水堀沿いの道との分岐になった。ガイドブックを読んで左手の道に進んだが、すぐ先で下から上がってきた車道に飛び出した。この車道を歩き始めたが、黒谷沿いの車道を歩いていると気が付いて、引き返しになった。
 たよりのGPSといっても、ガイドブックのコース図から読み取って、ルートをつくっても、もとがあやしとなると、あてにはならない。
 分岐付近の案内を書くとすれば、尾根への道が右手に分かれると、すぐ先で溜池への道が右に分かれるというのが正しい。
 右手の道に進むと、すぐ先で道が二手に分かれた。高みに向かう右手の道に進んだ。今回は正解で、すぐに溜池に出た。緑の湖面がひっそりと広がっていた。ここも溜池のふちを回って先に進んで失敗。溜池の西の縁をたどったら、踏み跡を辿って、南の尾根に直登する。ガイドブックにもあるように、林の中には、鳥の巣箱が沢山取り付けてあった。
 尾根の上に出て、後はコースの心配は無くなったと、安心して歩き出した。前方に黒い動物が現れて、登山道を横切った。はじめ、猿かと思ったが、小熊であることに気が付いた。やばいと思った瞬間、右手の木立から黒い影が現れた。何であるか確認する前に、振り向いて全力疾走を開始していた。背後から走り寄る物音がした。万事休すかと思い、背後からくる衝撃の覚悟をした。幸い、すぐに物音から遠ざかることができ、足を緩めることができた。親熊は、攻撃というよりは追い払うことが目的であったようで、突進したものの、すぐに引き返したようである。そのまま尾根を下りると、用水堀沿いの道に戻ることができた。
 用水堀の入り口に戻ると、そこの広場には、熊出没注意の看板が置かれていた。人家が迫った里山に熊がいるとは思っていなかった。このまま敗退するのもしゃくであった。地図を見ると、この林道は、山頂直下まで続いているようであった。その先から歩道が設けられているはずであった。林道なら熊も現れないであろうということにした。それでも怖いので、時折拍手をしながら歩いた。
 林道終点は、トイレも設けられた広場になっていた。この林道と黒谷の間は、人もあまり入らずに熊のテリトリーになっているようである。静かなコースとしてガイドブックに取り上げたのであろうが、ファミリーハイクなら、この林道を使った方が安全である。
 林道の終点からは、ひと登りで、展望台に出た。最高点は、少し先のようであったが、熊のテリトリーに近づくの御免で、ここまでとした。
 展望台に上ると、周囲の展望が広がったが、雲が垂れ込めて、日本海の海岸線や尖山がぼんやりと見えるだけであった。この展望台からは、立山の眺めが楽しめるようであった。
 歩きは初めは青空が広がっていたのだが、休んでいる間に、本降りの雨が始まった。
 下山は、三角点の置かれている尾根道に進んだ。幅広の道で、これがメインの遊歩道のようである。
 三角点の脇には、アーバンタワーと呼ばれる展望台が立てられていた。小さな山に、二つの展望台とは、作り過ぎのような感じである。登ってみたが、雨雲のために視界はさらに悪くなっていた。
 車道がここまで上がってきていたが、尾根道をそのまま下ることにした。歩く者が少なくなったようで、途中で草が茂って、送電線の巡視路に引き込まれそうなところもあった。
 最後には、バンガロー村の奥に下り立った。そこで草刈をしていたスタッフに熊に出会ったことを報告した。
 温泉に入り、近くのコンビニで食料の買い込みをして、翌日からの山の準備は終わった。問題は、激しい雨になったことである。この状態の雨では、山歩きは難しい。土砂崩れを起こしかねないような雨で、林道が不通になることも恐ろしい。少し様子見をして、小降りになるのを待ってから、有峰林道に向かった。
有峰林道は、先回の雲ノ平山行以来なので、4年ぶりということになる。一部観光バスとのすれ違いができない狭い区間があるものの、大部分が二車線になっていた。折立の駐車場には、半分ほどが車でうまっていた。雨の日であったが、山に向かった登山者は大勢いたようである。明日は梅雨前線が南に下がって消滅し、梅雨明けになるという天気予報を信じて、雨の中で眠りについた。
 長い行程のため、暗い中を出発した。雨はなんとか止んでいたが、道路は濡れていた。雨具を付けるほどではないので、スパッツを付けるだけにした。登山口のすぐ先の愛知大学生の遭難慰霊碑を過ぎると、太郎坂とも呼ばれる急坂が始まる。おぼつかないヘッドランプの明かりのもと、黙々とした登りが続いた。
最初の目標地点は、1869.8mの三角点広場になる。点名は「青淵」であるが、ただ三角点と呼ばれている。500mを少し越える標高差で、じっくりと登り続ける必要がある。途中で、「あられちゃん」といった漫画の主人公を描いた看板が置かれた小広場が二ヶ所あり、良い休み場になっている。
 三角点は、広場になっており、ベンチが置かれいる。テント泊の重装備であるが、ここまではまずまずのペースである。
 三角点は、小ピークの肩に置かれており、緩やかに登った後で僅かに下ることになる。その先からは、樹林限界を超した草原の中に続く、石畳状に整備された登山道の登りになる。緩やかな登りではあるが、時間短縮のためには、早いペースで歩く必要がある。
 2195m点の手前が、五光岩ベンチと呼ばれる休憩ポイントになっている。ガスも上がって、展望も開けてきた。草原の中に広がる池塘の向こうに、北ノ俣岳に続く稜線の眺めが広がっていた。薬師岳も、遮るもののない展望が広がっていたが、逆光であるのが残念であった。
 登山道が登っていく先に、太郎平小屋も小さく見えるようになってきた。登山地図のコースタイムには、小屋まで1時間30分とあるが、それほどはかからない。
 登りついた太郎平小屋の前の広場には、大勢の登山者が休んでいた。ガスは完全に消えて、青空が広がっていた。予報通りに、梅雨も明けたようである。北東には薬師岳の山頂が聳えており、東には黒部川源流部の谷越しに雲ノ平の台地が広がっていた。その向こうには、水晶岳、鷲羽岳、三俣蓮華岳、黒部五郎岳がぐるりと取り巻いていた。風景を眺めながらひと休みした。ここまでのペースからすれば、雲ノ平へ進むのに問題はない。
 太郎平小屋から先は、登山道周辺には草原が広がり、花も多いところである。マクロレンズに交換して、カメラを首から下げて歩き出した。残雪も残る斜面では、チングルマやハクサンイチゲが花盛りになっていた。
 草原のトラバースを終えると、標高差250mの一気の下りになる。薬師岳の山頂は、高みに遠ざかった。尾根の末端で沢を渡ると、薬師沢沿いの緩やかな下りが続くようになる。徒渉点の橋も以前よりもしっかりしたものに変わっていた。木道が続く登山道の周囲には、草原が断続的に広がっており、シナンキンバイやミヤマキンポウゲの群落が広がっていた。
 日差しが強く、喉の渇きも厳しくなった。枝沢から水を汲んで飲み、ひと休みした。太郎平までの余裕の歩きとは違って、歩きがつらく感じられるようになってきた。登山道は、枝尾根の小さな乗り越しがあるものの、おおむねは下りが続いて楽なはずなので、夏本番の気温に体が慣れていないようである。
 行く先には、雲ノ平から落ち込む斜面がそそり立っており、歩くうちに次第に近づいてきた。カベッケヶ原と呼ばれる美しい草原を過ぎると、その先で、薬師沢小屋に到着する。黒部川のほとりに建つ山小屋である。小屋泊まりならば、折立からだとここまでが1日行程になるところであるが、幕営禁止のため、一気に雲ノ平へと進まなければならない。
 吊橋を渡ると、梯子が掛かっており、一旦河原に下りる。増水していると、一段上を巻くにしても危険なところである。黒部川も穏やかに流れており、青い流れを見ながら水辺でひと休みした。
 少し下流に進んだところで、高天原へ続く大東新道と雲ノ平への道との分岐になる。再び梯子が掛かっており、これを越すと、急斜面の棒登りが続くようになる。水が流れる沢状の地形に沿っての登りで、岩を乗り越えていくため、足が休まるところもなく、体力を一気に消耗した。
 この区間では、標高差450m程の登りに耐える必要がある。地図に書かれている破線よりは、南よりに登山道が続いていた。GPSには、標高差50mごとにマークを入れてあり、どこまで登ってきたかは、良く判った。標高差100mほどを登っては、腰を下ろしてひと休みをしないと足が進まないほどに追い込まれた。
 この急坂の途中、下山してくる何組もの登山者に出合った。コースタイムからすると、雲ノ平小屋から歩き出したとも思えず、三俣山荘からであろうか。岩混じりの急坂に、苦労している姿が目立った。高齢者も多く、この歩きづらい道は、下りといえども、脚力が無いと苦戦は必至である。
 ようやく傾斜もゆるんで雲ノ平の一かくに到着したことを知り、ひと息つくことができた。その先で、木道も現れて、歩きやすい道に変わった。箱庭のような草原を抜けていくと、雲ノ平での最初の見所のアラスカ庭園に到着した。針葉樹によって山裾は隠されて、山頂部だけを出している水晶岳の眺めが印象的であった。ベンチに腰を下ろし、遅い昼食とした。振り返ると、ボリューム感のある薬師岳の眺めも広がっていた。
 再び木立の中の見晴らしの利かない道を進んでいくと、奥日本庭園に到着した。むき出しになった岩と潅木のとり合わせが、日本庭園を連想させたのであろう。前方に祖母岳が迫ってきたが、その麓を越した先に雲ノ平の山小屋があり、さらに先が今晩の泊まり場のキャンプ場である。もうひと頑張りする必要があるが、先は見えてきたことで気は楽になった。
 登山道周辺には、水の流れる草原が広がり、チングルマとハクサンイチゲ、コイワカガミの群落が広がっていた。先回は、花は終わり気味であったので、ようやく花の盛りに訪れることができた。
 雲ノ平山荘まで僅かというところで、右手に祖母岳への道が分かれる。ザックを置いて、山頂を往復していくことにした。ひと登りすると、雲ノ平の台地を見下ろすことができ、雲ノ平山荘が小さく佇む向こうに、屏風のように横たわる水晶岳の眺めが広がった。この祖母岳への登りからの眺めが一番好きである。
 祖母岳の山頂部は、木道が敷かれて、テラスが設けられていて終点になっている。三角点もなく、山頂標識もないが、山頂一帯は台地状で、アルプス庭園と呼ばれている。風景や花を眺めながら分岐に戻った。
 ザックを再び背負い、もうひと歩きすると、雲ノ平山荘に到着した。テント泊の受付をして、ビールも二本買い込んだ。テン場とこの小屋とは距離があり、ビールを買いに戻るのは面倒である。
 ギリシャ庭園と呼ばれる谷間を抜けていくと、尾根の乗り越しになり、最後の力を振り絞った。その先に下った祖父岳の山裾が、雲ノ平キャンプ場である。敷地は広いのだが、岩が転がっていたり、濡れていたりで、快適なサイトは限られている。この日は、10張りほどで、余裕があった。
 テントを張ってから、キャンプサイト周辺の偵察に歩いた。以前は、キャンプ場から祖父岳へ直接登ったのだが、ロープが張られて立ち入り禁止になっていた。手前の乗り越し部まで戻ってから尾根通しに歩くよう、コースが変わったようである。トイレは新しくきれいになっていた。水場からは、豊富な水が流れ出ていた。
 カメラだけを持って歩き回るうちに、手前の尾根乗り越し部の分岐に戻ってしまったので、尾根沿いの道に進んだ。この一帯は、スイス庭園と呼ばれるようだが、草原の向こうに、水晶岳の眺めが大きく広がっていた。雲ノ平で一夜を過ごすならば、夕方は、このスイス庭園からの眺めを楽しむことを勧める。
 ソロでのテント泊で困るのは、話し相手がおらず、夜の時間をもてあますことである。今回は、IPOD nano 4GBを新たに買って、幾つかの曲を取り込んで、山の上で聞く用意をした。夕食をとり、翌日の天気予報をラジオで聞くと後はすることはない。シェラフにもぐりこんで、音楽に耳をかたむけた。リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲。山から戻った時に良く聞く曲である。曲は、夜明けからはじまり、日の出や途中の滝やお花畑が描写されていき、登頂が曲のクライマクスになる。下山時には嵐にも会い、無事に家に戻った時には夜のしじまが広がる。今日一日の山行を振り返りながら聞くに相応しい曲である。狭いソロテrントの中も、コンサートホールに変わった。さらに、カントループ作曲のオーヴェルニュの歌。雲ノ平を流れる風のように、バイレロの歌声が、長く尾をひくように響き、眠りに引き込まれた。
 翌朝も快晴の朝になった。キャンプ場からは、黒部五郎岳が、黒部川の谷向こうに聳えているのだが、それほど赤くならなかったが、朝焼けは、悪天候の前兆でもあるので、これで良かったことにしよう。
 一旦雲ノ平山荘方向に戻り、スイス庭園から尾根通しの道に進んだ。木道も敷かれていたが、じきにハイ松の中の刈り払い道に変わった。地図にも記載されている道ではあるが、北側の斜面をトラバースするように、一部付け替えられているところもあった。祖父岳への登りにかかるまでは、少し大回りで、時間がかかるようになっていた。
 祖父岳への登りでは、雪渓も残っており、ペンキマークを注意して探す必要があった。逆光で見にくいこともあり、岩が積み重なった斜面で、ルートから外れてしまった。道を探しながら直登していくうちに、再び登山道に乗ることができた。
 二日目の歩き始めというのに、祖父岳山頂に登った時には、ザックの重さがこたえて、かなり疲れていた。祖父岳は、雲ノ平からはすぐ上に見えるピークではあるが、2800mを越える標高を持つことを考えれば、そう簡単に登らせてくれないのは当然か。
 祖父岳から緩やかに下っていき、途中一箇所梯子もかかる岩場を通過すると、鞍部の岩苔乗越に到着する。右手の谷間に下っていけば、黒部川源流碑を経て三俣山荘に出ることができるが、水晶岳や鷲羽岳のピークハントを諦めることになる。
 気を引き締めて、登りに取り掛かった。砂礫の斜面に、細かくつづら折りの道が付けられており、標高差70mは、意外に早く登ることができた。
 ワリモ岳の北の肩の分岐に出たところで、ザックをデポして、軽装で水晶岳に向かうことにした。足取りも軽くなった。緩やかに下っていき、再び尾根に上がると、槍ヶ岳から穂高連峰の眺めが広がった。この先の水晶小屋までは傾斜も増して、体力も使う登りになった。登山道周辺にはお花畑が広がり、目を楽しませてくれた。写真は、帰りに撮ることにして先を急いだ。
 水晶小屋を過ぎると、しばらくはなだらかな稜線歩きが続く。前方には、水晶岳の岩峰が聳え立っている。山頂が近づくと、岩場の登りが続くようになる。混雑していると、渋滞もおきるが、人も多くはなく、順調に歩くことができた。
 水晶岳の山頂は、岩場を登った上で、山頂標識はあるものの、記念写真もままならないような広さである。脇にそれたところで腰を下ろした。三角点の置かれている北峰は目の前であったが、先回は訪れており、今日の先も長いので、南峰で引き返すことにした。休んでいる間に、北峰に向かうものはいなかった。
 これが三度目の水晶岳であるが、晴天の山頂は初めてである。雲ノ平は目の前に広がっており、その向こうには黒部五郎岳が聳えていた。その右手には薬師岳が大きな山頂を見せていた。赤牛岳へは稜線が長く続き、その彼方には剱岳が聳えていた。東の谷向こうには、野口五郎から烏帽子岳に続く稜線が横たわり、遠く白馬岳も見えていた。南を振り返れば、鷲羽山がピラミッド型の山頂を見せ、その左手に槍ヶ岳から穂高連峰にかけての山塊が広がっていた。北アルプスの中心に相応しい眺めであった。
 花の写真を撮りながら、水晶岳を下った。この付近は短い区間であったが、岩場や草原に咲く花が豊富であった。タカネツメクサ、イワツメクサ、ミネウスユキソウ、ミヤマコゴメグサ、ミヤマクワガタ、タカネシオガマ、タカネヤハズハハコ、ウサギギク、ミヤマリンドウ、ミヤマダイコンソウ、タイツリオウギ、イワオウギ、チシマギキョウ、イブキジャコウソウ、ミヤマオダマキ、ハクサンフウロの花を見ることができた。
 登ってくる団体にもすれ違うようになり、山頂もこの後は、混み合いそうであった。
 ワリモ岳北の肩に戻り、再び重いザックを背負っての歩きになった。ワリモ岳は、遠くから見ると、鋭く天を突く姿をしているが、登ってみると、ひと登りで山頂に到着する。山頂標識があるが、最高点の一段下である。大岩の積み重なった山頂であるので、あえて登ることはしなかった。
 岩場を左に回りこむと、ワリモ岳から大きく下った向こうに、鷲羽岳が高く聳えるのを目の前に見ることができる。標高差にして、80mを下った後に、120mの登り返しになる。一気には登れず、途中で休みを入れた。振り返るワリモ岳と水晶岳の眺めも素晴らしい。
 鷲羽岳の山頂に登ると、眼下に鷲羽池を見下ろすことができ、その向こうに槍ヶ岳が鋭い山頂を見せていた。これからめざす、三俣蓮華岳が高く聳えており、これからあのピークを越さなければならないのかと、いささか嫌になった。鷲羽岳も遮るもののない展望が広がるピークであるが、周囲の峰峰には雲がかかり始めていた。
 鷲羽岳からは、足元の不安定なガレ場の下りになった。標高差400m程の大下りである。すれ違う登りの登山者は、のびた顔をしていたが、下りの私とて、大汗をかいての歩きになっていた。
 三俣山荘前の広場には、大勢の登山者が休んでいた。ホースで水をひいてあり、思う存分水を飲むことができた。今回のコースでは、水の心配をする必要はないのはありがたい。少し遅い昼食になった。食堂のメニューが気になったが、食料が余るほど持っていることと、必ずビールも一緒に注文することになってしまい、そうなれば、行動はここまでになってしまう。翌日は、太郎平で一泊すれば下山できるが、ビール一杯が一日増えるかどうかの分岐になる。誘惑を退けて、三俣蓮華岳に向かった。
 キャンプ場にもなっている雪渓の下から登りが始まる。登山道は良く整備されており、傾斜もそれほどきついわけではないが、足が重くなっていた。双六岳への分岐に到着したところでひと休みした。三俣蓮華岳は、なだらかな山頂を持っているように見えるが、山頂直下は雪渓もかかる急な崖になっている。
 力を振り絞って、登り始めた。雪渓脇の草付きには、ハクサンイチゲとシナノキンバイのお花畑が広がっており、写真を理由に足を止めることができた。
 三俣蓮華岳の山頂に到着してみると、ガスで展望は閉ざされていた。ひと休みして、黒部五郎岳への道に進んだ。三俣山荘付近の登山者の多さと比べると、静かな道になった。
 ハイ松の中の切り通し道を歩いていると、雷鳥が姿を見せた。ガスがかかって、安心して出てきたのかもしれない。
 その先で、三俣山荘からの迂回路が合わさった。しばらくなだらかな稜線を辿った後、長い下りが始まった。岩を伝い歩くような歩きにくい道である。途中で、迂回路が設けられていたが、すぐに旧道に戻ってしまい、その後も数回道が分かれたが、まっすぐに下ることにした。
 草原に敷かれた木道に飛び出すと、すぐ先が黒部五郎小屋である。テントもかなり並んでいるようであったので、場所の確保のために、まずキャンプ指定地に進んだ。一段下の水場の周辺は、濡れており、テントサイトは狭くなっていた。ソロテントのために狭いところでも張れるのが幸いした。
 テン場の受付のために小屋に出かけて、ビールも仕入れた。日が暮れると同時に、テン場も静かになった。二泊目でようやく到着するテン場とあって、みな疲れているようである。
 夜半から雨になり、目を覚ました明け方も降り続いていた。幸い、風は弱く、稜線歩きもなんとかなりそうであった。簡単な食事を済ませ、出発の時間が近づいても、雨は止まなかった。小雨の中、撤収を行ったが、テントの外に一旦出した装備は濡れ、パッキングを終えたザックは重くなっていた。
 三日目は、一般的な行程では、太郎平までである。四日目に薬師岳に登ってから下山しようという気も、この雨で無くなっていた。
 黒部五郎岳には、カール地形を奥に向かってトラバース気味に登っていくことになる。幸い雨は止んだが、ガスがかかって視界は閉ざされていた。登っていくと、大岩が霧の中から現れた。雪渓からの流れの畔には、お花畑も広がり、ゆっくりしたい所であるが、縦走の開始とあっては、ひたすら山頂をめざすしかない。
 カールの底から分かれて斜面にとりかかると、急な登りになる。標高差100m程を一気に登ると、トラバース気味の登りになって、体力的に少しは楽になる。振り返ると、カールの底は、霧の中に消えていた。
 縦走路との分岐に出ると、先行グループが休んでいた。ザックを置いて、空身で黒部五郎岳の山頂に向かった。ここから山頂までは、それほど遠くはない。
 黒部五郎岳の山頂には、誰もおらず、山頂標識だけが、霧に包まれて立っていた。今回のコースでは、黒部五郎岳の山頂には、早朝に登頂してしまうため、カールや山頂でゆっくりすることができない。新穂高温泉側から入山し、黒部五郎小屋に早い時間に入り、黒部五郎岳でゆっくりと過ごすような計画を立てる必要がある。
 分岐に戻ってひと休みしていると、霧が薄れて、カールの壁が見えてきた。縦走に進み、黒部五郎岳から下っていくと、北ノ俣岳方面の稜線が見えてきた。標高差200m程を一気に下ると、小さなピークの乗り越しになる。2578mピークを越した中俣乗越付近になると、太郎平方面からの登山者とすれ違うようになった。この付近が両宿泊地の中間地点になるようである。
 中俣乗越からは、赤木岳に向かっての登り返しになる。青空が広がり、暑さが厳しくなってきた。この区間が一番苦しい登りになった。
 岩峰に登りついて赤木岳に到着かと思ったが、まだ手前のピークであった。赤木岳の山頂は、草原状で、最高点から一段下を登山道が通過しており、山頂標識が立てられていた。黒部五郎岳も遠ざかっていた。
 赤木岳から北ノ俣岳へは、緩やかな幅広の稜線が広がっている。登りも、あとひと頑張りである。
 北ノ俣岳の山頂に到着して、昼食とした。どんよりとした空であったが、展望は広がっていた。鷲羽岳や黒部五郎岳、雲ノ平は遠くなっていた。この後の予定を考える必要があった。気温が上がって、体力の消耗も大きくなっていた。このまま折立へ下山することにした。
 ここまでは、先へ先へと急いできたが、下山の見通しもついてきた。北ノ俣岳から太郎平にかけては、花の多い区間である。マクロレンズに交換して、花の写真を撮りながら歩くことにした。
 山頂から少し下ると神岡新道との分岐になる。この先は、お花畑が続き、木道も敷かれて、楽しい道になる。ハクサンイチゲ、ミネズオウ、ミヤマキンバイ、ミヤマリンドウの花を楽しむことができた。以前は、2576m点からの下りでは、以前は掘り状に抉られた脇に登山道が続いていたが、立派な木道が整備されていた。
 太郎山との鞍部付近は、池塘も点在する草原になっている。この一帯も花が豊富で、特に白花のミヤマリンドウの群落が広がっていた。紫の花は僅かであったのが珍しかった。花を眺めながら、太郎山への登りにとりかかった。
 登山道は、太郎山の山頂脇を通過している。下りにかかるところで、太郎山への道が分かれた。前回は、木道の整備中で、太郎山への道の入口にはロープが掛けられていた。ザックを分岐に置いて、太郎山の山頂を目指した。潅木帯の中の切り開きを通っていくと、ケルンと三角点の置かれた広場に出た。新しい2000mピークに立つことができて、満足した。
 太郎山からは僅かな下りで太郎小屋に到着する。登山者で大賑わいになっていた。これからの折立への下りに備えて、ひと休みした。
 五光岩ベンチまでは、一気に下れたものの、その先は、暑さが堪えて、気力を振り絞っての歩きになった。下りはまだしも、登ってくる登山者は大変そうだった。最後は、三角点手前ですれ違った高齢者グループであるが、太郎平小屋にはいったい何時に到着したのであろうか。
 三角点からの下りでは、足も進まなくなった。GPSに入れた標高差50mおきのマークを次の目標にして休みを入れながら下った。
 車に戻り、ザックを荷台に放り込んだ時に、ようやく下山という実感がわいてくる。着替えをして、有峰林道入口の白樺ハイツへと、温泉入浴のために車を走らせた。夏山縦走の証として、腕の日焼けが湯にしみた。

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