毛石山

毛石山


【日時】 2005年10月30日(日) 日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 曇り時々雨

【山域】 川内山塊
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
 毛石山・けいしやま・793.8m・三等三角点・山形県
【地形図 20万/5万/2.5万】 新潟/御神楽岳、加茂/高石、越後白山
【コース】 栗山登山口より
【ガイド】 関越道の山88(白山書房)

【時間記録】 7:00 新潟=(R.49、茅野山IC、R403、新津、五泉、村松、暮坪 経由)=8:15 栗山登山口〜8:20 発―8:36 鉱山跡―9:27 金山神様―9:50 橋立山の神―10:53 毛石山〜11:17 発―12:11 橋立山の神―12:32 金山神様―13:06 鉱山跡―13:22 栗山登山口=(往路を戻る)=15:30 新潟

 川内山塊は、標高1000m前後にもかかわらず、山肌は雪崩で削られてスラブとなり、急峻な谷によって囲まれて、容易に人を寄せ付けない秘境になっている。毛石山は、登山道の無い山の多いこの山塊にあって、一般的登山道のある貴重な山であり、さらに川内山塊の中心部に足を踏み入れる際の入口の山である。

 川内山塊の山で登山道のある山は僅かである。新潟平野に接している粟ヶ岳や白山を除けば、マンダロク山、日倉山、日本平山、木六山、銀次郎山、銀太郎山、光明山に、この毛石山が上げられるくらいのものである。この中でも、毛石山は、一般ガイドにも取り上げられず、訪れる登山者の少ない山になっている。
 毛石山には、1998年5月16日に登っているが、記憶が薄れていることと、登山道がどのように続いているかをGPSで地図に落とすことを目的に出かけることにした。毛石山は、灰ヶ岳へと続く稜線の入口の山であり、将来残雪歩きをするためにも、登山道の続き方を知っておく必要がある。
 昨日の昼からの雨も夕方には上がり、この日曜日は、曇りの朝になった。車を走らせて村松に近づくと小雨が降り出した。簡単な山で済ましてしまおうかと思ったものの、とにかく登山口まで行って考えることにした。
 村松から早出川沿いの道に進み、暮坪で杉川沿いの道に曲がる。この先も舗装道路が続いているのだが、車のナヴィでは、表示されなくなって、記憶を頼りの運転になった。上杉川で、門原への道へと右折すると、すぐ先で毛石山の登山口に到着する。毛石山登山口の標識があり、沢にかかる橋がすぐ下に見える。駐車場はないので、路肩の草地に乗り上げて車を停めた。雨は小雨のため、予定通りに毛石山を目指すことにして、雨具の上下を着て、スパイク長靴を履いた。
 沢にかかる橋は、用水路の上に金網をかぶせて人が歩けるようにしたものである。沢の上を水が横切り、その上を人が歩いているとは、おかしな関係である。用水路の上蓋であるコンクリート道を歩いていくと、200m程で、登山道が右手に分かれる。ここには標識があるが、見落とさないよう注意が必要である。
 杉林の中を用水路と平行に歩いていくと、枝沢が道から入り込む。沢を横切って、ベベルに続く道があるが、これは以前の用水路道で、毛石山へは、沢をそのまま登る。ここにも毛石山を示す標識があるが、少し高い位置にあり、下からでは指している方向が見えないため、コースを間違い易い。沢を少し登ると、山道が現れ、登りに専念することになる。
 沢を登り詰めると、小ピークとの鞍部の広場に出る。以前は鉱山があったとのことで、鉱滓が敷き詰められている。尾根を回り込むと、谷奥へと向かうへつり道が続くようになる。夏草で足元が見えづらく、道幅も狭く、足を踏み外さないように注意が必要であった。次の目標地の「小杉沢銅山跡」までは、このへつり道が続くので、いささかうんざりした。先回の歩きでは、この道の崩壊部は手入れされていたので、それに比べると荒廃が進んでいた。春は山菜採りが多く入山するので、道もあるき易くなっていたのかもしれない。以前あった、「七窯跡」のような地名標識は全てなくなっており、要所に「毛石山」と同じ標識がかけられているだけになっていた。
 枝沢を越えて谷奥へ進むと「小杉沢銅山跡」に到着した。標識は無くなっていたが、鉱滓が広がる中に羊歯が生い茂り、ジグザグの登りが始まるのでそれと判る。登りの途中に振り返ると、谷が開けた先には、権現山がピラミッド型の姿を見せていた。
 急坂を登り詰めて尾根上に出ると杉の木が生えており、その下に石の祠が置かれている。以前は、「金山神様」の標識が置かれていた。この先は、尾根の西側を巻く道になった。あいかわらず歩きにくい道であった。スパイク長靴を履いているので、このような道には適していたが、普通の登山靴を履いてきたら、滑りやすくて困ったことであろう。
 パイプを差し込まれた水場を過ぎると、612.6mピークと589mピークの間で、再び尾根上に戻る。ここは、「橋立山の神」と呼ばれるところである。行く手にようやく毛石山が姿を現すが、まだ遠い。
 589mピークを過ぎるまでは歩きにくいへつり道が続くが、その先で尾根は広くなり、ようやく足元にも注意しなくとも良い歩きになる。ひど状の窪地を登っていくと、毛石山の山頂直下に到着し、ここからは、急登が始まる。ここまでのだらだら登りで、「これなら一気の登りの方が楽だ」などと考えた報いのような気がする。
 標高差100m程の急坂で、途中からは岩混じりの痩せ尾根の登りに変わる。傾斜が緩んでひと安心するが、山頂はもう少し先になる。以前は、ここには「毛石のぞき」の標識があった。山頂下の岩場にカモシカが見張りのように佇んでおり、こちらを見つめていた。
 紅葉に染まった灌木の間を抜けていくと、毛石山の山頂に到着した。毛石山の山頂には、以前、矢筈岳で見たのと同じ山頂標識が立てられていた。この山頂標識は矢筈山岳会が立てたもののようである。雨は途中で止んでいたので、腰を下ろしてビールを開けることにした。大休止のために厚着をしたが、ビールを飲むと寒くなり、冬の訪れを感じた。
 雲が厚くて遠望は利かなかったが、目の前に川内山塊特有の谷に落ち込むスラブの眺めが広がり、木六山から銀次郎山へと続く稜線を目で追うことができた。登ってきた尾根の向こうには、権現山が鋭い山頂を見せ、その向こうには菅名山塊や日本平山が大きな姿を見せていた。天気が良ければ、灰ヶ岳方面へ少し歩いてみたいと思っていたが、雨で草も倒れており、この山頂までの歩きで満足することにした。
 帰りも、へつり道を注意しながら歩く必要があったが、それでも様子が判っている道は気が楽であった。
 毛石山は、コース的には難しいところはないのだが、歩く者が少なく荒廃が進んでいる。この登山道は、鉱山道やゼンマイ道を利用したもので、その役目が終わって維持されなくなくなってきている。多くの登山者が入って、道を踏み固めてくれると有り難いのだが。日本百名山といった、オーバーユースの山とは違った問題がここにはある。

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