長栂山、黒岩山、朝日岳、雪倉岳、鉢ヶ岳、白馬岳、小蓮華岳

長栂山
黒岩山、朝日岳
雪倉岳、鉢ヶ岳、白馬岳
小蓮華岳


【日時】 2004年7月31日(土)〜8月3日(火) 前夜発3泊4日テント泊
【メンバー】 単独行
【天候】 7月31日:晴 8月1日:晴 2日:晴 3日:晴

【山域】 後立山連峰北部
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 
長栂山・ながつがやま・2267m・なし・新潟県、富山県
黒岩山・くろいわやま・1623.6m・三等三角点・新潟県、富山県
朝日岳・あさひだけ・2418.3m・二等三角点・新潟県、富山県
雪倉岳・ゆきくらだけ・2610.9m・三等三角点・新潟県、富山県
鉢ヶ岳・はちがたけ・2563m・なし・新潟県、富山県
白馬岳・しろうまだけ・2932.2m・一等三角点本点・長野県、富山県
小蓮華山・これんげさん・2769m・なし・新潟県、富山県
【コース】 蓮華温泉より周遊
【地形図 20万/5万/2.5万】 富山/白馬岳、小滝、泊、黒部/白馬岳、越後平岩、小川温泉、黒薙温泉
【ガイド】 アルペンガイド「立山・剣・白馬岳」(山と渓谷社)、白馬岳を歩く(山と渓谷社)、花の山旅白馬岳(山と渓谷社)、山と高原地図「白馬岳」(昭文社)
【温泉】 蓮華温泉ロッヂ 800円

【時間記録】
7月30日(金) 20:30 新潟発=(北陸自動車道、糸魚川IC、R.148、平岩 経由)
7月31日(土) =0:30 蓮華温泉  (車中泊)
5:29 蓮華温泉発―6:09 兵馬ノ平―6:40 瀬戸川鉄橋―7:41 ヒョウタン池―8:05 白高地沢橋―9:38 花園三角点〜9:55 発―10:27 青ザク〜10:36 発―10:50 五輪ノ森―11:41 水場〜12:02 発―13:14 吹上のコル〜13:28 発―13:48 照葉ノ池―14:15 長栂山―4:25 あやめ平  (テント泊)
8月1日(日) 5:58 あやめ平―7:02 黒岩平―7:35 中俣新道分岐―7:41 黒岩山〜8:03 発―8:07 中俣新道分岐―8:46 黒岩平〜8:50 発―9:55 あやめ平―10:08 発―11:26 照葉ノ池―11:59 吹上のコル〜12:06 発―12:50 朝日岳〜13:15 発―13:50 水平道分岐―13:58 朝日平  (テント泊)
8月3日 (月) 4:48 朝日平発―4:56 水平道分岐―6:22 朝日岳分岐―6:04 小桜ヶ原―7:18 水場―9:38 雪倉岳〜9:58 発―10:26 雪倉岳避難小屋―10:35 鉢ヶ岳取り付き―10:58 鉢ヶ岳〜11:03 発―11:20 鉢ヶ岳取り付き―12:00 鉢の鞍部〜12:05 発―12:17 鉱山道分岐―13:14 三方境〜13:24 発―14:13 白馬岳〜14:25 発―14:52 村営頂上宿舎  (テント泊)
8月4日(火) 5:30 村営頂上宿舎発―6:09 白馬岳〜6:18 発―6:48 三方境―7:35 小蓮華岳〜7:45 発―8:30 船越ノ頭〜8:35 発―9:10 白馬大池〜9:45 発―10:45 天狗の庭―12:06 蓮華温泉=(往路を戻る)=16:30 新潟着

 白馬岳の北側の三国境から始まる新潟・富山県境稜線上には、鉢ヶ岳、雪倉岳、朝日岳といったピークが連なり、その先は日本海まで栂海新道として登山道が続いている。長栂山は、栂海新道の開始部の吹上のコルのすぐ北に位置するピークで、山麓部には照葉ノ池といった景勝地を抱えているが、登山道は山頂を通過していない。その北には、あやめ平や黒岩平といった湿原の点在する台地が広がり、それを過ぎると黒岩山を経て犬ヶ岳、白鳥山へと細尾根が続き、日本海に向かって次第に高度を下げていく。三国境から雪倉岳を経て朝日岳さらに黒岩平にかけては、お花畑が連続し、喧噪の白馬岳から離れて静かな山を楽しむことができる。

 夏休みの休暇でどこに行こうか迷った。テント泊で数泊の山行が組めて、花も多い山が良い。ただ、今年は気温の高い日が続いており、うっかりした山では、花も早めに終わっていそうであった。かねてから関心のある栂海新道が思いついたが、花を楽しめそうなのは朝日岳から黒岩山の間のようで、後は高度も下がってきて、夏の暑さに耐えながらの我慢の歩きになりそうであった。縦走は別な機会にして、とりあえずは黒岩平付近を偵察がてら歩いてみようと考えた。蓮華温泉から朝日岳、雪倉岳、白馬岳、そして蓮華温泉へという周遊コースに黒岩山までの往復を付け加えることにした。蓮華温泉からの周遊コースは、2000年8月3日〜5日に歩いているが、連続するお花畑が忘れられない思い出になっている。もう一度歩いても良いなと思うのと、途中の鉢ヶ岳に登ってみたいという宿題が残っていた。白馬岳周辺を歩く予備日1日を加え、4泊5日の計画を立てた。
 最終的な食料の買い物をして急いで家に帰り、山に向かって出発した。ザックのパッキングは前日に済ませていたが、水や食料は詰め込んでいなかったため、どれくらいの重量になるかは確かめていなかった。ここのところテント泊山行はあまり多くなく、今年は、五月連休の佐武流山縦走に続いて二度目になるが、この時は、二日目にバテバテになってしまった。体力が落ちていないか気になるのは、中年ならではの悩みであろう。
 蓮華温泉も白馬岳登山のために、これが五回目になる。平岩から蓮華温泉に向かう道も、年々良くなっており、木地屋の集落を通過する細い部分も脇に道を作っていたので、次回に訪れる時には楽に通過できそうである。国道を分かれて蓮華温泉までは、24kmの山の奧へと分け入る長い道が続く。
 蓮華温泉の駐車場は、数十台が止められるが、深夜に到着した段階で、残り5台ほどのほぼ満杯状態であった。梅雨明け直後の週末に関しては、蓮華温泉の駐車場に朝に到着したのでは、路上駐車になってしまい、日帰りはともかく、数泊の山行では困ってしまうので注意が必要である。
 快晴の朝になった。朝日岳から雪倉岳、長栂山へと続く稜線が朝日に輝いていた。天候には恵まれたが、暑さに耐えながらの登りになりそうであった。蓮華温泉ロッヂの前から、朝日岳に向かう登山道に進んだ。帰りは、白馬岳から白馬大池を経て、ここに下ってくることになる。少し離れた所にあるキャンプ場を過ぎると、下り坂が続く。歩き始めは重いザックに足取りも危うかったが、次第に体も馴染んできた。
 兵馬ノ平に出て、ひと息ついた。先回は、コバギボウシが湿原を埋めていたが、今回は全く同じ時期にもかかわらず、シモツケソウがピンクに染め上げていた。枯れたコバギボウシの花が見られることから、今年は花の時期が早めに進んでいるようであった。
 この先は、朝日岳の山頂を目指しているはずなのだが、下り一方の道が続く。鉄橋のかかる瀬戸川までは、300mの標高差があるので、朝日岳の山頂から下ってきた時は、この登り返しが相当きついものに感じるであろう。
 瀬戸川からは尾根をからみながらの登りが続く。このあたりの登山道は、GPSのログと地図とでは、かなりズレが出ており、地図の記載は実際と違っているようである。

 白高地沢の右岸に沿って登っていき、ひょうたん池を過ぎると、川岸に下り立つ。以前は、板を渡しただけの仮橋で渡ることになり、増水時には橋が流されてしまう危険性が高かった。今回は、河原を上流に少し遡ったところの大岩の間にアルミ製の仮橋が渡されていた。橋が流される危険性は低くなったが、増水時には河原歩きが難しくなるであろうから、やはりここの通過は川の増水に注意する必要があろう。
 白高地沢を渡ると、カモシカ坂と呼ばれる樹林帯の急登が始める。この登りが一番苦しい所であるが、坂の途中で沢が流れ込んで水を汲むことができるのは有り難い。以前よりも登山道が整備されて歩きや易くなっていた。
 草原に飛び出すと、木道が続くようになる。先回は、壊れた木道であったものが、新しく整備されて歩きやすくなっていた。周囲の展望も広がったが、蓮華温泉とさほど標高は変わらないように見えて、先の長さが思いやられた。花園三角点まで登った所で休むつもりで足を運んだが、草原に出てからは、意外に遠く感じた。下山してくる登山者にも出会うようになった。朝日小屋を早朝に出発した登山者のようであった。
 花園三角点の周囲に広がる五輪高原からは、五輪山や朝日岳、雪倉岳を眺めることができ、周囲はお花畑。このコースの見所の一つである。ミヤマコゴメグサ、カライトソウ、イワショウブ、ワレモコウ、ハクサンシャジン、タカネマツムシソウ、タテヤマリンドウの花の写真撮影に、しばし時を過ごした。
 先回は、花園三角点の先では雪渓が残っていたが、今回は雪はすっかり消えていた。ハクサンコザクラの群落も消えており、先回とは花の種類が違っていた。
 尾根の上に出ると、青ザクと呼ばれるザレ地の登りになる。カメラもしまい、登りに専念することにした。樹林帯に入り、尾根の乗り越し部には、五輪ノ森という標識が置かれている。この先は、巻き道が続き、小さなアップダウンもあり、体力を消耗していく所である。気温も上がってきたが、途中で沢が入るので、水場には困らないのは有り難い。
 長栂山が近づいてくると、随所にお花畑が広がるようになった。オニシオガマ、ミヤマキンポウゲ、シナノキンバイ、チングルマ、コイワカガミ、ハクサンフウロ、ヒオウギアヤメ、ミヤマダイモンジソウ、エゾシオガマ、そして白高地が近づくと、雪渓の消え際にハクサンコザクラの群落が広がるようになった。カメラモードになって、のんびりとした歩きになってしまった。一際ピンクの濃い花があると思って近づくと、オオサクラソウであった。この花は、見るのは初めてであった。
 草原には湧き水の水場もあり、冷たい水を腹一杯飲みながら昼食とした。日差しもきつく、つばの大きな帽子をかぶってきたのは正解であった。脱水状態にならないため、水場に出会うたびに思う存分に水を飲んできたが、一日でどれくらいの量の水を飲んだことであろうか。
 先回は道を見失いそうになった雪渓も無くなっており、登山道を辿っていくうちに吹上のコルに到着した。草原地帯には、カライトソウ、タテヤマウツボグサ、クモマニガナ、シロバナクモマニガナ、ハクサンシャジン、タカネマツムシソウ、ガレ場には、ミネウスユキソウ、クモマミミナグサ、ミヤマムラサキといった花を見ることができた。
 ここには、「吹上のコル 栂海新道を経て親不知日本海へ さわがみ山岳会」という赤く塗られた金属プレートが置かれている。休みを取りながら、この後の予定を考えた。幕栄指定地は、朝日平であるが、朝日岳へ50分登った後に、40分下る必要がある。明日黒岩山に行くには、1時間30分かかって、この吹上のコルに戻ってくる必要がある。往復3時間のアルバイトを考えると、今日のうちに黒岩山方面に進んでおいた方が良い。幸い、幅の狭いソロテントのため、登山道が少し広くなれば、その上でテントを張ることができる。
 栂海新道へと足を踏み入れた。樹林帯の中の道を進んでいくと、草原に出て視界が広がった。二つの池が並ぶ照葉の池が現れたが、周辺は立ち入り禁止になって、長栂山の山腹をトラバースする木道の上から風景を眺めることになった。奧の池は、半ばが残雪に覆われていた。振り返ると、午後に入ったためかガスが出て、朝日岳の山頂は隠されていた。
 ここで、長栂山の山頂を目指すことにした。登山道は、2267mの最高点を通過していない。木道の最高点から背の低い笹を踏んで高みを目指すと、密生したオオシラビソの木に行方を阻まれた。身をよじりながら数本を交わすと、突如、草原に飛び出した。草原には、タテヤマリンドウが点々と咲いていた。ここに草原があるとは誰も思わないであろう、秘密めいた草原であった。最高点は、草原を横断した先の少し高い樹林帯であったが、ハイマツの木の枝を伝い歩く状態であった。付近に山頂標識やテープのようなものは見あたらなかった。
 木道に戻り、先へと進んだ。樹林帯の緩やかな下りを続けていくと、サレ地が広がるようになり、少し小高くなった所に、金属プレートが置かれているのが目に入った。ザックを下ろして登ってみると、長栂山と書かれていた。ガイドブックにも「長栂山の山頂は、砂礫の平坦地で」と書かれており、ここをさしているようである。この地点は、長栂山の北の肩部で、急な下りにかかる際の小ピークである。下から登ってきたのなら長栂山の一画に到着したとは言えるが、山頂とはいえない。場合によっては、誤解を招くことにもなりかねない。栂海新道縦走者のほとんどは、長栂山を登らずに通過していることは確かなようである。
 シロウマアサツキ、タカネマツムシソウ、ホソバツメクサ、タカネシオガマが周辺には咲いていたが、ガスの広がりとともに、薄暗くなってきた。そろそろ、泊まり場を探す必要があった。樹林帯の中の急坂を下っていくと、草原に出て、眼下にアヤメ平の広がりを見ることができた。登山道から少し入ったところにザレ地の広場があったので、ここを幕営地にすることにした。近くで、雪渓の雪解け水を取ることもできた。
 夕焼けで、空は赤く染まった。周囲数時間の距離に人はいない、静かな夕暮れであった。
 翌朝は、テントを撤収した後、大型ザックは登山道脇に置いて、サブザックで歩き出した。軽い荷物は、歩くのも楽であるが、風景を眺めたり写真を撮るための余裕が出てくることが有り難い。
 歩き初めてすぐ、登山道脇から熊が逃げていった。接近度は、20m程であろうか。黒々と、かなり大きな熊であった。いつもだと、登山者は現れない時間なので、油断していたのかもしれない。昨晩は、熊もテント付近をうろついていたことになるが、北海道のヒグマと違って、ツキノワグマなら恐怖心は起きてこない。
 アヤメ平には、文字通りにヒオウギアヤメが咲いていた。小さな草原を辿っていく道が続いた。ウサギギク、ミヤマアズマギク、ヨツバシオガマ、チングルマ、ミヤマカラマツ、モミジカラマツの花を見ながらの歩きになった。帰りが気に掛かる急坂を下っていくと、黒岩平に到着した。小さな池が点在し、雪渓からは、雪解け水が流れになり、その周りにはハクサンコザクラの群落が広がっていた。台地の向こうには、犬ヶ岳から白鳥山にかけての稜線の連なりを望むことができた。
 良い水場になっている沢を渡ると、黒岩平の標識のある広場に出た。植生回復のためにネットが張られていた。良い幕営地なのだが、自然保護のためにはやむを得ない。ただ、朝日平と犬ヶ岳の栂海山荘の間は、下りでも7時間40分の長丁場なので、仙境という名前が相応しい黒岩平付近をゆっくりと味わうことが難しいのは残念である。
 緩やかな沢の流れに沿って草原を進んでいくと、再び樹林帯の中の道になった。ひと登りすると、右から中俣新道が合わさった。この道も歩いてみたいのだが、以前、登山口付近に夕方到着したところ、アブの大群が寄ってきて、恐れをなして断念したことがある。中俣新道から黒岩山を経て犬ヶ岳まで、坂田峠から白鳥山を経て犬ヶ岳、親不知から尻高山まで歩けば、栂海新道もつながることになる。地元新潟の山として、じっくりと取り組もう。
 分岐からは、ひと登りで、黒岩山の山頂に到着した。黒岩平から見た時に、サワガニ山あたりを黒岩山と勘違いしていたため、もう一頑張りする必要があると思っていたため、最後は少し拍子抜けであった。黒岩山自体は、黒岩平のはずれの小ピークにしかすぎず、この山の真価は、黒岩平の方にあるようである。
 黒岩山の山頂からは、犬ヶ岳を経て白鳥山に続く細尾根が長々と続く様子を眺めることができた。栂海新道も、朝日岳からの草原を辿る下りと、この先とでは、様相が変わるようであった。振り返ると、朝日岳の山頂は、高みに遠ざかっていた。あそこまで登り返すとなると、かなり頑張る必要がありそうであった。およそ1600mの黒岩平と朝日岳との間には、800mの標高差がある。
 黒岩平を歩いている途中にも単独行とすれ違ったが、稜線を辿ってくる集団が目に入った。栂海新道を登りに使う者も結構いるようであった。関西方面からやってきた男女混じりの中高年グループであった。山頂に到着したが、縦走路を振り返ることもなく、休むための日陰を求めて、先に進んでいった。
 また訪れることを心に誓って、黒岩山の山頂を後にした。黒岩平付近では、朝日平から下ってきた登山者にも多く出会うようになった。花と風景を楽しみながらいていくうちに、黒岩平は遠ざかっていった。
 アヤメ平に戻り、ザックを回収した。とたんに、足は重くなった。体力を振り絞って登り返し、吹上のコルに戻り、朝日岳への登りにとりかかった。急坂に一歩ずつ足を前に出していく登りが続いた。ホソバツメクサやクモマミミナグサの花が砂礫地に咲いていたが、先回よりは花は少なめであった。山頂直下は雪渓が残り、良い水場になっていたが、汲む必要はなかったので、そのまま通過した。
 朝日岳の山頂に到着した時は、昼になって再びガスが出てきており、展望は閉ざされていた。缶ビールが一本残っていたので、山頂での大休止がてら飲むことにした。この先は、山小屋でビールを買うことができる。白馬岳と蓮華温泉の両方向からの登山者が、数組休んでいた。
 朝日岳から小屋のある朝日平へは、初めてだと不安になるような大下りになる。左から水平道が合わさり、ひと登りすると朝日小屋の建つ朝日平に到着する。ここのテン場は広くて空いており、トイレもきれいで、何度でも訪れたい所である。テントを張った後で、受付をして、ビールも買った。
 朝日小屋は、団体も入ってかなり混み合っているようであった。遅くなってからも、団体を含めた登山者が到着していた。夕暮れ時を、風景を眺めながら過ごした。雪倉岳は山頂を見せていたが、白馬岳の山頂には雲がかかったままであった。
 静かな夜を過ごしたのだが、3時前から朝の準備を始める者がいるので、嫌でも早くから目を覚ましてしまった。朝日平は5時前に出発したが、その時には、テン場に人はほとんどいなくなっていた。小屋の朝食は5時からというので、小屋泊まりの登山者とはかち合わないで、静かに歩けるはずであった。
 先回は、朝の展望を楽しむために朝日岳に登り返したため、今回は歩いていない水平道に進んだ。旭岳のピラミッドを従えた白馬岳が遠くに見えていたが、谷沿いの道を少し進むと、赤く染まった剱岳が山頂を覗かせていた。前朝日を回り込むと、展望が開けて毛勝三山も眺められるようになった。水平道は、黒薙川の中の廊下を見下ろす位置にあり、谷向こうには清水岳が向かい合っていた。日が昇るに連れて、山の表情も刻々と変わっていった。
 思ったよりも展望の良い道であったが、足元は谷に向かって急に落ち込んでおり、岩場の通過もあったりして、足元に注意が必要な道であった。木道の敷かれた草原に出てひと安心したのもつかの間、残雪の残る沢に向かっての大きな下りと登り返しも繰り返し現れた。水平道という名前に騙さされないように注意が必要である。ただ、花は多く、残雪の消えた後の谷間にはハクサンコザクラの群落が広がっていた。朝日岳の山頂を越える道と比べると、体力度は変わらないかもしれないが、花も多いので、どちらの道も歩いてみるのがお勧めのようである。
 朝日岳から下りてくる登山道と合わさって一休みした。そばの木立のかげにキヌガサソウが白い花を開いていた。この先僅かで、小桜ヶ原に出たが、ハクサンコザクラはほとんどなかった。振り返ると、朝日岳が青空をバックに輝いていた。
 赤男山の山腹を巻いていき、燕岩下のツバメ平のガレ場を過ぎると、雪倉岳への登りが目の前に迫ってくる。この鞍部近くの水場は、先回は残雪が残っていて豊富な水が流れていたことから、今回はここで水を補給するつもりで、最小限の水しか持ってきていなかった。今回は、残雪は無くなっており、水の流れも細くなっていたが、なんとか水を汲むことができた。夏の盛り過ぎは、ここの水場は枯れそうである。
 赤男山も興味がある山で、登るルートを見ながら歩いていた。この水場の沢沿いに登れば、草地を通って、稜線にすぐ上がれそうであった。後は稜線伝いになるが、東側には草地が広がっているようである。ただ、白馬岳へ抜ける途中に登るには、時間・体力的にきつく、朝日平を基地にするか、この水場の脇の広場に前夜泊まる必要がありそうであった。作戦は考えたものの、先へ足を進める必要があった。
 雪倉岳への登りは、急坂の続く難所である。ガレ場の中を細かくジグザグを切りながら一歩ずつ足を進めていくことになる。先行する中年夫婦に追いついたが、縦走の重荷を背負っていては、一気に離すことはできず、三方境まで前後しながら歩くことになった。
 尾根に上がったところで、風景を楽しみながらひと息いれた。赤男山と朝日岳が前後に並んでいるが、赤男山を下に見下ろすような高さまで登る必要がある。トラバース状の登りを続けていくと、カール状の地形の縁に出る。すり鉢状の谷間には残雪が豊富に残り、沢が流れ出ていた。このカール状地形に見られる残雪が、雪倉岳の名前の由来になっているのであろう。
 カールの縁へのきつい登りを終えると、その上は砂礫状の台地が広がり、雪倉岳の山頂へはもうひと登り残されている。振り返ると、富山湾の眺めが広がっていた。朝日小屋の赤い屋根も見分けることができた。稜線上の花は終わってしまったのか、少な目であったが、コマクサを見つけることができた。
 最後の頑張りで雪倉岳の山頂に到着した。赤男山との鞍部からの600mの票差の登りは、二度目で様子が判っていてもきつかった。山頂からは、さえぎるものの無い展望が広がっていた。白馬岳も目の前に迫っていた。草地の緑と残雪の白、砂礫地の灰色が、山腹に複雑な模様を描いていた。これぞ、北アルプスといった眺めであった。東には、妙高連山から高妻山の眺めも大きく広がっていた。朝日岳方面へ歩く登山者も多く休んでいた。
雪倉岳から、鞍部に建つ雪倉岳避難小屋までは、一気の下りになる。砂礫地を僅かに登り返すと、鉢ヶ岳の山腹をトラバースする道が始まる。今回は、鉢ヶ岳の山頂を踏んでいくことも目的の一つであった。鉢ヶ岳は、標高も2500mを越えており、無視するには惜しいピークである。さらに新潟県に属するピークとあっては、登らない訳にはいかない。鉢ヶ岳は、三方境からの眺めでは、山麓の長池とともに、写真の良い被写体になっている。
 鉢ヶ岳へは、地図を見ると、北側の稜線の方が南よりもなだらかなようであった。登山道にザックを置いて、カメラとGPSだけを持って山頂をめざした。ハイマツが点在する砂礫地を登っていくと、踏み跡が現れた。この山も登る者がいるようであった。一旦尾根を乗り換えて、砂礫地をジグザグに登っていくと、台地状になった鉢ヶ岳の山頂に到着した。小蓮華岳から白馬岳、旭岳、清水岳と連なる稜線の眺めは圧巻であった。ただ、目の前に近すぎるので、デジカメのパノラマ機構を使わないと、写真に収めることは難しい。眼下には、登山道を歩いていく登山者を目で追うことができた。自分自身も、三方境方面から見られているのかもしれない。お勧めのピークであるが、この先の三方境への登りを考えると、体力に余裕のある人向けである。
 登山道に戻りザックを背負うと、足にずっしりと重さが感じられた。鉢ヶ岳のトラバース道は花も多かったが、ひたすら足を前に出すことに専念する必要があった。先回は、残雪のトラバースがあり、足元に注意を払う必要があった。今回は、登山道のレベルでは残雪は無くなっており、雪解け水が流れ落ちていた。良い水場になっており、冷たい水を腹一杯飲んで元気を取り戻すことができた。
 鉢の鞍部からは、旭岳が美しいピラミッド型の山頂を見せていた。ここからは、三方境までの標高差300mの急登が続き、最後の頑張り所になる。力を振り絞りながらの、砂礫地の登りが長く続いた。ようやく稜線を行く登山者も目に入ってきて、登りも残り僅かになったことを知った。
 三方境に到着して、ザックを放り出し、縦走路を振り返った。午後に入って、ガスのベールがかかりはじめていた。三方境から白馬岳の山頂までは、標高差200mでコースタイムでは1時間の登りであるが、疲れてきて、途中で休憩を入れる必要があった。稜線の花はほとんど終わっていたのが目に停まった。
 白馬岳は、ザックを山荘に置いて軽装で登ってきた登山者で賑わっていた。テント泊の大荷物の方が場違いのような感じであった。山頂からの眺めもガスによって閉ざされていた。展望は翌日の楽しみにということで、村営小屋裏のテン場を目指した。テン場も混み合ってはいるものも、余裕はまだ残されていた。
 テントを張り終えるなり、テントの受付をしに食堂へ出かけた。ここの生ビールが、歩き終盤の力を振り絞る原動力になっていた。大ジョッキにカツ丼を頼んだが、疲れも大きかったためか、ジョッキをあけるのがやっとであった。雪渓で水を汲んだあと、稜線部に上がって散歩した。夕暮れ近くなっても、登ってくる登山者の列が続いていた。山頂小屋への最後の登りを見て、列から離れて足を停めてしまう者もいた。団体で連れてこられるのも大変なようである。
 朝日小屋のテン場とは違って、白馬岳では、初心者も多いようで、夜の9時まで騒いでいた高校生が注意されていた。夜になって風が出てきて、テントのばたつきが気になるようになった。外に出て自分のテントを点検したが、フライも張りつめられた状態であった。フロイをテント本体の上に載せただけで張り糸も緩んでいる、ばたついているテントが多かった。
 寝付きの遅さとは反対に、朝はやたら早くから起き出している者が多かった。白馬岳山頂からの御来光を見る気はないので、ゆっくりと起き出すつもりであったが、4時過ぎには起き出すことになった。予定では、もう一日このテン場に泊まって、清水岳あたりまで足を延ばすつもりであったが、混雑するテン場にもう一泊する気がなくなった。稜線の花も終わっており、別な機会に歩いた方が良いであろうという気になった。蓮華温泉へ下山することにしてテントを撤収した。
 小屋では朝食が始まったところのようで、朝食を知らせる館内放送が聞こえていた。快晴の朝となった。白馬岳の山頂からは、鹿島槍ヶ岳の向こうには、槍・穂高岳を眺めることができ、剱岳、立山、毛勝三山の眺めが広がっていた。富士山の山頂も遠くに見えていた。富山湾と親不知の海岸線も見えていた。
 展望を楽しみながらもう少しのんびりしていたかったのだが、団体が登ってくるのが目に入って下山にうつることにした。小蓮華岳を経て白馬大池までは、展望を楽しみながらの歩きになった。振り返っては、表情を変えていく、白馬岳や杓子岳の眺めを写真に撮った。
 白馬大池まで下りたところで、最後の大休止とした。小屋でビールを買ってしまい、チングルマのお花畑の脇に腰をおろした。池の周りの草原には、ハクサンコザクラはなくなっていたが、ヒオウギアヤメが咲いていた。
 こうなることは判っていたものの、白馬大池からの下りは、しばらくはビールのために足が重かった。そのうち、足も楽に動くようになって、下山の足を速めることになった。
 気温も上がったなか、登ってくる登山者にも多くすれ違ったが、早朝でないと登るのは大変そうである。
 下山後、蓮華温泉に入って、汗を流した。四日間の歩きは、天候にも恵まれ、花と風景を堪能することができた。

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