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神戸山


【日時】 2003年3月16日(日) 日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 晴れ

【山域】 白山周辺
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 
 神戸山・かんどやま・656.9m・三等三角点・新潟県、福島県
【コース】 門前より
【地形図 20万/5万/2.5万】 新潟/加茂/越後白山
【ガイド】 なし
【温泉】 村松さくらんど温泉 700円 (貸しタオル付き)

【時間記録】 6:00 新潟発=(R.49、茅野山IC、R.403、新津、村松)=7:00 門前〜7:30 発―7:45 天狗祀殿―8:11 中越幹線鉄塔No.106―9:12 尾根分岐―9:40 684mピーク―10:05 660m尾根分岐―10:25 神戸山〜10:58 発―11:22 660m尾根分岐―12:00 450m尾根分岐―12:08中越幹線鉄塔No.105―12:55 門前=(往路を戻る)=15:00 新潟着

 神戸山は、越後白山を中心とする山塊の北東部、仙見川を見下ろす位置にある山である。以前の2万5千分の1地図には、400mピークに神戸山という山名が記載されていたが、平成14年発行の地図では、656.9mの三角点ピークに神戸山の名前が記されている。地元では、三角点ピークを神戸山と呼んでいるというので、本来の形に訂正されたということである。400mピークは、室町時代初期に神戸太郎最重が山城を築いていたというので、神戸城址と呼ぶのが適当であろう。
 神戸城址は、2002年1月14日に登った。晴天の日にもかかわらず、山頂は木立に囲まれて展望がないことを残念に思った。ラッセルに疲れ、その先の三角点ピークの神戸山を目指す気は無くなっていた。その時は、地図には、三角点ピークには名前が書かれていなかったことも、ここで引き返す気になった理由である。しかし、新しい地図を見ると、三角点ピークに名前が移されて、これでは登らない訳にはいかなくなった。
 神戸山は、神戸城址経由を始め、いくつものコースが考えられるが、白山の登山口の慈光寺から田村線を登り、途中から稜線伝いに神戸山に至り、帰りは少し戻った660m分岐から門前に続く尾根を下る計画を立てた。このコースだと、田村線はトレースを期待でき、つぼ足で登ることができそうであった。
 晴の日になって、村松を過ぎると、前方に白山が高く白い姿を現した。門前の駐車場は、3台目の車になった。朝食をとりながらひと休みしていると、参道に車が乗り入れていった。慈光寺前の広場まで車で入ることができるようであった。門前の駐車場からの杉並木は、足慣らしも兼ねて歩きたいところであるが、今日は、この駐車場に直接下山する予定であったので、いずれにせよ、ここからの歩き出しになる。
 杉の大木や石仏を眺めながら歩いていくと、慈光寺の境内に到着した。境内の登山者のものと思われる車は4台であった。晴天の日にしては、少ない登山者であった。雪道が踏み固められてからゆっくり登ろうという、人気の雪山ならではの思惑が働いているようであった。
 谷沿いに進む尾根線を右に分けて、お寺の建物の右手に回り込むと、石段があり、ここを少し登ったところに天狗祀殿と額が掲げられた木のお堂がある。ここから、白山へのもう一本の登山道である田村線が始まっている。少し先に進んだところで谷から尾根に上がってくる登山道は、歩くものもほとんどいないが、新しい地図にもそのまま記載されたままになっている。
 田村線は、予想通りにトレースが続いており、つぼ足で歩くことができた。とはいっても、下りの足跡ばかりなので、歩幅を合わせるのに苦労した。ひと汗かいたところで、中越幹線鉄塔No.106の鉄塔下に到着した。この中越幹線は、白山山塊の中腹を横切っているため、良い目標になっている。これまで、この送電線は地図に記載されていなかったが、新しい地図には載るようになって、地図読みが楽になった。尾根線の鉄塔や、下山に使う予定の尾根の鉄塔も、谷越しに良く眺めることができた。
 緩やかに左に方向を変えて別な尾根に乗り換えると、急斜面が現れた。下山の登山者はおもいおもいのコースで下っており、滑り台状になってステップが壊されていた。キックステップを切りながら、一歩ずつ登る必要があった。この急坂を越すと、緩やかな尾根が白山へと続いているのを眺めることができた。うっかり分岐を通り過ぎるところであったが、GPSを見て、現在地を確認することができた。この分岐には、以前は雨量計が置かれていたと思うのだが、撤去されたようであった。
 ここからは、スノーシューを履いての歩きになった。神戸山に向かって田村線から分かれると、左の谷間には杉の植林地が広がっているものの、稜線上にはブナ林が並んで、気持ちの良い歩きになった。684m小ピークに上がると、神戸山に至る稜線を一望することができた。距離はあるものの、展望を楽しみながらの雪稜歩きが続くようであった。
 尾根が痩せており、一段下をトラバースするところも現れたが、雪庇も角が丸まってきており、危ないような所ではなかった。杉木立が広がる660m分岐めざして進んでいくと、その手前で二人連れの登山者とすれ違った。挨拶を交わし、どこから登ってきたのか尋ねると、蛭野からという返事が返ってきた。車二台を、蛭野と門前に、あらかじめセットしたとのことであった。後で地図を見ると、蛭野から沢沿いに延びる林道の途中から、送電線の巡視路を使って尾根に上がってきたようであった。
 コース上の木には、赤いペンキマークも付けられており、思っていたよりも人が入る山のようであった。周囲には、川内山塊や菅名山塊の眺めが広がるようになった。660m分岐からは、神戸山の山頂が目に前に迫ってきた。小さなこぶを越えてひと登りすると、神戸山の山頂に到着した。
 神戸山の山頂は、木立の関係で、一点で全方向を眺めることはできなかったが、少し位置を変えると、各方面の素晴らしい展望を楽しむことができた。白山は、神戸山からでは、見上げる程に高く、白さも際だっていた。川内山塊は、毛石山へ至る稜線、木六山から銀太郎山に至る稜線が重なり、奥の深さを見せていた。春の陽気のせいか、川内山塊の遠くは見えなかったが、五剣谷山がひと際印象的であった。山頂の北端に移動すれば、一段低く見下ろす平らな山頂を持つピークが神戸城址のようであり、その向こうには菅名山塊が大きく広がっていた。
 晴天のもと、雪山の頂上で、美味いビールを飲むことができた。下山のために歩き出すと、人声が聞こえてきた。どうやら男女2名以上のグループが登ってくるようであった。顔を合わさないまま、歩くに連れて、人声は遠ざかっていった。
 660m分岐の木立には赤布が残されていた。尾根の様子を窺うと、歩きやすそうな尾根が続いていた。無理そうなら田村線へ引き返すつもりであったが、予定通りに門前に向かって下降することにした。640m小ピークまでは、谷向こうに神戸山の山頂を見ながらの歩きになった。歩いているうちに、雪がくぼんでおり、大勢が歩いてできたトレースが雪に埋もれたような感じであった。後で調べると、1週前の9日に、新潟の楽山会が43人もの団体で歩いた、その跡のようであった。トレースを辿る役には立たなかったが、人が歩いているというだけで、気が楽になった。
 尾根が細かく分かれが、GPSが頼りになった。磁石だけだと、この尾根を初めて下ろうとする場合、かなり気を遣うことになると思う。460mの尾根分岐に出ると、送電線巡視路の標識が立てられていた。尾根が三つに分かれるが、そのそれぞれに鉄塔が立てられているようであった。田村線の鉄塔はNo.106であったので、一本隣の尾根を下るので、No.105に向かえば良いはずであった。
 この付近から、送電線の巡視路のためか、登山道並みに借り払われた道になった。境界見出標の赤札も下げられていることから、営林署あたりの手も入っているのかもしれない。予期せぬ道が現れたことから、気楽な下りになった。No.105の鉄塔からは、白山の山頂の眺めを楽しみ別れを告げた。
 今回の山行で期待していたことは、マンサクの花を見ることであった。今年は、マンサクの花の開花が遅いようで、ここのところの山行で気にかけてはいるのだが、まだ見ることができないでいた。登山口も近くなったところで、ようやくマンサクの花を見つけることができた。ザックをおろして、しばし写真撮影タイムになった。
 270m標高点で、巡視路は、右手の沢に向かって下っていった。最後は沢沿いの道になるようで、うっかりすると、苦労しそうであった。そのまま尾根を下っていけば、門前の駐車場脇に出るはずなので、そのまま尾根を下ることにした。尾根沿いには道は無いようで、ここからは軽い藪こぎ状態になった。雪も少なくなったので、スノーシューは脱いだ。木の枝をつかみながら急坂を下っていくと、眼下に駐車場の車が見えてきた。最後は、沢沿いの林道に飛び出した。沢の奥をのぞくと、砂防ダムの堰堤が見えていた。巡視路は、堰堤を越して沢を遡ったところから始めるようであった。 
 うまく周遊コースを取ることができたが、これもGPSのおかげと言ってよい。GPSによって、以前よりも複雑なコース取りが可能になり、山行の幅が広がったと思う。

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