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戸屋山


【日時】 2002年6月1日(土) 日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 晴

【山域】 会越国境周辺
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 
 戸屋山・とややま・581.2m・三等三角点・新潟県
【地形図 20万/5万/2.5万】 新潟/野沢/徳沢、安座
【コース】 中山より
【ガイド】 なし

【時間記録】 6:00 新潟発=(R.49、小出 経由)=7:55 中山―8:52 植林地上部―9:15 戸屋山〜9:35 発―9:54 植林地上部―10:37 中山=(往路を戻る)=13:50 新潟着

 戸屋山は、新潟福島県境の目指岳の西にあり、東小出川と柴倉川によって囲まれて山体が作られている。戸屋山の西の山麓の中山から、戸屋山の山頂直下を通過して東小出川に至り、さらに九才坂峠への道につながる山道が地図には記載されている。現在では、この道は藪に帰り、戸屋山の西の肩の植林地で終わっている。
 5月19日に九才坂峠から目指岳に登り、その帰りに戸屋山への山道の偵察を行った。東小出川からの道は、 徒渉があって、濡れる覚悟がないと渡れず、対岸にも道があるのかどうか判らない状態であった。西の山麓の中山に回ってみると、集落からははっきりした山道が延びているのを確認することができた。その日は偵察までとし、後日の課題とした。
 この土曜日は、ワールドカップの日本での初戦が新潟で行われ、通行規制の影響で、道路の混雑が心配であった。山の予定をあれこれ考えて寝たが、朝方は小雨が残り、雲が厚くたれこめていた。山頂からの展望は望めそうもなく、昨日の東京からの学会帰りの疲れもあった。そう無理のない山を目指すことにして、先々週に偵察を済ませておいた戸屋山に出かけることにした。
 津川の先でR.49から別れ、両郷から県道東山津川線に進んだ。この道は、途中で道幅が狭いところがあり、冬季の通過は難しそうである。県境近くには、中山や土井、柴倉といった小さな集落が点在しているが、七名経由の県道柴倉津川線が幹線道路となっているようであった。これらの集落には商店がなく、買い出しのためには車を使って出かけなければならならず、除雪は完全に行われているようである。雪山歩きのためには、冬季にも通過できる道路を知っておく必要があるが、冬にも足を運んで、しだいに様子が判ってきた。
 中山の集落内に入ると駐車スペースがないため、七名への道路との分岐の集落入り口の路肩に車を停めた。中山の集落は、東斜面の傾斜地に広がっている。車道を下っていくと、最下部から畑の中に踏み跡が下っているので、その道に進む。谷間状の沢に下りると、板の橋がかかっており、対岸に山道が続いており、これが戸屋山への山道である。谷間に沿って延びている山道は、周辺に杉の植林地が広がり、草がかぶり気味であった。左に沿う尾根の上に向かって、カーブを交えながらの登りになると、道もはっきりしてきた。
 尾根沿いの道になると、道の脇にヒメサユリの花が数本咲いているのに出会うことができた。下田の袴腰岳あたりではヒメサユリの花がすでに咲き終わっているが、見物に行く機会もなく、これが今シーズン最初のヒメサユリになった。先々週の九才坂峠への道でもヒメサユリらしいツボミを見ていたので、あるいはと期待もしていたのだが、希望はかなった。満開のお花畑を人混みの中で見物するよりは、静かに一輪の花を眺める方が、この花には相応しい気がする。
 中山の集落を眼下に眺めてその先に進むと、杉の植林地が現れて、前方に戸屋山が丸い山頂を見せていた。雑木林と杉の植林地との境界部を辿っていくと、踏み跡が分かれた。地図をみると、破線は、谷を渡って対岸の尾根に取り付いている。谷に向かう踏み跡が左に分かれたので、その道に進んでみた。谷間に下りたものの、登りに転じる様子は無く、植林地の中をそのまま下っていった。昔の道は植林地の中に消えているようであったので、引き返すことにした。植林地の境界部には踏み跡が続いていたので、右手に回り込むようにして、戸屋山へ近づいていった。植林地越しには、土埋山や袴腰山の眺めが広がっていた。植林地上部に達した所で、踏み跡はかすかになり、右手のブナ林の中に分かれていった。
 踏み跡を辿るのはやめて、ここから戸屋山の山頂へのヤブコギを開始することにした。幸い、ブナやナラの混じる林の中は、下生えも少なく、歩くのには問題は無かった。尾根が明瞭になると、踏み跡も現れるようになった。この踏み跡が昔の山道であったのなら、山頂手前で南の尾根に向かってトラバースしていくはずであるが、そのまま戸屋山の山頂に向かっていた。
 戸屋山の山頂に到着したところで藪を抜けると、延びきったワラビが生えた草地の小広場に飛び出した。この山頂には三角点があるはずなので、三角点探しを始めた。鉈を取り出して草をかり、足で枯れ草を蹴飛ばして、三角点を探した。木の杭や測量時の板が落ちていたが、なかなか三角点は見つからなかった。標石が横に転がっているのを見つけたが、頭が丸い主三角点であった。地図では、山頂の奧という感じであったが、結局登り口に近い手前側に三角点が埋まっていた。周囲をきれいに刈って写真をとった。藪山でも三角点の回りだけ藪が刈られていることが多いが、私のような物好きなボランティアのおかげなのかもしれない。
 戸屋山の山頂は藪に囲まれ、僅かに目指岳方面の眺めが広がっているだけであった。昼食にも早く、下山の時間もたいしてかからないためビールもおあずけになった。結局、山頂では、三角点探しの草刈りで時間を費やしただけで下山に移ることになった。
 下山後、時間も少し早かったので大倉峠への道を探ったが、植林地もからんで、辿ることはできなかった。葉の落ちた時期でないと、大倉峠への道は辿れないかもしれない。本命は大倉山であるが、峠までも達することができないようでは、そこから少し距離のある大倉山には登れそうもない。大倉山は、雪を使って登るのがよさそうで、来年の課題とすることにした。
 家に戻って、ワールドカップの日本での初戦をテレビで見ることにした。懸念していた道路の渋滞もなく、休日の朝のようにひっそりした道路を走って家に戻ることができた。

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