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黒滝城跡、剣ヶ峰、雨乞山


【日時】 2002年3月3日(日) 日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 曇り

【山域】 弥彦・角田山塊
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
 黒滝城跡・くろたきじょうせき・246m・なし・新潟県
 剣ヶ峰・けんがみね・292m・なし・新潟県
 雨乞山・あまごいやま・318m・なし・新潟県
【コース】 麓一区より
【地形図 20万/5万/2.5万】 長岡/弥彦/弥彦
【ガイド】 片雲往来語らいの山々阿賀南の山々
【温泉】 てまりの湯 500円、タオル付き

【時間記録】 8:20 新潟発=(新新バイパス、新潟西バイパス、R.116、県道新潟・寺泊線、経由)=9:50 麓一区〜9:58 発―10:07 搦め手道入口〜10:38 発―10:43 黒滝・要害線入口―11:10 黒滝城跡入口―11:18 黒滝城跡―11:22 黒滝城跡入口―11:39 剣ヶ峰―12:18 216mピーク―12:34 城川峠〜12:45 発―12:53 与板・巻管理界看板―13:22 車道〜13:28 発―13:49 与板・巻管理界看板―13:56 林道入口―14:10 猿ヶ馬場―14:42 雨乞山―15:01 猿ヶ馬場―15:15 林道入口―15:31 麓一区=(往路を戻る)=17:20 新潟着

 日本海に沿って並ぶ国上山、弥彦山、角田山の三山は、ハイキングの山として新潟周辺の登山者に親しまれている。国上山と弥彦山との間にある剣ヶ峰と、弥彦山の南の肩にあってNTTの無線基地が建てられている雨乞山は、一段低いながら、三角形の山頂が遠くからも良く目立つ山である。剣ヶ峰の東、麓地区の背後に位置する246mピークは、鎌倉時代、源氏の流れを引く小国氏が山城を築き、黒滝城跡と呼ばれている。現在では、山頂直下まで林道が延び、山頂一帯は森林公園として整備されている。
 3月下旬に、弥彦・角田山塊縦走を予定している。そのコース決定のために、偵察を行う必要があった。特に剣ヶ峰から猿ヶ馬場の間のコースをどうするかが問題であった。縦走コースといっても、特に定まっているわけではない。剣ヶ峰からは、黒滝・要害線の林道を下るのか、それとも、尾根歩きで、216mピークを越えて城川峠にでるべきか。城川の林道からは、どのようなコースで、猿ヶ馬場の車道まであがるのか。この二点については、事前に偵察を済ませておく必要があった。コース的に難しいのは、弥彦でも角田山でもなく、このような連絡コース部分ということになる。
 麓一区の林道入口のゲート前に車を停めて歩き出した。2001年1月7日に黒滝城跡と剣ヶ峰に登って以来の再訪になった。先回は降雪直後で雪道の歩きになったが、今回は、山の斜面には冬枯れの落ち葉が積もって、冬も通り過ぎたことを告げていた。
 「大手道入口」と彫り込んだ御影石の標石を過ぎると、城川の右岸沿いの道になり、「搦手道入口」の標識が現れる。黒滝城跡まで、この道で登ってみることにした。杉林の中の急斜面をジグザグに登る道が続いた。右手から延びてきた沢に突き当たると、その先からは道が判らなくなった。左手の尾根に上がれば道がありそうな感じであったが、ここまではっきりしていた道が急に判らなくなったことが不審であった。今回は、縦走の下見が目的であったので、時間を無駄にしないため引き返すことにした。
 城川沿いの道に戻り、猿ヶ馬場方面に上がる道を探しながら歩いた。林道黒滝要害線起点の標柱の立つ林道分岐には、猿ヶ馬場方面に向かって六つもの堰堤マークの書かれた沢が延びている。その右岸尾根の取り付きに、踏み跡があるのに気が付いた。剣ヶ峰から林道を下ってきて、この道路を横切って尾根に取り付くとすれば、コース的にはあっているようである。後で偵察をすることにした。
 林道黒滝要害線は、昨年は土砂崩れで道が削られていたが、補修されていた。大きくジグザグを描きながら登っていくと、黒滝城跡と剣ヶ峰との鞍部に到着した。とりあえず、黒滝城跡に登っていくことにした。登り口からは、山頂部に僅かに雪を残した弥彦山が大きな姿を見せていた。黒滝城跡は、森林公園として良く整備されているが、どれほどの訪問者がいるのだろうか。先回は、雪道をつぼ足で歩き、急斜面はロープにつかまったりして少し苦労したが、今回はあっけなく黒滝城跡の頂上に到着した。石の祠が暖かい日差しを浴びていた。
 鞍部に戻り、剣ヶ峰をめざした。先回は雪に埋もれていて、道があるのかどうか判らなかったが、しっかりした踏み跡が続いていた。途中、尾根が横に切られて空堀跡のように思われる箇所があり、先回は深い雪にはまって、ここからわかんを付けたことを思い出した。剣ヶ峰の山頂手前で、6名ほどの軽装の一団とすれ違った。言葉を交わすと、国上山からの往復とのことであった。春の訪れとともに、山も賑わうようになってきたようである。
 剣ヶ峰の山頂に到着して、その先の踏み跡を確認した。はっきりした踏み跡が続いており、歩くのには支障はなさそうであった。
 山頂から少し引き返して、城川峠に至る尾根に進んだ。雑木林の中にしっかりした道が続いていた。山頂からの急斜面を下っていく途中で、女性の二人連れと出会った。麓一区の集落から登ってきたとのことであった。枯れ草が繁った所を通過し、尾根を下っていくと、216mピークと方向が違うことに気が付いた。藪も少なくどこでも歩き易い状態であったが、良く見ると踏み跡は無くなっていた。道を間違えたことに気が付いた。迷い込んだ尾根には、ナニワズの黄色い花がそこかしこに花を付けていた。少し登り返すと、216mピークに続く尾根との分岐に出た。ここは地図を良く見て、違う尾根に引き込まれないように注意する必要がある。
 216mピークへの尾根は、途中で幅が広がって踏み跡が分からなくなる所もあったが、ピークを目指していけば、辿るのにはそう問題は無かった。216mピークの山頂一帯は、間隔の開いた雑木林が広がり、落ち葉が積もって、気持ちの良い日だまりになっていた。ピークの先の一段下がったところは郭跡を思わせるような広場になっており、ここにも山城があったような感じがした。
 216mピークから先の尾根の下り口が分かりにくかった。磁石で方向を確かめて下っていくと、明瞭な尾根が現れた。コースには間違いはなかったのだが、途中ですれ違った二人連れの足跡は見あたらなくなっていた。216mピーク手前の鞍部に、弥彦村と寺泊町の境界線を辿って登ってきたのかもしれない。城川峠に向かって踏み跡は続いていたので、そのまま尾根を下った。
 尾根の日だまりに雪割草が花を付けているのに出会った。今年始めての雪割草であった。肌寒い陽気に、花が完全に開いていないのは残念であった。ここなら心おきなくカメラを構えることができ、地面に肘を付くようにしゃがみこんで撮影タイムになった。キクバオウレンの白い花も見ることができた。この尾根は、人もまず入らないであろうから、秘密の花園といったところか。
 尾根の末端部が近づくと、車道が下に見えた。最後に植林地の急斜面を下ると、峠の切り通しの脇に到着した。ここが城川峠のようであった。日天月天塔という石柱が立てられていたが、塔のようなものは見あたらなかった。車道は、日本海側に向かってさらに続いていた。
 日だまりに腰を下ろして、昼食をとった。216mピークを経由する尾根は、花は楽しめるが、1時間ほどかかることが分かった。剣ヶ峰から林道を使えば、30分程で下れるので、縦走の時は林道経由ということになろうか。主稜線ということなら、216mピーク経由の尾根は少し外れる感もある。
 次に、猿ヶ馬場へのルートを決定する必要があった。山の斜面をみながら、麓一区のほうに戻っていくと、与板・巻管理界という看板が立ち、そこの沢沿いに踏み跡が続いていた。村・町界線ならば、通れる可能性も高いように思え、この道を偵察してみることにした。杉の植林地の中の沢沿いに踏み跡が続いていた。沢が左に曲がる付近で、田圃跡のような枯れ草で覆われた湿原地が現れた。枯れ草にはイバラが交じってトゲが引っかかるので、中央突破は難しかった。長靴を履いていることを幸いに沢の中を歩き、右岸の竹藪を登っていくと、車道の下に広がる荒れ地に出た。沢の右岸沿いに登っていくと、野積に通じる車道に出ることができた。通ることはできたが、このルートは、あまり気持ちの良いコースではないので、他のルートをあたることにした。
 再び城川沿いの道に戻り、黒滝・要害線入口脇から延びる林道に進んだ。この林道は、堰堤工事のために開かれたもので、沢に沿って道が続いていることを期待してのことであった。草が繁り始めた林道は、じきに終点になった。その先は杉の植林地が広がり、下生えも少なく歩くのに支障はなかった。トラバース気味に進むと尾根にぶつかったので、左上に登ると、台地の上に出た。杉林を抜けると、枯れ草の原に出たが、ここもイバラが多く、通り抜けることは出来なかった。右に回り込むと沢沿いの尾根に出た。登っていくと、猿ヶ馬場の車道の分岐に到着した。
 帰りに、林道に進んですぐ横切る尾根を見ると、踏み跡が続いていたので、それが一般に歩かれているルートなのかもしれない。いずれにせよ、すぐ上の杉の植林地で合わさるので、どちらを通っても良いということになる。
 ついでに猿ヶ馬場から雨乞山への山道を確認しておくことにした。雨乞山は、山頂部まで無線中継基地の保守道が上がっているので、その道を歩くのなら問題はないのだが、山道があるならば、そちらを歩いた方が良い。弥彦スカイラインのゲート脇から、山腹の踏み跡に入ると、尾根に上っていく道があった。
 尾根の上に出たところで、越後三山縦走路の標識が立っていた。ここらでしか見られない標識であるが、「角田〜弥彦〜国上 三山縦走路」という別な看板もあるので、これらが越後三山と呼ばれているようである。越後三山というと、駒ヶ岳、中ノ岳、八海山の、いわゆる魚沼三山を思い出すが、越後は新潟県一帯をさすわけだから、三山の組み合わせなら、どこでもいいようにも思う。
 雨乞山への道は、途中で笹が覆っているところもあって少し歩きにくいが、ルートが分からないほどではない。保守道に出ると、ひと登りで雨乞山の無線基地に到着した。時間も午後を大きく回っており、急いで車に戻ることにした。
 一応、城川から猿ヶ馬場まで、比較的歩きやすいコースを見つけることができ、縦走の心配もほぼ無くなった。これで、偵察は終了ということにして、後は本番ということにしよう。少しは判らない所が残っていた方が山歩きは面白い。


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