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荒沢峰


【日時】 2002年2月17日(日) 日帰り
【メンバー】 てくてく会(とんとん、むーむー、えんじぇるん、ほっきょくクマ、taku、風太、さくら、すみれ、Akira)
【天候】 晴

【山域】 白山山塊
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
 荒沢峰・あらさわみね・688.2m・三等三角点・新潟県
【コース】 上戸倉
【地形図 20万/5万/2.5万】 新潟/加茂/越後白山
【ガイド】 LATERNE vol.5
【温泉】 七谷コミュニティーセンター 100円(石鹸無し、沸かし湯)

【時間記録】 6:00 新潟発=(R.49、亀田、R.403、加茂 経由)=7:00 七谷コミュニティーセンター〜7:30 発=7:50 能代川の橋手前〜8:08 発―8:25 尾根取り付き―9:34 372ピーク〜9:40 発―11:05 荒沢峰〜13:13 発―13:50 372ピーク〜13:54 発―14:24 尾根取り付き―14:38 能代川の橋手前=(R.290、金割鉱泉、上大蒲原、上戸倉 経由)=(上大谷、七谷コミュニティーセンター、往路を戻る)=17:20 新潟着  

 新潟平野の東端に位置し、古くからの信仰の山として知られている白山は、南に宝蔵山への稜線を連ね、権ノ神岳を経て粟ヶ岳に続いている。白山と宝蔵山の中間部にあたる890mピークからは、城ノ入川と能代川に挟まれて、北西に長い尾根が派生し、烏帽子山(820m)、荒沢峰(688.2m)を経て、下戸倉の城山に終わっている。荒沢峰は、地形図には688.2mの三角点表示(点名 砥ノ入)しかないが、藤島玄氏の「越後の山旅」にこの山名が記載されている。また、麓の集落名から、戸倉山とも呼ばれている。
 インターネットの山友達で作るてくてく会の雪山登山を2月に開くことになった。1月の集まりの多宝山は、わかん歩きを予定していたが、暖冬のおかげで、雪はまったく無く、空振りに終わった。難しい山に登る訳にはいかないが、雪のたっぷりある山を考える必要があった。あれこれ思い浮かべて、白山山塊の荒沢峰を選んだ。荒沢峰は、2000年3月4日に登り、山頂からの素晴らしい白山の眺めが気に入った山である。滑落のような危ない所はないのも雪山入門コースとしては都合が良かった。
 最終的に9名の参加者が集まり、体力自慢のメンバーも参加して、ラッセルの心配は無くなった。寒いさなかであるため、昼の休憩のために12畳のブルーシート2枚を用意して、天蓋代わりに使うことにした。
 日曜日の天気予報は、曇り後雨というものであった。朝の眺めでは、菅名山塊や白山の姿は見えるものの、弥彦方面は黒い雲に覆われていた。雨の降り出しが遅くなることを祈って、集合場所の七谷コミュニティーセンターに向かった。
 登山口の上戸倉といっても、地元出身のとんとんを除いた参加者は知らないため、七谷コミュニティーセンターを集合場所に選んだ。また登山口付近の駐車スペースは狭いため、ここの駐車場に余分の車を置いていくことにした。七谷コミュニティーセンターの駐車場は、融雪のための水が流されていた。駐車場に入るとき、異様に車のテールが流れたが、車を停めて外に出ると、足が滑った。見ると、薄氷が張っていた。すみれが一番乗りで到着していたが、話をすると、滑って尻餅をついたとのことであった。他のメンバーも到着したが、転倒者続出となった。山よりも危険な駐車場であった。
 二台の車に分乗して上戸倉に向かった。荒沢峰への登山コースとしては、いろいろな尾根が考えられるが、先回と同じ、能代川よりの尾根を使うことにした。皆を案内するとなると、はっきり判っているコースが一番である。林道入り口の路肩スペースは、除雪が充分されておらず、二台の車をなんとか邪魔にならないように路肩に寄せて停めた。出発準備の間も、結構車の通行があった。
 宝蔵山との間を流れる能代川沿いの林道入り口は、一面の雪原になって判りづらかった。田圃の間には用水路が流れているため、不必要な大回りを避けるため、林道を辿る必要がある。道路脇に、入山禁止の立て看板があり、これが林道入り口の目印になる。一同、ワカンを履いて出発の準備をした。ここから登る山など、一般の人は知るはずもなく、通りがかりの車からは、不審の目で見られていた。
 私のスノーシューは、昨日の山で壊れて修理に出したため、急遽新しいものを購入し、今回が初めての山行であった。これまでのスノーシューの経験で、トラバースが確実に行えるように、頑丈なクランポンが付いていること。靴がずれないように、確実なビンディング機構がついているものが必要な条件に思えた。最近はやりのプラスチック製のものは、山中で破損した際に修理のしようがないことから、金属フレームにデッキを張った形のものにこだわることにした。石井スポーツの店頭であれこれ見比べて、Tabusのmountainにした。もっともつくりがしっかりしていたので選んだが、値段も34000円と、一番高かった。もっとも、昨年のスノーシューの購入は、欠陥品ということで、料金は返してもらい、修理品をモニターと称して使っていたので、今回の出費は仕方のないことかもしれない。年間15回ほどはスノーシュー歩きをするので、無くてはならない道具になっている。
 雪の上に立つと、昨日の状態よりは雪がしまっていた。わかんよりは沈まないので、スノーシューの効果はあるようであった。
 総勢9名で、名もない雪山にしてはなかなかの集まりであった。所属する山の会で、会山行を引き受けても、これほどの人数が集まらないこともあるので、てくてく会も立派な山岳会といえる。とりあえず、私が先頭になって歩き出した。能代川沿いの谷間に入ると、登る予定の尾根と送電線の鉄塔が目の前に現れた。橋を渡った先が尾根の取り付きとなる。杉林の中に入り、尾根に取り付いた。風太が先頭に立ちどんどんと行ってしまった。グループの先頭をむむーにして、後を追う形になった。この尾根は藪が濃く、雪もくさった状態で、しばらくは辛抱の登りが続いた。雪山入門に加えて、藪山入門にもなってしまったかもしれない。スノーシューは、こういった藪が出ている所では、わかんよりも歩き辛くなるが、なんとか歩き続けることができた。谷間の向こうには、送電線の鉄塔が見えて、この高さまでおいでと招いていた。
 右手からの尾根が迫ってくると、送電線の鉄塔も目に入ってきた。この鉄塔は中越幹線と名前が付けられており、白山の尾根線三合目付近や、宝蔵山への登山道途中、笹峰近くで、良くお目にかかっている送電線である。送電線は、地図に名前が書かれていないため、どこに通じているか判りにくい。
 第一目標の鉄塔脇の372ピークに第辿り着いて、ひと休みした。荒沢峰の山頂も大分高さが減じて近づいてきており、宝蔵山が姿を現していた。
 372ピークからは、一旦僅かに下り、右手から広がってきている杉の植林地との境界を辿ると、ナラの木が間をあけて並ぶ雪原の登りが始まった。スノーシューで雪面をとらえながら登り続けた。傾斜もかなりあるので、このスノーシューは、登りにも強いようである。直登は息が切れて、カモシカのトレースを使って、ジグザグの登りを交えたりしながら登り続けた。
 この急斜面を上り切ると、幅広の斜面が広がるようになる。ナラやブナの林が広がって、このコースの見所のひとつである雪原の登りになる。太陽が顔を出して、木々の陰が、白いキャンパスにブルーの線を描いていた。長い登りが続き、体力は必要であったが、トップが頑張ってくれて、一団となって登り続けることができた。お腹が減ったということで、雪に腰をおろして、行動食をとった。見上げると、山頂もかなり近づいてきてた。
 山頂直前で斜度は増した。雪にステップを切りながらの登りになり、雪玉がロールケーキ状になりながら落ちていった。急斜面ではあるが、雪が柔らかくて足がすっすっぽり埋まっているため、滑落のような恐怖心は起きなかった。傾斜が緩むと、反時計回りに弧状に続く稜線の先に荒沢峰の山頂が姿を現していた。振り返ると、弥彦山から角田山の連なりが新津丘陵の彼方に広がっていた。山頂からの展望を楽しみに最後の汗を流した。
 荒沢峰の山頂に到着し、まずは白山の展望に目を奪われた。荷物をおろして汗を拭き、一同で記念写真を撮った。とんとんがてくてく会のシンボルマークを入れたバンダナを用意してくれており、頭にかぶって写真を撮ったのだが、写真の失敗で写っていなかったのは残念である。
 尾根を少し先に進むと、遮るものの無い展望が広がっている。白山の城ノ入川に面した斜面は急激に落ち込んで、雪の縦縞模様を描いていた。穏やかな山容の白山というイメージがあるが、ここからの眺めは、川内山塊の一員であることを示す厳しい顔を見せていた。その右隣には、烏帽子山が鋭い山頂を見せていた。稜線伝いのコースを目でたどれば、烏帽子山を越して白山まで行くのも、そう難しくは無さそうであった。風太とtakuさんは、烏帽子山まで往復してきたそうであったが、別の機会にしてもらうことにした。さらに宝蔵山も大きな山頂を見せていた。粟ヶ岳が完全に隠されて見えないというのは、意外でもある。その他にも、大蔵岳と飯豊連峰、戸倉の集落を眼下に見下ろす眺めなど、見飽きることの無いパノラマが広がっていた。このピークを踏んだことのある登山者は何人いるのだろうか。日本百名山完登者よりは少ないことは確かであろう。この山を「なんとか名山」と呼ぶつもりはないが、すくなくとも「わが愛する山々」の一つには加えたい。晴天のもとで、皆にこの山を紹介できたことは、本当に良かった。しばらくは、各人記念撮影に忙しかった。
 青空が広がり、暖かい陽気であった。さらちでも充分休めるかと思ったが、皆の体験も兼ねて、天蓋を張ることにした。山頂脇の斜面を整地し、ベンチとテーブルをこしらえ、ストックをペグに使ってブルーシートを張った。反面は少し隙間があいたが、暖かいのでそのままにしておくことにした。もう少し寒ければ、もう一枚のブルーシートを使って完全に覆い、裾を雪で覆う必要があったであろう。私自身、会山行での天蓋張りは体験しているが、ブルーシートは初めてであったので、良い経験になった。
 荒沢峰レストランでの宴会の開始になった。ビールで乾杯の後に、御馳走が雪のテーブルに並んだ。山の上であることを忘れるような贅沢なひと時であった。お腹も膨れて、誰ともなく、下山の支度を始めた。
 雪道の下りは楽しい。急斜面であるが、雪がほどほどの堅さであるため、スノーシューやわかんのヒールが食い込みやすく、最大傾斜線に向かって大胆に下ることができた。わかん歩き二回目のさくらやスミレも、楽しそうに下ってきた。雪山歩きがすっかり好きになったとのことで、雪山入門の役目は果たしたことになる。
 登るとき、天気予報に反した晴天が広がったため、疑似晴天かと思い、悪天候に備えて要所に赤布を付けながら登った。午後になって、天気は下りにかかったようであるが、大きく崩れることはなかった。
 途中で、カモシカにも出会い、よい経験がもう一つ加わった。尾根の末端部の藪尾根では少し苦労したものの、一同無事に下山することができた。
 七谷コミュニティーセンターに戻り、お風呂に入ってからもう少しお喋りをして解散になった。

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