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菱ヶ岳


【日時】 2001年8月26日(日) 日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 曇り

【山域】 五頭山塊
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 
 菱ヶ岳・ひしがたけ・973.5m・二等三角点・新潟県
【地形図 20万/5万/2.5万】 新潟/津川/出湯
【ガイド】 なし
【温泉】 村杉温泉 村杉共同浴場薬師の湯 250円 石鹸類なし

【時間記録】 7:00 新潟発=(R.49、水原、出湯、R.290 経由)=8:20 村松温泉薬師堂〜8:25 発―8:43 お堂―9:12 スキー場分岐―9:25 菱見平―10:12 笹清水〜10:17 発―10:55 菱ヶ岳〜11:30 発―11:57 笹清水―12:38 菱見平―12:48 スキー場分岐〜12:58 発―13:11 お堂―13:23 村杉温泉薬師堂=(R.290、安田、R.49 経由)=16:00 新潟着

 五頭連峰は、新潟平野の縁に連なる飯豊連峰前衛の山である。新潟市に近いことから、日帰り登山の山として親しまれている。菱ヶ岳は連峰中の最高峰であり、とがった姿から菱の名を取ったといわれている。
 雑誌社から原稿依頼があり、温泉から登る山として、宝珠山から五頭山への縦走コースを取り上げることにした。村杉温泉共同浴場の薬師の湯と宝珠温泉の写真を撮る必要が出てきた。加えて、直接関係はないのだが、村杉温泉から菱ヶ岳へ登る登山道の様子が判らなかったので、その確認もしておきたくなった。何度も出かけている五頭山塊であるが、まだ知らないことも多い。
 村杉温泉の薬師の湯の背後にある薬師堂下の駐車場が、菱ヶ岳への登山口になる。薬師の湯の駐車場は、満杯状態で、奥の駐車場に二台ほど空いていたスペースを見つけて車を停めた。共同浴場は、朝から入浴客で賑わっていた。
 石段下の村杉温泉薬師堂由来には、「温泉の守護仏である薬師如来をまつる堂で、建武二年(1335年)に荒木正高が当地に足をとどめ、薬師如来の霊夢に感じて霊泉を発見した傍に薬師堂を建立したものと伝えられています。昭和三十六年の台風により倒壊したため、再建され現在に至っています。」と書かれていた。ラジウム温泉とお薬師さまのご加護で病気が治るため、村杉温泉には医者が育たないという言い伝えも併せて書かれていた。
 お堂の右奥に回ると、谷間に導水パイプが埋められていたが、谷の奥に向かう道はみあたらず草が茂っていた。左の尾根に向かって、境界見出し標埋設の杭とテープの列が続いていた。昔からの登山道とは思えなかったが、この踏み跡に従って登ってみることにした。温泉を見下ろすように登っていくと、稜線上に出て、左からも踏み跡が合わさった。右に方向を変え、稜線通しに歩いていくと、右手の谷間から登山道らしき道が合わさった。藤島玄著の越後の山旅には、「登山道は、薬師堂の右後から始まる。杉林から赤松林の急坂を電光形に登り抜けて稜線に出る。」とある。一直線の急登わずかで稜線にのっているので、昔とは道が違っているような感じであった。稜線沿いには、はっきりした道が続いていたが、蜘蛛の巣が多く、ストックでかき分けながら歩く必要があった。ひと登りすると、コンクリート製の山の神の祠があったが、中はからっぽであった。
 緩やかな稜線を登っていくと、左手が崖となって、展望が開けた。五頭山を眺めることができたが、林道が左の谷間から延びてきていた。スキー場手前で、工事中の林道があったが、どこまで延びてきているかをようやく知ることができた。見晴らしのすぐ先で、稜線の縁に工事用のプラスチックフェンスが置かれ、すぐ下が林道の終点になっていた。この林道は、将来稜線を越すのかどうか気になるところである。
 さらに緩やかな登りが続いた後、スキー場からの登山道が合わさる分岐に到着した。ここまで45分かかったので、内ノ沢登山口からの20分なので、やはり遠回りということになる。ただ、薬師の湯は、駐車場が狭くて温泉に入りづらいという点を考えると、あらかじめ駐車場を確保しておいて、下山後直ちに温泉に入ることができるということを考えれば、利用価値はあると思うのだが。
 今日の目標は、ここまでであったが、やはり山頂を踏まないと気が済まない。菱ヶ岳の山頂をめざして頑張ることにした。8月末といっても、暑くて汗だくの登りになった。菱ヶ岳へのこのコースは、1994年5月7日と2000年3月12日にそれぞれ歩いているが、登りと下りの片道ずつしか歩いておらず、登山道の印象も薄いものになっている。
 分岐からひと登りすると、慰霊碑のある菱見平に到着した。この先は、周囲に気持ちの良いブナ林が広がる所もあったが、長く感じる登りが続いた。右手から林道が延びてきたのに驚かされた。登山道に沿ってしばらく続いた後に、林道は終点になった。これが新聞にも投書のあった林道のようであった。植林のためであろうが、このような立派な道が必要なのだろうか。
 正面に杉端の鋭峰が迫ってくると、夏道と冬道を示す標識の掛かった分岐に出た。尾根沿いに登るのが冬道のようであった。先回積雪期に菱ヶ岳から下ってきた時、登山道からはずれて急斜面を下った覚えがあるが、この地点のようであった。夏道は、山腹をトラバースするように続いていた。歩きづらく、足元に注意する必要があった。小広場に出ると、その下が笹清水であった。水の流れは細かったが、コップに汲んだ水は美味しかった。ここからは、えぐれて歩きづらい赤土状の登山道の急登になった。稜線上に戻ってひと息入れると、菱ヶ岳の山頂への最後の登りになった。
 急登を終えると、角石の転がる菱ヶ岳山頂に到着した。休んでいた登山者から声を掛けられ、見ると吉田六右ェ門さんであった。石戸からの南登山道を登ってきたとのことであった。結局、この日にあった登山者は、他に5名だけで少なかったので、山頂で知り合いに会うことは相当に少ない確率と考えられる。暑い日であっただけに、山頂で飲むビールは美味しかった。菱ヶ岳の山頂は、灌木に囲まれて展望はない。藤島玄著の越後の山旅には、「東の飯豊連峰、そして遠い磐梯山から御神楽岳。五頭山への縦走路に目をこらしてから、腰をおろして弁当を開くとなる。」と書かれており、昔は展望が開けていたようである。山頂の刈り払いは、自然保護のからみもあろうが、どういった基準になっているのであろうか。
 菱ヶ岳から下山し、薬師堂の前に出たところで雨が降り出した。傘をもって薬師の湯に入ったが、出ようとすると、豪雨になっており、しばらく足止め状態になった。なんとか車に入り込み、雨が小降りになるのを待ってから帰宅した。



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