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古道山


【日時】 2001年3月17日(土) 日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 晴

【山域】 会越国境周辺
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 古道山・ふるみちやま・437.7m・三等三角点・新潟県
【地形図 20万/5万/2.5万】 新潟/野沢/安座
【ガイド】 新潟の低山薮山

【時間記録】 6:30 新潟発=(R.49、津川、上川、七名 経由)=8:13 越後上川ゆとりの森駐車場〜8:38 発―9:18 稜線分岐〜9:24 発―9:43 山頂手前の440Mピーク〜10:03 発―10:06 古道山〜10:13 発―10:34 稜線分岐―10:58 越後上川ゆとりの森駐車場=(往路を戻る)=14:10 新潟着

 古道山は、上川村の西会津町との県境近くにあって、七名の集落と柴倉川を挟んで対峙する山である。東山麓一帯には、越後上川ゆとりの森が設けられ、わらび園が広がっている。
 3月4日に蛇脱山に登り、すぐ近くの古道山を続けてとも思ったのだが、天気が崩れる予報が出ていたため、登山口を見ただけに終わった。一週おいて、古道山をめざすことになった。
 ようやく春の陽気になり、阿賀野川の水面は輝き、青空に御神楽岳の白い姿が浮かんだ。
 古道山へは、北西にある大尾の集落から稜線伝いに登るコースも考えられるが、「新潟の低山薮山」にも取り上げられている越後上川ゆとりの森から登ることにした。越後上川ゆとりの森は、冬の為に休眠状態になっているが、わらび園らしき山の斜面は、スキー場のような一面の雪原になっている。スノーシューでの歩きを楽しめそうなコースであった。
 公園の駐車場に車を停めた。青空が広がり、サングラスが必要な天気になった。路肩は2m程の雪の壁になっており、僅かに低くなった所から這いあがった。夜の冷え込みで雪原の表面はしまっていたが、つぼ足では踏み抜く状態で、スノーシューが必要であった。尾根の末端部は、雪崩状に雪が落ちて、直径3m程の巨大な雪玉が斜面の途中に停まっていた。一旦北に回り込んで、雪原の下部に出た。左上の尾根めざしての登りが始まった。スノーシューのクランポンを雪にくい込ませながら、急な登りを続けた。尾根の上に出ると、傾斜は緩やかになり、雑木林の縁に沿っての登りが続いた。
 古道山に続く稜線の東斜面からは、所々雪が落ちて、雪崩が谷を埋めていた。稜線に上がる最後の部分は、半円状に膨らんだ尾根の中央を、左右に滑り落ちないように注意しながら登る必要があった。冬のさなかだと、雪庇が張り出していそうな雰囲気であった。
 登り着いた稜線の上からは、素晴らしい展望が広がっていた。眼下には、わらび園の雪原が広がっていた。先日登った蛇脱山を探すと、柴倉川対岸にピラミッド型の山頂を見せていたが、その背後の大倉山の方にどうしても目がいってしまった。北東に一際鋭い山頂を見せているのは土埋山で、その背後に真っ白な姿を見せているのは、棒掛山であろうか。汗を拭いながら、展望を楽しんだ。
 稜線に登り着いた所の奥にも小ピークがあって、ちょっと目には、古道山へはそのピークを踏んでからのように見えるが、実際には、すぐに北に方向を変える必要がある。稜線は、木の間隔もあいており、気持ちの良い歩きが続いた。左手の谷間から杉の植林地が上がってきたが、稜線は雑木林で覆われて、並木道のようにミズナラの大木が続く気持ちの良い所もあった。
 幾つかの小ピークを越していくと、最高点と思われる所に着いた。古道山到着と思って、腰を下ろし、午前中で時間がちょっと早いけれどビールを開けた。古道山は三角点ピークであるが、この雪では探しようがない。地図を見ていくと、尾根の出具合から、どうもここはその手前の440mピークのようであった。ひと休みしてから、先に進んだ。
 雪原を下ってひと登りした小ピークが、古道山のようであった。七名の集落を見下ろすことができた。山頂標識はありっこないものとしても、測量のポールや赤布はないかと探したが、見つからなかった。北西の空に浮かぶ白い山は、鍋倉山であろうか。
 帰りは、早くも雪がゆるんで、スノーシューも沈み込むようになった。稜線歩きは、少し体力がいるようになったが、そのおかげで、尾根の下降は、ヒールを蹴り込めるようになって、歩きやすくなった。雪原には、二条の線が刻まれた。登りのトレースは浅く、下りのトレースは深くなって続いていた。


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