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鋸山


【日時】 2001年2月11日(日) 日帰り
【メンバー】 皆川、大野、岡本
【天候】 雪

【山域】 東山連峰
【山名・よみ・標高・三角点・県名】 鋸山・のこぎりやま・764.9m・一等三角点補点・新潟県
【地形図 20万/5万/2.5万】 長岡/長岡/半蔵金
【ガイド】 皆川さんの個人情報

【時間記録】 6:40 新潟発=(北陸自動車道、中之島見附IC、R.17、川崎北IC、R.351、大野 経由)=8:50 半蔵金〜9:05 発―9:34 登り口―11:45 稜線合流点―12:20 鋸山〜14:20 発―14:50 稜線合流点―15:46 登り口―16:05 半蔵金=(往路を戻る)=17:50 新潟着

 鋸山は、長岡市の東に連なる東山連峰の最高峰である。鋸山の名前は、小さな峰を連ねて、鋸に似ていることから付けられている。各方面からの登山道が整備され、春から秋にかけては、手頃なハイキングの山として親しまれている。
 これに対し、冬季の鋸山への入山者は少ない。800mに満たない標高であるが、そこは豪雪地長岡の背後の山である。夏に利用できる林道はすべて雪の下となり、重い雪のラッセルが難関として立ちはだかる。
 今回、この山に精通した長岡の皆川さんに同行させてもらい、冬山登頂を果たすことができた。長岡の皆川さんは、インターネットが縁で知り合いになったのだが、夏は越後駒ヶ岳の駒の小屋に毎週のように物資の補給で登っているが、冬は鋸山に通い、鋸山情報としてインターネットに投稿している。鋸山の資料を頂き、コース途中にはテープもつけてあることを知って、登ってみようかという気持ちになった。2月4日に4名で登ろうとしたが、半蔵金に着いたところ、本格的な吹雪で、あっさりとあきらめ、米山近くの城山に変更してしまった。翌週再挑戦と宣言したものの、天候不順が続いて今回も無理かと思ったが、皆川さんが登る予定であることを知って、同行させてもらうことになった。
 家を出る時、一晩の積雪が30センチ以上あったことに驚かされた。高速も除雪車が作業中でノロノロ運転になったが、時間に余裕を持っていたため、待ち合わせの時間には遅れないですんだ。三人が落ち合った後、先回と同じに、新榎トンネル手前のチェーンベースに二台の車を置いて、大野さんの車で半蔵金に向かった。皆川さんは集落の人とも知り合いなので、防雪センターの駐車場に車を停めさせてもらった。
 駐車場からスノーシューを履いて歩き出した。防雪センターの駐車場から先は二本の道が分かれているが、山に向かって右手の真木林道がめざすルートである。林道は、キャタピラ車で圧雪してあるので、楽な歩きをすることができた。林道を北に向かい、大きくカーブする所で、左上の民家の前を通り抜けてショートカットした。ここのお宅とも皆川さんは知り合いで、山に行ってくると挨拶をした。再び林道に戻って少し行くと、鋸山が目の前に広がってきた。鋸山の山頂は雪雲に霞んでいたが、登りに使う尾根を一望することができた。林道が西から北にカーブする辺りで、圧雪も終わった。
 ここからいよいよ、ラッセルが始まった。スノーシューの皆川さんが快調なペースで先頭を行き、それに続いた。今回の山行では、大野さんだけがワカンのために、最後尾を歩いてもらったが、遅れないようにするのに苦労をしたようである。段々畑の段差も雪に埋もれて、一様な傾斜の雪原になっていた。段々畑が終わる所で、尾根沿いの登りが始まった。次第に青空が出てきて、背後には三本ぶな山や談合山の眺めが広がるようになった。
 尾根の登りを少し続けたところで、驚いたことにスノーシューのヒンジ部が壊れた。これが三回目の山行とあっては、欠陥商品としかいいようがない。オーバーミトンを首から下げるのに使っていた、3mmロープを使って修理した。
 右手に延びる沢に沿っての登りが続いた。雑木林の木立が、雪の上に柔らかく陰を落としていた。スノーシューのトップを蹴り入れるような急な登りが続いたが、右手に平行して走る尾根が合わさると、傾斜も緩んだ。ほぼ平坦な幅広尾根を進んでいくと、稜線に登り着いた。背丈を越える高さの雪庇が手前に張り出しており、少しトラバースして乗り越した。
 山頂へは稜線伝いに遠くない距離であるが、ここからは思ったよりも時間がかかり、緊張の歩きになった。雪庇は東側に張り出しており、西の長岡側は崖状になっていた。雪庇の踏み抜きは恐いが、長岡側の崖に近寄るのはさらに恐い。雪庇を踏み抜いても、その下は雑木林の急斜面なので、なんとかなるだろうと思いながら、雪庇の基部を慎重に歩いた。小さな乗り越しは、新雪にステップを刻むために、通過に手間取った。稜線は強い風が吹き抜け、木の枝には霧氷が育っていた。
 雪の小山の上に立ち、どうやらここが最高点のはずと見渡すと、3m程低い崖の縁に山頂の標柱が頭を出していた。鋸山の標高は、雪のために夏よりも高くなっていた。地吹雪状態に強い風が吹きよせ、足を止めて休める状態ではなかったが、皆川さんがいつものようにということで雪洞を掘ってくれた。
 山頂の雪庇は、東側は垂直の壁になって、その下は急斜面になっていた。皆川さんは、雪を下に落としながらこの壁に穴を開けていった。お手伝いということで脇からも穴を掘っていったが、掘るスピードが違うので、中からの雪捨て用の穴を開けた程度にしか役にたたなかった。50分ほどかかって完成した雪洞は中で立てる程の深さで、腰を下ろすベンチもこしらえてあった。外は吹雪であったが、中は暖かかった。大野さんがザックを取りに外に出ていき、天井部に足音を聞いたなと思ったとたんに、足が突き抜けてきた。尻を支えてなんとか這いあがってもらった後の穴からは、雪混じりの烈風が吹き込んできた。ザックを穴に押し当て、外から雪を積んでもらい、穴を塞ぐことができた。
 ようやく完成した雪洞の中でビールを飲みながら、ゆっくりと昼食をとった。入口の穴から外をうかがうと、横殴りの吹雪になっているようだが、中は暖かく、雪洞の威力をあらためて思い知らされた。
 下山のために外に出ると、吹雪の切れ間から長岡市街地を見下ろすことができた。下界は晴のようであるが、稜線部だけが吹雪いているようであった。せっかく作った雪洞であるが、落ち込む者がいないように壊してから出発した。雪庇と崖に注意しながら稜線を戻った。行きに付けたトレースは完全に消えていた。
 少し歩いた所で、スノーシューの反対側が破損した。幸い、風当たりの弱い平坦地であっため、修理は問題は無かったが、これが崖の縁のトラバースのような所だったらと思うとゾットする。結局このスノーシューについては、代金は返金、モニターとして改良品を一台もらうということで話をつけた。
 稜線から離れて尾根の下降に入ると、風も当たらなくなり、再び汗ばむような陽気になった。皆川さんは、スノーシューで雪の斜面を駆け下りていった。スノーシューの故障が無くとも、そのような真似はできないので、一歩ずつ足を出しながら追いかけた。下るに連れて、雪も重くなり、足にも疲れが出てきた。段々畑の雪原を通り抜けると、林道に戻ることができ、ラッセルから開放された。
 夕暮れの近づいた半蔵金の集落は、すっぽりと雪に包まれ、家の明かりが郷愁めいた気持ちを引き起こした。すっかり皆川さんにお世話になった山行であった。


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