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餓鬼岳、唐沢岳
鷹狩山、鍬ノ峰、小熊山


【日時】 餓鬼岳、唐沢岳:2000年8月18日(金)〜19日(土) 1泊2日
     鷹狩山、鍬ノ峰、小熊山:2000年8月20日(日) 日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 8月18日:晴れ後曇り 19日:晴れ後曇り 20日:曇り

【山域】 常念山脈
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
餓鬼岳・がきだけ・2647.2m・三等三角点・長野県
唐沢岳・からさわだけ・2632.4m・三等三角点・長野県
【地形図 20万/5万/2.5万】 高山/槍ヶ岳、信濃池田/槍ヶ岳、烏帽子岳、大町南部
【ガイド】 アルペンガイド「上高地・槍・穂高」(山と渓谷社)、信州百名山ガイドブック(KCC BOOKS)、山と高原地図「鹿島槍・黒部湖」(昭文社)
【温泉】 大町温泉「薬師の湯」 500円

【山域】 大町東山
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
鷹狩山・たかがりやま・1166m・なし・長野県
【地形図 20万/5万/2.5万】 高山/大町/日名
【ガイド】 分県登山ガイド「長野県の山」(山と渓谷社)、信州の里山を歩く(信濃毎日新聞社)

【山域】 常念山脈前衛
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
鍬ノ峰・くわのみね・1623.1m・二等三角点・長野県
【地形図 20万/5万/2.5万】 高山/信濃池田/信濃池田
【ガイド】 信州の里山を歩く(信濃毎日新聞社)、信州山岳日帰り紀行2(龍鳳書房)

【山域】 後立山前衛
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
小熊・こぐまやま・1302.6m・三等三角点・長野県
【地形図 20万/5万/2.5万】 高山/大町/大町
【ガイド】 信州の里山を歩く(信濃毎日新聞社)
【温泉】 ゆーぷる木崎湖 600円

【時間記録】
8月17日(木) 19:00 新潟発=(北陸自動車道、糸魚川IC、R.148 経由)=23:30 大町運動公園  (車中泊)
18日(金) 5:10 大町運動公園発=(R.148、常盤 経由)=6:00 白沢三股〜6:31 発―6:40 白沢堰堤―7:15 紅葉の滝―7:44 魚止ノ滝―7:49 滑滝の水場〜7:58 発―8:17 最終水場〜8:22 発―10:00 大凪山〜10:05 発―11:35 百曲がり登り口〜11:40 発―12:35 餓鬼岳小屋〜12:46 発―12:53 餓鬼岳  (餓鬼岳小屋泊)
19日(土) 5:00 餓鬼岳小屋発―5:06 餓鬼岳―5:30 西餓鬼岳分岐―5:55 餓鬼のコブ―7:25 唐沢岳〜8:12 発―9:20 餓鬼のコブ〜9:30 発―10:08 西餓鬼岳分岐―10:35 餓鬼岳小屋〜11:00 発―11:25 百曲がり登り口―12:17 大凪山〜12:26 発―13:23 最終水場〜13:37 発―13:57 魚止ノ滝―14:20 紅葉の滝―14:49 白沢堰堤―14:58 白沢三股=(常盤、R.148、大町温泉薬師の湯入浴、大町 経由)=19:18 鷹狩山第一駐車場―7:25 鷹狩山―7:34 鷹狩山第一駐車場  (テント泊)
20日 5:20 鷹狩山第一駐車場発=(大町、R.148、常盤 経由)=6:18 高瀬川線No.18巡視路入口〜6:38 発―6:53 鉄塔―7:10 稜線分岐―7:15 1420mピーク―7:35 南峰―7:48 鍬ノ峰〜8:16 発―8:25 南峰―8:38 1420mピーク―8:41 稜線分岐―8:53 鉄塔―9:01 高瀬川線No.18巡視路入口=(常盤、R.148、木崎湖 経由)=10:00 小熊山登り口―10:38 小熊山〜10:51 発―11:06 小熊山登り口=(ゆーぷる木崎湖入浴、R.148、糸魚川IC、北陸自動車道 経由)=15:30 新潟着

 餓鬼岳は、安曇野の西に広がる常念山脈の北端の山である。この山の隣の燕山が、北アルプス入門の山として、あるいは表銀座の入口の山として賑わっているのに対し、餓鬼岳は静かな山として残されている。唐沢岳は、餓鬼岳から北西に伸びる尾根上にある山で、風化砂岩からできた岩頭の頂上を持ち、その上からは、北アルプス中央部の大展望を楽しむことができる。

 大町の東には、西山と呼ばれる常念山脈に向かい合うように、なだらかな山地が広がり、東山と呼ばれている。鷹狩山は、この東山にあって、霊松寺山と南鷹狩山に挟まれた山である。鷹狩山は、山頂部まで車道が延び、レストランもあるが、自然と親しむ公園になっており、また中腹には大町山岳博物館がある。

 鍬ノ峰は、大町の西に、北アルプス前衛の山として、背後の山を隠すようにたちはだかる山である。標高は低いものの、鋭いピラミッド型をした山は目を引き、「常盤富士」とも呼ばれている。

 小熊山は、仁科三湖のうちの木崎湖の西に位置する山である。木崎湖からのハイキングコースが設けられているが、林道が中腹の高い所まで上がっているので、山頂には短時間で達することができる。

 北アルプスは、登ってみれば、その眺めはなるほどすごいと思うのだが、登山道や小屋の混雑を思うと、出かけるのがおっくうになってしまう。その中にあって、常念山塊の北端に位置する餓鬼岳は、幾つかの紀行文を読んでみると、静かな山を楽しめると書かれている。餓鬼岳に登るだけなら、日帰りもできそうであったが、さらにその奥にある唐沢岳が、北アルプスの展望台として面白そうであったので、是非このピークには登りたかった。そうなると、どうしても餓鬼岳小屋に泊まる必要があった。お盆も過ぎて、山の混雑もひと段落した頃と思って、小屋泊まりで餓鬼岳に出かけた。
 大町までは、長野自動車道を使い豊科IC経由が早いものの、高速代を節約するため、糸魚川経由でR.148を走ることにした。オリンピックのおかげで、この道はずいぶんと走り易くなっている。餓鬼岳の登山口への林道に走り込むのは、翌朝の明るくなってからと思い、野宿の場所を考えながらのドライブになった。白馬の道の駅は満員状態。大町は、なかなかの都会で、国道沿いで車を止める場所を見つけるのは難しそうであった。幸い、運動公園という標識を見て脇道に入ると、広い駐車場があり、静かに眠ることができた。
 翌朝、餓鬼岳登山口への林道への入り方に迷って、少しうろうろした。結局、R.148の常盤交差点から山に向かえば、林道の途中で分かれ道はあったものの、一本道であった。登山口の白沢三股の駐車スペースは、5台程の車で満杯で、少し戻った所の広い空き地に車を止めた。
 登山口には、登山届けのポストが置かれ、タクシーはここまでという案内が書かれていた。餓鬼岳へは、未舗装の林道歩きで始まった。右手の山腹は皆伐状態で、その背後には、ピラミッド型をした鍬ノ峰が聳えていた。餓鬼岳の後で、この山にも寄っていくことにした。林道終点からは、沢沿いの登山道が始まった。直に、右岸に渡り、その後、何度も沢を渡り返すことになったが、いずれも、木の橋が整備されており、沢の渡渉の心配は無かった。沢沿いの道というので、のんびりと歩ける道と思っていたのだが、谷までの高度差がある桟道がそこかしこに現れ、足元には注意しながら歩く必要があった。
 紅葉の滝は、かなり高い所の桟道から見下ろすことになった。一旦左の沢に入ってから、尾根を乗り越して白沢の本流に戻り、登っていくと魚止ノ滝に到着。小さなアップダウンがあって、歩いた時間の割には高度は上がっていないようであった。魚止ノ滝を右岸から巻いて登っていくと、ナメ状の沢の縁を行く道になった。水際にも近く、増水時には、桟道も流されて、整備は大変そうであった。良く整備されているが、険路であった。
 最終水場に到着すると、11名の中高年グループが休んでいた。出発時には、朝食や準備で30分程時間が掛かっていたが、このグループは見ていなかった。今日は、小屋まで歩けば良いということで、そう急いで登ってきたわけではないので、このグループはコースタイムをかなりオーバーしているようであった。ここまでは、枝沢も多く水を自由に飲むことができたが、最終水場ということで、思う存分水を飲んだ。
 ここから、急な登りが始まった。稜線は頭上にそう遠くはないように見えたのだが、左方向へのトラバ−スを交えながら、樹林帯の中の登りが続いた。ガレで埋まった涸沢の下に出ると、コースは、このガレ場の中に続いていた。他の登山者がいると、落石に注意しなければならないところである。尾根に乗ってからしばらく急登を続けると、大凪山に到着した。といっても、黄色く塗られた標柱が無ければ、尾根上の高まりとしか思えないようなところであった。周囲にはコメツガの原生林が広がり、霧が静かに流れていた。広場にもなっておらず、登山道脇に腰を下ろして一服した。
 大凪山からしばらくは、小さなこぶを越えていく道が続いた。左手に崩壊地を見ると、その先で百曲がり登り口という標識が木の枝に取り付けられていた。再び急登が始まった。大きなジグザグを描く道で、比較的歩きやすい道であったが、足の方が疲れてきていた。あと10分という標識が現れてからも、なかなか小屋には着かなかった。
 稜線上の窪地にはまるように建てられている餓鬼岳小屋は、70人収容で、北アルプスの営業小屋の中では小さなものである。さっそく受付をして、それと合わせてビールを一本。昼食を持って餓鬼岳の山頂に向かった。小屋から餓鬼岳頂上までは、ほんのひと登りであった。餓鬼岳頂上には、祠がおかれていた。ガスで見晴らしはあまり良くなく、燕岳への稜線を眺めながら、のんびりと時を過ごした。山頂周辺は、コマクサの群落が広がっているようであったが、幾つかの咲き残り花があるだけであった。
 12時半に到着したため、夜までの時間を持てあますことになった。天気が良ければ、一気に唐沢岳往復とも考えていたのだが、このガスでは、翌朝に期待するしかなかった。小屋に入って昼寝をしていたら、寒くなって、コーヒーを沸かして一服。4時近くになった頃、最終水場で追い抜いたグループが到着した。このコースは、足が止まってしまったら、なかなか上がれない、ガスが切れ始めたのを見て、再び山頂に向かった。
 お互いに暇を持てあましていた単独行と、山頂で言葉を交わしているうちに、安曇野の眺めが広がった。眼下の鍬ノ峰の名前が挙がり、松本在住とのことで、周辺の低山の事を尋ねてみた。名前の知られていない山に興味を持つ不審人物ということで、「もしかすると、インターネットで知り合いかもしれない。岡本さん?」と言われた。驚いたことに、メーリングリストの松本の市川さんであった。まさか、知り合い(顔を会わすのは初めてであるが)に、出くわすとは思っていなかった。市川さんは、最近の山行として、金山や白馬岳に登っているので、山の興味が重なってついに遭遇に至ったもののようである。改めて、二人での山頂での記念写真を撮り直した。明日の唐沢岳は、一緒に歩くことにした。夕暮れが近づくと、明日の目標の唐沢岳の山頂や有明山の眺めが広がった。
 山小屋に泊まった回数はそう多くない。小屋の食事には満足しても、すし詰め状態の夜が恐ろしい。餓鬼岳のその晩の泊まり客は20数人であった。夕食は、ちらし鮨。デザートにグレープフルーツ。少々ひからびていたが、シーズンも終わりに近く、小屋の努力をかおう。夕食のテーブルを片付けて、小屋のスタッフが布団を敷いた。一人半畳くらいの割合か。隣の人間を鼾は別として、そう気にしないで寝ることができた。
 夜中にトイレに起きてみると、月が煌々と照っていた。星も、大町方面の明かりも、月明かりにうち消されていた。稜線をそのまま歩いて行けそうな月明かりであった。
 翌朝、朝食は弁当にしてもらっていたので、明るくなるのと同時に出発した。一旦、餓鬼岳の山頂に登り、岩稜を北に辿った。西餓鬼岳分岐までは、緩やかな下りであったが、コースはここで右に方向を変えた。餓鬼のコブをはじめ、幾つかの小ピークを連ねた稜線が唐沢岳に続くのを眺めることができた。ハイマツの広がる砂礫状の斜面から樹林帯に続く大下りになった。鞍部から少し登り返すと、餓鬼のコブの基部に出た。唐沢岳が目の前に大きく迫るようになった。二人とも、デジカメを撮りながらの歩きになった。歩くにつれ、餓鬼岳の背後から槍・穂高連峰が姿を現してきた。餓鬼岳へ取り付くと、樹林帯の登りが続いた。ハクサンフウロやウサギギクの咲くお花畑を過ぎると、右手にガレ場が切り落ちており、その向こうに岩峰が迫っていた。予想以上に早く、山頂に到着と思った。が、岩峰手前の鞍部に上がると、登山道は、岩峰の左手の樹林帯に下っていった。登山道の上には、登山靴が埋まる程にザクが堆積していた。回り込んでいくと、まだかなりの高度差の残された本当の山頂が見えてきた。山頂めざしての急な登りが始まった。岩角や灌木の枝を掴んで、体を持ち上げる必要があり、気を抜けない登りが続いた。山頂近くのザクの斜面では、コマクサ保護のために、コースが少し迂回するように付けられていた。岩領を少し進むと、山頂標識の立つ唐沢岳山頂に到着した。山頂は狭く、ザックを下ろすのも、落とさないように場所に注意する必要があった。
 「唐沢岳は北アルプスの主稜線から離れているので、絶好の展望台をなしている。北には立山、剣から後立山連峰、西には三ッ岳から鷲羽岳に続く長大な尾根、南には槍、ほとんど北アルプスのすべてを眺め得たといっても過言ではない。」これは、深田久弥の山頂の憩い「餓鬼・唐沢」からの文章である。まさに、その通りの素晴らしい展望が広がっていた。とりわけ目を引くのは、烏帽子岳から野口五郎に続く裏銀座の稜線であった。今年は、時間が無さそうであるが、来年の目標にしようか。小屋の弁当のおにぎりを食べながら、周囲を取り巻く眺めに見入った。
 1時間にも満たない滞在であったが、餓鬼岳まで戻り、それからの下山を考えると、それが限界であった。雲も出始め、幾つかのピークは隠され始めていた。山頂直下の急な下り、西餓鬼岳分岐までの登り返しが、戻り道で大変なところで、時間も行きとほとんど変わらなかった。最後に稜線から一段下がった卷き道を辿ると、餓鬼岳の山頂には寄らず、そのまま小屋のトイレ脇に出てしまった。結局、この日唐沢岳の山頂を目指したのは、6人だけのようであった。
 東沢乗越を経て中房温泉に下る市川さんと分かれて、白沢三股へと下った。始めの百曲りは快調に下ったものの、大凪山までには足も草臥れ、最後の水場で大休止。無料の水を思う存分飲んだ。下山の重い足取りで歩く沢沿い道は、せせらぎの音も、暑さを和らげるというよりは、喉の乾きを増すように聞こえた。
 下山後の温泉は、お馴染みの大町温泉薬師の湯。大町に戻って、ファミリーレストランで夕食をとった。誘惑に負けてビールを飲んでしまったため、駐車場に停滞。スーパーで食料の買い物をしたりして、時間を過ごした。その夜の野宿の場所を考える必要があった。餓鬼岳下山の後で、鍬ノ峰の登山口を偵察したが、暗くなってから林道の奧まで戻る気はしなかった。山のガイドブックに載っている鷹狩山には、車道が頂上まで通じているという。よく大町からの後立山展望というパノラマ写真を見るが、この山から撮影したもののようである。この山で野宿し、朝の展望も楽しむことにした。大町山岳博物館をまずめざし、さらに標識に従って山を登っていくと、第一駐車場に到着した。懐中電灯片手に、車道を歩いていくと、山中に提灯がともされており、驚かされた。営業中の山頂レストランのものであった。かたわらに立つ展望台に登ってみると、大町市街地の明かりが眼下に広がっていたが、アルプス方面の山々の頂は厚い雲に覆われているようであった。駐車場に戻り、テントを張って寝た。
 翌朝は、ガスがかかり、展望は望めなかったが、改めて山頂付近を見ることにした。駐車場からすぐ先で、石の段々が山頂に向かって続いていた。これを登ると、神社の脇に出て、馬のブロンズ像が奉納されていた。展望台下に進むと、ガスのために展望は閉ざされていた。これで、一山登頂というべきか迷ってしまうのだ、1166mの山にテント泊一泊二日で登ったといえば、それらしくは聞こえる。
 鍬ノ峰のことを始めて聞いたのは、登山メーリングリストにおける大町在住の降幡さんの報告であった。興味を持って、登山口を教えてもらったが、機会がないままに、2年が経ってしまっていた。
 鍬ノ峰の登山口は、餓鬼岳登山口に通じる林道をそのまま直進する。林道の路面の状態は悪くはないが、幅は狭くなった。伐採地の縁を過ぎると沢沿いの道になり、右から入る沢を橋で渡った所に送電線・高瀬川線No.18の巡視路入口の標柱がある。ここが登山口で、標柱にマジックで鍬ノ峰登山口とマジックで手書きされていた。少し先に広場があり、車を止めた。
 ゴム板で土止めされた段々を上がると、尾根の登りが始まった。林道を車で走ってきたため、現在位置の確認が難しかったが、沢向こうの尾根の高い所を送電線が通っており、おおよその見当がついた。道は、一般登山道といってさしつかえないほどしっかりしていた。ひと登りすると送電線の鉄塔の下に出た。その先は、少し草が被り気味になったが、辿るのには問題は無い道であった。急な登りで、汗が吹き出てきたが、ほどなく稜線上に飛び出した。左折して、少し行くと小ピークの下に出て、直進する踏み跡は、木の枝で進入禁止の印がしてあった。右に巻いていくと、ピークの上に出る踏み跡があり、これを登ってみたが行き止まりであった。この小ピークは、地図における1420mピークのようであった。となれば、登ってきたのは、この小ピークに西から上がってきる尾根ということになる。
 小ピーク基部から少し下ると、岩壁の下のトラバースになった。ロープも張ってあったが、下は切り立っており、コース上、唯一の難所であった。鞍部からは、再び急な登りが始まった。南ピークに出ると、稜線を少し辿った先に鍬ノ峰の山頂が姿を現し、もうひと頑張りすると、鍬ノ峰の山頂に到着した。山頂一帯は、潅木帯となり、周囲の展望が開けていたが、ガスのために眺めは得られなかった。小広場の中央には三角点が頭を出していた。
 腰を下ろして、ガスが晴れるのを待った。目の前には、餓鬼岳、烏帽子岳、針ノ木岳、蓮華岳のパノラマが広がっているはずであった。山の展望に関しての運は、昨日の唐沢岳で使い果たしてしまったのかもしれない。ガスの切れ間から、高瀬ダムを見下ろすことができた。流れるガスを眺めながら、朝からビールを飲んだ。
 下りは、滑りやすい急坂のために、何度か尻餅をついてしまった。ビールも利いたためかもしれない。
 1600mの山を里山というのもおかしな気がするのだが、2時間もかからずに登ることができ、展望も良いとあっては、もっと紹介されても良い山である。
 新潟に向かって帰る途中、もう一山寄り道していくことにした。木崎湖の西に小熊山があり、林道が山頂近くまで上がっているので、ちょっとした歩きで山頂に立つことができるようである。木崎湖の林道入口には、トレッキングコースの案内板があり、おおよその位置を頭に入れて林道に進んだ。林道は、一気に高度を上げていった。山頂が近づいてきた所で、右手に小熊山登山口の標識があった。車は、その手前の路肩帯に停めた。植林地の中を登っていくと、尾根の上に出て、左上に見える山頂に向かって弧を描くように登っていくことになった。登山口には山頂まで30分とあったが、荷物もほとんど持たないで登ってもそれ以上かかり、ファミリーハイクだともう少し時間が必要そうであった。木崎湖展望台の標識が現れ、その広場から右に入った所が小熊山の山頂であった。木立に囲まれて展望は無かったため、展望広場に戻ってひと休みした。雲の多い天気で、山の眺めは得られず、木崎湖を見下ろすことができるだけであった。
 山を下り、木崎湖湖畔の温泉で汗を流し、新潟への家路についた。

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