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鉾ヶ岳
不動山


【日時】 2000年7月1日(土) 日帰り
【メンバー】 単独行
【天候】 曇り

【山域】 西頚山地
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
権現岳・ごんげんだけ・1104m・なし・新潟県
突鶏峰・とっけみね・1289m・なし・新潟県
鉾ヶ岳・ほこがたけ・1316..3m・一等三角点補点・新潟県
【地形図 20万/5万/2.5万】 高田/高田西部/槙
【温泉】 柵口温泉センター 権現荘 310円
【ガイド】 アルペンガイド「上信越の山」(山と渓谷社)、新潟ファミリー登山(新潟日報事業社)

【山域】 矢代山塊
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
不動山・ふどうさん・1430.1m・三等三角点・新潟県
【地形図 20万/5万/2.5万】 高田/妙高山/湯川内
【温泉】 花立温泉 ろばた館 400円
【ガイド】 新ハイキング95年11月号

【時間記録】
7月1日(土) 5:30 新潟発=(北陸自動車道、名立谷浜IC、R.8、能生、柵口 経由)=8:54 権現岳登山口〜9:06 発―9:17 天狗の力水―10:11 風穴〜10:15 発―10:17 胎内洞―10:31 天狗屋敷―10:39 はさみ岩―11:04 権現岳〜11:12 発―(11:30〜11:50 休み)―12:14 突鶏峰〜12:20 発―12:55 鉾ヶ岳〜13:00 発―(13:12〜13:32 休み)―13:54 突鶏峰〜14:00 発―14:36 権現岳〜14:45 発―15:04 はさみ岩―15:12 天狗屋敷〜15:17 発―15:27 胎内洞―15:31 風穴〜15:38 発―16:08 天狗の力水―16:18 権現岳登山口=(柵口温泉入浴、能生、名立、東飛田 経由)=20:00 南葉林道入口  (テント泊)
7月2日(日) 4:30 南葉林道入口発=(南葉林道、不動キャンプ場=5:00 板や谷への林道途中〜5:30 発―5:39 林道終点―5:43 沢横断点―6:08 不動山2時間の標識―6:12 沢―6:20 尾根・卷き道分岐―6:56 鞍部の分岐―7:42 不動山〜8:25 発―8:57 鞍部の分岐―9:19 乗り越の小湿原〜9:30 発―9:49 芭蕉池〜9:56 発―10:03 尾根・卷き道分岐―10:09 沢―10:15 不動山2時間の標識―10:28 沢横断点―10:32 林道終点―10:43 板や谷への林道途中=(花立温泉、名立谷浜IC、北陸自動車道)=14:30 新潟着

 鉾ヶ岳は、火打山から日本海に向かって北に延びる稜線上の山である。権現岳、突鶏峰、鉾ヶ岳の峰を連ね、急峻な岩壁をめぐらしている。登山道は、東面の柵口あるいは島道鉱泉からが一般的であるが、西面の吹原あるいは大平からのコースも開かれている。

 不動山は、火打山から北西に延びる稜線上にある容雅山と大毛無山の間に位置する山である。不動山は、名立谷の奧にピラミッド型の山頂をのぞかせ、山頂に倶利伽藍不動明王をまつる信仰の山である。この山が紹介されることは少ないが、立派な登山道が整備されている。

 一等三角点の山として鉾ヶ岳には登らなければならないと思っていながら、後回しになっていた。下越の山は、同じ新潟県内の山といっても、出かけるのに高速代もかかり、一山だけではもったいない。これも懸案であった不動山と併せて、登ることにした。
 鉾ヶ岳の登山道は何通りもあるが、単独行のため、いずれかの登山口からの往復になる。権現岳、突鶏峰、鉾ヶ岳という代表的ピークに登ることのできる柵口(ませぐち)から登ることにした。コースタイムを考えると、登り4時間、下り3時間程となり、新潟を朝出発しても、よさそうであった。確かにコースタイムとしては充分であったのだが、出発時間が遅くなるということは、暑い盛りに急斜面にいどむということになり、思いもしない苦闘を強いられることになった。
 朝のドライブは調子がでずにノロノロ運転になり、さらにまずいことに、うっかりして名立谷浜ICで高速を下りてしまった。国道を走って、能生から柵口を目指した。柵口の集落入口には、権現山登山口の案内標識があるが、登山口までの誘導標識のようなものはない。地図をみても、湯沢川の右岸と左岸の二ヶ所から登山道が延びているように書かれている。車道を道なりにまっすぐ進んでいくと、段丘上に上っていき、民家の軒先のようなところで行き止まりになった。登山口には、山小屋があるということなので、道を間違えたようであった。集落の入口に引き返して、再度、地図を見た。集落に入って直ぐの石碑のある角を左折し、段丘上に上っていくと、正面に権現山の岩壁が迫ってきた。湯沢川の右岸に出ると未舗装の道に変わり、少し先で保安林作業施設と書かれた三角屋根の建物が現れた。道路の分岐に権現山登山口の標識があり、登山口にたどり着くことができて、ひとまずほっとした。この一帯は、公園になっているようであったが、案内看板前の広場は草で覆われ、寂れた様子であった。思ったよりも遅い時間になっていた。今にも雨が降り出しそうなどんよりとした空で、じっとしていても汗ばむ程気温が上がっていた。
 右手の林道を歩いていくと、「権現の水」という水道蛇口の設けられた水場があり、その先で林道終点広場になって、登山届けのポストが置かれていた。ここまで車で入ることができるようであった。沢沿いに進み、登りに取りかかると、水場の標識が現れた。「天狗の力水」と呼ぶようであるが、パイプの先から僅かな水が出ているだけで、登山口からも近く、あまり利用価値はなさそうであった。
 急な登りが始まった。足場の岩には湿った苔が付いて、滑りやすくなっており、ロープやワイヤーが頼りになった。いつもなら、次の目標地点までは一気に登るものなのだが、30分程登った所の急坂の途中で足が止まってしまった。蒸し暑く、体温も上がって、汗が止まらない状態になった。遠くで雷鳴が聞こえ、今にも雨が降り出しそうな気配であった。いっそのこと、ひと降り来た方が涼しくなって良いかとも思った。大雨なら、引き返す口実もできると消極的な気持ちもわいてきた。幸か不幸か、雨は降らなかった。体力温存モードのために、小幅の歩きをしようにも、急斜面では足場の都合で歩くことを強いられ、体力の消耗が激しかった。風穴の標識を見て、斜面に開いた小さな穴に近寄ると、冷気が吹き出していた。穴の前に座り込んで、天然クーラーで涼んだ。
 その少し先で、胎内洞に到着した。このコースの名所ともいえる胎内洞は、25m程続く岩の隙間でできた洞窟である。内部にはロープが通されているので、それを手探りしながら進むことになる。中に入ると、上から光が差し込んでおり、ヘッドランプ無しでもなんとか歩くことができた。岩の隙間に落ちないように注意が必要な場所もあり、体を斜めしてすり抜ける所もあり、ちょっとした探検気分であった。
 胎内洞の上部から、登山道はさらに急になった。ロープをしっかりと握りしめ、次の足の置き場所に注意しながら登る場所も現れた。これでも「新潟ファミリー登山」に、中級者対象として取りあげられている山であるからいやになってしまう。この本にはお世話になって、そのほとんどを登ったが、何度だまされたと思ったことやら。新潟の山は、一般登山道のある山といっても、全般的にハードな山が多く、油断はできない。大岩を右に巻くと、体がようやく通る透き間が開いた「はさみ岩」が現れた。急斜面をひと登りすると、岩だなの上に祠が置かれていた。ここが白山神社奥社であろうか。
 傾斜も緩くなり、足だけで歩くことができるようになると、ようやく権現山の山頂に到着した。雲で視界は閉ざされ、鉾ヶ岳の山頂は確認することができなかった。地図を見ると、次の突鶏峰までもかなりの距離があった。ともあれ足を進めたが、小さなアップダウンのある痩せ尾根歩きに、体力が底をついた。登山道上に横になってひと休みした。いささか情けない姿であったが、幸い、他の登山者は現れそうもなかった。明日の日曜日が鉾ヶ岳の山開きだったはずで、その前日に登る者は少ないようであった。
 ひと休みして、歩き続ける気力を取り戻した。再び垂直に近い岩場が現れ、これを越すと、これが最後の岩場になって僅か先で突鶏峰の山頂に到着した。突鶏峰からは、歩きやすい、幅広尾根の刈り払い道になった。標高差110m程の下りは、登り返しを思うと、気は重かった。鞍部からの緩やかな登りが急な登りに変わると、ようやく鉾ヶ岳の山頂に到着した。
 鉾ヶ岳の山頂の小広場は、避難小屋が大きな面積を占めていた。その傍らには、一等三角点が頭を覗かせていた。これで、新潟県の一等三角点で訪れていないのは、粟島と佐渡ヶ島にあるものだけになった。山頂には、男性の単独行と、男女連れだけであった。男女連れに、ここまで何時間かかったかと聞かれて、「4時間」と答えると、「こちらは3時間30分」という答えが返ってきたので、島道鉱泉から登ってきたのだなと思った。
 ひと休みするうちに、単独行は島道鉱泉、男女連れは権現岳へ向かって下山していった。山頂は蒸し暑く展望もないので、鞍部の雪田で休むことにして、下山に移った。下りの途中で男女連れを追い抜き、雪田の上でビールを開けて、昼休みに入った。追いついた男女連れが、島道への金冠山経由のコースはどこだろうと尋ねてきた。これは、権現山へのコースであることを教えた。山頂から島道への登山道を下っていくと、途中で二手に分かれるのではなかっただろうか。間違った登山道に入り込んだことを知って、男女連れは再び鉾ヶ岳の山頂に登り返していった。
 突鶏峰への登り返しは、やはり足にきた。ビールの酔いのせいかもしれないが、喉の乾きは和らいでいたので、功罪半々というところか。権現山の手前で、泊まりらしい荷物を背負った単独行とすれ違った。権現山コースの入山者は、結局二人だけだったようである。岩場の難所といえども、ロープの助けを借りれば、下りは登りよりも早い。胎内洞に入ると、太陽の位置の関係か暗闇を見通すことができず、あわててヘッドランプを取り出した。途中で足の踏ん張りも利かなくなり、水も底をつきかけたが、そこそこの時間に下山することができた。
 登山口の「権現の水」で、水を思いきり飲んだ。沢水を引いた簡易水道の水場であったが、どのような名水にも負けない美味しい水であった。泥だらけになった衣類を着替えてから、柵口温泉に向かって車を走らせ、権現荘の日帰り温泉で汗を流した。
 夕食には、能生の道の駅の食堂で海のものをと思ったが、行ってみると、すでに閉店になっていた。能生のコンビニに戻って夕食を買い込み、海岸の防波堤の上で、沈む夕日を眺めながら夕食をとった。
 翌日曜日は、不動山をめざすつもりであった。不動山の登山口へは、名立から南葉林道に入ることになるが、野宿のために山中に入りたくはなかった。南葉林道沿いには、オームの弁護士一家殺害事件の現場があり、慰霊碑が建てられているという。山中で一人で野宿をしていると、なにやら不気味な気持ちが拭えない時がある。昔、西上州の諏訪山に登ろうとした時、日航ジャンボ墜落現場の御巣鷹の尾根が近いことから、不気味な野宿の夜を過ごした覚えがある。幸い、南葉林道に入った所で、堰堤工事の資材置き場の広い空き地があり、ここでテントを張った。谷は開け、頭上には星空が広がって、明るい雰囲気であった。
 翌朝、不動山の登山口をめざして南葉林道を進んだ。以前、大毛無山に登るために、南葉林道を高田方面から上がったが、悪路でまいった覚えがある。幸い、名立側の林道は、走りやすい舗装道路が続いた。谷を下に見下ろすようになると、谷奥に不動山のピラミッド型の山頂が姿を現した。不動山キャンプ場の看板を左に見ると、2km程先で不動山登山口の標識が現れた。右手の谷に向かって、未舗装の林道が下っていた。林道には、車の轍は残っているものの、草が生えて荒れた感じであった。どこまで林道を進めるのか不安になり、沢が林道に流れ込んでいる手前で、車を置いて歩き出すことにした。歩いても、林道終点までは、そうたいした距離はなさそうであった。
 谷向こうには、不動山がどうどうとした姿を見せていた。林道を下っていくと、予想に反して、道の状態は比較的良くなった。車を止めた付近が一番荒れていたようである。林道終点の車止め付近には、三台の車が置かれていた。山菜採りと渓流釣りが入山しているようであった。車止めの先も、昔は林道が続いていたようであったが、落石で通行不能になったようで、踏み跡道に変わっていた。谷をどのように渡るのかと思っていたら、林道はそのまま対岸に続いていた。のぞき込むと、沢水は、道路の下のパイプを通過していた。沢を少し下った所から、登山道が始まった。
 入口付近は、登山道の上に夏草が被り気味で、この先どうなるのかと不安になったが、少し歩くと、ブナ林の中のしっかりした道になった。道幅もところによっては3m程もあり、これだけしっかりした道のある山がほとんど知られていないことが不思議に思えた。落ち葉に覆われた道を登っていくと、沢を横切る所も現れた。ひと汗かいたところの水は美味しかった。前方の稜線までは、まだ大分あるなと思いながら登っていくと、思ったより早く、鞍部と稜線通しの道の分岐に出た。右の谷奥の鞍部を眺めると、標高差はほとんど無かった。巻き道の途中でも、沢を横断し、このコースは水場には不自由しなかった。水を自由に飲める山は、気分的に余裕が持てる。巻き道は、緩やかな登りが続いたが、道が傾斜しているので、少し歩き難かった。
 鞍部より少し上で、稜線通しの道と再び合流した。藪の中から出てきた山菜採りに出合った。この道は、登山者よりも山菜採りの利用者の方が多いのかもしれない。分岐には、不動山まで40分と書かれていたが、山頂までは、急な登りが続き、この時間では難しそうであった。
 鞍部から不動山の山頂に続く尾根に取り付くと、登山道を草が覆うようになった。道型はしっかりしているので、迷う心配はないが、足元を確認しながら歩く必要があり、スピードはなかなか上がらなかった。
 急登を終えると、不動山の頂上に到着した。山頂は、刈り払われて広場になり、中央に石の祠が置かれていた。山名を書いた石碑もあり、この裏面には百周年記念三ヶ字連合会と書かれていた。祠の脇に三角点があったが、これは丸い頭の主三角点、本当の三角点はどこだろうと広場を探すと、登り口の右前にあった。こちらの三等三角点は、土になかば埋もれていた。どうやら、原三角点の方がめだつので、そちらを本来の三角点と思っている者が多いようである。山頂は雲に覆われ、展望は無かった。火打山方面の展望が素晴らしいようなので、残念なことである。妙高山、火打山、焼山、野尻湖、大毛無山と書かれた板が散乱しており、どうやら展望板がバラバラになったもののようであった。
 ひと休みした後、下山に移った。鞍部の分岐には、稜線通しの道は下山路と書かれている。この下山路に進むと、ブナ林の中の緩やかな登りになった。この一帯のブナ林は、大木も混じって美しかった。結局、1200mまでの登りになったので、120m程の登り返しになる。体力に余裕が無ければ、卷き道をそのまま下った方が早いことにはなる。乗り越し部には雪田があり、雪解け後には湿原になりそうで、ミズバショウの花も咲いていた。雪田の上でひと休みした。尾根に乗ると急な下りが始まった。途中、芭蕉池の標識があり、右に入ると、静かな湖面が広がっていた。池を取りまく斜面の草付きは、シラネアオイやサンカヨウの花が美しく咲いていた。落ち葉の積もった登山道の上には、キンリョウソウの花のかたまりがそこかしこに見ることができた。
 不動山は、良く整備された登山道にも助けられ、変化に富んだ登山を楽しむことができた。もっと、登る者がいても良い山である。
 名立付近には温泉は無いと思っていたが、途中の道路脇に、「花立温泉 ろばた館」という日帰り温泉施設ができており、温泉に入ってさっぱりすることができた。

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