0022

タカマタギから平標山


【日時】 2000年4月1日(土)〜2日(日) 1泊2日
【メンバー】 峡彩ランタン会会山行 8名
日帰り隊 3名
【天候】 1日:小雨後晴れ後雪 2日:晴

【山域】 上越国境
【山名・よみ・標高・三角点・県名】
棒立山・ぼうだてやま・1420m・なし・新潟県
タカマタギ・たかまたぎ・1529.2.m・三等三角点・新潟県
日白山・にっぱくさん・1631m・なし・新潟県
二居俣ノ頭・ふたいまたのかしら・1584.1m・三等三角点・新潟県
平標山・たいらっぴょうやま・1983.7m・三等三角点・新潟県、群馬県
松手山・まつでやま・1613.6m・三等三角点・新潟県
【地形図 20万/5万/2.5万】 高田/越後湯沢、四万/土樽、三国峠
【ガイド】 岳人No.633 2000年

【時間記録】
4月1日(土) 6:00 新潟発=(関越自動車道、湯沢IC 経由)=8:25 毛渡橋〜8:58 発―9:20 尾根取り付き〜9:25 発―9:42 送電線鉄塔〜9:50 発―11:13 松川への尾根分岐―12:56 棒立山〜13:03 発―14:24 タカマタギ〜14:30 発―15:00 1581mピーク手前の鞍部  (テント泊)
4月2日(日) 4:30 起床〜7:15 発―8:00 日白山〜8:08 発―(0:15 休憩)―8:59 二居俣ノ頭―9:45 最低鞍部―12:08 一ノ肩―12:36 平標山〜12:42 発―13:02 一ノ肩―13:51 松出山〜14:30 発―14:42 大鉄塔―14:46 発―15:25 松手山登山口―15:33 元橋バス停〜15:52 発=(越後交通バス)=16:30 越後湯沢駅=(関越自動車道)=19:40 新潟着

 新潟県と群馬県の国境をなす谷川連峰の西端近くの平標山から、北に向かってメアテ尾根が延びている。この稜線は、魚沼川と清津川に挟まれるように、日白山、タカマタギ、白板山を経て魚沼丘陵に長く続いている。険しい山様を見せる魚野川の右岸の荒沢山や足拍子岳に対し、左岸のタカマタギから日白山にかけては比較的穏やかな稜線を見せている。多くの登山道が開かれている谷川連峰にあって、この稜線には登山道は無く、登山の時期は積雪期に限られている。谷川連峰の主稜線から脇に外れていることから大展望を楽しめること、関東方面からの交通の便が良く、容易に雪山を体験できることから、隠れた人気の山になっている。

 タカマタギという山が気になったのは、道路地図に登山道の破線が記載されており、現在でも歩けるのだろうかと思ったのがきっかけであった。その後、インターネットの登山メーリングリストの報告で、関東方面の山岳会の雪山山行として、人気の山であることを知った。昭文社のハイキングマップにも、「残雪期に登られる、谷川連峰の展望よい」とコメントが入れられており、興味はますます募らされた。さらに、今年の岳人の3月号には、「春、日だまりのミニ縦走」ということで、タカマタギ〜日白山の雪山縦走コースが紹介された。タイミング良く4月の会山行で、タカマタギから日白山を経て平標山への縦走が計画されたので、参加させてもらうことにした。
 リーダーの篠田さんとは湯沢IC出口で落ち合うことになっており、7名が鳥屋野潟公園に集合し、2台の車に便乗して出発した。日帰り隊の上村さん一行は、ひと足先に出発していたが、越後川口SAで出合うことになった。残雪の山を眺めながらのドライブであったが、六日町付近から時折小雨がパラつく天候になった。天気予報では、小さな高気圧が進んでくるはずなので、天候については楽観していた。湯沢IC出口で篠田さんと合流し、篠田さんの車を出口の駐車場に残して、土樽に向かった。車の回収は、縦走後にバスで戻ってきて、篠田さんの車を使って行うという計画であった。ただ、4月に入ったために、冬のスキーシーズンと違って、バスの本数は少なくなっているということであった。歩き出しの土樽の毛渡橋手前の林道入口は除雪されており、釣り客の車が止まっていたが、なんとか車を置いた。
 林道の雪の上には、トレースがついていたので、まずは坪足で出発した。高速と上越線の高架の下を抜け、林道をしばらく進むと、左に平標新道を分けた。そのまま林道を進むと、左手に棒立沢の雪原が広がり、前方の左手から尾根が落ち込んできた。これが登りに使う尾根であるが、杉林に沿ってさらに進み、林道が左に曲がる手前の、尾根の末端から取り付くことになった。ここでワカンを装着し、登りの装備を整えた。急な登りで、いきなり息が上がってしまった。泊まりの装備が重く感じられた。今回の山行には是非とも参加したかったのだが、前の週に風邪を引いて、回復が週末にようやく間にあったという状態であった。体力に不安を覚えながらの参加になった。送電線の鉄塔下に出て、ひと息ついた。谷の向こうには、荒沢山から足拍子岳にかけての稜線が高く聳えていた。この先しばらくは、傾斜が緩んでほっとしたものの、再び、急な登りが続くようになった。雪にトレースは無く、先頭を交代しながらの登りになった。高度を上げるに連れて、青空をバックに、真っ白な谷川連峰の眺めが目に入るようになってきた。松川へ続く尾根に上がってひと息つくも、棒立山までは、さらにもうひと頑張りする必要があった。尾根上には、美しいブナ林が広がるようになった。棒立山の山頂は、雪庇が張り出しており、右手の方にトラバースしながら登る必要があった。
 棒立山の山頂は、どこまでが雪庇か判らず、少し下がった薮の縁で休むことになった。山頂からは、息を呑むような眺めが広がっていた。タカマタギは目の前にあり、大きな雪庇を張り出した稜線が弧を描いて続いていた。平標山は、遠くに純白に輝いていた。仙ノ倉岳、万太郎山、茂倉岳、谷川岳、卷機山や苗場山、白き嶺々が、周囲をぐるりと取りまいていた。疲れも消え失せるような眺めであった。ここで日帰り隊は、下山となった。登りの辛さに体調の不良を感じ、日帰り隊と共に下山しようかという考えが心に浮かんでいたのだが、眺めにつられて先に進むことになった。
 ここからは、アイゼンとピッケル着用の指示が出た。稜線上は、雪が締まって歩きやすい所もあったが、雪庇を避けて潅木帯に入ると踏み抜く所もあり、体力を余計に消耗した。棒立山から僅かに下った後は、タカマタギに向かっての登りになった。山頂直下では、傾斜も急になり、三点指示を自分に言い聞かせながらの登りになった。タカマタギの山頂も、巨大雪庇が出来ているようで、少し下がった雪の斜面で休憩になった。朝から辛い登りが続いたが、なんとか今日の目標を達成することができた。
 休んでいると、5名グループが登ってきたので、入れ違いに先に進むことにした。ハーネス類の完全装備で、別な尾根を登ってきたようであった。こちらの挨拶にも返事を返さず、愛想がないのか、よほど疲れている様子であった。
 タカマタギから先は、泊まり場を物色しながらの歩きになった。タカマタギを僅かに下った鞍部も、ブナ林に囲まれて雰囲気は良かったが、もう少し先に進むことになった。疲労もたまっており、次の小ピークを越した、1581mピーク手前の鞍部で泊まることになった。風も強くなって、早いところ泊まりの態勢に入る必要も出てきた。ブナ林の中の窪地を選んで、整地とブロック積みを始めた。強まった風の中を、先に出合ったグループが、疲れた足どりで、先に進んでいった。テント二張り分の整地を行うには、かなりの時間と体力が必要であった。高く積んだ雪のブロック壁の効果は偉大で、中のテントはそよとも揺れなかった。泊まり場の背後には、雪庇がピラミッド型に盛り上がって、風景にアクセントを付けていた。
 これが楽しみでもある宴会の開始となった。昼も行動食のみで過ごしていたため、腹も空いたし、喉も乾いていた。篠田さんが用意してくれたのは、キムチ鍋であったが、皆の一品持ちよりの食料が次から次と出てきて、食べきれない程であった。
 夕暮れには、空は赤く染まり、夕闇が広がると、湯沢のスキー場のナイター照明が明るく輝いた。しかし、寝る前にテントの外に出ると、強風とともに雪が降り始めていた。天気はめまぐるしく入れ替わり、明日の天候が気に掛かった。天候不良の場合には、日白山から東谷山を越して二居に下山という案もリーダーから出されていた。このコースでも、東谷山のピークハントができるので、それでもかまわない気分ではあった。
 翌朝は、4時30分に起床した。外に出てみると、昨日作ったトイレは、雪にうもれかかっていた。夜が明けるに連れて、風も弱まり、青空が広がってきた。昨日の鍋の残りにウドンを入れて、しっかり食べてから出発になった。サングラスの必要な、絶好の登山日和になった。
 アイゼンの爪が雪面に気持ちよく食い込む、快適な歩きになった。1581mピークを越すと、日白山への登りになるが、休息も充分な状態のため、思ったよりも短い時間で登ることができた。日白山の山頂は、広々とした台地状で、周囲には大展望が広がっていた。平標山も、まだ遠いとはいえ、かなり近づいてきていた。昨日より素晴らしい展望を楽しんできたが、この日白山の展望が一番であった。東谷山に向かって広い尾根が下っていった。いずれは、このコースも歩いてみたいものである。
 日白山からの下りは急な所があり、バックステップで慎重に下った。次の二居俣ノ頭へは、快適な雪稜歩きになった。今回のコースで心配だったのは、二居俣ノ頭の下りの、崖マークで挟まれた痩せ尾根の通過であった。実際に目にすると、痩せ尾根の上には、波打ちながら雪庇が続いて、歩ける状態では無かった。幸い、西側斜面には樹林帯が続いており、一段下がった所を通過することができた。樹林帯の中は、雪が柔らかくて踏み抜きがたびたび起きるので、体力を消耗した。急斜面のトラバースも続いて、緊張が続いた。最低鞍部まで降りるのに、思ったよりも時間がかかってしまった。登りに移っても、樹林帯の枝をかわしながらの歩きが続いた。山頂が見えるわけでもなく、ひたすら登りに耐えるしかなかった。ようやく、右手に落ち込む尾根が近づいてきて、1757m点に到着した。その先は一面の雪原が広がっていた。平標山の稜線まではあと僅かなようであった。もっとも、雪原で目標物が無いため、距離感は掴み難かったが。日白山からここまで思ったよりも時間がかかっており、当初の計画の2時前のバスには間に合わないことは確実であった。タクシーの利用も考えるということになると、欲が出てきて、平標山に是非とも寄っていきたいという声が皆から上がった。篠田さんと小島さんは、平標山には何度も登っているので、一ノ肩の分岐から下山して松手山で待っているということになった。
 一ノ肩の分岐にザックを下ろして、空身で平標山に向かった。疲れているとはいっても、足は軽くなり、最後の登りに耐えることができた。山頂手前になると、山スキーヤーにも出合うようになった。風が強く、雪が吹き飛ばされて笹原が露出していた。
 三度目の平標山の山頂であったが、これが初めての雪山であった。仙ノ倉山に向かって、真っ白な稜線が続いていた。一同で記念写真を撮り、周囲の風景を眺めた後、急いで下山に移った。次に平標山の山頂に立つのは、谷川岳への縦走の際ということにしたい。
 一ノ肩の分岐でザックを回収し、下山を急いだ。1677m点手前の急斜面では、雪が飛ばされて、ガレ場が露出していた。アイゼンを付けていたため、残雪を拾って下るのに苦労した。下るに連れて、雪が柔らかくなってきた。松手山手前で、向かいにきた篠田さんに出合った。少し下った林の中で、小島さんが湯を沸かして休んでいた。小休止して、4時前のバスの時間に合わせて下山することにした。ここで、アイゼンをはずして、坪足で下ることになった。鉄塔までは、ブナ林の中の気持ちの良い下りになったが、その先は、雪がくさって一歩ずつももまでもぐる状態になった。体力を振り絞っての下りになった。
 元橋のバス停には、余裕も持って到着することができた。荷物の整理などをしていると、ほどなくバスがやってきた。篠田さん、小島さん、小滝さんが車の回収のために小原バス停で降りた後、終点の湯沢駅まで行って下車した。空腹に耐えきれず、ラーメンを食べて待っていると、車の回収を終えて迎えに来た。塩沢のパーキングで、篠田さんと別れ、新潟への帰路についた。
 今回の山行では、特にリーダーの篠田さんと、同行の皆さんに感謝しなければならない。自分自身のレベルを越えた山行であったが、快晴にも恵まれて、雪山の魅力を充分に味わうことができた。
山行目次に戻る
ホームページに戻る